吉本新奇劇 よしもと しんきげき

徒然なるまま、写真とともに日々の発見を記録する公開日誌です。

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この間のダンス公演『不思議の国のアリス』を観たあとで、山口情報文化センターYCAMの会員になったので、早速15日からはじまった爆音映画祭での上演作を一つ見に行くことにしました。
出し物はDevilman crybabyです。これは言わずと知れたあの永井豪の傑作アニメ(元は漫画?)の『デビルマン』の現代版リメイクのアニメです。
もとになっているテレビアニメの『デビルマン』は当時たくさんあったヒーローもののアニメの中でも、自分としては最も好きな作品です。何と言ってもその逆説的な設定がいいですよね。
「裏切り者の名をうけて、すべてを捨てて戦う男」という主題歌の歌詞にもあるように、悪魔だった主人公が、人間の愛に触れることで悔い改め、悪魔から人間を守るヒーローになるというその発想がすばらしいのです。
テレビアニメの主題歌が特に好きでした。これほど元気のでる歌はそうはないと思います。作詞はあの阿久悠ですから。一時期、目覚ましの音楽として使っていたこともあったと思います。デビルマンの絵を教科書とかノートとかによく描いていたなあと思い出します。漫画本の版を読んだことがないので、読んでいる人には、細かいところが分かってないなと言われそうですが、まあお許しを。
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少し前に実写とCGで映画化されたのもあったけれど、この元のアニメの作風のイメージを壊されるのが落ちだろうと思ってみてなかったのですが、今回、このYCAM(これを何と読むのかわからず、なんかYMCAとまちがえちゃうよなと思っていたら、今日ちょっとスタッフの人に聞いて、これを「ワイカム」と読むのだと知りました)で、爆音映画祭という聞き慣れないイベントのことを知って、このあらたなシリーズ全てを5時間かけて見ると言うとんでもないイベントに参加することにしました。
会場に集まっている人を見ると、明らかに昔のデビルマンを見ていたであろう世代のおっさんが結構いました。女性も結構多かったのには驚きましたが。やはり中高年が多い気もしたけど、たぶん山大生がかなり見に来ているのだろうと思うのです。なにせ、山口市には映画館が一軒もないのだから。
 感想を一言で言うと、発想の斬新さ、表現の過激さ独創性は高く評価出来るんだけれど、絵がいまいち、ということになります。やはり最初のアニメの絵作りは結構凝っていたのだということがよくわかりました。この新しい作品は、非常に過激なシーンはたくさんあるのだけれど、人体のデッサンとか、手足の割合とか、顔の描写とか、なんかそういう基本の所でかなり手を抜いている気がして、どうもいかん、という印象があります。わざとそうしているということかもしれないのだけれど、結構よく描かれている絵と、そうでない絵のギャップが激しい気がして、どうもねえというところです。もとのテレビアニメも、デビルマンの身体とか怪物とかで凝った部分と、日常を描く時のミキちゃんとか子供の描写がすごくアニメっぽい部分のギャップがあったのは確かだけど、それはそれで楽しめたんだけれど、この作品では、なにか重要な所でも手を抜いているのがちょっと残念でした。
エロいシーンがたくさんあるけど、もうちょっと美的にもエロくして欲しいというのが本音。
また残虐な殺戮シーン満載なのだけれど、これらを美しく描きすぎると、あまりにも生めかし過ぎて見ていられなくなるだろうとは思ったのはたしかです。でもそこが売りなんでしょうと言いたくなったのです。
爆音映画祭と言うだけあって、音響のほうはすごく力が入れられており、いい音でした。体の芯まで響くと言うか、いい感じでした。
残念だったのは、最後のあたりの一番盛り上がる所で、機材トラブルにより一時停止してしまったことです。これはなんとかして欲しかった。
ストーリーもかなり複雑化しているので、いろいろ破綻している感じ、一度見ただけでは意味が分からない部分もあるのだけれど、最初のシーンの意味を最後に分かるように作ったりしているそのやり方は、最近の流行なのかなと思ったりします。
最後にトークショーが30分ほどあって、関係者が、アニメって制作に時間がかかるので、あるテーマが出てきても、それを作品として仕上げるのが数年後になることが多いこと、ではこの大作がどうして現代のまさに今の世代の現実を反映できるほどに早く完成できたのかを語ってくれました。それは、昔のように、あるいはジブリのように、人海戦術でものすごい時間と労力をかけて制作するのではなく、ソフトの進歩により、かなり少人数で短時間で完成きるようになったからだ、と話していました。なるほどね。この作品の絵の貧弱さ(と言ったら失礼か)、はその辺りから来ているのかもしれません。全ての絵を奇麗に仕上げている暇はないのでしょう。やはりいい絵を描くのは時間がかかるのです。
面白かったけど、やはりこういうのは、最初の作品が一番いいというのは世の常であることを再確認したのでした。でもそれは、子供としてみたものが最も印象が強いということなのかもしれませんが。
こんなに長い時間映画を見たのは、サロンシネマでフィルムマラソンを見てた頃以来だと思います。フィルムマラソンは、徹夜で見て、朝帰りするあの清々しさがよかったですね。それに近い感覚を久しぶりに味わいました。

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「ヒロシマの孫たち」を見た11日にもう一つ見に行った展覧会があります。
旧日本銀行広島支店とギャラリー交差611を会場として開催されている、新井卓、小原一真、片桐功敦の三氏による展覧会です。新井卓さんは数少ないダゲレオタイプを使った写真家です。今回は広島で撮影した写真を展示されているということで、被写体の中には「ヒロシマの孫たち」にも出演していた双子の姉妹レオナとマイラの写真もありました。
ダゲレオタイプの写真は、1839年にフランス人のダゲールによって発明された技法で、これが写真の歴史の第一歩とも言えるものなのです。今、19世紀の写真について研究している身としては、見ておかなければならないと感じ、合間をぬって見に行きました。
ダゲレオタイプは完全なる鏡面に磨き上げた銀版の表面をヨウ素ガスでコーティングし、カメラに装填して露光し、その後水銀蒸気を使って現像し、定着させるもので、銀板上に直接画像が記録されているため、ネガやポジというものが存在せず、複製できない、一枚限りの写真なのです。
角度によっては、鏡面の反射により自分の顔がはっきり写って見えてしまい、定着している画像を見ることが難しく、角度を色々にして見て、初めて画像が浮かび上がって見える感じです。そしてその画像は、異様なほど鮮明かつ美しいのです。白黒といえば白黒なのだけれど、それとはかなり違う感じの画像です。最初は露光時間がかなり長かったのだけれど、発明されてしばらくして露光時間が短縮され、その美しさゆえに大流行したと言われています。
これまで、19世紀に撮影されたダゲレオタイプの写真は何度か見たことがあるのですが、今現代に写真家さんが撮っている写真を見るのは、おそらく初めてでした。改めてその特殊な画像に見とれてしまいました。
小原一真さんの写真は、あの『戦場にかける橋』の舞台となったクワイ河鉄橋の現状とかそれによって身内を無くした人々のポートレートなどの写真で、これも非常に興味深いものでした。小原氏の写真については何も知らなかったのですが、授業でも取り上げている『戦場にかける橋』に関係する内容であり、見られてよかったと思いました。
片桐氏は華道家であって、花で色々な表現をされている芸術家なのですが、ギャラリー交差611についたときはすでに花が枯れてしまっていて、花瓶から花が抜き取られた後で、展示を見ることはできなかったのですが、会場におられた片桐氏と少し話すことができました。
興味深かったのは、数日前の原爆の日の式典で、安倍首相が手向けた花輪の花が、捨てられそうになっていたのをもらってきて展示したのだと説明してもらったことです。すでに枯れかけていたその花を、自作の花瓶に、花輪についていた紙で包んで乗せて展示したそうです。あの式典での安倍首相の心のこもっていないスピーチに対する思いを、心のこもっていない花輪の残骸で表現されたものと思われます。
旧日本銀行の地下にある、原爆の記録の絵も非常にインパクトがありました。
フランス人の家族と思しき集団が、その絵を熱心に見ていました。

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今年の英語劇についての記事がないなあと思っていらっしゃった読者もおられることでしょう。
これについて、全く書いていなかったと言うのは本当に怠慢だったと言わざるを得ません。
今年もInternational Theatre Company Londonのジャパンツアーをうちの大学で招致し、5月15日に県民文化センターホールにて一般公開して上演することができました。このイベントの開催まで、本当に色々大変だったのが、そもそもブログの停滞を招いたと言ってもいいくらいです。今年も、申請したにも関わらず予算はつかななかったので、チケット販売によって必要な経費を稼がなければならないことになり、必死になってチケットを売ったわけです。まあ、一生懸命やったおかげで昨年よりもさらに多く学内関係者チケットを250枚くらいは売ることができました。それとネット販売でも100枚弱、当日券とか招待券を含めてほぼ400席分を売ることができて、昨年よりも観客数は増えて、結果的にはよかったのです。
 今年は、最初の年以来になりましたが、演出のポール・ステビングズもきてくれて、ワークショップもやってくれました。6年前に最初に会った時とあまり変わってないので嬉しく思いました。
 この写真は、昨年の同じ題目『ロミオとジュリエット』の写真で、この時はロミオ役の人がアフリカ系の男優さんだったようです。これもすごく斬新な設定ですよね。昨年見た『十二夜』でも、美人令嬢の役をアフリカ系の女優さんが演じてましたが、そのような、人種にかかわらない配役というのが現在は当たり前になってきているということでしょうか。
 そして、授業で『ロミオとジュリエット』を上演するというプロジェクトは、このITCLの舞台を観た上で、それを参考にしながら練習を重ねてきたのでした。昨年の『十二夜』とその前の年の【テンペスト』は現代英語で演じたのですが、今回は、原文があまりにも有名であり、詩として書かれているので音的に美しい英語ということで、その原文を尊重することとして、ITCLが使った台本、つまりポールが編集した台本を、さらに短縮したものを使って演じることにしたのです。
 原文を使うことは大きなチャレンジです。やはり現代英語とはかなり違うので、学生は意味を理解するというところから、様々に困難があったと思います。しかし、ITCLに許可をもらって映像を記録させてもらったので、それをそのまま見本として真似することができるというメリットもあったのです。
 今年のチームは、やる気という点で、ちょっとばらつきがある感じであり、そこは指導者の腕が試される部分だったのですが、なかなかうまくいかなかった部分があったのは確かです。全員が本気モードに入ってくるまでに少々時間がかかったというか、なんだかんだで出てこないメンバーとかあって、練習がなかなか進まなかった状況がありました。それには毎年のことながら、指導者としての私の不手際というか、時間がかかった部分とかありました。ITCLの公演の日程がもう少し早ければ色々と都合がいいのだけれど、どうしてもこれを観てから本格的にスタートする感じがあるわけです。それは予想して早く台本を作るべきなのですが、それがなかなかできない。公演の準備でどうしても劇の方のスタートが遅れてしまうのです。
 今回、全体としては少々不安が残るままに本番の日が近づいてくるという状況でした。台本の英語が難しい、というのもあったでしょう。それでも、これまでの経験から考えて、またいつものように、直前の1週間くらいになれば、みんな尻に火がついて目の色が変わり、練習にも気合いが入ってきて盛り上がってゆくだろうと考えていたのです。
 そこに水を差したのが、あの豪雨災害でした。広島で多数の死傷者を出したあの7月6日の豪雨災害がこの英語劇プロジェクトにも大きな影響を与えたのです。交通網の混乱によって練習に来れなくなるメンバーも出てしまいました。幸い家族を亡くしたとか、家が流されたというメンバーはいなかったけれども、最後の追い込みの頃の授業にメンバーが揃わないなど、大きな打撃がありました。それでもなんとか7月29日に予定した本番公演を目指した、一歩一歩進んでいたのです。
 そこに、今度は妙な動きをする台風が、いつもと全く逆方向から広島を直撃するという予想が出てきて、前日の土曜日には宇品の花火大会も中止になってしまう状況となり、本番の予定日は、本当に広島を直撃する状況になったのであります。当日10時に大雨、暴風の警報、または特別警戒警報が出た場合、中止にするということをHPのアナウンスに急遽追加したのですが、予想通り警報が出て、公演を中止せざるを得なくなったのでした。
 こればっかりはどうしようもなかったのです。もしも台風がきていなければ、公演は予定どうり行えたと思うのですが、今回は初めて中止ということになりました。
 やはりここまで一生懸命練習を重ねたこの英語劇公演は、夏休みをまたいで、後期、10月に延期ということになりました。詳細をまたお知らせしますので、皆様よかったら観にきていただければと思います。

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 これもまた少し前の話になります。さる8月5日、昨年のゼミの卒業生Nさんのバレーの発表会を見に行って来ました。廿日市にあるさくらぴあの大ホールです。ここには初めて行きました。なかなか立派なホールです。
 Nさんは、小さい頃からバレーを続けて来て、大学在学中はもとより、就職してからも所属するバレースタジオの看板バレリーナとして活躍を続けているのです。就職して一年目の今年もこの発表会を目指して練習を重ねて来たということです。
 彼女は卒論でイギリス映画『リトル・ダンサー』(原題Billy Eliott)を取り上げたのでした。『リトル・ダンサー』はイギリス文化について学ぶ授業で取り上げて、履修者に全編を見てもらっているのです。この映画は、北部の炭鉱町に暮らしている少年が、ふとしたことからバレーを習い始め、周囲、特に父親の「バレーなんて男の子のするものじゃない、女の子のするものだ」という反対を押し切って、ロンドンのロイヤル・バレエ団に入って成功しトップダンサーになるという話で、映画も大ヒットしたし、その後ミュージカルとしてもヒットしたことで知られています。最近日本でもミュージカル上演されたので、ご存知の方も多いでしょう。
 テーマとしては、バレーという芸術またはスポーツが男のものか女のものかという、スポーツとジェンダーの問題、その背景として炭坑閉鎖の流れの中でストライキでサッチャー政権に対抗しようとしていた街の苦悩、炭鉱夫としてストで頑張るべきか、息子のためにスト破りをすべきかと悩む父親の男らしさの問題とか、主人公の友人でゲイの男の子のアイデンティティの問題とか、色々なことが取り上げられているわけですが、Nさんは、そもそもバレーが女の子のやること、という世間の誤解を解きたいという動機もあって、この映画の視点と本当のバレーの歴史とを対比するという作業を重ねて、卒論を仕上げてくれたのでした。
 バレーの歴史は結構複雑で、決して女だけの芸術ではなく、男性ダンサーの重要性は歴史上もしっかり認識されているのです。なのにどういうわけか現在は女性のものというイメージができてしまっているわけだけれど、その辺りの背景をNさんは細かく調べてくれました。そしてこの映画の監督の意図が、やはり男らしさの問題を取り上げるのにあえてバレーというものをテーマとして取り上げたところに現れているということを論証してくれたのでした。
 今回のステージは本当に素晴らしくて、バレーってこんなに面白いのかと改めて思い知らされました。Nさんも男性ダンサーとのペアでのステージを堂々とこなして、長年の練習の成果を思う存分に演じきって喝采を浴びていました。彼女はこのチームではかなり古株になっているようなのだけれど、大黒柱として若いダンサーたちの見本となっていることが、ステージからもひしひしと伝わって来ました。プロとしてやっているゲストダンサーも踊っていたけれど、その演技に全く引けを取らない演技で、本当に印象的でした。このステージで引退を考えていたとも言っていたけれど、やっぱり踊るのは本当に楽しいので、もう少し続けたいと最後にいっていたNさん。どうか頑張ってください。

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カープの観戦には行きたいけれど、チケットを手に入れるのは至難の技ということで、今年は見にいけないかなと思っていたのだけれど、嫁さんのお友達がチケットを譲ってくださるということで、今年初めてのカープ観戦に妻と二人で行ってまいりました。もう、だいぶ時間が経ってしまいましたが、8日水曜日のドラゴンズ戦であります。
今回の席は、1塁側のスカイシートというところで、前から2列目でなかなか良い眺めでした。真下に鈴木誠也くんが守っていて、よく見えました。
試合の方は終始カープがリードして、中押し点とか、追加点も取れていい感じだったのだけれど、最後に押さえの中崎くんがちょっと危ない感じになったけれど抑えてくれて100セーブを達成したのでした。珍しくホームランが出なかったですが、會澤くん、西川くんがいいところでタイムリーを打って、楽しめる試合展開でした。
テレビで見ていると、カープの応援歌でなんて言っているのかわからなくてもやもやしていたのだけれど、やはり現場に行って周りの人々が歌っているのを聞けたので、やっと歌詞がわかってなーるほどと思った次第です。
今年は何としても日本一、そしてサンフレッチェとのダブル優勝を達成してもらいたいものです。
頑張れカープ。

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 2014年に始まった「ヒロシマの孫たち」のプロジェクトが、5年という年月を経て、この8月10日、11日の二日間の上演を持って、一応の区切りを迎えました。私にとっても色々と思い入れのあるこのプロジェクトの公演を、両日とも見に行って来ました。
 思えば、2014年の夏、子供コミュニティネット広島の小笠原由季恵さんからの依頼で、イギリス人のプロデューサー、マリゴールド・ヒューズの手伝いをすることになり、このプロジェクトに関わることになりました。そして15人の被爆者の方々に、それぞれの体験を子供達がインタビューするというその作業のお手伝いをして、そのインタビューの中身もすべて聴かせてもらって、非常に貴重な体験をさせてもらうことになったのでした。その後その聞き取った話を元に、脚本が書かれ、芝居の演出、稽古が積み重ねられて翌年の夏に初上演となったのでした。(2014年8月の記事を参照してください。)
 マリゴールドはすでにイギリスのロンドンで、第二次対戦中のロンドン大空襲の体験をインタビューして芝居にするというプロジェクトGrandchildren of Britzを製作しており、同様のことを広島で行って、二つの戦争体験劇を交換する、つまりそれぞれの都市の体験をもう一つの都市で芝居として上演することを計画したのでした。このプロジェクトの資金集めのために色々なところに働きかけたりして回った日々のことが思い出されます。2014年の夏はインタビューに費やされ、そのよく年に芝居として初上演されました。劇が完成した時の感激も忘れられな思い出です。あれから4年に渡り、原爆の日の頃に平和公園の南にあるアステール・プラザのスタジオで毎年上演を続けて来たのでした。最初の年の上演には私の教えていた学生も2名役者として参加しました。そのうちの一人Mさんはその後ずっとメンバーとして残り、中心的役割を果たして来たのでした。最初の年から参加していた子供達は大きくなって見違えるようになっておりました。月日の経つのは早いものです。
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 そのプロジェクトも、今回の上演を持って今一旦終了ということで、非常に感慨深いものがありました。演じ終わった役者さんたちの反省会では、やはり感涙にむせぶ姿がたくさん見られましたが、みんなそれぞれに大きな達成感を感じていたと思われます。ずうっと参加していたメンバーもいるし、今年初めて参加したという子供達もいる。顔ぶれは少し変わったけれども、芝居のインパクトは変わらずに表現され、さらにパワーアップしているように思われました。
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 マリゴールドとは、最初に知り合って以来、ロンドンでも二度ほど会う機会がありました。2年前には美味しいインド料理屋に連れて行ってもらったり、彼女のお兄さんがやっているというパブに連れて行ってもらったりしました。マリゴールドと一緒に演出をしたペスの劇団、ロンドン・バブルに訪ねて行ったこともあります。青少年を対象にした市民劇団グループみたいなもので、社会に不適応な子達を演劇によって支えてゆくような活動もしているようでした。やはりイギリスは演劇の国なのです。演劇が社会の意見形成とか、個人のアイデンティティ形成に重要な役割を果たしているのです。
 今回、マリゴールドが久しぶりに広島にやって来て、直接子供達を指導してくれたので、子供達は大いに気合が入ったと思います。
 最後の写真は、マリゴールドとの再会を祝しての居酒屋での一枚。
 彼女は今度はホームレスによるオペラを企画、演出しているとのことです。いやあバイタリティあるよな。そのホームレスのオペラを観られる日を楽しみにしたいと思います。

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 またまた、長いことブログを更新しておらず、申し訳ありません。色々書くことがたくさんあるのですが、とりあえず、一番最近のことから書きます。
 まずは昨日、山口市の山口情報芸術センターで行われた森山開次さんプロデュースの『不思議の国のアリス』の舞台についてです。このイベントについては直前までしならなかったので、チケットが手に入るかどうかもわかりませんでしたが、すでに売り切れてはいたものの、当日券があるということで昨日の朝10時に電話したらなんとかうまく買うことができたのであります。山口の自宅から山口情報芸術センターまで車で30分弱なのですが、今回自由席ということで早めに行った方がよかろうと、4時前に着くように出たのですが、もう数名の行列ができていました。
 観客はやはり小さい子供さんを連れた家族連れが圧倒的に多く、特に女の子がたくさん観に来ているのはまあ当然だろうなと思いました。やはり『アリス』は日本でも結構読まれているのではないかと思うのです。その観衆の中にあって、私のようなおっさんが一人で見に来ているというのは、やはりちょっと目立ってしまうのですが、デカイ体で後ろに迷惑なのはわかっているものの、桟敷席の一番前に陣取って見ることができました。
 舞台は6人のダンサーによる、非常に斬新かつユニーク、そして刺激的かつエキサイティングな舞台でした。いきなり出て来たホワイトラビットのウサギの仕草や動きを見て、近くに座っていた小さな女の子が「怖い」と言って、泣きそうになっていました。
 しかし、その後の展開はなかなか凝っていて、原作の重要なシーンを、ダンス、というか独特の身体表現で表して行くその発想力に唸らされました。会場からはしばしば笑い声が湧き上がって、受けている様子がわかりました。アリスのうさぎ穴での落下の表現なんかも、みんなでアリスを空中に持ち上げながら様々なポーズを決めて、その合間にアリスのセリフに合わせた動きを混ぜたり、ダンスそのものも振り付けがすごく凝っていて、見るものを飽きさせない工夫が随所にあるのです。子供達は大いに楽しんでいるようでした。
 コスチュームも良くできていて、芋虫を4人で表現しているところなんかは、本当に面白かったですね。圧巻はハートの女王の衣装で、大きく広がったスカートの中に風船が仕込んであって、ものすごーくふわふわした巨大な姿を演出しており、女王の怒りの雰囲気がよく表現されておりました。首を切るシーンが本当に演じられたのは、子供達がたくさん見ている状況としてはちょっと驚きでした。
 ダンサーの動きが本当に面白く、そして技術的にも優れていて、見とれてしまいました。これまで色々アリスの舞台表現というのは見たことがありますが、これほどまでに身体だけで工夫を凝らした表現というのはなかったかなあ、と思った次第です。2年前くらいに見た、ロンドンのロイヤルバレーでのアリスの舞台にも匹敵するような迫力があった気がします。もちろん舞台装置とか音楽とかでは、ちょっと比較にならない部分はありますが。
 とにかく、6人だけでこんなにすごい舞台が作れるということに感嘆しました。いい舞台でした。
 これからまだ、九州とか色々回るみたいです。みなさんも機会があれば見てください。
山口情報芸術センター[YCAM]に来るのは久しぶりでしたが、ここは山口市とは思えない、モダンな空間で、なかなか面白い施設です。図書館も付いてるし。ちょっと蔵書はそれほど多くないかもしれないですが。県庁所在地なのに映画館がないという文化不毛の山口市にあって、唯一の誇れる施設かもしれません。

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昨日は、午前中2限から広島市の山の上にあるS大学で非常勤で教えてたら、3限目になって雨がすっごい降って来て携帯から警報音が鳴り響いたのです。朝から雨がひどかったので大学も全学休校になるかと思ったら、規定で特別警戒の警報が2つ以上出ないと休校にはならないということになっており、大学自体は休講にはなってませんでした。夕方のそのその警報で、初めて、もうみんな帰りなさい、になったようですが。今回、後になって考えると、大学のこの判断は大いに疑問が持たれます。
自分の大学に車で戻って、さらにゼミをやってたら、さらに雨が強くなり、夕方になって、こっちもやっとみんな帰りなさいということになった次第です。6時頃から家に車で家に帰ろうとしたら、大学の駐車場が5センチくらいの深さで冠水してて、すごい土砂降り。
靴が完全に水に沈む状態で車まで歩いて、それからびしょびしょの脚で車に乗り込み走り出すと、道路があちこちで冠水して渋滞が発生して車がなかなか動かない状況。水たまり的な所では、車の床面ぎりぎりの水位になって、これはヤバいと恐怖感を感じました。水の中で浮かんだ感じで渋滞の行列に並んでいるのは非常に不安でした。この状態が起きたのは広島市内の平坦な所で、南の方の海に近いエリアなのです。市電が走っている道路ですが、交差点で道路の橋の方が少し低くなってたり、全体的になぜか低くて水たまりになっているとか、そういう場所なんだけれど、あまりに雨脚が強いので排水が追いつかずに水がどんどん溜まってゆくのです。
とにかく雨の振り方が尋常ではなく、こんな雨はこれまでの人生では体験したことはないと思いました。
それでもなんとか家にたどり着けてほっとしました。自分の住居はちょっと高台になったところのマンションなんで、まあ水が上がって来ることはないですが、背後がちょっとした山なので、心配と言えば心配でした。低い山なんで崩れることはないとたかをくくってはいるのだけれど。

今朝になってから、広島地区の被害状況が分かって来て、大変なことになっていることがわかってきました。瀬野のあたりでは国道2号線が寸断されているし、坂町や呉あたりでは土石流的な被害が起きている。JRの線路も、呉線やら芸備線やら、あちこちで土砂崩れで通れなくなってるし、新幹線も高速道路も止まっているということで、これは大変な災害です。

幸い今日はもう雨が止んでおり、午後になってちょっと仕事しに大学へ行って見たら、同僚のT先生が疲れた顔でぐったりしていたので話を聞いて見ると、なんと車が冠水して動かなくなり、やむなく車を置いて行かざるを得ない状況に陥ったというのです。車を人力で押して、たまたま近くだったディーラーに修理を頼んだそうですが、修理にいくらかかるか見当もつかないというのです。ご自宅の周辺へいく道が通行止で、帰るに帰れなくて、結局昨日は研究室で一夜を明かしたのだというのです。なんというアンラッキー。
そのことが起きたのは、私が大学を出る1時間ほど後のことだったらしく、自分も下手をすると同じ目に遭っていたかもしれないのでした。怖い怖い。買ったばかりの新車が水没でお釈迦になったら、シャレにならないです。
でも、あのような豪雨の場合、嫌でもそんな状況になってしまうということを身を以て体験したのでした。車が無事でよかった。

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長いことブログを更新しておらず、書くことがたくさん溜まってしまっているのですが、とりあえず最近のやつから記録しておこうと思います。
先週の金曜日に、広島に新しく出現した巨大アウトレット・モールのThe Outletのシネコンで、今話題の映画『万引き家族』を観ました。
まず映画館について。本当はサロンシネマに行きたかったのだけれど、妻がたまたま帰省していた娘と1日遊ぶのに、新しくできたアウトレットを見に行こうという話になり、それが山の上にあるものだから、そこからの帰りで連れて帰ってもらうのに仕事帰りの私の車を当てにしたというのがあったので、ついでということでそこで見ちゃったのでした。やはりシネコンの劇場はいまいちで、サロンシネマの方が数段快適に見られるのです。今回見た劇場でも、通路を照らしている小さな明かりが横から目にあたって非常に邪魔だったので、ずうっと顔の横に手を当てながら観る羽目になってしまいました。劇場の環境は映画鑑賞にとって非常に重要ですね。やはり広島で映画をみるなら八丁座かサロンシネマに限ると思います。こんかいの映画館は最終回で見たので空いていたし、山上だだっ広い駐車場から帰るときの空の感じがあの映画見ちゃったぞのあとの高揚感は、なかなか良かったのだけれど。
さて映画の方ですが、これは、さすがパルム・ドールを獲るだけあって、いい映画でした。
万引きで生活物資を調達している家族ということで、子供にも万引きさせるシーンから始まるわけで、それだけでも衝撃的なのだけれど、その家族の繋がりというのが限りなく緩いというのか、反必然的というわけで、血の繋がった家族とそうでない家族の対比、家族とは何かという問題を、観るものに突き付けてくる、その衝撃がじわじわくるわけです。
この映画では是枝監督が、ロケの現場で口づてでセリフを役者に渡しながら撮影されたというようなことだと聞いてますが、そういう、凝りに凝った写実性というか、本当らしい演技というか、実はお隣の家で行われていそうな日常の再現というか、そういう反娯楽映画、反演技、というようなところが秀逸であることは見た人はみんな感じるでしょう。
子役の女の子が特にいいですね。男の子もすごくいいけど、うますぎるという気もしましたね。この二人の子役はすごいです。だけど子供にこういう演技をさせるのはやはり監督の手腕でしょうね。
人間関係でちょっと良く分からなかった部分があったのと、最後の、男の子がわざと捕まるようなことをしてしまう流れ、つまり万引きは悪いことじゃない、というにせのお父さんの言葉に疑問を感じてゆくある種の成長、のあたりの描写に、もうちょいなんか欲しかったような気がしたのだけれど、そして、この擬似家族の崩壊というあたりの描写にもう少し劇的なところ、感情的なほとばしりとか、そういうのがあってもいいかなと思いましたが、それもやはり是枝監督の戦略なのだろうと納得したのでした。
同じくパルムドールを獲っているイギリス映画の『秘密と嘘』と通じるところが結構あるように感じました。また、やっぱり小津安次郎の映画を目標としているような感じ、是枝監督は違うというかもしれませんが、というのを感じたのは私だけでしょうか。
見た直後よりも、数日経ってからじわじわくる映画だと思います。リリー・フランキーと樹木希林の存在感をすごく重視した監督の意図は十分に達成されていると思います。
色々なシーンが蘇ってきます。

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