2018年03月08日

木鶏の境地を目指す

(もっけいのきょうちをめざす)

【木鶏】とは荘子の中にある有名な話で、闘鶏が木彫りの鶏のように全く動じないさま。
真に強いものは、敵に対しても、少しも動じないことのたとえ。

昔、中国で紀悄子という人が、王様のために闘鶏を養っていました。
彼はあるとき、すごい闘鶏を手に入れます。
 王様が10日ほど経って「どうだ、もう闘わせてもいいか?」と訊ねますと
 『いや、まだ空威張りして闘争心があるからいけません』と答えます。
 もう10日ほどして「どうだもういいか」と訊かれても、依然として
 『いや、まだです。ほかの闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立つからダメなのです』 
 と言います。
 さらに10日経っても
 『まだいけません。まだ、目を吊り上げて威張っているから話になりません』
 さらに10日経って王様が訊くと
 『近し、もうそろそろでしょう。鳴くものありといえども、既に変ずる無し。これを臨む  に木鶏に似たり、その徳、全し』
つまり、よその闘鶏が鳴いていても顔色も変えない。
まるで木彫りの鶏のようで完全に闘鶏として仕上がったということです。
実際に闘わせてみますと、ほかの闘鶏は闘わずして逃げるではないですか。
褒められても、けなされても、態度が変わらない。【泰然自若】

日々トレーニングして追い込み、鍛え上げていれば、相手がどうとか気にならなくなるもの。
相手を威嚇したりすることは自分に自信がない現れ。
木鶏の境地を目指し、世界チャンピオンになってほしい。

森岡ボクシングジム 会長 森岡和則


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