Wed,September 2:「認識」の力。Fri,September 4:「努力」不要論。

2015年09月03日

Thu,September 3:監視社会。

大阪府寝屋川市の中1男女殺害遺棄事件、東京・中野の劇団員殺害事件。物騒な殺人事件の報道が相次ぐ。被害者と親族・関係者の皆様にはお悔やみを申し上げるばかりだ。

事件報道を見ていて、ふと違和感を感じるのは、事件に巻き込まれる直前の被害者の姿を映した、街中の監視カメラ映像。事件の発端からニュースで多用される当事者の足取りをモニタリングした映像に、ちょっと薄ら寒いものを感じるのは、僕だけだろうか?

ちょっと前までは、こうした報道で使用されるのは、容疑者・犯人と思われる姿を捉えた映像だったように思うのだが、気がつけばいつの間にか、僕らは普通のことのように、つい半日、1日前に殺害されてしまった被害者の生前最後の姿を、監視カメラ映像を通じてお茶の間で見ることになる。

「普通の人」の日常が、これだけ”全て”画像でアーカイヴされている社会になっているのだ。
グーグルが掲げる、「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」社会は、既に手に入っているとも言える。
スマホ・携帯のGPSで、僕らの24H・365日の位置情報はトレースされ、アーカイヴされている。
その事実については、僕は個人的には嫌だとも何とも(いまのところ)思っていないが、まあ、情報の公開のされ方次第では、嫌な気分にもなるだろうし、怒り心頭ということだって、あるかもしれない。

確実に言えることは、好むと好まざると、既に、僕らの概ねの行動は、スマホ・PC・タブレット等のGPSおよびWEBアクセスログと、街中の監視カメラ・防犯カメラによって、デジタルアーカイヴされ続けているということだ。

監視社会は、本質的議論の前に、既に僕らを飲み込んでいる。



人工知能 人類最悪にして最後の発明
ジェイムズ・バラット
ダイヤモンド社
2015-06-19



kazuyuki0329inoue at 23:58│Comments(0)TrackBack(0)

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