昨日(12月5日)は、伝説の里かづのが誇る民俗芸能「大日堂舞楽」のユネスコ無形文化遺産登録を記念した特別公開が行われました。
久しぶりに鑑賞させていただきましたが、厳粛な舞に感動した南部の殿様でした。欲を言えば、照明等にもう少し工夫があればもっと雰囲気が出たのではと思いました。やはり本格的文化ホールがほしいなという気持ちですね。
さて、タイトルとは違う話題から入ってしまいましたが、「楚人冠」って知ってますか?
落馬記念碑というタイトルから人間だろうというのは容易に想像できますが、杉村楚人冠(本名:広太郎)という元朝日新聞記者で随筆家・俳人だそうです。
で、その杉村楚人冠の落馬記念碑って何?という疑問がわくところです。
楚人冠落馬記念碑
南部の殿様も、話には聞いたことがありましたが、八幡平トロコの国道341号脇にその石碑がひっそりと建っていて、先日、千葉県我孫子市の方からの依頼もあって調べてみたところ、八幡平国立公園の宣伝に一役買った方で八幡平の観光業者にとっては忘れてはならない方のようです。
楚人冠落馬のエピソードを紹介すると、
昭和9年(1934年)、八幡平高原と温泉郷の宣伝に一役買った楚人冠が八幡平登山をすることになりましたが、当時の八幡平は、奥羽アルプスの秘境というキャッチフレーズで宣伝されていたため途中まで車で登れたものの、上までいくには徒歩か馬の背に頼るほかありませんでした。
登山の途中で、楚人冠は馬から落ちて腕を折ってしまい、入院する羽目になりました。後日、その場所に落馬記念碑が建てられ、普通に考えれば思い出すのも恥ずかしい出来事ですが、楚人冠はこの記念碑の除幕式に自ら進んで出席し、八幡平のPRに努めたということです。
どうして落馬記念碑が建てられたのかは定かではありませんが、当時もマスコミの影響力というのが大きく、八幡平の宣伝に尽力してくれた方ということで記念碑の建立に至ったのでしょうか?
杉村楚人冠という方がどれだけ有名な方かは存じ上げませんが、当時、落馬しただけで石碑が建てられるほどの方だったということで、大日堂舞楽ではありませんが、後世にしっかりと語り継いでおく必要がありそうですな。




