表題の結論までくるのに、すごく長くなってしまったが、とうとう今回が最終回である。僕は、何も優秀だからこそ、学校教育なんか必要ないから、早く学校なんて辞めて、起業しろ!と堀江貴文さんのようなことを言おうとしているのではない。もちろん、それも僕の提言の一部ではあるのだが。

 十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人

このことわざは極めて本質をついていて、灘や開成に受かる小学生も、東大の理三に受かる高校生も、そのほとんどがふつうの人になる。しかし、僕はそのことがじつは凡人になる本人たちにも、ものすごくいいことだと思うのだ。つまり、灘中生や、開成中生は、ふつうの工学部の学生が22歳で到達できる所に、15歳ぐらいで到達できるということだ。それで多くの早期教育がそうであり、天才児のその後がそうであるように、ここからさらにぐんぐんと伸びていくことはあまりない。まあ、だから20歳過ぎるとただの人になるのだし、科学や起業のトップクラスの世界では、こうした元天才児の割合が統計的に多くなる、というわけでもないのだ。

それでアメリカやヨーロッパなどの西側の国では、(最終的にはふつうの人になる可能性が高いとしても)こういう子供たちは、しっかりと金で報われることができる。なぜならば、15歳ぐらいで大学を卒業して働きはじめたり、研究者としてのキャリアをスタートさせることができるからだ。物事を成し遂げるのに、時間というのは圧倒的に貴重なリソースである。ふつうの凡人が22歳で大学を卒業するところを、天才少年は15歳で卒業できるのだ。7年も余分に試行錯誤して、自分が何に向いていて、将来、何をやりたいのかを考える時間があるし、同じ仕事を続けるなら、キャリアを積み重ねることができる。そして、何よりも早く働きはじめることで、稼げる金が増える。

単純に考えて、知的職業を7年余分にできるなら、その間の年収の7000万円ぐらいと、学費が浮くので、1億円近く儲かることになる。日本は飛び級、飛び入学を実質的にほとんど認めていないので、灘中学や開成中学に受かる子共やその父母は、本来なら受け取るはずだった1億円ぐらいの経済価値を、奪われていることになる。いまの教育制度だと、天才児のアドバンテージがほとんどなくなるまで、学校教育の中で飼い殺されるからだ。

それで日本の教育システムをよく調べると、できる子供は、高校に行かないのが一番得だということに気がついた。なぜならば、高等学校卒業程度認定試験というのがあって、これはセンター試験みたいな簡単なテストなのだが、これを取れば、18歳になれば誰でも大学受験できるからだ。

中3で東大に受かるなら、なんで高校に行かないといけないのだ? これぐらいの学力のある15歳なら、データ処理やプログラミング、文献調査などのホワイトカラーの作業員的な仕事なら十分こなせる。だったら中卒で働きはじめて、自分がどういう分野が向いていて、将来、何がしたいのかよく考えてみてもいいし、そのまま雇ってくれたベンチャー企業で働き続けてもいいし、自分で起業してもいい。中3のときに受けた駿台模試の結果を見せて、東京のベンチャー企業のいくつかに、高校に行かないから働かせて欲しい、とお願いしたら、働かせてくれる会社はいくらでもある。

この方法の素晴らしいところは、やっぱり大学に行って、高級公務員になったり医者になったりするのがいいと思えば、いつでも戻れることだ。3年間働いて、やっぱり大学卒業したかったら、受験したらいい。最初から、社会勉強のつもりで、3年後に受験することを決めて、働きはじめてもいいだろう。

私立の灘高校や開成高校の学費を3年間も払うのは、時間と金の無駄以外の何者でもないだろう。そもそも履歴書には、最終学歴しか書かないし、中学受験に詳しい人なら灘や開成の名前を知っているけど、ほとんどの日本人は、そんな中学や高校があることすら知らないのだし。

灘や開成に行く子供こそ中卒で働いたほうがいい その1
灘や開成に行く子供こそ中卒で働いたほうがいい その2
灘や開成に行く子供こそ中卒で働いたほうがいい その3
灘や開成に行く子供こそ中卒で働いたほうがいい その4