24TT小野寺グループ企業訪問&勉強会
1時間真剣にお話を聞いていただきました。いろいろな質問も頂きました。
話したりなかった部分は、職人本を読んでください。
訪問いただきありがとうございました。

「職人」を教え・鍛え・育てるしつけはこうしなさい! (DO BOOKS)
クチコミを見る

若松さんのブログの記事 http://ameblo.jp/shin-1/entry-11446523127.html
〇栃木県那須塩原の左官さんから届いた一冊の本
2〜3日前、私の元へ一冊の本が送られてきました。送り主の名前が書いていないのですが、封書の重量からして明らかに、書籍郵便だと思い封を切りました。中から「職人」を教え・鍛え・育てるしつけはこうしないさい! 阿久津一志著と、描いた一風変わった200ページ弱の本に添えて、白い便箋に入った若松進一様という手紙が出てみました。封をしていない手紙の中から添えられた名刺とともに、かなり達筆なお便りが出てきました。早速拝読したお便りには次のように書かれていました。
(贈られてきた阿久津一志さんの自著本)
「若松進一様 新年明けましておめでとうございます。私は2001年に若松さんにご講演をお願いし、栃木県那須地域で、演題「まちづくりの志」を開催させていただきました阿久津一志と申します。その節は大変お世話になりました。私も無事17年間の青年会議諸活動を終了し、現在は左官屋の親父をしております。私が若松さんの話を聞いたのが29才の時で、本当に衝撃を受けました。それ以来、私の中では、若松さんが「まちづくりの心の師匠」になりました。私は現在、若手左官職人の育成をしながら、まちづくりにも取り組んでいます。若松さんのブログも楽しく拝見させて頂きながら、参考にもしています。若松さんの著書にも大変影響を受け、職人育成の本も描くことができました。大変遅くなってしまいましたが、師匠にも読んでいただきたく、お送りさせて頂きます。いつまでもお元気で。 阿久津一志」
手紙によると、私が阿久津さんと出会ったのは2001年とか、12年も前のことなので、失礼ながら顔までは覚えていませんが、名刺に刷り込んだ顔写真には那須塩原で出会った時の、阿久津さんの面影が偲ばれ、私のカンピューターがタイムスリップし始めました。私が招かれたのは確か青年会議所での講演会でした。その時の委員長が阿久津さんだったのです。やる気満々の阿久津さんに圧倒されながら、私も一番油の乗った時期だったため、大いに語ったような記憶が蘇ってきました。
その後何度か栃木県へは講演に出かけていますが、その度に阿久津さんのことを思い出しながらも、忙しさにかまけて連絡もせず今日を迎え、最近では昨年11月14日に栃木県宇都宮市へ講演に出かけた時もとんぼ返りで、出会う機会を逸していました。
私は阿久津さんから、「まちづくりの心の師匠」と書かれるほど立派な人間ではありませんが、それでも当時29歳だった若者の生き方に、何がしかの影響を及ぼしたのであれば、これはもう最高の感激なのです。ましてや私の自著本「昇る夕日でまちづくり」にも影響され、立派な本まで描いたのですから、これ以上の喜びはないのです。
私は早速名刺の電話番号を頼りに電話をかけました。運よく在宅で懐かしい声も聞くことができ、短い会話ながら電話での交流をすることもできてホッとしました。
早速昨日の夜は贈られてきた本を、夜遅くというよりは朝早くまで、一気に読んだたため少々寝不足となりましたが、いい本の内容に満足しながら、更なる精進を誓いました。願わくば近いうちに会いたいものです。
「一冊の 本に手紙が 添えてある 呼んで感激 あれから25年」
「手紙には 出会った後の 過ぎ越しが 短文ながら ギュッと凝縮」
「左官屋の 親父になりて 後進の 指導しっかり たいしたもんだ」
「名刺見て 声に逢いたい 一心で 電話の向こう ドキドキ・ジーン」





那須野ヶ原経営研究会の同志であり、尊敬する先輩経営者でもある福島県の仲田社長の会社(仲田種苗園)の柿畑さんが我が社の朝礼を見学および参加をしてくださいました。
柿畑さんに参加していただいたことにより、私たちも刺激を受け良い朝礼ができたのではないかと思います。
我が社では、13の徳目と職場の教養という冊子を使って朝礼をしています。
朝礼を行うことにより、清々しい気持ちで一日がスタートできます。



















