テラスで隣り合わせた男性と
スマートフォンの充電器を借りたことをキッカケに
最近のデバイスについて情報交換をした。
アップル製品の使用感やその他高級レンタカーの話題が中心だった。
会話も尽き、親子ほどの年齢差と初対面の隙間を熱いコーヒーで埋めている時
突然、白髪の男は僕にこう投げかけた。

「人は何のために60歳まで働くのだと思いますか?」

・・僕は質問の意図が分からず、
あるいは答えを見つけることが出来なかったのか、
困惑混じりの目を向け「何のためですか?」と問い返した。

白髪の男は目じりのシワをいっそう深めると、
柔らかい表情を小雨降る空へと移しながらゆっくりと話し始めた。

若いときは誰もが各々のやり甲斐や目的があります。
夢のためだったり、世のため人のためと言う人もいるでしょう。
食べるために働くと答える人もいるでしょう。
でもこの歳になって初めて分かったんです。
自分にとってそれは全てまやかしで自分に言い聞かせていただけです。

僕はこの後すぐに約束があり時間が限られていたのでただただ耳を傾けていた。
途中、反論したい部分もあったように記憶しているがそれでも聞き続けた。

私のような金持ちでもない一般的な人間にとって、
60歳まで必死に働く理由は何か。
今までの努力は何のためだったのか。それは・・

「60歳以降を幸せに過ごすための金を残すため」

だったのです。今になって初めてそう思えたんです。

毎日ちょっとのお小遣いと週に1〜2度の妻との外食。
年に1〜2度の旅行。
それと、会社を引退すると同じ道を歩いていても
新しい発見や刺激が増えるから趣味が広がるんです。
自転車に乗ったり写真を撮ったり好きな車もいじれるゆとりができる。
こういった些細な楽しみを充分満たすことのできる
「金」を残すために働いてきたんだって、今は思えるんです。
60歳からが人生のスタートだって心から思います。
60歳を超えた今が一番元気です。

40年分の組織での刻苦が言葉の端々から溢れていた。
その一方で現在は職務を全うし第二の人生の安堵や喜びも伝わってきた。
僕と初めて会ったあの時なぜ彼が唐突にこのような話をしたのか、
何を伝えたかったのか、それは分からない。

毎日ここでコーヒーを飲んでいるからという彼に、
次回はノートを持ってきますよとジョークを言い立ち上がると
「iphoneで録音すればいい」とやり返す彼の笑顔が印象的だった。

最近、リタイアした人々の話を聞く機会が多いのだけど
(団塊世代が多いから当たり前かも知れない)
彼らは揃って自身の人生の意味を見つめている。
リタイア後の生き方を楽しんでいるし、楽しみたいと考えている。
そしてそのためには健康でなきゃいけないというところに行き着く。
どこかのセミナーや怪しいビジネスの勧誘に常套的に用いられる
「健康、時間、お金」を手に入れることの重要性を
生の声で説かれる機会が多い。

シルバーのBMWが雨で濡れた元町のレンガを鳴らし僕を迎えに来た。
60歳の僕はどう想うのだろうか。また今日もがんばろうと
左手では少し重くなったドアを引き閉めた。