今日、書評人というサイトに投稿された、次の記事をたまたま読んで、僕は自分が犯した罪を思い出してしまった。ひっそりと誰にも気づかれずにやったことだ。だから僕が黙っていたら、世間の人は、僕が何をしたのか、まったく知らないままだ。知らないままだった。

副島隆彦というイノベーション

僕が、どんな罪を犯したのか。そのことを今日は書きたいと思う。自分の心を整理するためにも。そして、この胸を突き刺すような罪悪感から少しでも逃れるためにも。

最近、僕が出版した「日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門」の中で、バーナード・マドフ事件について書いた。ひとつのセクションを丸々使って、かなりくわしくこの人類史上最大の詐欺事件について、僕は書いた。

僕は、大学で研究者をやっていたことがあるので、参考資料として使わせていただいた文献はていねいに掲載することにしている。研究者にとって、自らの論文がどれだけ引用されるか、というのは非常に重要な評価基準になる。だから、先駆的な研究、データや考察などを参考にした論文などは、できるかぎりフェアに紹介することに僕は大変気を使う。それは優秀な研究者が、世間に正しく評価されるための非常に大切なプロセスなのだ。

それとバーナード・マドフ事件とどういう関係があるのか? 実をいうと、僕の本の中のマドフ事件の事実関係の記載は、「バーナード・マドフ事件 アメリカ巨大金融詐欺の全容」を参考にして書いたのだが、僕はこの本を僕の本の参考文献には記載しなかった。その多くを引用したにもかかわらず。これは作家として明確なマナー違反だし、ましてや、僕は元研究者として、普通の作家よりはるかにていねいに参考資料のリストを作っている。その基準からしたら、この本は確実に載せるべきだった。それでもなぜ載せなかったのか。 無視したのか。まるでそんなを本がこの世に存在しないかのような態度を取ったのか。それはこの本の翻訳・監修が副島隆彦だったからだ。

この本自体は、バーナード・マドフの人間関係を詳細に追った秀逸なノン・フィクションなのだが、副島隆彦氏による解説文が常軌を逸していた。ユダヤ人差別の中でも、出身地の違いによるユダヤ人によるユダヤ人の差別があるらしく、副島隆彦氏によればこの事件はすべて、そうやって差別されたユダヤ人のマドフが、マドフを差別したエリートのユダヤ人に対する、最初から入念に計画された復讐劇だとされた。そんな、馬鹿な! 実際に本書を読み進んでも、そういった記述は全くなく、副島隆彦氏の荒唐無稽なストーリーがどこから湧き出してきたのか、僕には皆目見当もつかなかった。

副島隆彦氏によれば、アポロ計画は実際には誰も月には行っておらずアメリカの茶番劇だし、ホロコーストもなかったし、オバマ大統領は世界を支配する巨大な闇の権力の操り人形(パペット)なのだ。長い時間をかけて一生懸命書いた、まだ一度もセックスをしたことがない美しい女子高生みたいなまだ僕と編集者しか読んでいない原稿に、どうしても「副島隆彦」という文字列を書きたくなかった。どうしても。それは何か汚らわしいことのように思えたし、恥ずかしいことのようにも思えた。「副島隆彦」という4文字、たった4文字を僕の本の片隅に少しでも書くことにより、僕の本が呪われてしまい、その他大勢のトンデモ本の仲間入りを宣告されてしまうように思えたのだ。それはレイプされる、とまではいかないけど、真っ白で柔らかい処女の肌に、薄汚れた二級市民の体液をかけられるような感覚だった。

僕の本は、ミルトン・フリードマンやフリードリヒ・ハイエクという自由主義の巨人たちの系譜を引き、グレゴリー・マンキューやポール・クルーグマンの教科書と同じような、正統派の経済学のイントロダクションでなくてはならなかった。そこに「副島隆彦」という名前を書くわけにはいかなかった。だから僕は彼の翻訳を大いに参考にしたにもかかわらず、そのことを隠し、彼の存在を無視した。言論の世界で、僕はひっそりと誰にも知られることなく、彼の作品を盗み、そして彼を殺した。僕は最低の人間だった。最低の犯罪者だ。

誰にだって、人にはあんまりいいたくないことのひとつやふたつあるはずだ。たとえば母親が場末のキャバクラで働いていたとか、兄が万引きで捕まって親が警察に呼ばれたとか、あるいは、小学生のときに、好きな女の子の縦笛をひとりで舐めていたとか、そんな薄暗い過去のことだ。僕にとって「副島隆彦」という存在自体が、そんなとても恥ずかしいことのように思えた。だからまるで彼が存在しないかのようにスカした顔して日常生活をやりすごしていた。しかし彼は確かに存在した。

僕の胸をさらに突き刺したのは、僕が彼を殺したのが実はこれが2度目だという事実だ。僕は昔「日本の裁判がとても長い理由とヘンテコ経済評論家のレゾンデートル」というエントリーを書いた。このエントリを書くときに「裁判のカラクリ」という本を参考にした。実はこの本は、山口宏と副島隆彦の共著なのだが、僕はこっそりと「副島隆彦」の方を省略しておいた。著者が5人もいたら、最初のひとりだけ書いて、残りの4人を省略する、ということは確かにありえる。しかし著者がふたりしかいないのに、山口宏だけ書いて、副島隆彦の方だけ書かない、などということはありえない。しかし、僕は彼を抹殺した。そのことを読者に、あるいは副島隆彦の狂信的な信者に突っ込まれたら「すいません、秘書がうっかり忘れていたみたいです」などと言い訳すればいいと思っていた。できれば、この密かな殺人を誰にも気付かれたくなかったことはいうまでもないけど。僕は正統派のジャーナリストとして、彼と同じような人間とは決して思われたくなかった。だから何事もなかったかのように、彼の存在を無視し、この手で消し去り、そして彼を殺した。僕に助けを乞う捨て猫を、僕は見捨ててその場を歩き去り、やがてその猫が飢えによって死んでしまうようなやり方で、副島隆彦は僕のブログの中で殺された。

また、副島隆彦は3・11の後に日本のマスコミにやはり殺されている。高い給料をもらってる日本中のテレビ局や新聞社の社員が全社一斉に原発の50km圏内から逃げ出し、遠くからの望遠レンズで撮影した画像を流して、東電や政府発表の2次情報、3次情報で、各社錯綜した原発報道を繰り広げていた。そして大手マスコミに就職できなかったジャーナリスト(笑)は、頭のおかしい反核団体の意見をそのまま流して、恐怖を煽るだけだった。そんな1次情報が全くない時期に、副島隆彦とその部下はなんと車を運転して福島第一原発の間近に行っていたのだ。その時のレポートに僕は度肝を抜かれた。今でこそ、福島第一原発の様子を伝える写真はなんら珍しいものではないが、当時、世界中のどのジャーナリストもできなかったことを、彼らはあっさりとやってのけたのだ。このレポートは、僕は2011年の圧倒的に最高の報道だと思っている。ピューリッツァー賞を3度あげても足りないぐらいだ。それにも関わらず、日本のマスコミは、このレポートを無視したのだ。僕が僕の本の中で彼の存在を消したように。

原発の避難者の皆さん、子供もつれて自分の家に帰りましょう。もう、大丈夫です。安心してください。と、私は、言い続けるしかない(報告文 10)副島隆彦
副島隆彦、福島第一原発にて、2011年3月19

日本の大手マスコミのジャーナリストや、大手マスコミのサークルに入れてもらえなかったジャーナリスト(笑)が束になっても適わない報道を、彼と彼の部下数名は成し遂げた。彼らは間違いなくザ・ベスト・ジャーナリズム・オブ・ザ・イヤー2011だ。そして、僕は彼の存在を恥ずかしいと思っていたことを、恥じた。今日はそのことを心から謝ろうと思う。

副島隆彦さん、ごめんなさい。