すでに鬼籍に入られているJリーガー、
10人ぐらいかな…と思い調べたところ、合計25名でした。
一覧として残しておきます。

※1993年のJリーグ開幕以降に、各クラブに所属したことのある選手が対象。

※除外した例
・エジバウド(ガンバ大阪)
1992年の天皇杯には出場しているが、翌年の開幕前に交通事故で死去。
・吉田佳泰(ザスパ草津)
J参入前の地域リーグ時代にプレー(2002〜2003)。2016年、胃がんで死去。



●GK

・藤川孝幸 (V川崎 92〜95) Wikipedia

生年月日:1962年10月10日
J通算:26試合

1980年、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)の前身となる、JSLの読売クラブに入団。
1995年に引退後、V川崎、神戸、仙台、C大阪、福岡などでコーチを務める。
2017年、北海道リーグの北海道十勝スカイアース代表に就任。
2018年11月15日、胃がんで死去。56歳没。


・真田雅則 (清水 92〜04) Wikipedia

生年月日:1968年3月6日
J通算:J1 243試合
個人タイトル:1999年 Jリーグベストイレブン
日本代表:国際Cマッチ5試合出場

1990年、JSLの全日空に入団。
1992年、翌年のJリーグ開幕に伴い、清水エスパルスに移籍。
2004年に引退後、清水、千葉のGKコーチを歴任。
2011年9月6日、急性心不全で死去。43歳没。


●DF

・山田泰寛 (清水 93〜95) Wikipedia

生年月日:1968年2月13日
J通算:31試合0得点

1990年、JSLのヤンマーに入団。
1992年、翌年のJリーグ開幕に伴い発足した、清水エスパルスに移籍。
1995年、引退。1996年から1997年まで、清水ジュニアユースのコーチを務める。
2000年、富士常葉大学のサッカー部監督に就任。
2013年4月8日、肺臓がんにより死去。45歳没。


・柳想鐵(ユ・サンチョル) (横浜FM 99〜01、03〜04 柏 01〜02) Wikipedia

生年月日:1971年10月18日
J通算:J1 113試合 44得点

韓国出身。
1998年、フランスワールドカップ出場。
1999年、横浜F・マリノスに加入。2000年、1stステージ優勝に貢献。
2001年、柏レイソルに移籍。
2002年、日韓ワールドカップ出場。
2003年、横浜F・マリノスに復帰。1st、2ndステージ共に制し、完全優勝に貢献。
2005年、韓国で引退。
2011年からKリーグの大田、全南、仁川などで監督を務める。
2019年11月、ステージ4の膵癌であることを公表。
2021年6月7日、ソウル市内の病院で死去。49歳没。


・今藤幸治 (G大阪 93〜98) Wikipedia

生年月日:1972年4月28日
J通算:133試合4得点
日本代表:国際Aマッチ 2試合 0得点

1991年、ガンバ大阪の前身となるJSLの松下電器産業に入部。
1996年、試合中に痙攣を起こし搬送。その後の検査で脳腫瘍が発覚する。
1998年、シーズン途中にガンバ大阪を退団。
2003年4月17日、愛知県内の病院にて死去。30歳没。


・松田直樹 (横浜M、横浜FM 95〜10) Wikipedia

生年月日:1977年3月14日
J通算:J1 385試合 17得点
個人タイトル:2000年、2002年 Jリーグベストイレブン
日本代表:国際Aマッチ 40試合 1得点

1995年、横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に加入。
1996年、アトランタオリンピック出場。
2000年、シドニーオリンピック出場。
2002年、日韓ワールドカップ出場。
2011年、当時JFLの松本山雅に移籍。
同年8月2日、チームの練習中に倒れ救急搬送されるも、心筋梗塞で死去。34歳没。


・関本恒一 (鳥栖 99〜02) Wikipedia

生年月日:1978年5月23日
J通算:J2 62試合1得点

1997年、当時JFLのサガン鳥栖に入団。(1999年よりJ2参入)
2002年、引退。引退後、母校の四日市中央工業高校、四日市大学でコーチを務める。
2013年、三重県リーグ2部のFC.ISE-SHIMAで現役復帰。(翌年県1部に昇格)
2014年8月、骨肉腫が見つかり入院。同年限りで退団。
2016年1月23日、大阪府内の病院で平滑筋肉腫により死去。37歳没。


・ダニエル (甲府 09〜11、名古屋 12〜13、大分 14〜16) Wikipedia

生年月日:1982年5月30日
J通算:J1 82試合2得点 J2 115試合5得点 J3 19試合2得点

ブラジル出身。
2009年、ヴァンフォーレ甲府に期限付き移籍で加入。
2010年、完全移籍。クラブのJ1昇格に貢献。
2012年、名古屋グランパスに移籍。
2014年9月、ブラジルのクラブを経て大分トリニータへ加入。
大分在籍中に肺がんが見つかるが、公表をせずにプレーを続ける。
2016年引退。
母国で指導者として活動しながら闘病生活を送るが、2019年2月10日に死去。36歳没。


・ヨ・ヒョジン (栃木 10) Wikipedia

生年月日:1983年4月25日
J通算:J2 28試合0得点

韓国出身。
2010年、栃木SCに期限付き移籍で加入。同シーズン限りで退団。
2015年、韓国で引退。
2019年12月、がんの診断を受ける。
2021年7月31日、ソウル市内の病院にて死去。38歳没。


・宮本卓也 (C大阪 06〜08 山形 08〜12 福岡 13) Wikipedia

生年月日:1983年7月8日
J通算:J1 101試合1得点 J2 106試合0得点

2006年、セレッソ大阪に入団。
2008年、モンテディオ山形に期限付き移籍。J1昇格に貢献。
2009年、完全移籍。
2013年、アビスパ福岡に完全移籍で加入するも、同年限りで引退。
2014年から、C大阪、長崎の下部組織でコーチを務める。
2022年、V・ファーレン長崎U-15コーチとして指導に当たっていたが、
同年5月1日、不慮の事故により死去。38歳没。


・チエゴ (京都 10) Wikipedia

生年月日:1986年7月22日
J通算:J1 10試合0得点

ブラジル出身。
2010年、京都サンガF.Cに期限付き移籍で加入。シーズン途中で帰国。
2016年11月28日、当時所属していたブラジルのシャペコエンセが
コパ・スダメリカーナ2016の決勝に参加するため、航空機でコロンビアに向かうが、
墜落事故に遭遇し死去。30歳没。


●MF

・久高友雄 (G大阪 93 C大阪 95) Wikipedia

生年月日:1963年3月14日
J通算:36試合1得点

1981年、松下電器産業サッカー部(現・ガンバ大阪)に入団。
1994年、当時JFLのセレッソ大阪に移籍。同年のJリーグ参入に貢献。
1995年、シーズン後に引退。その後、セレッソ大阪の下部組織のコーチ、監督を歴任。
1999年夏、検査の結果胃がんが判明。1999年9月22日死去。36歳没。


・ウーゴ・マラドーナ (福岡 96 札幌 98) Wikipedia

生年月日:1969年5月9日
J通算:49試合13得点

アルゼンチン出身。ディエゴ・マラドーナの弟。
1992年、当時東海リーグのPJMフューチャーズに加入。
1995年、当時JFLの福岡ブルックス(現・アビスパ福岡)に移籍。
27試合27得点でJリーグ参入に貢献。
1998年、当時JFLのコンサドーレ札幌に移籍。
こちらでもJFL優勝に貢献し、Jリーグ参入に貢献。
2000年にアルゼンチンで引退。
2021年、イタリアの自宅にて心臓発作により死去。52歳没。


・ガビリア (湘南 01) Wikipedia

生年月日:1969年11月27日
J通算:J2 23試合4得点

コロンビア出身。
2001年、湘南ベルマーレに移籍。背番号10を背負う。同年限りで退団。
2002年、コロンビアのクラブに所属していた際、練習中に落雷に遭い死去。32歳没。


・奥大介 (磐田 94〜01 横浜FM 02〜06 横浜FC 07) Wikipedia

生年月日:1976年2月7日
J通算:J1 280試合62得点
個人タイトル:1998年、2003年、2004年 Jリーグベストイレブン
日本代表:国際Aマッチ 26試合 2得点

1994年、ジュビロ磐田に加入。
2001年、横浜F・マリノスに期限付き移籍。
2002年、完全移籍に移行。2003年、2004年のリーグ優勝に貢献。
2007年、横浜FCに移籍。同年限りで引退。
引退後、横浜FCサッカースクールのテクニカルアドバイザー、高校サッカー部監督、
横浜FC強化部長などを経て、2014年から沖縄県宮古島に渡る。
2014年10月17日、宮古島市を軽自動車で運転中、電柱に衝突する交通事故を起こし、
搬送先の病院で死亡が確認される。38歳没。


・クレーベル (柏 05) Wikipedia

生年月日:1981年6月27日
J通算:J1 29試合80得点

ブラジル出身。
2005年、柏レイソルに加入。シーズン終了後退団。
2016年11月28日、当時所属していたブラジルのシャペコエンセが
コパ・スダメリカーナ2016の決勝に参加するため、航空機でコロンビアに向かうが、
墜落事故に遭遇し死去。35歳没。


・アルトゥール・マイア (川崎F 15) Wikipedia

生年月日:1992年10月13日
J通算:J1 4試合0得点

ブラジル出身。
2015年7月、川崎フロンターレに期限付き移籍で加入。シーズン終了後退団。
2016年11月28日、当時所属していたブラジルのシャペコエンセが
コパ・スダメリカーナ2016の決勝に参加するため、航空機でコロンビアに向かうが、
墜落事故に遭遇し死去。24歳没。


・オリベイラ (湘南 20〜21) Wikipedia

生年月日:1998年1月25日
J通算:J1 3試合0得点

ブラジル出身。
2020年、湘南ベルマーレに完全移籍で加入。
2021年11月23日、練習に姿を見せなかったことからスタッフが自宅に向かい、
ベッドで倒れている所を発見される。
同日死亡が確認され、検視の結果死因は急性鬱血性心不全であった。23歳没。


●FW

・クレーベル (京都 97) Wikipedia

生年月日:1972年10月11日
J通算:10試合1得点

1997年、京都パープルサンガに加入。同年7月に退団。
2004年に引退。
2021年1月2日、新型コロナウイルス合併症により死去。48歳没。


・ケンペス (C大阪 12 千葉13〜14) Wikipedia

生年月日:1982年8月3日
J通算:J1 27試合7得点 J2 71試合35得点

ブラジル出身。
2012年、期限付き移籍でセレッソ大阪に加入。
2012年、完全移籍でジェフユナイテッド市原・千葉に加入。
同シーズンで22得点を挙げ、J2得点王となる。
2016年11月28日、当時所属していたブラジルのシャペコエンセが
コパ・スダメリカーナ2016の決勝に参加するため、航空機でコロンビアに向かうが、
墜落事故に遭遇し死去。34歳没。


・ジオゴ (札幌 11 徳島 12) Wikipedia

生年月日:1983年4月8日
J通算:J2 41試合6得点

ブラジル出身。
2011年8月、コンサドーレ札幌に加入。
2012年、徳島ヴォルティスに移籍。
2021年6月9日、ブラジル国内にてバイクを運転中、柱に激突。
現場にて死亡が確認される。38歳没。


・デルリス (水戸 05 札幌 05) Wikipedia

生年月日:1984年1月9日
J通算:J2 36試合9得点

パラグアイ出身。
2005年、水戸ホーリーホックに期限付き移籍で加入。
同年7月、コンサドーレ札幌に期限付き移籍で加入。
2010年3月28日、パラグアイ国内で軽トラックを運転中に交通事故を起こし、
救急車で搬送中に死亡が確認される。26歳没。


・アレモン (京都 05〜06 横浜FC 06) Wikipedia

生年月日:1984年4月10日
J通算:J1 10試合2得点 J2 58試合33得点

ブラジル出身。
2005年、京都パープルサンガに期限付き移籍で加入。クラブのJ1昇格に貢献。
2006年6月、横浜FCに加入。24試合で18得点を決め、J1昇格に貢献する。
2007年7月8日、ブラジルのリオデジャネイロ州にて自動車を運転中、
木に激突する交通事故を起こし死去。23歳没。


・工藤壮人 (柏 09〜15 広島 17〜20 山口 19 宮崎 22) Wikipedia

生年月日:1990年5月6日
J通算:J1 192試合60得点 J2 54試合14得点 J3 21試合3得点
日本代表:国際Aマッチ 4試合 2得点

2009年、柏レイソルU-18からトップチームに昇格。
2011年、クラブのJ1優勝に貢献。
2013年、日本代表に初選出。東アジアカップ中国戦にて代表デビュー。
同年のナビスコカップ決勝では決勝点を決め、大会MVPに選出される。
MLSを経て、2017年サンフレッチェ広島に完全移籍。
2019年、レノファ山口に期限付き移籍。
オーストラリアリーグを経て、2022年テゲバジャーロ宮崎に加入。
同年10月2日、練習時間外に体調不良を訴え医療機関に受診。水頭症と診断される。
11日に手術を行うが容態が悪化。21日、入院先の病院で死去。32歳没。


・ターレス (新潟 18) Wikipedia

生年月日:1995年5月18日
J通算:J2 34試合4得点

ブラジル出身。
2018年、アルビレックス新潟に期限付き移籍で加入。同年限りで退団。
2019年、ブラジル国内にてバイクを運転中事故を起こし、
病院に搬送されるも死亡が確認される。24歳没。