talk live 1T
 
(写真:武道ジャーナリスト生島裕氏とのトークライブにて)

武道の型の訓練とは、その修行者の心身に非常に多くの効果を与えてくれる重要なものだ。
必要な箇所を鍛え、動きを練り、力の充実を体感し、心身の統合を成し、・・・SO ON!

その結果、身体の無駄な力みや余計な動きを除去し、限りなく洗練された自己の動作を掘り起こす事が出来るものだ。
近年、注目を浴びている”武道における身体操作”もそうした訓練の中から得られる結果のひとつである。
            
新しいもの好きの日本人も”少し”は古典的な型や武術訓練の深さが理解出来てきたようである。

しかし、ここで考えなくてはいけない事は、最近こうした身体操作が一人歩きをして、「私に習えばこんなに速く修得出来ます」的な安易な指導法である。

かつて空手界を風靡した空手協会や極真会等の「厳しさ」を売り物にした空手が、あたかも無駄であり、古典空手を学べば「もっと簡単に向上する」と言うような誤解され易い情報が多過ぎる。

こうした考えは間違いだ。

勿論、私は沖縄の空手道にその非凡さを感じ取り、10代後半に小林流に再入門して20歳にて沖縄に修行に出かけ、それ以降も現在に至るまでその考えに変わりはない。

だが、空手道は空手道なのである。
その修得とは、いつの時代も稽古の中にその真実があり価値がある。

つまらぬマジックを覚えることより、シッカリと日々の訓練を積み、汗を流す事の方が尊い。

武道の身体操作・・・・!? う~~~~ん、修得するの難しいよ~~~!