今日で、連休も終わりですね。僕は、田舎でのんびりしていました。ところで、どういうわけか、最近、エネルギー政策の専門家としての意見を求められることが多くなってしまいました。そこで昔取った杵柄的にいろいろと研究をすることが多くなってしまったのですが、静かに文献を読み漁るのも、なかなか楽しいものです。ところで今日は大気汚染とエネルギーの問題を考えたいと思います。
世界では大気汚染というのは非常に深刻な問題で、様々な統計データから、僕は脱原発が進むと、日本にも相当な被害がでるだろう、と心配していました。しかし日本固有のデータを詳細に分析すると、国民の健康被害という点に関しては、僕が思っていたほどひどい状況にはならなさそうで、ほっとしました。せいぜい年間数千人が死ぬ程度でした。脱原発は、人命よりも、むしろ経済問題の方が深刻かもしれません。
大気汚染と脱原発の詳細な研究結果はまた別のところで発表する予定なので、今日は誰でも手に入る公的な国際機関のデータを使って、簡単にどれぐらいの日本人が脱原発により死んでしまうかということを示したいと思います。

出所: Deaths attributable to urban air pollution, WHO
まず、日本ではどれぐらいの人が大気汚染が原因で死んでしまうのでしょうか? 大気汚染というと、四日市喘息のように、喘息が有名ですが、肺癌といった呼吸器系や心筋梗塞等の循環器系疾患との強い関連性があります。日本ではこれらは病気は大きな死因となっていますが、その内、人為的な大気汚染が引き金になっている割合はどの程度か、ということを調べる必要があります。各種の大気汚染濃度の違う地域を比較したり(晩生症状)、同じ地域で時々刻々と変化する大気汚染濃度と死亡率の関係(急性症状)を慎重に研究することにより、大気汚染による犠牲者の数が統計的に推計できるわけです。だから文字通り「大気汚染で死ぬ」人はいないわけで、大気汚染は何らかの病気の原因になるだけです。どっちにしろ、病気になったり、死んでしまうことには変わりはありませんが。
大気汚染は、ある程度強い放射線を浴びたときの晩生癌と同様に深刻な長期の影響もあるのですが[1]、特徴的なのは大気汚染物質の濃度が上昇するとすぐにパラパラと人が死んでいくことです[2]。これは子供や老人などの体力が弱っている人たちで、肺炎や喘息や循環器系の病気などで生と死の間を漂っている人たちが社会には常に一定数いるわけですが、火力発電所や幹線道路の状況で濃度が上昇する大気汚染物質が、そういった人たちの背中をポンと押して、あちらの世界に旅立たせてしまうからです。この辺は熱中症もいっしょですね。ほとんどの人は大丈夫ですけど、たまたま体力が落ちていた人たちが犠牲になってしまうわけです。
WHOの調査によると、日本ではだいたい3万3千人〜5万2千人の人たちが毎年、大気汚染が原因で亡くなってしまいます。世界では100万人〜300万人ほどの人たちが大気汚染で毎年死んでしまいます。このうち自動車の排ガスが半分程度で、火力発電所の煤煙が3割程度です。アメリカでは石炭火力発電所からの大気汚染物質の影響で、毎年2万人程度が犠牲になっているといわれており、僕はかなり心配しておりました。
日本の火力発電所の環境技術は非常に優秀だという話もあります。下の図は、電気事業連合会が日本の火力発電所の環境性能の優秀さをアピールするために作った資料です。多少割り引かないといけないと思いますが、アメリカより単位発電量当たりでは10分の1程度のSOxやNOxしか出さないようです。しかし日本はアメリカよりも、圧倒的に人口密度が高いので、そのことも考慮する必要があるでしょう。

出所: 電気事業連合会、J-Power
実は、OECDが、各国の大気汚染物質を発生源別にまとめています。

出所: OECD Environmental Data Compendium, Air

出所: OECD Environmental Data Compendium, Air
やはり火力発電所の環境技術に関しては、日本はアメリカよりも優れているようです。このようにOECDのデータからも裏付けられました。硫黄酸化物と窒素酸化物の平均で見ると、アメリカでの大気汚染物質の4割〜5割程度が発電所からでていますが、日本は1割〜2割程度です。これは本来は、各種の汚染物質ごとに詳細なモデルを作って研究するべきことですが、ここではざっくりと原発をなくすことで増える死者数がわかればいいだけなので、日本では15%が火力発電所から来ているとして計算しましょう。
日本での大気汚染で死亡する人数を年間42000人として、その内の15%が火力発電所が原因だとすると、約6300人が発電により死んでいることになります。現在の日本の電力の6割が火力で3割が原子力です。この6割の火力が9割になり、原子力がゼロになるわけなので、6300人×3÷6で3150人になります。つまり脱原発で死亡する日本人はだいたい年間3000人ぐらいです。
しかし電力会社は新しい火力発電所をどんどん作っているわけではなく、老朽化して使っていなかった火力発電所をどんどん復活させることにより、電力不足をしのいでいます。経産省も環境アセスメントの免除など、環境基準を大幅に緩めて、老朽化した火力発電所の稼働や増設を助けています[3]。実際のところ、放出される大気汚染物質はこれよりかなり多くなるでしょう。おそらく3000人以上の死者が毎年出る程度ですね。
僕は、当初は万単位になると思っていたので、意外と小さい数字で胸を撫で下ろしました。むしろ問題なのは、年間4兆円にもなる追加の化石燃料費の方でしょう。年間数千人の人命や年間4兆円の経費とは、まさに戦争ですね。これは「原発との戦争」のための必要不可欠の戦費です。
僕自身はこの愚かな戦争を止めようと、それなりに努力したつもりですが、残念ながら太平洋戦争と同様に、一部の政府高官と大手新聞社の暴走を止めることはできませんでした。それにしても、この負けることが確実で、勝っても何も得るものがない戦争をはじめた責任は、いったい誰がとってくれるのでしょうかね。とほほ。
[1] Bert Brunekreef, Stephen T Holgate, "Air pollution and health," THE LANCET, Vol 360, October 19, 2002.
[2] David M. Stieb, Stan Judek, and Richard T. Burnett, "Meta-Analysis of Time-Series Studies of Air Pollution and Mortality: Effects of Gases and Particles and the Influence of Cause of Death, Age, and Season," Journal of the Air & Waste Management Association, Volume 52 April 2002.
[3]「火力発電所増設へ環境アセス免除方針 政府、東電に」朝日新聞、2011年4月5日
世界では大気汚染というのは非常に深刻な問題で、様々な統計データから、僕は脱原発が進むと、日本にも相当な被害がでるだろう、と心配していました。しかし日本固有のデータを詳細に分析すると、国民の健康被害という点に関しては、僕が思っていたほどひどい状況にはならなさそうで、ほっとしました。せいぜい年間数千人が死ぬ程度でした。脱原発は、人命よりも、むしろ経済問題の方が深刻かもしれません。
大気汚染と脱原発の詳細な研究結果はまた別のところで発表する予定なので、今日は誰でも手に入る公的な国際機関のデータを使って、簡単にどれぐらいの日本人が脱原発により死んでしまうかということを示したいと思います。

出所: Deaths attributable to urban air pollution, WHO
まず、日本ではどれぐらいの人が大気汚染が原因で死んでしまうのでしょうか? 大気汚染というと、四日市喘息のように、喘息が有名ですが、肺癌といった呼吸器系や心筋梗塞等の循環器系疾患との強い関連性があります。日本ではこれらは病気は大きな死因となっていますが、その内、人為的な大気汚染が引き金になっている割合はどの程度か、ということを調べる必要があります。各種の大気汚染濃度の違う地域を比較したり(晩生症状)、同じ地域で時々刻々と変化する大気汚染濃度と死亡率の関係(急性症状)を慎重に研究することにより、大気汚染による犠牲者の数が統計的に推計できるわけです。だから文字通り「大気汚染で死ぬ」人はいないわけで、大気汚染は何らかの病気の原因になるだけです。どっちにしろ、病気になったり、死んでしまうことには変わりはありませんが。
大気汚染は、ある程度強い放射線を浴びたときの晩生癌と同様に深刻な長期の影響もあるのですが[1]、特徴的なのは大気汚染物質の濃度が上昇するとすぐにパラパラと人が死んでいくことです[2]。これは子供や老人などの体力が弱っている人たちで、肺炎や喘息や循環器系の病気などで生と死の間を漂っている人たちが社会には常に一定数いるわけですが、火力発電所や幹線道路の状況で濃度が上昇する大気汚染物質が、そういった人たちの背中をポンと押して、あちらの世界に旅立たせてしまうからです。この辺は熱中症もいっしょですね。ほとんどの人は大丈夫ですけど、たまたま体力が落ちていた人たちが犠牲になってしまうわけです。
WHOの調査によると、日本ではだいたい3万3千人〜5万2千人の人たちが毎年、大気汚染が原因で亡くなってしまいます。世界では100万人〜300万人ほどの人たちが大気汚染で毎年死んでしまいます。このうち自動車の排ガスが半分程度で、火力発電所の煤煙が3割程度です。アメリカでは石炭火力発電所からの大気汚染物質の影響で、毎年2万人程度が犠牲になっているといわれており、僕はかなり心配しておりました。
日本の火力発電所の環境技術は非常に優秀だという話もあります。下の図は、電気事業連合会が日本の火力発電所の環境性能の優秀さをアピールするために作った資料です。多少割り引かないといけないと思いますが、アメリカより単位発電量当たりでは10分の1程度のSOxやNOxしか出さないようです。しかし日本はアメリカよりも、圧倒的に人口密度が高いので、そのことも考慮する必要があるでしょう。

出所: 電気事業連合会、J-Power
実は、OECDが、各国の大気汚染物質を発生源別にまとめています。

出所: OECD Environmental Data Compendium, Air

出所: OECD Environmental Data Compendium, Air
やはり火力発電所の環境技術に関しては、日本はアメリカよりも優れているようです。このようにOECDのデータからも裏付けられました。硫黄酸化物と窒素酸化物の平均で見ると、アメリカでの大気汚染物質の4割〜5割程度が発電所からでていますが、日本は1割〜2割程度です。これは本来は、各種の汚染物質ごとに詳細なモデルを作って研究するべきことですが、ここではざっくりと原発をなくすことで増える死者数がわかればいいだけなので、日本では15%が火力発電所から来ているとして計算しましょう。
日本での大気汚染で死亡する人数を年間42000人として、その内の15%が火力発電所が原因だとすると、約6300人が発電により死んでいることになります。現在の日本の電力の6割が火力で3割が原子力です。この6割の火力が9割になり、原子力がゼロになるわけなので、6300人×3÷6で3150人になります。つまり脱原発で死亡する日本人はだいたい年間3000人ぐらいです。
しかし電力会社は新しい火力発電所をどんどん作っているわけではなく、老朽化して使っていなかった火力発電所をどんどん復活させることにより、電力不足をしのいでいます。経産省も環境アセスメントの免除など、環境基準を大幅に緩めて、老朽化した火力発電所の稼働や増設を助けています[3]。実際のところ、放出される大気汚染物質はこれよりかなり多くなるでしょう。おそらく3000人以上の死者が毎年出る程度ですね。
僕は、当初は万単位になると思っていたので、意外と小さい数字で胸を撫で下ろしました。むしろ問題なのは、年間4兆円にもなる追加の化石燃料費の方でしょう。年間数千人の人命や年間4兆円の経費とは、まさに戦争ですね。これは「原発との戦争」のための必要不可欠の戦費です。
僕自身はこの愚かな戦争を止めようと、それなりに努力したつもりですが、残念ながら太平洋戦争と同様に、一部の政府高官と大手新聞社の暴走を止めることはできませんでした。それにしても、この負けることが確実で、勝っても何も得るものがない戦争をはじめた責任は、いったい誰がとってくれるのでしょうかね。とほほ。
[1] Bert Brunekreef, Stephen T Holgate, "Air pollution and health," THE LANCET, Vol 360, October 19, 2002.
[2] David M. Stieb, Stan Judek, and Richard T. Burnett, "Meta-Analysis of Time-Series Studies of Air Pollution and Mortality: Effects of Gases and Particles and the Influence of Cause of Death, Age, and Season," Journal of the Air & Waste Management Association, Volume 52 April 2002.
[3]「火力発電所増設へ環境アセス免除方針 政府、東電に」朝日新聞、2011年4月5日