人は放射線になぜ弱いか、近藤宗平

たまには科学の本でも、ということで最近はやりの放射線と生物に関してのブルーバックスの紹介です。生物がなぜ放射線に弱いのか、そして強いのか、ということを分子生物学的にくわしく説明しています。著者は、広島・長崎の原爆の生存者に関する放射線の影響を研究した、この分野の世界的な権威です。広島・長崎に原爆が落とされてすぐに爆心地に赴き、若手の研究者として、焼け焦げた死体が散乱する中、後に非常に重要なものとなる様々な貴重な資料を収集しました。

広島・長崎の原爆の医学的研究は、放射線の生物への影響に関して様々なパイオニア的な成果を生み出していきました。また、当時は米ソが最初の有人宇宙飛行の実現で激しく競争しており、放射線医学は非常に重要な分野だったのです。というのも宇宙では激しい放射線が降り注いでおり、人間がどこまでの放射線なら大丈夫か、というのを医学的に研究しなければいけなかったからです。著者は放射線医学の分野でさまざまな発見をしました。

生物というのはDNAに書かれた設計図に従い、次々と無数の細胞を複製しています。放射線というのはある種の光なのですが、これがDNAを傷つけてしまうのです。DNAというのは細胞の設計図ですから、これが放射線によって傷つけられると、生物を生物たらしめている仕組み、つまり細胞をどんどん複製するというメカニズムによって、放射線でできた小さな傷をどんどん増幅させてしまうのです。これが生物が放射線に弱い理由です。

ところが生物というのは、同時に放射線にも大変強い。生物は放射線の降り注ぐこの地球上で進化し、おそるべきメカニズムを獲得してきました。どうもある種のタンパク質が非常に巧妙にはたらきDNAの傷を自己修復していくようなのです。放射線があってもなくても、膨大な数の細胞分裂ではたまに間違いが起こります。そういった間違いを訂正する自己修復機能を発達させてきたのは、生物の進化を考えれば必然的ですね。そして、もっと恐るべきメカニズムがあります。DNAの間違いがある程度蓄積されると、DNAの修復は諦めて、別の劇的なメカニズムが働くようなのです。それがアポトーシスという仕組みです。つまり自殺です。細胞はDNAの修復が困難になってくると、アポトーシスのスイッチを押して、他の細胞に迷惑をかけないように自殺するのです。癌細胞というのは、このアポトーシスの仕組みを失い、無限に増殖していく細胞です。

このような分子生物学的な知見や、膨大な数の動物実験や疫学的データにもとづき、著者は放射線防護の法的な安全基準に使われている、しきい値なしの線形モデルは根本的に間違っていると主張しています。確かに生物は放射線に弱いですが、同時に大変強いのです。低放射線(年間100mSv程度)では健康にまったく影響はない、と筆者はいいます。むしろ、適度に低い放射線量は、放射線に対する細胞の自己防衛機構を刺激し、癌の発生率を下げるという現象も報告されています。

この本が出版されたのは1998年ですが、2005年の国連のチェルノブイリ原発事故の包括的な研究報告では、まさに著者のいうとおりの結果になったようです。1986年のチェルノブイリ原発事故では、国際的な科学者のチームによる調査研究で、各地の放射能汚染の状況から、統計的モデルにもとづき、最終的には事故の犠牲者は4000人程度になるだろうと結論していました。しかし実際に事故からの20年間の綿密な追跡調査をした結果、実際の犠牲者はそれよりははるかに少なかっただろうと国連は報告しています。約50人の犠牲者は事故処理に当たり高い放射線に晒され人たちで、これらの人たちは急性症状でなくなった人と、後に白血病で亡くなった人たちです。また高汚染地域で、事故直後に取られたミルクを飲んでいた子供たちに甲状腺癌が多く報告されました。約4000人が甲状腺癌にかかり、現在までに9人が死亡したとのことです。甲状腺癌は99%の生存率の治療しやすい癌です。一方で、低放射線地域で、白血病を含む様々な病気の増加は見られなかったようです。そして国連の報告では、最大の健康被害は、放射能を心配することによる精神的なものであった、と結論づけています。実際に避難地域に指定され、移住を余儀なくなれた人たちの精神的なストレスは大きかったようです。僕も、以前BBCのドキュメンタリーで見ましたが、政府の命令を無視して高濃度汚染地域に住み続け、そこで取れた農産物を毎日食べていた老人の方々はとても生き生きしていて、心配で移住した人たちの顔が放射能の恐怖で引きつっていたのは、印象的でした。

たまには、分子生物学のような科学の本を読むのも面白いです。

Truth exists, only falsehood has to be invented.
Georges Braque
(真実はそこにある。創りださなければいけないものは偽りだけだ)