「アメリカで何をしておられるのですか?」

「空手を指導しています。」

「アメリカでは武道=日本人ですから、さぞ良いでしょう」

的な会話を何度日本の人々と交わしたことだろうか・・・。
本当に日本人は世界事情や文化の根の深さには疎い人種なのだと思う。

思えば日本は宗教の差別無くクリスマスを楽しむ自由な国である。
アメリカに住んでいる私が、日本を自由な国と言うと何とも反対意見に思えてしまうが、
やはり日本は様々な問題を抱えつつも”自由な国”であると思う。
特に医療、老人福祉と言った面においては優れているし、皆それぞれの分野でシッカリと築かれた安全システムの中で、程ほどの”自由が”与えられているからだ。

その一方でアメリカの自由は=自己責任、勝手文化の極地であり弱肉強食の世界である。

したがって前述の様な悠長な会話の筋道が立つわけはない。

アメリカには武道8段、9段などと言う武道家がわんさかと居る。
その様な高段者など、本場の日本にだってそうそう居るものではないであろう。

何故その様な事態が起きるのであろうか?
そこにはアメリカ文化の本音がある。
日本において問題視されている学歴偏重社会は、実はアメリカ本土のそれとは比べられないほど健康的なものである。

そのためそれを武道界に置き換えれば、段位尊重主義となるのである。
内容はともあれ段の数さえ増やせばよい。
と言うような風潮はまだ日本の武道人の中では一部のみの世界である。
しかし、ここアメリカの地においてはそうではない。”武道の実力=段位の高さ”なのである。

様々な民族が異なった方法で上陸してくるアメリカ大陸。優れた人々の数も愚かな人々も数も半端ではない。
ただ言えることは、真に自由なところに”自由”と言う言葉は必要ないし、真に平等なところに”平等”を訴える必要はない。

アメリカ社会の根底に潜む学歴、偏差値偏重社会の事実を日本人はもっと理解しなければいけない。