放射線医が語る被ばくと発がんの真実、中川恵一

東京大学医学部の放射線医療チームを率いる中川恵一氏の新刊である。中川氏はすでにシーベルトやベクレル、そして被曝の人体への影響をやさしく解説した「放射線のひみつ」を出版しているが、この本はより踏み込んだ内容となっている。すでにネットなどの議論を知っている人にとってはそれほど目新しさはないが、いくつかの話は原発事故を考える際に、大変示唆的であった。特に大変興味深いのは、広島・長崎の原爆に関する記述である。

広島・長崎では大量の放射性物質が撒き散らされた。しかも、当時は放射線に対する知識が全くなかったので、原爆が投下されてすぐに多数の人が広島に戻ってきてしまったのである。その結果どうなったか。実は、広島市民は日本で一番長寿になったのだ。広島市の女性は日本の全政令指定都市の中で一番長生きする。日本の女性は世界一の平均寿命なので、広島市の女性は世界で一番長寿だということになる。なぜか。それは広島の市民には被曝手帳が配られ、医療が無料化されたからである。そのため、広島で被曝した人たちは世界で一番の長寿となったのだ。

一方でチェルノブイリの原発事故では、広島・長崎の原爆により、放射線の健康被害がよく知られていた。旧ソビエト政府は、当初は原発事故を隠そうとしたのだが、西側諸国に発覚し、国際的な非難にさらされると、急に極めて厳しい基準で住民を強制退去させた。チェルノブイリの健康被害を調査している国連科学委員会やロシア政府の包括的な調査によると、現在までに放射能汚染の犠牲者は事故の収束に当たった作業員と汚染ミルクを飲んだ住民とで合わせて50人程度である。そして疫学的には、小児甲状腺癌以外に、いかなる放射線による健康被害も見つかっていない。しかし、避難措置が取られた地域では、平均寿命がかなり短くなってしまったのだ。広島とは反対である。原因は、鬱病による自殺とアルコール中毒の大幅な増加だ。

強制移住によってコミュニティーが崩壊し、新たな生活に適応できない人々の間で、精神的なストレスによる疾患が急増したのだ。そして、主にヨーロッパのメディアから流される科学的根拠の乏しい、放射能による恐怖を煽る報道により、住民の多くが不安に苛まわれ、うつ病などを発症していった。皮肉なことに、放射線の知識が全くなく、放射能汚染された地域に住み続けた広島市民は世界一の長寿になり、そのような広島の知識に基づき、メディアが過剰な反応をした旧ソビエトの人々は精神疾患で大きく平均寿命を縮めたのだ。

無知、あるいは危険を煽ることで生計を立てているジャーナリストや一部の研究者らの無責任な言葉の数々が、チェルノブイリの住民を殺したのである。我々は福島で同じ過ちを繰り返してはいけない。