吉本新奇劇 よしもと しんきげき

徒然なるまま、写真とともに日々の発見を記録する公開日誌です。

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今日の阪神戦は台風のせいで流れてしまいました。これで地元胴上げの可能性はかなり下がった気がしますがどうなるでしょうか。
今日は台風の直撃ということで山口でじっとしておりましたが、自分の部屋の机の引き出しを空けてみたら、懐かしい写真が出て来たのでここに貼付けておきます。
1980年のカープ三度めの優勝の時のセレモニーです。これは前年の1979年の、あの江夏の21球で日本シリーズに勝った年の翌年、連覇を果たし、日本シリーズにも連覇を果たした輝かしい年だったのです。打撃陣には山本浩二、衣笠、水谷、三村、ライトルがいて、ギャレットはいなくなってデュプリーがいて、もちろん高橋慶彦と山崎隆三の一二番がいました。投手陣では阿仁屋、北別府、山根、池谷、そして絶対的抑えの江夏がいたのであります。しかしこの年のオフに江夏はトレードで日ハムに去って行って、翌年は優勝できなくなってしまったのでした。
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古葉監督もまだまだ若いですね。この年は独走ででリーグ優勝を決め、近鉄相手に日本シリーズも勝ちとったのであります。
懐かしいなあ、旧広島市民球場。ぼろかったけど。大学生だった私は、結構試合を見に行った記憶があります。どうやってチケットを手に入れたか忘れましたが、この試合もバックネット裏で見られたわけで、まだまだ試合が身近でしたね。
今はマツダスタジアムが近くにあっても、チケットは全然手に入らないので、今年は一度も見に行っていない状況です。悲しいですね。
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この年、カープはぶっちぎりで優勝したと思うけれど、今のカープと似たような、打線がいいチームでしたね。一番高橋慶彦はコツコツ当ててヒットを量産、二番山崎はバントでも何でも出来て、三番衣笠は打率もよく長打力もある。そして四番山本浩二が得点をたたき出す。水谷、ライトルやデュプリーもがんがん撃つ。キャッチャー水沼は徹底的な右撃ち。いやあ強かったっすよ。
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そして絶対的な抑えのエース江夏豊。
翌年に江夏は移籍してゆくんだけれど、大野豊という抑えを育ててくれたのでした。
その後三年ばかし低迷しましたが1984年に再度優勝。
大野は1990年代にストッパーとして開花しましたね。
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早くカープ優勝のシーンを見たいものですが、まあリーグ優勝はもう決まったも同然なんで、やはりその後のクライマックス、日本シリーズにどれだけ調子を上げてゆけるのか、そっちに関心が向いてますよね、みなさん。
ホークスは強そうだ。なんであのカープが連れて来たサファテがホークスにいるんでしょうね。カープにずっといてくれたら良かったのに。
今村君はいろいろハラハラさせてくれるけど、妻の同郷人(佐世保の奥の佐々町)なので、なんとか頑張ってもらわないといけません。
とにかく日本シリーズで最高に盛り上がって欲しいものです。

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 今日のカープの試合は山口にいたのでテレビ観戦できなかったのですが(山口ではテレビの中継がないので)惜しかったですねえ。ヤクルトに勝ち越された時は、これでまた劇的なさよならで優勝が決まるなと内心期待したのですが。
 今週末は大型台風の直撃が予想されるので、やはり高齢の母の家にいた方が良かろうと思い、カープが気になりながらも台風が去るまでは我慢しようと思っているのです。多分今日の明け方頃から風雨が強まるのではないでしょうか。
 一人暮らしの母の家に戻ってからだいぶ経ちまして、家に車がなくて少々不便だったのですが、義理の兄のつてでこの写真の車を手に入れました。10万キロ超走っている日産のMocoです。傷だらけだし型も古いしで、あまり格好は良くないんだけど、まあちゃんと走ってくれます。車体の色は一応気に入っているのです。これで買い物なども楽になります。やはり田舎は車がないと不便です。まあ自転車でも買い物くらい行けるっちゃ行けるけど、足が悪くて外にほとんど出ない母を連れ出す必要がある時にはこれがないと困るのです。
 八十を越えている母は、親父がケアホームに入ってしまって以来一人暮らしをしていたのだけれど、それでも自分で自転車に乗って買い物くらいは出来ていたし、何でも身の回りのことは出来ていたのです。しかしある日、横断歩道を自転車で渡っている時にこけてしまって、ちょっと怖い目にあって、それ以来自転車に乗るのを諦めました。それ以来買い物に行くことをやめ、家にずっといる生活を強いられたのです。ときどき、車で30分くらいの所に住んでいる姉が買い物して来てくれたり、おかずを作って持って来てくれたりするのをたよりに生活していたけれど、やはりその状況は心配なので、私が一緒に住んで広島の職場に通って、買い物とかそういうのをやるというパターンをやりだしたのです。
今は新幹線通勤しているというわけです。今の職場に移る前は、逆方向の姫路まで新幹線でしばしば行き来する生活をしていたので、まあ、久しぶりに新幹線に頼る生活に逆戻りしたというわけです。広島ー新山口間はそれほど混んではいないので、まあそれほど苦にはなりません。のぞみやさくらなら30分で着くし、駅までも自転車で10分以内に着きますから。
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 まあ、母と暮らしていると、なんだか数十年の月日が一気に飛び去って昔に戻ったような感覚に襲われます。というのは母が言うことが昔のことばかりだし、実家も長いこと家具やら内装やら自分の部屋の自分の机やら、昔のままのものだらけだからです。まあそれは仕方がないことです。
 母はいろいろと昔の話をしてくれて、それはもう何度も聞いている話なのだけれど、こっちもだいたいしか記憶してない部分が多いので、一度事実関係をしっかり正確に聞いて,書き取っておこうと思っている所です。なにせ戦前戦後の混乱を生き延びて来た人ですから。今ごたごたしている韓国、朝鮮あたり、昔日本だった、ところで育って敗戦で引き上げて来た人ですから。
 二枚目の写真は、娘が昔作った陶芸作品。恐竜なんだか良く分からない未知の生物、ももちゃん。

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ゼミ合宿を行いました。
吉本ゼミとしては初の試みです。前任校では何度もゼミ合宿を行いましたが、現在の職場ではなぜかこれまで行わなかったのです。それはゼミ生が女子ばかりの事が多かったこととか、大学の体制としてあまりそういう事を推奨してない感じがあること、ゼミが4年生だけであり、就活との兼ね合いとかで難しいというようないくつかの理由がありました。しかし今年は就活の時期が早まり、幸いなことにすでに全員の就職が決まっていたので、この時期に行う事が出来たのです。
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今回は、卒論をただひたすらしこしこと書く、というのが最大の目的だったので、遊び目的ではないのです。なかなか進まない卒論を、皆と一緒に頑張って書くことでなんとかペースをつかんでもらいたいというのが意図なのです。
 それでもせっかくだから食事だけは楽しくやろうと、バーベキューにしようと考えていたのだけれども、生憎の雨の予報で、これは早々に諦めざるを得ませんでした。代替案として室内でホットプレートで焼き肉パーティーにしようかという話になりかけたけれども、宿泊するロッジでは、室内のホットプレート使用を認めていないという事で、これも諦めざるを得ませんでした。結局、コストコで肉類を買って、フライパンで調理してなんとかしようという計画で出発したのでした。
私自身はコストコに行くのは初めてでした。その売られている物のサイズ、一袋のでかさにびっくり。その中で、プルコギとパエリア、サラダ、そしてパンなど買い込み、目的地のフォレストヒルズガーデンに乗り込みました。
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フォレストヒルズガーデンは広島空港のすぐ隣にあるホテルがやっているコテージ型の宿泊施設です。今回は学生に場所の選定や行動予定など任せたのですが、この施設を見つけたのはヒットだったといえると思います。コテージにはベッドルームが二つあり、それぞれシングルベッドとダブルベッドが置いてあるのだけれども、それぞれにエクストラのベッドを入れてもらえるという事で6人が泊まる事ができるのです。真ん中にリビングとそれに繋がるキッチンがあり、リビングにはソファーが二つ、低いテーブル、そして丸い食事用のテーブルもあります。ほぼ同じ間取りのコテージが8棟森の中にあるという感じです。メインの建物にはレストランもあり、そこで夕食をとる事も出来るし、キッチンで自炊する事も出来るのです。
 今回、コストコでホットドッグを食べて昼飯として、1時頃には現地に到着しました。チェックインまで時間があったので、広島空港まで歩いて行って散策しました。飛行機に乗らないのに空港に来るのは初めてです。広島空港では恐竜展をやっており、機会仕掛けの実物大の恐竜が3体展示されており、さらに恐竜の想像図としての絵画展をやっておりました。
 3時にチェックインしてから早速卒論の執筆に取りかかりました。卒論は英語で書くことになっております。今回5人の学生の卒論テーマは以下のようなものです。
1. 映画 Billy Elliott(邦題 『リトル・ダンサー』)に描かれたバレエと男性性の問題についての考察
2. 戦後の占領下で日本とオーストラリアの架け橋となったトニ・グリン神父と白豪主義との葛藤
3. Anne of Green Gables(邦題『赤毛のアン』)に描かれるイギリス系植民者のフランス系植民者に対する偏見について
4. Peter Pan and Wendy(邦題『ピーター・パン』)に描かれるヴィクトリア朝的な女性のイメージ
5. Robinson Crusoe(『ロビンソン・クルーソー』)におけるフライデーの英語化と英語帝国主義についての考察
夕食まで、夕食後、そして翌朝の朝食からチェックアウトまで、ひたすら各自の卒論と格闘してもらうと言う、非常にストイックな合宿なのでした。
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 やはりそれだけではちょっと楽しくないので、チェックアウト後、みんなまだ行った事がないという竹原の歴史的な町並みが保存された美観地区を訪れる事にしました。私もここに来るのは初めてでした。
 ここにはあの朝ドラ『マッサン』のモデルである竹鶴政孝の生まれた竹鶴酒造の酒蔵があり、マッサンとスコットランド人の妻のリタの銅像も見ることができました。この日は朝から雨が激しく降ったりその後止んだりの天気で、この人気の観光地にも人影は非常にすくなく、我々としては、貸し切り状態でゆったり観ることが出来てよかったです。なぜか我々が歩いている時は雨もほとんど上がってくれたのでした。
 中を見学できる古い家に入った時に、自分が子供の頃よく遊びに行ったおじさんの家がこんなだったなあと、非常に懐かしい気持ちになりました。おじさんの家は土間のある藁葺きの農家で、一角では牛が飼われていましたね。広い土間では毎年年末にはもちつきをしたものでした。そんな幼い時に見た家とよく似た雰囲気の家を久しぶりに見て、感慨深い気持ちになりました。
 最後に道の駅たけはらで、お土産物をいくつか買って(葡萄と、イワシの干物と、蜂蜜レモン)帰途につきました。
 みんな、この合宿で考えたことをすぐに論文として文章にして行って欲しいと思います。またのんびりした夏休みの日常にもどってしまわないように。頑張って。

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 ブログを継続的に読んでいただいている方々にはだいたい想像がつくと思うのですが、故あって特別養護老人ホームを見て回る必要が生じて、今日三件ほど見て回りました。
実家から近く、そして姉の住まいからも近い所ということで、リストの中から選んだ三つの施設です。
今車がないので、レンタカーを借りて見て回ったのであります。
特別養護老人ホーム、略して「特養」は要介護認定3〜5の人でないと入れないことになっています。そしてたいていどこの施設もいっぱいで、申し込んでも待たないと入れないのが現状です。
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 今回回った施設はどれも、自宅からだいたい車で20分くらいで行ける所にありました。最初に行った所は、親戚のおばちゃんが以前、リハビリの時にお世話になっていたことがある所と同じところがやっているやつで、一度行ったことがある所でした。大きな施設で、デイケアセンターとか、有料個室老人ホームとか、リハビリ病院とかが合体している所です。この界隈では人気の施設だそうで、大きな駐車場には安佐の9時から多くの車が停まっておりました。男の職員さんが館内を案内してくれて、いろいろと説明してくれました。
 二つめは、方角は違うけれども自宅からこれも20分くらいで行ける山の中にこつ然と出現する感じで存在していました。全体的に新しそうな、立派な施設で、庭にはちょっとわざとらしいギリシャ彫刻的な女性像の彫刻が立ってたりしてました。温泉施設もあるということです。説明も3人掛かりで丁寧にしていただいて、いい感じでした。
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 三つめの施設は、自宅から非常に近くて、自分が通った中学校のすぐそばなのだけれど、ちょっとした山の上に建っているので、これまでその存在に全く気づいていませんでした。こんな近くにこんな大きな特養があったなんてびっくりでした。女性職員さんが館内をくまなく案内してくださいました。ここは館内も非常に広々としていたし、新しいし、開放的な感じで好感が持てました。
 どこの施設でも、館内に居られる入所者の方々は圧倒的に女性が多くて、話を聞いても、どこも女性用の部屋が8割くらいで、男性向けは2割程度のようです。やはり女性の方が長生きなんですね。男性は弱いのです。どこもだいたい同じような料金設定なのだけれど、やはり個室だと高くて、2人部屋、4人部屋になると安くなります。
 特養は介護度が高い人向けだから、ここで最期まで過ごすということを前提にしている人が多いということで、なんだかやはり特別な場所という感じがしています。空きが出ないと入れてもらえないわけですが、空きが出るというのは、実質的にはどなたかが亡くなるということを意味するわけです(長期に入院するため出て行く人もたまにいるそうですが)。そういう順番を待っているというのも複雑な気持ちになります。そしてそういう空間に身内を預けなければならないという状況も、なんだか無情なことをしているようで心苦しくなるわけです。自分がこういう空間で過ごさなければならなくなるということを考えると、すごく嫌だなあと思うのだけれど、それを今自分の身内にしようとしているというのも心苦しいのです。しかしどうしようもない現状もある。自宅で最期を看取ってあげるのが理想だとは思うし、自分だってそうして欲しいと思うであろうと思うけれど、現実はなかなか厳しいのです。
 どこの施設の人たちも一生懸命働いておられたし、非常に丁寧で、明るくて、感心しました。それはとても印象的だったのです。しかしそれでも、こういう空間はつらいですね。

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少し前から、高齢の母をみるために基本的に実家の山口にいるのですが、介護施設に入っている親父を見に行った時に姉といとこの真由美さんと話している中で、そういえば萩のおじちゃんに会いに行ってみようかという話になりました。そしてこの間の火曜日(8月15日)ついに実行したのです。萩のおじちゃんとは、母の弟の義則おじちゃんのことです。おそらく自分の結婚式に来てもらって以来会っていないので、26年ぶりくらいになるでしょう。姉と真由美さんと私と三人でドライブすること自体も、ひょっとしたら初めてのことで、なんだかうきうきして山口から真由美さんの車で萩を目指したのであります。
 思えば、義則おじちゃんには本当にお世話になったのです。一番お世話になった出来事とは、おじちゃんにあの大阪の万国博覧会Expo 70 に連れて行ってもらったことです。万博の年(1970年)に、姉は修学旅行で万博を観に行くことになっていたのですが、まだ小学生の自分は行ける見込みがなかったのです。それでも当時盛んに宣伝していたこの世紀の一大イベントを、どうしても行きたいと泣いて言い張ったようで(よく覚えてないけど)こまった母が、弟の義則おじちゃんに頼んでくれて、そして僕を連れて行ってくれることになったのです。当時おじちゃんにはまだ子供がいなかったということもあって、かわいがってもらっていたのです。
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 義則おじちゃんは、外国航路の商船の船乗りでした。だからもう世界中を股にかけていて、何でも知っているわけです。うちに遊びに来るたびに、外国の珍しい物をお土産に持って来てくれて、世界のいろいろな町の話を滔々と話して聞かせてくれたのです。その外国の話を聞いて想像を膨らませた自分は、いつかは自分も世界を観に行ってみたいと強く思うようになったのであります。その気持ちが英語への憧れとか、外国へ行くことへの憧れに繋がり、巡り巡って今の自分になったと思うと、やはり全ては義則おじちゃんのおかげだったのだなあと思うわけです。
 当時はまだ山陽新幹線が開通していなかったので、私はまず鈍行列車で義則おじちゃんの住む門司まで行って、そこからおじちゃんと福岡へ行って、福岡空港からあのYS11に乗って大阪へ行ったのです。この時初めて飛行機に乗ったのであります。万博では人が多かったことが最大の記憶で、アメリカ館とかソビエト館とかはもう長蛇の列で、列に並ぶ苦痛を避けて、マイナーなアフリカの国のパビリオンとかを中心に攻めて行ったのでした。一番記憶に残ったのは、苦労して席をとってやっと食べた昼飯のカレーがすっごくまずかったことでした。
 26年ぶりに会った義則おじちゃんは、さすがにお年寄りになっていたけれど、背筋もまっすぐだし顔色はいいし、快活さは昔と全く変わっていませんでした。萩の町のちょっと山側に住んでいて、毎日海に出かけては釣り三昧の生活だそうです。釣りに行けば、小アジなんかであれば、一度に数百匹は軽く釣れるということで、帰りには凍らせてブロックになった小アジの固まりをたくさんもらったのでした。
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おじちゃんの家に行く前に、時間調整のため萩の町で昼飯を食べたのですが、入ったのががんこ庵というそば屋さん。そこは数年前のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』に出演した井上真央、東出昌大、伊勢谷なんとか、のサインが飾られておりました。もんだいはそばなんだけれど、「がんこ庵」というからすごいうまいのが出てくると期待したのだけれど、そば自体の味とか歯ごたえはまあいいとして、妙に麺が細くて、おまけに妙に短いのでした。それでもって量もあまりない。なんか満足感のないそばで、ちょっとがっかり。店内は古い日本家屋でいい雰囲気なんで、もう少しそばで頑張って欲しいというのが正直な感想でした。
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 さらに時間が少しあったので、松下村塾のある松陰神社に寄りました。ここに来るのも何年ぶりだったでしょうか。子供が小さい時に萩に遊びに来た時に来たかも知れませんが、よく覚えていない。
『花燃ゆ』のブームで、ちょっと周囲が奇麗になっている気がします。道路とか土産物屋とか。
しかし途中でとおった萩の町は、なんとなく昔より寂れているような気がしてしまったのだけれど気のせいでしょうか。かなり大きなホテルが廃業して廃墟化してしまっていたり、アーケード街にあまり人がいなくてシャッター街化しているようにも見えました。やはりブームが去るときびしいのかな。
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 松陰神社では一応賽銭も出して御参りしておきました。何と言っても吉田松陰は偉い人ですからねえ。神社の中の木に、写真のようにたくさんの小さい傘が結びつけられているのが珍しいなと思ったのですが、何でもここのおみくじが傘の形をしていて、それを皆木に結びつけて帰るのでこうなっているそうです。じゃあなぜおみくじが傘の形なのか、そこが知りたいのですが、ちょっと今まだ分かっておりません。ご存知の方、コメント御願いします。
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 また義則おじちゃんの話に戻りますが、久しぶりに会ったおじちゃんは、元気はつらつで、昔と同じように船乗りだった頃の話を、いっぱい聞かせてくれました。もう陸に上がってから隠居生活が長いのだけれど、世界を巡っていた時のいろいろな体験は、まったく色あせることなく脳裏に焼き付いているようです。アラスカのエスキモーにウイスキーと交換でシャケを大量にもらった話とか、インドで人がどんどん船に上がって来て、片っ端から物をかっぱらって行った話とか、もう昨日のことのように話して聞かせてくれて、私たちを楽しませてくれたのでした。
 今度行く時は、一緒に釣りに行こうと決意した次第です。
 最後の写真は、姉の家の側にあるぶどう園の写真です。ここのぶどうを親戚とかうちとかへの土産にと買いに行ったのでした。こんな近くにブドウ園があったなんて知らなかった。

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今回の英語劇『十二夜』では、異性装が重要なポイントとなっています。シェイクスピアの多くの戯曲の中で異性装が使われていることは周知の通りです。嵐で船が難破して双子の兄セバスチャンと生き別れ異国のイリリアに一人流れ着いたヴァイオラは、生き延びるために男に化けるのです。男の服を着て胸のふくらみを隠して、髭をつけて(脚本のテキストでは明らかではないけれど)一人の男性セザーリオとして生きてゆこうとします。そしてオーシーノ公爵の従僕となる道を選ぶのです。
 しかし、オリヴィアへの愛に悩むオーシーノ公の何がよかったのか、おそらくそのジェントルマンライクな男らしさやロマン主義的な詩的な雰囲気に惹かれたのか、オーシーノを愛してしまうのです。中身は女性だからそれも自然なことと言えるでしょう。しかし男として生きている以上、その恋心を打ち明けることはできないわけです。オーシーノも、オリヴィアを愛しているにも関わらず、ヴァイオラに対しても、自分に仕える者への親密の情なのか、それともホモセクシュアルな愛情なのか曖昧な形で、ある種の愛情を示したりします。この劇におけるポイントの一つは、外見の建前のせいで、自分の本当の性と愛情を隠さなければならないというヴァイオラの心の葛藤ということになります。台詞にも、その許されざる愛の気持ちが微妙な形で表現される名言がたくさん出てきます。ある場面では、男同士であるが故に本来ならエロチックではない二人の会話が、事情を知っている観客にのみエロチックに見えてしまいます。またそれがヘテロセクシュアルな愛なのか、ホモセクシュアルな愛なのかが曖昧になってしまうのです。オーシーノにとっては男同士の友情表現が、ヴァイオラ/オーシーノにとっては男女の愛情表現とも取れる、という風に見えてきて、そこが劇としての面白さということになります。
 最後には、ヴァイオラ/オーシーノが実は女性だということが明らかになり、その時点で、オリヴィアの愛を獲得できなかったオーシーノは、ヴァイオラと結婚することを選び、ヴァイオラは愛を成就するという筋書きになっています。この展開に、演じた学生たちも少し疑問を抱いたようですが、これはゲイだったのではないかとされるシェイクスピアなりの愛の理想型を表現した筋書きなのかもしれません。つまりホモセクシュアルなのかヘテロセクシュアルなのかは愛情にとって本質的な問題ではない、ということかもしれないのです。
 そこで異性装とはどんな意味があるのかということになります。本来服装というものは、特に性別を示す記号ともなるという意味では、人間のアイデンティティと密接に関わっているわけです。どんな文化でも、服装は性別によって異なる形状や色や着方を持っているのが常です。最近はユニセックス化が進んでいるとはいえ。あるいみ性別を強調するためにあるとも言えます。また異性から魅力的であると観られたいという意味で様々な工夫を凝らされている。その意味では異性によってその形状や色やデザインが決められるという宿命を負っているし、自分としても自分の性別を強調するために服装を考えるわけです。もちろん性別だけではなく社会的地位や職業、家族内での関係性なども服装で表現されることになります。
 その服装をあえて本来の示すべき記号と違う、あるいは逆の記号を持たせて選ぶことは、自分のアイデンティティを偽り、変身することを意味します。その変身のなかでも異性への変身というのは非常に根本的なアイデンティティの詐称を意味するわけです。そして同時にそれは時として非常に強い願望になり得る。男性が女性に、女性が男性に化けてみたい、というか化けるのでもなく、異性になってみたいというのは根源的な願望なのかもしれません。自分には今の所は異性装への強い願望はないけれど、女性になってみたいというのはちょっとあるかも知れません。
 どちらかと言うと、男性が女装するという行為の方が目立っているかもしれないですが、どうでしょう。どこで見たか忘れたけど少し前に、スーパーで明らかに男性、それも中年のおっさんが、女装して買い物してるのを見てはっとしてしまったことがありました。しかし明らかに女性と分かる人が男装しているのをまだ見たことがないのです。それはあまりに巧妙であれば気づかないからかも知れませんが。
 授業で使っている映画『リトル・ダンサー』でも、主人公のビリーに恋する男友達が、女装するのを誘うようなシーンがありますが、いわゆるゲイ、男性のホモセクシュアルの人が、男性として自己主張するのか、それとも女性としてするのか、そのあたりのことは難しそうです。
 人間以外の生物は、中には両性具有とか途中で性別が転換するやつもいるけど、雄か雌かは非常に重要なサインであり、ほぼその性別の故に生き方が完全に規定されているというのが普通でしょう。雄は外見を派手にして雌を惹き付けなければ子孫を残せないので、できるだけ目立つ外見をしている。逆の生物も居るのかもしれないけれど。雌は、強さもあるだろうけど、その外見に強く惹かれてパートナーを選ぶわけです。人間も昔からそうだったのでしょうが、いろいろと変相が出現して混乱していると言えばいいのでしょうか。
 ちょっとまとまりが付かなくなってきましたね。最後にいいこと言おうと思ったのだけれど、今ちょっと思いつかないので、思いついた時にまた書くことにしましょう。
 期待していた方には、ごめんなさい。

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 もうかなり時間が経ってしまいましたが、英語劇『十二夜』公演について記しておきたいと思います。
7月30日日曜日午後1時半より本番の舞台の幕が開きました(実際は舞台に幕はついてないのですが)。ここまで長く苦しい練習を行って来た出演者の学生たちは、まさに練習の集大成を見せるのだという意欲と一抹の不安を胸に抱いてこの瞬間を待っていたのでした。
 思えば、インターナショナル・シアター・カンパニー・ロンドン(ITCL)による5月19日の公演を直に見てその圧倒的な演技の迫力に脳天を揺さぶられた彼らは、全くの素人ながらも、あの舞台を凌ぐ演技を物にしようと、猛然と練習に突入して行ったのでした。今年のメンバーはかつてないほどの高い意識とたぐいまれな結束力を誇り、リーダー格のK君の推進力もあって、各自が自らの役割を早くから自覚して、自発的な鍛錬を始めたのでした。K君のスケジュール管理や、叱咤激励、統率力のおかげで、指導者たる私はほとんど何もしなくても、皆が自発的に練習してくれるという理想的なチームになったのでした。
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 その彼らのやる気の足を引っ張ったのは何を隠そう指導者たる私の仕事の遅さであったことを白状しなければなりません。『十二夜』をやることは早くから決めていたのに、その現代語訳の台本を完成するのにかなり手間取ってしまったのでした。シェイクスピアの原文のままに演じること、あるいはITCLの台本をそのまま使うということも、やろうと思えばできたのかもしれない、そうした方が、彼らの人生にとっては大きな財産として残ったかもしれないのだけれど、やはり台詞の量、表現の難しさ、発音の問題などなどいろいろあって、それに、覚えた台詞をそのまま現代の日常でも応用できるようにという意図から、現代語訳を選択したことが一つ。その現代語訳でもまだまだ分量的に多くて、それをさらに90分程度に短くする作業にまたかなり時間がかかったということがありました。ITCLの舞台を見た興奮冷めやらぬうちに、スパっと本格的な練習に入ればよかったけれど、台本の修正に1〜2週間かかってしまったのははっきり言って時間のロスでした。
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 それでもなんとか練習に入ったけれども、やはり音声の見本がないのが問題で、学生が自己流で誤った台詞の発音を覚えてしまうということが起きてしまうのです。これは毎度のことで、できるだけ早めに音声見本を作っておくべきなのだけれど、台本の完成自体が遅れたので、音声の見本作りもまた遅れてしまったのでした。以前は録音した音声をCDに入れて皆に配ったりということをしたこともあったけれど、最近は便利な物あるのに気づき助かりました。それはラインのボイスメモです。この劇のチームのラインで、私が台詞を全部読み上げて録音して共有してもらったのです。みながそれをどれだけ聞いてくれたかは怪しいですが、まあ一応そういうことをやって一応見本を示したつもりにしました。
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 配役はほぼ各自の希望を取り入れながら全体を見渡して決めて行きました。今年のチームは例年になく男子が豊作で、6人も居るので重要な男性の役は男性が担当することができました。それでもサー・アンドリューとか、道化、などの男の役を女子学生が演じることになりました。またITCLに倣って、アントーニオは登場人物から外しました。一番長台詞の多いマルヴォーリオやオリヴィア、そしてヴァイオラの役、マライア、そして道化も二人で分担しました。原作の翻訳の読み、そして映画化された物を二本鑑賞し、さらにITCLの演技の鑑賞、一部の学生は原文を一部読んでからの取り組みで、原文の細かな読みはできていないにしろ、それぞれの役柄のポイントはある程度皆分かっており、役作りを各自工夫しながら練習に励んだのでした。
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 中でもオーシーノ役を自ら選んだY君は、すでに自分の中で独自の解釈を進めており、現代風にアレンジしたオーシーノの役作りを考えて皆に披露してくれたのでした。そのオーシーノは教師としての私からするとちょっと違うんじゃないかというところがあって、ちょっと意見の食い違いというか、修正して欲しいと言っても直さない、といった葛藤があったのだけれど、リーダー格のK君はある程度彼の考えを尊重したいということで、好きなようにやってもらった方がいいという意見でした。そのあたりすったもんだはあったけれど、最終的には彼の演技はなかなかうまくハマって来て、違和感なく見えて来て、ある意味でこの芝居をより面白くしてくれたのでした。そしてまさにこのような学生自身のこだわりというか自己主張が出て来る所が、こういう活動をしていることのいい所なのだということを、私自身も再確認したのでした。
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 オリヴィア役のMさんやSさんのように、ITCLのオリヴィアの演技をとことん研究して、その細部をかなりの程度真似しながら役作りをしてくれた学生もいました。これはITCLの舞台を観ることができたことの非常によい影響であって、それは本当に幸運なことだったと実感したのでした。偽の手紙に有頂天になるマルヴォーリオの演技をしてくれたK君と、騙されたあとの哀れなマルヴォーリオを演じたH君も、ITCLのマルヴォーリオの演技をおおいに参考にしていたと思われます。一人芝居なのにあれだけの大袈裟な演技をするのはなかなか度胸がいるのだけれど、それを見事にこなしてくれました。
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サー・トービーのY君とO君、サー・アンドリューのSさんとDさんも、ITCLのそれぞれの役者がしていた酔っぱらいの仕草や、愚かな表情や動きを、よく研究して再現してくれていました。道化は非常に難しい役だけれど、これを演じてくれたCさんとTさんも、おそらく普段はやったこともないような賢いが馬鹿な振りをしている人物を見事に再現してくれました。
 ヴァイオラ役は一番鍵になる役で難しい役です。中身は女性だけれども男装し、男性として振る舞わなければならない。自分の使えるオーシーノに恋心を抱いているけれど、それを女性として表現できないという葛藤に悩むのです。この役を演じたKさんとHさんはなかなか役作りに苦労したことでしょう。非常に微妙な表現が要求されるのだけれど、それぞれよく工夫して演技してくれていました。
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 マライア役もなかなか難しいキャラクターです。ITCLでは男性が女装して演じていて、それが故に、より女性らしい賢さや色気といったものをよく表現していました。これを演じたKサんとSさんも、やはりITCLの演技を参考にしながら、工夫を重ねて役作りをしてくれていました。
 リーダー格のK君はセバスチャンの役で、最後まであまり重要な役割はないのだけれど、全体を仕切りながら、つまり演出家と監督の役をやりながらの演技で、大変だったと思うのですが、見事にチームをまとめ、また自分の演技も最大限の迫力で見せてくれたのでした。
 とにかく誰に見てもらっても恥ずかしくない舞台となり、出演した学生たちも全員十分な達成感を味わってくれたのではないかと思います。
 一つだけ残念なのは観客が期待したほど集まらなかったことです。これもよく考えれば公演日や時間帯の設定の問題、そして広報活動の問題があって、ある意味では私の責任です。もっと人が集まる日時でやりたかったと思います。まあ授業でやっていることなので、時間設定はどうしても限られてしまうのだけれど。しかしなんとか30人ほどの観客が見てくれました。そして彼らの感想を読ませてもらうとおおむね非常によい評価をしてくれていました。昨年の『テンペスト』出演者の上級生も数名見てくれたのだけれど、昨年よりとにかく声がよく出ていたし、演技が迫力があって、自分たちの舞台よりは数段よかったと言っていたのが印象的でした。昨年は昨年で非常に頑張ったけれど、今年のチームはとにかくよく声が出ていたし役になりきっている度合いが高かったと言えると思います。
 最後になったけれど、昨年の『テンペスト』に出演後、長期の留学に行って戻って来たYさんが、そのネイティヴ・ライクな発音でチームの発音指導を積極的に行ってくれたのが非常に助かりました。私自身もそれは行ったつもりだけれど、Yさんの方が学生たちも近寄り易く、アドバイスも学生目線でより効果的だったと思われます。Yさんには皆感謝しておりました。
 というわけで『十二夜』の公演は、非常によかったと言えると思います。指導者としても、ここまで学生が自立してくれるのはうれしい限りで、学生も得る物が大きかっただろうと思うのです。英語劇をやっててよかったなと思える公演でした。

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 話題となっていたが見そびれていた映画『メッセージ』原題 Arrivalを観てきました。広島ではもうバルト11で夜中の10時からという回しかやっていなくて、仕方なくそこへ観に行ったのでした。
バルト11はシネコンなのですが、あまり行く気がしない。なぜかといえば座席の座り心地が非常に悪いから。頭のところが前にせり出して姿勢が変になるし、肘掛に飲み物受けのでかいのがついてて、肘を置いていると痛くなるのです。スクリーンと座席の距離がちょっと近すぎるようにも思える。この映画館は解体すべきだと思います。その話は、これくらいで。
 この『メッセージ』という映画、宇宙人とのファースト・コンタクト物なんだけど、SFでありながらSFでないというのが面白いところでしょう。言語学者が主人公という映画は、これまであったでしょうか。それだけでも画期的な映画と言えます。ちょっと今思い出せないけど。あえて言えば、古いけど、ドリトル先生ものとか(動物語を話せる医者の話)、『マイ・フェア・レディ』(ロンドンの労働者階級の訛りを直そうとする言語学者の話)とかになるんじゃないかな。
 原作がテッド・チャンという中国系のアメリカ人らしいんだけど、この人の関心はコミュニケーションとか言語と思考とかそういうところとにあると一応言えそうです。一応というのは、やはり詳しいところは原作を読んでみないとその辺りがわからないという気がするからです。
 SF映画として観る限り、『未知との遭遇』とか『ET』とか、『宇宙戦争』とか『2001年宇宙の旅』などのイメージがいろいろ散りばめられている感がありますが、宇宙人とか宇宙船とかそういうのは二次的なことになっていて、究極の言語とは何なのか、その究極の言語によって人類は救われるのかもしれない、それがなければ人間はバベルの塔の呪いによって自滅するしかないのではないか、というあたりが本当のテーマなのだろうと思うのです。
 雰囲気というか、ストーリーの流れとしてはよく考えられた映画だとおもいます。けど、やはりちょっと理解しずらいところもある。原作を読まないとまずいなと思わせる映画ですね。原作はもうちょっと哲学的というか、あまりアクションとかサスペンスとかじゃないだろうと思う訳ですが、映画としてはその辺を前に出さないとうまくいかなかったのだろうと思います。
 生物学的に、足が7本の生物ってありうるのかという疑問がどうしても湧いてくるし、相当の進歩した文化やテクノロジーを持った宇宙人のはずなのに、素っ裸なのかなあ、顔もないっていうことなのかなあ、そのあたりはどうなのか、という疑問も湧いてくる。宇宙人の筆記用具は煙なのか、イカスミなのか、その辺りもちょっと気になる。宇宙船のデザインは斬新であるけど、何かのお菓子に似ていることが話題になっているらしいですね。
 原作が東洋系の人なんだけど、東洋人が全く登場しない(ああ、最後に中国人がでてきますが)のもちょっと嬉しくない。世界が分裂して内輪揉めで戦争をまさに始めようかという時に、中国を悪者にしているのも、まあ仕方ないけど、どうなんでしょう。宇宙人の文字はおそらく漢字のような象形文字的なものらしいけど、この主人公の言語学者は、それを本当にはわかってないんじゃないかという感じを拭えない。最後に中国人の軍隊の親分と話す時も、中国語が話せるという設定になっていたはずなのに結局英語でしゃべっているし(中国人の方から英語でしゃべってきたからしようがないけど)。この象形文字らしい文字を最初に解読するのは中国人という方がありそうな話のように思えますが。
 まあどうしても文句を書いてしまうのですが、意識の高い映画で、面白いことは確かです。人類を救うのはやはり究極の言語なのだという視点がいいと思います。宇宙人もただ戦争を仕掛けてくるというんじゃなくて、いろいろ考えているんだという所も。
 宇宙戦艦の艦長である沖田十三と侵略者である宇宙人ガミラスのデスラー総統が、通訳なしでコミュニケーションするという漫画が昔ありましたが(そういえば今もやっているんだ)、それよりはかなり現実的です。
 皆さんも観た方がいいと思います。

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ひろしま美術館で開催中の「ピーターラビットTM展に協賛した公開講座で、「ピーターラビットを巡って」と題して公開講座が開催され、今日はその3回目と言うことで「動物物語の系譜のなかのピーターラビットTM」と題して話をさせていただきました。
この展覧会は、この講座のこともあって、観に行っておかないとと思い5月13日に観に行ったのですが、その時もかなりの客の入りで、相変わらずのピーターの人気に驚きました。今日の公開講座も80名超の申し込みがあったということで盛況となりました。
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この講座をやってくれとT先生に頼まれた時、これまでのように20人くらいの受講者だろうから、なんとか自分の得意分野のことを混ぜて話せば何とかなるだろうと思って引き受けたのですが、申込者が結構居ると報告を受けて、ちょっとこれはしんどいかもと感じ始めました。先日なんとかやり終えたITCLの『十二夜』公演のこととか、授業でやる『十二夜』の台本の制作とかと重なってなかなか準備の時間が取れず、ここ数日間焦りまくって準備したという感じでした。
1時間という微妙な時間で何をしゃべればいいか迷ったのですが、一応概論的に動物物語のジャンルとか、歴史的背景などを押さえなければなるまいと思い、それなりの構成を考えたのでした。
あらすじをちょっと書いておきましょう。
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まず、動物物語のジャンル分けとして四つに分類。
1. 自然科学・博物学的な対象として動物を描、2. 寓話・風刺・教訓、3. 変身譚・恩返し物語 4. 動物が主人公となって自らの生涯を語る物語 そして番外編でマザーグースの歌を入れておきました。
1ではダーウィンの『ビーグル号航海記』、『ファーブル昆虫記』、『シートン動物記』などについて短く解説。2では「イソップ寓話」の背景など短く解説、3では『美女と野獣』「アザラシ女房セルキー伝説」、「鶴の恩返し」などについて話しました。4ではアンナ・シューエルの『黒馬物語』やジャックロンドンの『荒野の呼び声』などについて。
その後、19世紀から20世紀初頭に書かれた名作児童文学で動物がらみの作品を取り上げたのですが、普通は動物物語とは見なされない『アリス』にいかに動物がいろいろ出て来て、その性質が多岐にわたっていることを話したのですが、調子に乗ってちょっと時間を取りすぎてしまった感がありました。まあ、児童文学で動物がどのような扱われ方をしているか分かってもらうのにはよかったかも知れませんが。
それから『ジャングルブック』にちょっと時間をとり、『くまのプーさん』『ドリトル先生』シリーズについて短く解説。
ここまでしゃべったら、残り時間が15分くらいしか残っておらず、ここから「ピーターラビット」の特徴は何なのかについて話す、ということになり、明らかに時間配分を失敗した感がありました。
前日一応しゃべるシュミレーションをしてみたのだけど、やはり本番ではちょっと余計なことをしゃべってしまったりするわけです。
結局、「ピーターラビッット」は動物物語としてどんな特徴があるのかって?
まあ手短かに言えば、ベアトリクス・ポターの博物学的関心と絵の才能の力が存分に発揮されたこの絵本では、絵の力がすごいんだということ、絵が多くのことを語っていてテキストを補い、テキスト情報以外のことも語っているということ。動物の弱肉強食の世界がかなり生々しく描かれていて、単なる子供の道徳とか躾のためのいわゆる教訓ものではなく、人間的なことをする動物たちがいかに野生の本能に従って生きているかをうまく表現しているということでしょう。結果的に単なるハッピーエンドではない、生きることの厳しさ、スリル、みたいなものが鋭く描かれているとでも言いましょうか。その一方でイギリス社会の階級意識とか、スノビズム的なことも描かれているということ。あるいは衣服の着脱で人間的になったり動物的になったり、変化があると言うようなこと。これは以前ゼミ生のCさんが卒論で書いてくれたことの借用ですが。
こういう言い回しでは実際は言わずに時間切れになっちゃったのでここに書いているわけですが、まあそんな所です。今日会場に来られた方がおられましたら、こういうことが言いたかったのかと納得していただけるでしょうか。
最後にピーターラビットはディズニーアニメ化されていないことの幸運についてコメント。
さらにYouTubeで多分BBCによって大昔に作られたピーターラビットのアニメのビデオ映像の出だし部分(ニアソーリー村のあの風景や家の中が映像で見られる)を紹介して終わり。
これは皆さんも是非見てみて欲しいですね。Peter Rabbit Videoと検索をすれば出てきますよ。
この展覧会の監修をされているD大学のK先生とお話をする機会を得られたことは大変幸運でした。またひろしま美術館の学芸員さんのご発表も非常に内容が濃くて、いろいろ勉強させていただきました。

昼からのカープ戦中継では、一軍に上がったばかりのドミニカ・カープアカデミー出身のバティスタが逆転ホームランを放ち、チームを勝利に導いてくれたのがうれしかったですね。新しいスターが出現したと言う感じですね。楽しみ楽しみ!

公開講座が終わって、イベントが一段落したのでほっとした土曜日。夕方6キロほどジョギング。

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