日本国政府は福島第1原発の半径20km以内を「警戒区域」に指定することにより、国民を国家権力で強制的に立ち退かせることができるようにしました。また飯舘村は半径20km以内に入っていませんが、放射線量を調べたところ、基準値を上回る可能性が高いことから「計画的避難地域」に指定して、住民を立ち退かせようとしています。

ところで、日本国政府はどのようにこの不可思議な基準値を決めているのでしょうか? 実はこれはおどろくほど簡単なモデルに基づいています。今日はそのことを解説しましょう。放射線リスク・モデル自体はとても簡単なので、最初に結論だけ書いておきましょう。「1Sv被曝すると5%の確率で放射線を原因とする癌によって死亡する。そしてこの危険率は被曝量に比例する」というものです。

放射線というのは自然界に飛び交っており、原子力発電所が事故を起こしたり、核爆弾の実験をしなくても、普段からみんな被曝しています。世界平均では、宇宙からの0.4mSv/年、大地から0.5mSv/年、食べ物から0.3mSv/年、そして大気中のラドン原子などから1.2mSv/年ほど被曝します。合計で毎年2.4mSvほど自然に被曝します。地域によって、放射性の鉱物が多いところは、さらに自然放射線が高まります。ブラジルのガラパリというところでは、モナザイトという鉱物のために10mSv/年ほど被曝します。放射線リスク・モデルではこういった自然の放射線レベルまでは無害として、それから追加的に被曝した放射線量をカウントします。

このモデルは主に広島・長崎の原子爆弾の生存者のデータから作られています。広島・長崎では原子爆弾の爆心からの距離で同心円状に、爆風や熱線により死亡した人と、その周りの放射線により死亡した人、そして放射線を浴びたけど急性症状は免れて生き残った人が綺麗に分布しました。この放射線を浴びたけど生き残った人たちを日米の研究チームが詳細に追跡調査したのです。これは10万人を越える大量の人間に微量から致死量までの放射線を均一に照射したので、放射線の健康への影響を調べるための理想的なサンプルになったのです。

これらの長年に渡る研究の結果、癌で死亡する確率は被曝量に比例することがわかったのです。500mSv以上の被曝では、はっきりと癌のリスクの上昇が確認されました。250mSv 〜 500mSvでははっきりとはしませんが、わずかに癌で死亡するリスクを増えていそうだと思われました。250mSv以下ではなんら癌のリスクが上昇する証拠は見つかりませんでした。この500mSv以上の範囲では、概ね1Sv当たり5%ほど癌で死亡する可能性が上がったのです。250mSv以下では何も見つからなかったのですが、これは必ずしも250mSv以下は安全だといっているわけではありません。たとえばこのモデルで200mSvの放射線を浴びると、5%/Sv x 0.2Sv = 1% となるので、癌になる可能性は1%上がるはずですが、そもそも原爆で被曝しなくても日本人の3分の1は癌で死亡するので、統計的に1%程度の平均値のズレを見い出すのは非常にむずかしいのです。この辺の感覚は統計学の推定と検定を勉強したことがある人ならすぐにわかるでしょう。

とはいえ、原子力発電所や医療機関などで放射線を浴びる職業の人たちに、何らかの安全基準を作る必要があります。原爆などの放射線事故でわかっていることは、ある程度強い放射線を浴びると健康被害があるということで、少ない量の放射線の健康への影響は、当時はほとんどわかっていませんでした。そこで1958年に国際放射線防護委員会(ICRP)は、(経験的に低線量は無害だと思っていた)多くの医学者の反対を押し切って、ショウジョウバエにX線を当てる研究をしていた遺伝学者の意見を採用して、低放射線量の安全基準値をこの線形モデルを使って決めることにしてしまったのです。つまりどんなに低線量でも、低線量なりに悪い、とする考え方です。放射線というのはどんな微量でも「悪」ということになりました。それ以来、この科学的根拠に乏しい線形モデルが使われ続けています。やはり安全基準を決めるようなお固い組織では、よくわからないものは「安全側」にふっておけば安全だろうと考えるのですね。

多くの放射線医学の研究者が、生物は多少の放射線に対しては自己修復機能があり、放射線の健康被害にはしきい値があると主張しています。この線形モデルではどんな微弱な放射線も、微弱なりに体に悪いという結論になってしまいますが、しきい値があるとすれば、それ以下の被曝なら無害ということになります。実際に、低放射線量が無害だとする動物実験の研究結果や、分子生物学的な理論が多数発表されています。しかし完全にそれを証明するにはいたっていません。低放射線というのは、おそらくはそれを過大に見積もる線形モデルでも、非常に小さいものです。たとえば福島第1原発の避難の基準になっている50mSv程度の被曝量だと、将来癌で死亡するリスクが 5%/Sv x 0.05Sv = 0.25%上昇するだけです。この程度の癌死確率の違いを動物実験で証明するには、信じられないほど大量のネズミと時間が必要になります。もちろん人間で調べることもできません。福島第1原発の事故でそういった人体実験が可能だと思った人は、統計学が全くわかっていない人です。日本人はふたりにひとりが癌になり、3人にひとりが癌で死亡します。そのなかでたったの0.うん%の確率の違いを見出すには、非常に大量の比較可能なサンプル数が必要だからです。

このひとり歩きした線形モデルによる一番の被害は、おそらくチェルノブイリ原発事故で大量に起こった中絶手術です。線形モデルを当てはめると、かなり多くの奇形児が生まれると思われ、さまざまな識者がその危険性を指摘しました。パニックになった人々は、それを恐れて中絶したのです。ところが後から調べてみると、チェルノブイリ原発の周りのかなり被曝した地域でも、奇形の発生頻度に何ら変化がないことがわかりました。そういう意味で、膨大な数の中絶はまさに人災だったのです。

ネズミを使った実験では、胎児は実はかなり放射線に強いことがわかっています。1Sv程度の非常に強い放射線を浴びせないと、奇形の発生確率はビクリとも上がらないのです。人間にとって、1Svの被曝量は急性症状が現れ5%の人が死亡するような大変強い放射線量です。生物は放射線のダメージから体を守るすばらしいメカニズムを備えているようなのです。

ちなみに、世の中には政治信条から核というものをとにかく排除したい人たちが多数いますから、チェルノブイリの原発事故で奇形児が大量発生したというようなことがよく宣伝されていますが、これはまさに統計学のわからない人を騙す簡単なトリックです。原発が爆発してもしなくても、世の中にはある一定数の奇形児は必ず生まれてきますから、そういった症例の写真やビデオを取って、チェルノブイリの石棺なんかをバックにして、悲しい音楽を流せば、人類の敵である原発を止めるための、お涙頂戴的なドキュメンタリー映画が一丁上がりです。

またこの線形モデルを使うと、非常に困った結果が時に導かれてしまいます。先進国では様々な医療の診断で、平均すると年間1.2mSvほど被曝します。これを1億3,000万人の日本の人口に当てはめると、5%/Sv x 0.0012Sv x 1億3000万人 = 7,800人で、1年分のレントゲン写真などの医療行為が7,800人の人を殺すことになってしまいます。この被爆した人たちは5年とか10年先に癌になって死ぬわけですが、毎年医療行為で1.2mSvを国民に照射するので、結局の所、レントゲン写真などの医療行為が約8千人を毎年毎年殺すことになります。これは直ちに中止させなければいけないほどの危険性でしょう。おどろくことではないですが、このようなことを根拠に、健康診断などのレントゲン写真を禁止させようという学者もいますし、中にはその証拠をみつけたと主張する人もいます。

日本ではラドンを多く含んだ放射線の温泉などが体にいいと、古くからいわれています。実際に、最初に紹介したブラジルのガラパリなど、自然放射線の多い地域に癌発生率が高いという証拠は何もありません。実は、低放射線を浴びた人達の癌発生率が下がるという報告もたくさんあるのです。やはりICRPの線形モデルは低放射線領域を過大に見積もるのではないでしょうか。少なくとも、いろいろな文献を読んで、僕はそう信じるに至りました。

さて、おそらくは低放射線の影響を過大に見積もるであろうICRPの線形モデルを、100歩譲って認めたとしても、モデルが教えてくれるのは放射線により死ぬ確率だけです。政府は、その確率を見て、どの程度の人数なら死んでもいいのか線引きをしないといけません。これは人間の判断です。これは比較の問題なので、まず、自動車やタバコなど、人命を確実に奪うことがわかっていても社会で許容されているものと比べる必要があります。

日本では毎年約5,000人の方が交通事故で亡くなります。つい最近もクレーン車が小学生の集団に突っ込み、6人が亡くなるという痛ましい事故がありました。この5,000人を1億3,000万人で割れば、あなたが次の1年で交通事故で死ぬ確率が計算できて、それはだいたい 0.0038%です。タバコは非常に毒性が強く、厚生労働省によると、日本で毎年10万人の方がタバコが原因で死亡するといわれています。喫煙者の割合は概ね3分の1なので、喫煙者が次の1年で死ぬ確率は、10万人 ÷ (1億3000万人 ÷ 3) = 0.23% になります。日本では殺人の認知件数は年間1,500人程度なので、あなたが次の1年間に誰かに殺される確率は 0.0012%程度になります。日本人は毎年3万人自殺するので、あなたが次の1年間に自殺する確率も計算できて、これは0.023%になります。

以上は「次の1年間に」それぞれの原因で死ぬ確率なので、このままでは放射線で死ぬ確率と比べられません。放射線で死ぬ確率を1年間あたりに直してやるか、それともさっき計算した1年当たりの確率を「これから生涯」に変える必要があります。この辺は詳細なデータをみて、きっちり計算できますが、今日はざっくりとリスクを比べたいだけなので、簡単な仮定を使って、あなたが寿命の前に交通事故で死ぬ確率、タバコで死ぬ確率、殺される確率を計算します。日本人の平均寿命が80歳程度なので、真ん中の40歳の人が次の40年間に、交通事故、タバコ、殺人で死ぬ確率を計算すれば、今生きている(平均的な)日本人が将来XXで死ぬ確率というのが計算できるでしょう。これは中学・高校ぐらいの確率の問題ですね。さて、以下がその結果です。

放射能リスクの比較

これを見ると、日本国政府もなかなかよく考えて基準値を作っていることに感心しますね。福島第1原発の処理にあたる放射線業務従事者が1回の緊急作業でさらされてよいと特例で定められている放射線の限度が250mSvです。この程度の被曝だと、将来ガンで死亡する確率は自殺する確率と同じぐらい上昇しますね。これを多いとみるか、少ないとみるかは人それぞれでしょう。ちなみに250mSvというのは白血球の減少など、何らかの急性症状が見られないギリギリのところです。警戒区域、つまり強制的な避難地域の積算被曝量は50mSv程度を基準にしていると思われます。この程度だと、交通事故のリスクよりは高いが、自殺するリスクよりはかなり低そうですね。今後1年で20mSv程度の積算被曝がありそうな地域は計画的避難地域に指定されていますが、この程度だと(過大に見積もる)線形モデルでも、交通事故よりは安全になってきます。

しかしこれらの計算は、低線量の領域を過大に見積もるモデルで計算した結果で、実際のリスクはこれよりかなり低くなると、僕は思います。また生物は放射線のダメージの自己修復機能があるので、短期間に放射線を浴びるより、長期間に少しずつ浴びるほうが、健康への影響が少ない可能性が高いでしょう。その点からも、避難地域の住民のような場合に、本当に健康への影響があるのかどうか疑問でもあります。いずれにしもて喫煙に比べたら、はるかにリスクが小さいことは確かですね。

これらのリスクをみると、10年や20年先に癌で死ぬ確率がこのようにちょっとばかり上がろうと、お年寄りなんかそのまま住ませてあげればいいじゃない、と思うのは僕だけでしょうか。薬害エイズ事件のマスコミの騒ぎっぷりや、その後の裁判所の判決なんかみてると、ものすごく安全側、安全側でことを進めたいお役人の方々の気持ちも痛いほどよくわかりますけどね。放射線の癌でひとり死ねば、マスコミから激しいバッシングを受けますが、避難所の生活に馴染めずにお年寄りが何人自殺してもみんな許してくれます。最後にまた繰り返しますが、250mSv以下の被曝で健康被害があるという科学的証拠はほとんどありません。実際に、何の健康被害もない可能性も高いのです。

参考資料
人は放射線になぜ弱いか、近藤宗平
(この本は分子生物学まで踏み込んだ、世界的な放射線医学の権威の本で、大変面白かったです。)
たばこと健康に関する情報ページ、厚生労働省
低線量放射線被曝とその発ガンリスク、今中哲二
Modifying EPA Radiation Risk Models Based on BEIR VII, Office of Radiation and Indoor Air U.S. Environmental Protection Agency