(以下の文章は週刊金融日記 第147号「恋愛工学で読み解くイスラム国」の一部抜粋です。)

 「イスラム国」に日本人ふたりが誘拐され、日本国政府やヨルダン政府の努力も虚しく、殺害されてしまった。後藤さんは、信念のあるジャーナリストで、日本中が彼の功績を称え、彼が亡くなってしまったことを深く惜しんでいる。オバマ大統領は、後藤さんを殺害する動画がYouTubeにアップされると、異例の早さでコメントを出した。

"Through his reporting, Mr. Goto courageously sought to convey the plight of the Syrian people to the outside world. Our thoughts are with Mr. Goto's family and loved ones, and we stand today in solidarity with Prime Minister Abe and the Japanese people in denouncing this barbaric act."
(後藤さんは勇気をもってシリアの国民の置かれた苦しい状況を世界に伝えてきた。我々の心は後藤氏の家族や彼を愛する人々と共にあり、米国は今日、こうした野蛮な行為を糾弾することで、安倍首相、そして日本国民と共に結束する。)

 テロリストたちが行った今回の蛮行は、もちろん決して許されないことだ。その点で、安倍首相が「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために国際社会と連携する」と声明を出したのは当然である。(残念なことに「罪を償わせる」という言葉が、一部の欧米メディアで"Revenge"(復讐)と訳されてしまったが、"Bring them to justice"(司法に裁かせる)ぐらいにするべきだっただろう。同時に英語の声明も発表するべきだった。)
 いま、日本国民は、この「イスラム国」に大いに関心を持っており、メディアでは、アラブ諸国やイスラム教に詳しい国際政治や安全保障問題の多くの専門家が「イスラム国」について解説している。
 世間では、「イスラム国」は単なるテロ集団であり、正式な国家と誤解させるような呼称は改めるべきだ、という議論が盛り上がっているが、現実的には国家の形相を示している。シリアとイラクの広範な地域を実効支配しており、すでに2万〜3万人ほどの戦闘員を有する軍隊を持ち、行政を司る官僚組織まで持っている。2014年11月には独自の通貨を発行することまで発表した。国際社会からは決して認められないこの集団を、本メルマガでは、「イスラム国」と括弧付きで表現することにする。
 詳細は専門家に譲るとして、「イスラム国」の歴史を簡単におさらいしておこう。

 イラクやシリアは元々はオスマン帝国の一部であり国民は平和に暮らしていた。しかし、1914年に第一次世界大戦が勃発し、状況が一変する。戦勝国のイギリス・フランス・ロシアがオスマン帝国の領土を分割し、これを分けあったのだ。こうして部族や宗派への配慮もなく、主にイギリスとフランスの利権の都合で、無理矢理に国境が引かれることになった。以後、石油が出るこれらの中東地域は、列強の覇権争いを火種にして、大小様々な戦争を繰り返していくことになる。
 イラクはイギリスにより人工的に作られた国家だったが、1968年にバアス党が起こしたクーデターで独立国家になった。このバアス党で出世して指導者になったのがサダム・フセインである。一方のシリアはフランスに統治されていたが、第二次世界大戦の後にシリア共和国として独立している。
 バアス党は「欧米列強に切り裂かれたアラブ諸国を再び統一し、かつては世界に冠たる文明を誇ったアラブの栄光を取り戻す」という目標をかかげ、多くの若者から熱烈な支持を得た。フセインは彼らのヒーローだったのである。しかし、フセインは典型的な独裁者となった。秘密警察を組織して国民を監視し、自分たちを批判する者や権力を脅かしそうな人物は次々と処刑した。一方で、シリアもアサド政権が、やはり秘密警察で国民を監視し、恐怖政治で治安を維持していた。

 サダム・フセインのイラクだが、じつはアメリカと仲が良かった。となりのイランで1979年に革命が起き、反米国家になってしまったからだ。アラブ諸国のパワーバランスを取るために、アメリカはイラクを支援した。こうして力を付けたイラクは、1980年には、早くもイラン・イラク戦争を引き起こす。この戦争で、イラクの軍隊は国際法に違反する化学兵器を使用したが、反米国家のイランを弱体化させるために、国際社会はこれを放置した。アメリカはフセインの軍隊を訓練し、最新の兵器を与えることにより、8年にも及ぶこの戦争で、イラクを支援し続けた。こうしてイラクは化学兵器、戦車、戦闘機などを保有する強大な軍事力を持つことになる。
 1990年8月、イラン・イラク戦争でクウェートから金を借りていたフセインは、戦争が終わると、自分たちは血を流すことなく、金を返せと執拗に迫る隣国のクウェートにブチ切れて、侵攻を開始した。これにアメリカがブチ切れて、1991年1月、アメリカ軍と多国籍軍は湾岸戦争を開始したのだ。多国籍軍は、ハイテク兵器を使った徹底的な空爆で1ヶ月足らずで勝利する。ここでブッシュ大統領(父)は、フセインを殺すこともできたのだが、あえて生かしておいた。しかし、唯一の超大国となったアメリカはここで力を誇示して、サダム・フセインを処刑し、アメリカの力でイラクに民主的な政権を作るべきだ、と考える人たちも多くいた。彼らは「ネオコン」と呼ばれている人たちだ。

 ネオコンの人々が一気に息を吹き返すときが来たのが、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロである。あの民間航空機をニューヨークの高層ビルに複数突っ込ませるという、前代未聞のテロを企画して実行したのは、アルカーイダというテロ組織である。アルカーイダは、オサマ・ビンラディンが中心になって起ち上げた、フランチャイズ形式の民間テロ組織で、主に反米思想の富裕層からの寄付金が収入源であった。
 世の中には、様々な理由で強烈な反米感情を持っている人がいる。産油国などのこうした富裕層が、アメリカを攻撃してくれる民間テロ組織を支援しているのだ。アルカーイダのビジネスモデルは、環境保護団体のグリーンピースと同じだと考えれば、よくわかる。グリーンピースは、欧米の富裕層からの寄付金で運営されている。こうした富裕層は、メディアなどで紹介される活動を見て、自分が好きな団体に寄付する。グリーンピースが、クジラ漁をする漁船に体当りしたり過激な行動をするのは、こうした富裕層へのアピールなのだ。あの同時多発テロを成功させたアルカーイダは、この分野で圧倒的なトップブランドに躍り出たのだ。

 アルカーイダの主要メンバーは、1979年から1989年まで約10年に及んだアフガニスタン紛争で、ソ連に対抗するためにアメリカの支援を受けていた義勇兵たちであり、ビンラディンもサウジアラビアからこの戦いに加わり、英雄となっていた。
 アフガニスタンでの戦闘が終わると、こうした兵士たちは再就職しないといけない。ところが彼らは高校生ぐらいのときから戦争しかしたことがない。会社の面接に行って「ワープロ打てますか?」と聞かれても、「バズーカ砲なら撃てます」としか答えようがないのである。アルカーイダのような民間テロ組織は、こうした失業した兵士たちの受け皿となったのだ。

 911の世界同時多発テロの後に、ネオコンの人たちはイラクに戦争を仕掛けることを切望する。イラクとアルカーイダは直接的には何の関係もないが、イラクが保有する「大量破壊兵器」がこうした民間テロ組織の手に渡れば大変なことになる、として戦争を正当化したのだ。そして、2003年3月には、アメリカ軍とイギリス軍がイラクに戦争を仕掛ける。
 イラク戦争では、プレデターなどの無人航空機やトマホークなどの巡航ミサイルによる「ピンポイント」爆撃などで、アメリカ軍は圧倒的な力を見せつけた。湾岸戦争からさらに進化したハイテク兵器が惜しげもなく投入され、さながら兵器ショーとなった。ブッシュ大統領(息子)は、5月にひとまずの大規模な戦闘が終了したことを宣言した。ほどなくしてフセインは処刑され、イラクの「民主化」に成功したのだ。

 アメリカは、まずはフセイン独裁体制を支えたバアス党を解体した。イラクでは高い教育を受け、専門的な職業に就くにはバアス党に所属している必要があり、軍人、エンジニア、医師、裁判官などの専門知識を持った人はバアス党の関係者だった。彼らはアメリカの政策で失業してしまい、即席で作られた政府は素人ばかりになった。
 残念ながら、イラクの民主化はブッシュ大統領(息子)たちが思っていたほど上手く行かず、それまでバアス党に虐げられていた人々が、今度は逆に元バアス党員を迫害するなど、内乱状態となった。アルカーイダや旧バアス党員などが、駐留するアメリカ軍に立ち向かう武装集団になっていった。彼ら反政府武装集団は、アメリカ駐留軍を奇襲したり、ときには自爆テロをしかけた。皮肉なことに、アルカーイダの戦闘員も、バアス党の軍人たちも、元はといえばアメリカが支援して育てたのだ。
 そして、アルカーイダとして活動していたアブー・バクル・アル=バグダディの武装集団が「イスラム国」のルーツとなる。バグダディたちは、イラクの特定の宗派や部族を虐殺して、その様子をYouTubeにアップするなど、残虐性を人々に見せつける広報活動が際立っていた。アルカーイダとしても目に余る存在だった。そして、とうとう「イスラム国」は、911以降は大きな仕事をしておらずブランド力を落としていたアルカーイダからスピンオフして、独自のテロのブランドとして世界に売り出すことにしたのだ。

 また、チュニジアで2010年に独裁政権に対する民主化を要求する大規模なデモが起こった。これが次々とアラブ世界に波及し、翌年にはシリアでも民主化運動が起こり、独裁政権の基盤が揺らいでいった。このときに、民衆がFacebookやTwitterを使って、デモに参加することを呼びかけ、連携したことから、こうした民主化運動は世界のジャーナリストたちからインターネット革命ともてはやされた。アラブの春である。
 ところが、民衆により独裁者たちが追放されはじめると、アラブ諸国は平和な民主国家とは程遠い混沌とした世界となった。民衆に銃を向ける独裁政権、次の権力の座を奪い取ろうとする大小様々な反政府武装集団、そして、こうした武装集団同士もまた、内戦を繰り広げていった。
 「イスラム国」は、こうしたシリアの内戦に参加し、他の反政府武装集団たちと連携を深め、シリア国内にネットワークを築いていった。アルカーイダは、アメリカの「テロとの戦争」に対向するため、「組織なき組織」と呼ばれる分散型のネットワーク構造に変貌を遂げていた。アルカーイダの流れを組む「イスラム国」も、そうしたネットワークにより、シリアとイラクの広範な地域で連携したのだ。

 2014年6月に、この反政府武装集団のネットワークが、イラク第二の都市モースルを電光石火で制圧したのである。このとき、イラクの正規軍は27万人もいた。それに対して「イスラム国」の軍勢は、せいぜい1万人程度だった。こうして世界は「イスラム国」の存在に驚いたのだ。
 なぜこのようなことが可能だったのか? それはイラク政府の正規軍が、アメリカ主導の「民主化」により作られた素人集団であり、フセイン体制で鍛えられた元バアス党のプロの軍人たちが、「イスラム国」に雇われていたからだ。また、シリアでは、アサド政権が、反政府武装集団同士を戦わせて疲弊させるために、「イスラム国」を放置していた。こうして「イスラム国」の兵士たちは、シリアで多数の実戦を経験しながら、鍛えられていた。また、「イスラム国」の残虐性が知れわたっており、イラクの正規軍はそれを恐れて逃げ惑う他なかったのだ。
 兵力の劣る「イスラム国」は破竹の快進撃を続け、イラクとシリアの広範な地域を制圧することになる。
 バグダディは、自らが預言者ムハンマド(イスラム教の開祖)の後継者である「カリフ」であると宣言し、2014年6月29日に「国家樹立」を宣言する。

 「イスラム国」は、シリアの内戦で鍛えられた戦闘員とイラク政府から収奪したアメリカ製の強力な兵器を持っている。そして、かつてのナチスのように統一されたファッションや、グローバル・ジハードの思想を掲げ、YouTubeやTwitterを使って、世界中で戦闘員のリクルートをしている。実際に、ヨーロッパやアジア、オーストラリアの若者が千人単位で「イスラム国」に加わっている。
 国家の行政は、かつてフセインに雇われていた専門家たちが担っている。そして、アルカーイダのように、グローバル・ジハードの理念でつながる分散型のネットワーク構造になっており、指導者のバグダディを暗殺したからといって崩壊する組織でもない。

 さて、長くなったが、以上が国際政治や宗教の文脈で見た「イスラム国」の歴史である。欧米列強の植民地政策が生み出した悲劇、イスラム教とキリスト教の対立、イスラム教の中での宗派や部族の対立など、さまざまな切り口があろう。
 しかし、この問題を恋愛工学で読み解くと、やはり非常に重要な本質がわかってくる。

 まず、はじめにひとつの矛盾を紹介しよう。イラクでは駐留するアメリカ軍と戦うための反乱軍が生まれたのだが、アメリカのシンクタンクのブルッキングス研究所などの調査によると、こうした反乱軍はアメリカ人の10倍近くのイラク人を殺害しているのだ。また、「イスラム国」は、グローバル・ジハードでユダヤ十字軍を殲滅するという高潔な目標を掲げながら、実際のところ外国人の数百倍以上のイスラム教徒を殺害している。
 先進国の国民に犠牲者が出ると、大きく報道されることから、「イスラム国」はイスラム教徒の同胞を守り、外国の異教徒と戦っているような印象を持つが、実際のところ圧倒的に同じイスラム教徒を殺しているのだ。
 こうした矛盾に、政治学者や宗教学者は答えることができない。

 しかし、恋愛工学を使えば、「イスラム国」の戦闘員たちの行動は、とてもわかりやすい。彼らは・・・

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参考文献
『イスラーム国の衝撃』池内恵
『イスラム国の野望』高橋和夫
"Iraq Index: Tracking Reconstruction and Security in Post-Saddam Iraq," Brookings Institutes

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