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人間の本能とも言える”戦う”と言う行為を体系化したスポーツや武道には、必ずそれらが根付く土地柄というものが大きく関係してくるものだ。

つまり戦うという行い自体は反日常的行為であり、文明の発展とは対極を成す形態をもちながらも、最も人間の本能的行動のひとつである故、それらを追求して行くと必然的に思想や生き方へと結び付けられるものなのである。

例えば現在行われている総合格闘技(=MMA)の米国での繁栄は、これまでボクシング他における様々な格闘競技において黒人にコンプレックスを持ち続けてきた白人が、初めて黒人に勝利出来る術を見出した、と言う事実が大きな要素となっている。
ボクシング、キックボクシング、空手といった瞬発力を用いた格闘スポーツでは黒人のしなやかな筋肉には到底及ばなかった白人が、その鈍重な圧力を生かした組技にて格闘技上のコンプレックスを克服した、と言う人種的闘争の歴史的背景が潜んでいるのだ。

しかし、今回のイギリス滞在期間中には総合格闘技の存在はそれほど大きなものは見られず、むしろ武道という伝統や流派という各々アイディンティティーを重んじる姿勢が顕著に見られたものだ。
やはり北米とヨーロッパは大きく違う。
黒人のルーツもアフリカ系の北米に対して、ジャマイカ系のヨーロッパは白人とのディスタンスも異なる。

空手道の土台も、海外に出た軍人によって持ち帰られた異国の武道=アメリカの空手道に比べ、日本からの指導員派遣によってエリート的に伝えられた武道=ヨーロッパの空手道なのだ。

そのためヨーロッパにおいては日本の4大流派と呼ばれる空手道の勢力が絶大であり、一方で古典的沖縄空手道や武器術は皆無と言えるほど少ないのだ。そのために私の空手への反応は悪くない。

そんな有望な土壌ではあるものの流派の共食い的競争にて沖縄空手を普及させるつもりはない。

一からの普及活動を地道に気長に行うつもりだ。