世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち、マイケル・ルイス、東江一紀(翻訳)
The Big Short: Inside the Doomsday Machine, Michael Lewis

この本は、ここ10年ほどの金融本のなかで、まちがいなくベスト3には入るできで、面白さでいったら、おそらくベスト1ではないかと思う本です。
文庫化に当たり、僕が解説を書きました。
以下に、転載しておきます。


解説 藤沢数希

マイケル・ルイスは、1980年代後半にウォール街の帝王と呼ばれたソロモン・ブラザーズに、債券セールスとして新卒で入社し、そこで3年間ほど務めた。そして、1988年に、ルイスによれば「これといった理由もなく」辞めて、世界的なベストセラーとなる『ライアーズ・ポーカー』を書き上げた。

在籍時の社内の様子をすべて実名で、事細かに暴露し、当時のソロモン・ブラザーズの会長だったグッドフレンドを辞任にまで追い込んだのだ! そして著書の印税で、ソロモン・ブラザーズで貰っていた給料よりはるかに多くを稼ぎ、名声まで手に入れた。なかなかの作家デビューである(あまりにもデビューが鮮烈だったので、多くの人は彼が作家としては一発屋で終わるだろうと思った)。

当時のソロモン・ブラザーズは、住宅ローン担保証券など、まさに2007年からはじまった世界同時金融危機の元凶となる金融商品を最初に開発していたところで、ルイスはそういったデスクのセールスだったのだ。いまにして思うと、金融史のなかでも価値ある本になっている。

僕はといえば、2000年代の最初のテック・バブルの崩壊後辺りに、大学に残って科学者になる道を捨て、この嘘つきポーカーの業界に入り、かれこれ10年近く外資系金融業界で働いている。ルイスは、たとえばオハイオ州立大学の海洋学者になりたい優秀な学生が、ゴールドマン・サックスからの内定通知を破り捨て、大海原へ乗り出して欲しい、と願って『ライアーズ・ポーカー』を書いたそうだが、僕は彼の本を読んで「嘘つきポーカー」に魅せられ、科学者の道をあっさりと捨てて、金融家になったのだ(もちろん他にも理由があった。単純に一番手っ取り早く金が稼げそうだったという理由だ)。

そして、僕も最近、『外資系金融の終わり』という本を書いた。儲けた時は自分のポケットに入れて、銀行がつぶれるほど大損した時は「大きすぎて、つぶせない」ので、そのつけを全て納税者に回す。その恐ろしく間違った金融業界のモラルハザードを皆に知って欲しかったからだ。そういった問題点が世間の目に晒されれば、この巨悪が存続できるわけがないと考えた。もっとも、僕だって自分の利益を犠牲にして正義のために戦うほど馬鹿じゃない(そんなことを金融家に期待してもらっても困る)。巨大銀行が解体されても(それはすばらしく正義だろう)、ルイスほどではないにしろ、僕も作家や小さなヘッジファンドでもして、食べて行くつもりだったし、その勝算は十分にあってのことだった。

実際に『外資系金融の終わり』に書いたように、この業界は2008年のリーマン・ショック以降、しょぼくなる一方だった。たとえば、外資系投資銀行の東京オフィスでトレーダーをしていれば、5年も勤めればふつうに年収5000万円ぐらいは稼げたのだけど、いまでは3000万円がやっとだ。これだったら、日本の一流大企業のサラリーマンのたったの3倍ぐらいにしかならない。僕の本を読んで、こんなしょぼくなった業界の現実を知り、たとえば東大で理論物理学を学んだ優秀な学生が、JPモルガンからの内定通知を破り捨てて、そのまま研究者になって欲しかった。

しかし、ルイスが『世紀の空売り』を書いた時と同様に、むしろ、どうしたら外資系投資銀行に就職できますか、という質問が僕のもとに殺到した。

皮肉なことに、儲けた時は自分のもの、損した時は納税者のもの、という巨大銀行の詐欺的なビジネス・モデルは、どうやら普遍的であり、簡単には改善しそうもなく、金融危機でしばらくは大人しくしているだろうけど(それでも他の業界の給料の3倍以上)、いずれ元に戻るだろう、と僕の本を読んでくれた多くの日本の学生は思ったようなのだ。

僕は、金融家として、2007年からはじまった世界同時金融危機に関して、実に多くの本を読んだ。本書『世紀の空売り』の重要な登場人物のひとりで、サブプライム住宅ローン市場の詐欺的な構造を当初から見抜いていたアイズマンとその同僚たちが「ウォール街で働く非常に多くの人間が、自分の仕事の内容をまったく理解していない、という共通認識を持つに至った」と言っているが、全くその通りだ。僕は自分が担当する金融商品やトレーディング戦略に関しては、少しばかりは理解していたが、世界同時金融危機がなぜ起こったのか、自分の担当したことがない住宅ローン関連の金融商品がどんなものかよく分からなかった。当時は、多くの市場関係者と呼ばれる人たちが何か全てが分かっているような顔をして、もっともそうなことをメディアでコメントしていたが、多分、みんなよく分かっていなかった。

また、巨大銀行の社員というのは、自社の重要な決定―たとえば大きな人員削減の決定など―を通常はブルームバーグやウォール・ストリート・ジャーナルのようなメディアを通して知ることになる。巨大銀行の経営者は、自社がどんなリスクを取っているのかさっぱり理解していないのだが、社員の方は、自社の経営者が何をしようとしているのかさっぱり知らされないのだ。社員は、自分の会社が何をしようとしているのか、新聞を読んで知らされる。だから、世間で騒がれている巨大銀行の内部にいたからといって、彼が何か重要なことを知っていると期待するのは、間違いだ。

世界同時金融危機に関して、ジャーナリストや経済学者が書いた本を読んでも、そのどれもが正直いって僕には腹に落ちない部分があった。ジャーナリストが書いた本の多くはひどく複雑な話を簡単にまとめすぎていて論理が破綻していた。経済学者はマクロ経済学的な意味付けや金融システムの観点から金融危機を論じていて、抽象的な上に、さらに的はずれだった。証券会社ではたらく人間としてどうもそういうマクロ経済の話はどこか遠い世界の話のように思えた。現場で高尚な金融システムのことを考えている人間なんてどこにもいないからだ。自分が関わっている金融商品を使っていかに合法的にたくさん稼ぐか。そして会社のために稼いだ金をどれだけ自分のポケットに取り戻すか。良くも悪くも証券会社のセールスやトレーダーはそれだけを考えているし、それが義務であるともいえる。

嘘つきポーカー業界では、会社は社員を信用していない。ちょうど、社員が会社を信用していないように。会社は自社の社員にカモられないために社員をひどく神経質に監視し、また管理しようとしていた。そんな状況で、なぜ、数々の巨大銀行が、ほんの一握りのトレーダーたちが何兆円も損失を被るリスクを許容していたのか。また、金融危機の最中、ジョン・ポールソンというアメリカのヘッジファンド・マネジャーが、彼のヘッジファンドの顧客のために2兆円ほど、自分のふところのために4000億円ほど、瞬く間に儲けたというニュースを聞いた。人類史上、こんな短期間にひとりの男がこんなボロ儲けをしたというのは全くもってはじめてだった。いったいどうやってそんなことが可能だったのだろうか。二流のジャーナリストや経済学者が二次情報を寄せ集めて書く、薄っぺらい(物理的には厚いのだが…)本には何も具体的なことは書いていなかった。

そして、ルイスの『世紀の空売り』をはじめて読んだ時、僕は衝撃を受けた。いままで、よく分からなかったものが、全て具体的に理解できた。それどころか、こんな面白い本に出会ったのは久しぶりだった。この本は、世間からは全く無名だけど、今回の金融危機を誰よりもはやく予測し、適切な行動を取り、莫大な金額を稼ぎだした個性的なみっつのヘッジファンドと、投資銀行のひとりのトレーダーを中心にストーリーが進んでいく。いまや世界的なノンフィクション作家となったルイスが、綿密な取材、債券市場の専門知識を総動員して、極めてスリリングなストーリーに仕上げている。この本は、金融史を記録する極めて価値あるノンフィクションであり、同時に、第一級のエンターテイメントになっているのだ。

金融というのは一見複雑だが、結局のところ、各プレイヤーがそれぞれ儲けようとして、様々な金融商品を売ったり、買ったりする(正確にいうと貸したり、借りたりもする)だけであり、そうしたプレイヤーの動機と取り引きする金融商品の仕組みを理解すれば、驚くほど簡単に理解できる。世界同時金融危機とは、住宅ローンから派生した膨大な金融商品を巡る攻防だったのだ。

住宅ローンというのは、住宅を担保に入れて金融会社からお金を借りることである。するとお金を貸している債権者には毎月の返済と金利が入ってくる。このキャッシュフローをごっそりまとめて切り刻んだりすれば、いろいろな面白い住宅ローン債券が作れる。これが住宅ローン担保証券(Mortgage-Backed Securities、MBS)である。さらにMBSを束ねて切り刻むとCDO(Collateralized Debt Obligation)が作られる。ちなみにサブプライムというのは、アメリカの貧乏人のための住宅ローンのことだ。サブプライムから大量のMBSやCDOが作られたのだ。

住宅ローンはもちろん借金なので、踏み倒されると損するのだが、住宅ローンを束ねて作られたこれらの金融商品も、踏み倒される率に応じて損が出る。そこで損が出やすいものから、出にくいものまで、いくつかに切り刻むわけだ。この切り身をトランシェという。もちろん、損しやすいトランシェの方が見た目の利回りは良くなる。ハイリスク・ハイリターンだ。

こうした住宅ローンをごっそりまとめた金融商品にムーディーズやS&Pという権威ある格付け会社が、それを売る投資銀行に頼まれてアメリカ国債並みの格付けをどんどん付けていった。それぞれの住宅ローンは焦げ付く可能性があっても、ローン同士の相関は弱いので、全体としてはリスクが分散するというナイーブな仮定をそのまま信じ込んだ、あるいは信じ込まされたからだ。トリプルAの格付けがついたこれらの複雑な金融商品を保険会社などの世界中の機関投資家が買った。

しかし、いい格付けが貰えなかったトランシェが売れ残った。そこでこのCDOのクズを束ねて、CDOのCDOを作った。驚くことに、クズを寄せ集めると、それらにトリプルAの格付けがついた。なぜなら、クズ同士の相関は低いと「仮定」されたからだ。まるで錬金術である。こうしてサブプライムが世界中にばら撒かれた。

それではこのような金融商品をどうやって空売りするのだろうか。それにはCDS(Credit Default Swap)というデリバティブを使う。CDSは債券のデフォルトをヘッジするための金融商品である。スワップという名前が付いているが、要するに保険だと思えばいい。たとえばトヨタ自動車の社債を保有している人がいるとしよう。トヨタ自動車が倒産したら、この社債のかなりの部分が吹き飛んでしまう。それで100円の社債で倒産して30円しか返ってこなかったとする。ここでこの社債のCDSを買っておけば、それを売った人から損失分の70円を貰える。そのかわりCDSを買った人は、最初に決められたお金をこの保険料(プレミアム)としてCDSを売った人に払い続けなければいけない。たとえば年間1%とかである。つまりトヨタ自動車の社債を100億円持っている人は、毎年1億円ずつ払えば、トヨタ自動車が倒産しても損しない。しかし、それだったら最初から社債なんて買わなければ一番いいに決まっている。実は、CDSは保険ではなく、ギャンブルとして使われるのだ。

トヨタ自動車の社債を持っていない人がCDSを買ったらどうなるだろうか。この場合、毎年1億円払えば、トヨタ自動車が倒産したら最大で100億円儲かることがわかる。つまりCDSとはルーレットで数字に賭けるような非対称のギャンブルなのである。ルーレットではピッタリの数字が当たる確率は38分の1だが、そのオッズもカジノの取り分を差し引いた36倍になる。めったに当たらないけど当たったらがっぽり貰える。つまりたった年1億円を賭けるだけで、もし予想通り会社がつぶれてくれたら100億円儲かるチャンスに張ることができるのだ。つまり、他人の家の火災保険を掛けて、家が燃えるのを願うような賭けだ。

さらに面白いことが分かる。債券に投資するには、当たり前だがその債券が実際に発行され、流通していないといけない。しかしCDSなら債券に投資したりデフォルトに賭けたりすることが、債券がなくてもデリバティブの売り手と買い手さえいればどれだけでもできるのだ。つまり実物資産がなくても、同じものを複製できてしまい、売り手と買い手さえいれば、無限大の大きさの市場を作り出せるのだ。これがアメリカの不動産バブルの崩壊が、その不動産から派生した天文学的な量の金融商品を通して、危機を何倍にも拡大させた理由なのだ。

こうしたトリプルAがついている債券が、実はサブプライムがたっぷり入ったとんでもないクズだと気がついた男がいた。幼少期に片目を失い、後にアスペルガー症候群と診断されるサイオン・キャピタルのマイケル・バーリである。バーリは医師でアマチュアの株式投資家であった。勤務中に書いていた投資ブログがあまりにも秀逸で予想が次々に的中するので、投資家からいきなり資金を託されてヘッジファンドをはじめたという異色の人物である。

彼はCDOが暴落することを予測しており、それを空売りする方法として、CDOを原資産とするCDSを思いつき、さまざまな投資銀行に提案して行く。つまりCDOが約束していたキャッシュフローを支払えなくなったときに、CDSの買い手が売り手から保険金を受け取るのだ。トリプルAの格付けが付いていたので、そういったCDSはわずか年間2%程度の保険料で買うことができた。これで当たれば、つまり住宅バブルが崩壊すれば一気に数十倍になる大穴馬券を買うことができた。

驚くことに、CDOのCDSというアイディアは、ウォール街の人間ではなく、この元医師の金融機関で働いたこともない人間から出ていたのだ。そして、CDOのCDSは瞬く間に巨大な市場を生み出していった。

しかし、こんなCDOのCDSをいったい誰が売ってくれたのか。そもそも格付け会社はなぜトリプルAなんていう格付けをサブプライムのクズで作ったCDOにつけたのか。さらにトリプルAだというだけで何の分析もせずにそんな債券を機関投資家はなぜ山のように買ったのか。

こうした根源的な疑問に対して、『世紀の空売り』は実に生々しく、実名で登場する様々な人物の発言や行動を通して、ひとつずつ明らかにしていくのだ。これが、最高にスリリングなストーリー展開で、さらに全てが実際にあったことなのだから信じられない。

さて、この解説を書いているとき、2012年の暮れの衆院選で、民主党を破り、新たに誕生した安倍政権は、日銀にもっとお札をするように圧力をかけ、円安・インフレ政策を掲げている。1000兆円にもなる国家債務を返す当てもないまま、さらに国債を発行し、大規模な公共事業を約束している。日本国政府はまるで借金が膨張していくことを気にも止めていないようだ。それにも拘らず、日本国債の値段は下がっていない。日本の銀行が、他に融資先がないので買い続けているからだ。

しかし、こんなことが永遠に続かないのは明らかだ。いつか破綻するのだが、問題は、それが「いつか」ということだけである。アメリカの不動産バブルの崩壊を予測し、CDOをCDSで空売りして大儲けしたヘッジファンドのいくつかが、今度は日本国債に狙いを定めはじめているようだ。

この1000兆円もある債務が崩壊する時に、どんなことが起こるのか、僕はいまからワクワクしている。その時はまた、ルイスが極上のノンフィクションを書いてくれるだろう。できれば、2008年の世界同時金融危機の時のシティバンクやAIGのような巨大銀行の経営者のように、何にも分かっていなくて散々カモられた大馬鹿者の方(不思議なことにこんな能なしでもそれまでのボーナスを返す必要もなくみんな大金持ちになっている)ではなく、人知れず全てに気がついて、たっぷりと正当な金を儲けたマイケル・バーリのような投資家として、日本の崩壊劇を楽しみたいと思う。