吉本新奇劇 よしもと しんきげき

徒然なるまま、写真とともに日々の発見を記録する公開日誌です。

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今年の英語劇『ロミオとジュリエット』の公演が終わりました。
思えば7月29日に本来公演するはずだったのが、あの逆走台風の直撃という事で、中止にせざるを得なくなったのでした。それから約2ヶ月後、中止になった時のメンバーからかなり顔ぶれが変わったけれども、前からのメンバーのやり遂げたいという意地で、ここまでこぎつけたのでした。
出来としては、すっごくよかったところと、やはりまだまだな部分とがあったけれども、一度空中分解しそうになったことを考えれば上出来でしょう。
ここまで来れたのは特にマキューシオ役のFさんの役に対する情熱のおかげだと思います。
彼女は前の公演の時までに完璧に役作りができており、相棒のベンヴォーリ役のSさんと共に、マキューシオの難しい場面を徹底的に研究し、自分なりの振り付けも考えて、Sさんと二人で不断の努力を続けて来たのでした。何よりも彼女が楽しんで演技してくれていたのが、みんなに伝染して、良い結果に繋がったと思います。
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もちろん、ジュリエット役のIさん、ロミオ役のHさんやWくんらも前期からとても頑張っていて、場面をどう構成するか、ロミオとジュリエットの出会いや惹かれ合うシーンをどう表現するか、熱心に研究して、練習を重ねてくれた事も高く評価したい。Wくんの熱演は、観客からも高く評価されていました。
やり直しの過程で、ジュリエット役が3人のうち2人いなくなったのはかなりしんどい事でしたが、代わりに入った3人のジュリエットは、短い期間で大変な状況の中、なんとかまとめてくれたというところでした。
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その演技に目を見張ったのは、ティボルト役のIさん。小柄な彼女ですが、非常に堂々とした演技で、セリフも流暢、ロミオとの殺陣シーンが圧巻でした。身のこなしが非常にしなやか。さすが普段はダンス部で鍛えているだけのことはある。ITCLの演技を取り入れて、最後に殴られて、一度反撃し、最後にトドメを刺されるという流れは、迫力がありました。
ジュリエットのMさん、Hさん、Kさん、キャピュレットのNさん、ナースのOさんとMさん、少々苦労した部分もあったと思われるけれども、それぞれ頑張ってくれたと思います。ロレンス役のTさんは、セリフの覚えにかなり苦労していたけれども、なんとかやり遂げました。字幕担当のNさんも大変な作業を黙々とこなしてくれて、重要な裏方として頑張ってくれました。
そして、今回の最大の特徴としては、なんと私自身が出演したということです。
これまでの長い英語劇指導で、まだ自分が出演したことはなかったのです。仕切り直しする段階で、人数不足ということで、プリンス役に駆り出されたのでした。セリフは多くはないけれど、最初と最後の決め台詞的なところで重々しくやらないといけないので、ある意味重要な役です。
それでどうだったかって?
やってしまいました。いきなり最初のセリフで噛んでしまった。というか、一瞬セリフが飛び、間違えてしまった。リハの時はちゃんとできたつもりだったのが、本番で、リハの時やっていなかったある文句を舞台裏で読み上げるということが入って来たために調子が狂って間違えてしまったのです。
まあ、言い訳してもしょうがない。
練習不足です。
あーっ悔しい。
まあ、最後の締めの台詞はなんとか、結構うまく行ったのですが。
なんであんな短いセリフで間違えちゃうのか。指導者の面目丸潰れ。
やはり芝居は難しいですね。

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このあいだの週末、東京へ出張しました。神田の古本まつりをやっていたので見にいきました。
協賛でやっている神保町フェルティバルトいうエリアでは、サンバっぽいバンド演奏なんかもやっていて楽しげな雰囲気であるのは例年と同じ感じでした。
毎年来ているわけではないのだけれど、秋の学会シーズンに東京を訪れた時は、神田の古本屋を漁って歩くのは大きな楽しみの一つであります。やはり世界最大の本の街を自認しているだけあって、色々探していると必ず面白い本を見つけることができます。
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今回も、この写真にあるBohemian's Guildという古本屋で色々といい本を見つけて嬉しくなりました。この店はこれまであまり注目していなかったので、なんで知らなかったのだろうかと悔しい気分でした。
Bohemian'sと言うだけあって、芸術系の書籍がわんさかあります。
まつりなので全品30%引きと言うことで、色々買いたくなってしまったけれども、持って帰るには重いので、厳選して、アマゾンでもありそうなものは手を出さずに、ほかの店での2冊を合わせて結局計6冊を購入。今関心を持っている写真の関係とか、シェイクスピア作品の絵画化についての本、ジョン・レノンの書いた詩集、など。
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古本屋街に来たら必ずよる店があります。洋書専門店の北沢書店です。
しかし北沢書店は、もはや英文学関係者が集まるかつてのあの北沢書店ではなくなってしまいました。
悲しいことです。
これはもうだいぶ前からそうなっていたのだけれど、今回改めて訪れてみて、時代の変化を感じさせられた思いです。北沢書店といえば、一階は洋書の新刊本がたくさん並んでいて、英文学関係だけでなく様々な学問分野の洋書を売っている数少ない本屋でした。二階は古本を売っていて、東京にある数多くの大学の英語関係者たちが売りに来たのであろう、希少な本がうず高く積まれていたものでした。それらの本を色々物色して過ごす時間は、とても楽しい、知的刺激に満ちた時間だったのです。
今では一階は子供のための絵本(主に英語の)の専門店に変貌しています。
かつて本棚がずらりと並んでいたフロアの真ん中には、おしゃれなカフェが設置されているのです。子供達が本を選びながらお茶することもできる空間ということで、家族づれでそれなりに流行っているように見えます。イギリスの本屋には必ずといっていいほどかなり広めの子供の本コーナーがあるけれどもそれをイメージしているのでしょう。このアイデアは、それはそれでいいことだと思います。
しかし、洋書専門の古書店としての趣は影を潜めてしまっています。二階の古本フロアは、かろうじて残っているけれども、もう昔みたいに在庫が多くないように見えます。英文学の有名作家のABC順に本が置かれていたような棚は少ししかなくて、新刊本と古本がチョロチョロと置かれている感じで、なんか寂しくなっているのです。
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出版業界の不況が叫ばれて久しい昨今。古本もアマゾンで買える時代になった今、古本屋街にきて、思いもしなかった本と出会うと言うスリルというか、冒険というか、そういうのはもう流行らなくなってきているのでしょう。
一方では大学から英文科というものが消滅しつつあるという現状があります。英文学などという学問は衰退の一途をたどっている。英文学の研究者は、英文学を教える機会もどんどんと減らされていて、使える英語を教える英語教師に成り下がり、大学の英語関係の職は英語教育学、英語学などの専門の教員によってどんどんと占領されつつある。北沢書店の変貌は、その流れの象徴のようにも見えます。
この神田の古本屋街そのものが、いつまでこのような姿を維持できるのか、少々心配にもなります。
アマゾンのせいで、本屋そのものがどんどん減っているというニュースは、もうかなり前から耳にしているわけですから。
そんな憂いを語りながらも、古本屋で買いそびれた本をアマゾンで検索している自分がいます。

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少し前の記事で書きましたが、先週末は東京に出張して学会で研究発表をさせていただきました。
日本ルイス・キャロル協会という学会です。もちろんあの『不思議の国のアリス』の著者であるルイス・キャロルに様々な方面から関心を持っている人々の集まりです。
今回は、昨年、一昨年に引き続いてルイス・キャロルが作って所有していた写真アルバムについての研究を発表させていただきました。
(写真1は今回泊まったホテル、ザ・ビー御茶ノ水、の朝飯会場です。)
キャロルがアマチュア写真家だったことはよく知られています。そしてその腕前は高く評価されており、今年春にロンドンに行った時にナショナル・ポートレート・ギャラリーでやっていた19世紀の写真の展覧会、Victorian Giantsでは、G. レイランダー、J.M. キャメロン. C. ハーデンというプロ、あるいはセミプロの写真家と並んで、ヴィクトリア朝期の写真の四「巨人」として取り上げられていたことが思い出されます。キャロルの撮影したアリス・リデルがボロを着て物乞いをするポーズの写真は、今やヴィクトリア朝期の写真の代名詞のように見られているほどです。
そのキャロルが所有していたアルバムのうち、2016年にテキサス大学オースチン校で調査したものについて、昨年、一昨年と連続して内容の報告と研究を発表させてもらっていて、今年は3冊目です。
またこのネタか、と思われていたとは思うのですが、まあ自分の研究の整理のためにやらせてもらいました。
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大した研究成果はないので、皆さんにアルバムに貼られている写真53枚を全部さーっと見てもらって、ちょっと気になる写真についてちょっとコメントしていくという大したことのない発表で恐縮だったのですが、いくつか質問をもらったり、固有名詞の発音の間違いの指摘もしてもらったりして(恥ずかしい限り)、それなりに成果はあったと思います。
今回紹介したアルバム[X] は、キャロルが自分で撮った写真ではなく、彼が集めた他の有名な写真家による写真ばかりを貼ったものなのです。さっきのVictorian Giantsたちの写真が多数集められていて、キャロルが当時の他の写真家のどんな写真に関心を持っていたかがよくわかる内容になっています。
どのような意図で、この写真を選び、この順番で写真を並べたのかといったことを知るための資料がないので、細かいことは推測するしかないのです。でもやはり写真という当時の人々の意識に大転換をもたらした一大発明に対して、彼がどんな意識を持っていたかについて色々と気づくことはあり、なかなか面白いのです。今後さらに細かく見ていきたいと考えているところです。
(写真2は帰りに羽田空港の展望台から見えた富士山です。)

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先週末の東京出張直前の金曜日、アステールプラザにて、劇団グンジョウブタイによるお芝居『散歩する侵略者』を見てまいりました。
この多目的スタジオに設置された舞台背景というは、撮影してよろしいということなのでここに載せさせていただきます。
知り合いの学生が是非チケットを買ってくれ、見にきてくれ、というので、出張前でちょっとしんどいなと思いましたが、見にいけてよかったと思います。現在英語劇の授業に参加している学生とか、その授業に出ていた学生とかが会場に数名いて、楽しい気分でした。
さて、お芝居の方ですが、非常に面白かった、という一言です。
展開としては、謎の行動をする人物が現れて、その家族とかが色々と奇妙なことに巻き込まれて行って、日常が次第に崩壊して行く、というような流れです。
それぞれの役者さんの演技が素晴らしくて、それぞれの役柄とのぴったり感がよかったと思います。特に印象に残ったのは、学生で参加している I さんの声のインパクトでした。あれほど響く声は滅多にないなあと思ったものです。
さて、ネタバレになる部分もあるけれど、このお芝居の中心課題はかなり哲学的というか、「概念」とはなんぞやというところに関わっており、それがスリルとサスペンス的なタッチの中で描かれて行くので、なんだか非常に新しいように思われました。
侵略者というのが何者かははっきりしないのですが、一応芝居の中では「宇宙人」ということばで表現されているので、なんだかウルトラセブンのエピソードの一つになりそうだなと思ったりもしました。
結末は、少し前にひょっとしてこうなるのかな、ということを思いついてしまったのですが、その衝撃はインパクトのあるものでした。
人間は、やはり身近な人の愛に支えられて生きているのだと。
それにしても、この舞台装置の板の上を歩いている役者さんたちが、暗くなった時に足を踏み外したりしないかなととても心配だったのは私だけだったのでしょうか。

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今週末にある学会で発表するためにその準備をしているところです。
なかなかうまくまとまらないので、ブログでも更新して、ちっと気を紛らわせてみようかと思います。
何かいいアイデアが浮かぶかもしれないし。原稿が進むかもしれないし。
私は現在、19世紀のイギリスにおいて、写真術が発明されたことが当時の絵画、文学、そして文化全般にどのような影響を与えたのか、といったテーマで研究をしているのであります。このテーマは結構昔からやっているのだけれど、2015年にやっと著書を一冊上梓することができて、その続編に向けて頑張っているところなのです。
そういうテーマの本は英米では最近結構頻繁に出版されていて、写真というメデイアの出現の重要性について注目されているのだけれども、日本では、なくはないけれど、そこまで関心を持たれていない感じがしているのです。
今準備している発表は、あの『不思議の国のアリス』の著者であるルイス・キャロルが所有していた写真アルバムのうち、A[X]と呼ばれるものの中身についての話なのです。キャロルはアマチュア写真家としては、19世紀のイギリスではおそらく最も有名だと言えるでしょう。もちろんそれは、『不思議の国のアリス』という作品が超の2乗くらい有名であって、その著者がこんなに写真を撮っていたのかというような意味で有名だということも大いにあるのだろうけれど、実際彼の撮った写真は結構印象的なものがあるからなのです。
特に少女たちを移した写真が。そのことは結構有名だからみなさんもご存知かもしれません。
今回取り上げるのは、彼が所有していた写真アルバムのうち、当時の有名な他の写真家や、自らが撮影した写真ではない著名人のポートレートを集めて貼り付けたアルバムで、アルバムA[X]と呼ばれています。
(上に貼り付けた画像はそのアルバムではなく、キャロルが自分の写真を貼っていたA[III] なのですが。)
このアルバムを見ると、当時写真家として名を馳せていた、オスカー・グスタフ・レイランダーとか、ジュリア・マーガレット・キャメロン、そしてレディ・クレメンティーナ・ハーデンといったプロ、またはセミプロの写真家たちの写真が多く並んでいます。それ以外には、当時の有名人、小説家チャールズ・ディケンズとか、首相のグラッドストーンとか、物理学者のマイケル・ファラデーとかのポートレートが並んでいます。
当時、写真アルバムは、自分の家族の写真を貼り付けて、自分の思い出のために作るということもあったけれども、それに加えて、上記のような著名人の写真のコレクションをするためのものという側面もあったのです。そして客人が来たら、自慢の写真アルバムを開いて見せて、それをネタにして色々と世間話に花を咲かせるというような使い方が一般的だったようです。
とにかく写真というものが発明された直後の時期です。絵画以外に人物の顔とか姿が本物そっくりに二次元上で見ることができるメディアが、それまで不可能だったそういうことが、初めてできるようになった時代なのです。もちろん、人々は鏡というもので自分の顔を見てはいたけれど、鏡と写真は決定的に異なります。鏡は左右逆転しているからです。また、人間の目では取られられない画像を写真は捉えることができるのです。その意味で、写真は人々に本当の自分の顔を見る機会を初めて与えたし、今まで見たことのない現実を見る機会を与えたと言っていいのです。
そのこと以外にも、写真がいかに画期的であったかについては色々と指摘すべきことが沢山あります。
そして、写真は芸術たりうるかという大問題が持ち上がってゆきます。芸術性において絵画との位置関係における論争が巻き起こったのです。
キャロルが集めた上記のプロの写真家たちは、写真を芸術として世間に認めさせるために大いに努力した写真家たちだったのです。そしてキャロルも、写真によって自分の芸術家としての素養を世間に認めてもらいたいと切に願っていたのです。

現代では、あまりにも簡単に写真が撮れて、それを一瞬にして世界中の人々に見せることもできる。
写真アルバムは、インスタグラムに取って代わられてしまった。しかし、写真は、我々の意識をますます捉えて離さない魔法、あるいは麻薬として、さらにパワーアップしていると言ってもいいのでしょう。
長くなるのでこのあたりで、原稿書きに戻ろうと思います。
私の発表をお楽しみに。

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今週で終わるらしいので、映画『ウィンストン・チャーチル』 DARKEST HOURを観に行きました。またサロンシネマ。週末の朝なんで結構客は入っていたしたねえ、年齢層は高めだれども。
ゲアリー・オールドマンが主演男優賞、そしてメークアップ・アーティスト(化粧専門家)の辻一弘氏がメイクアップ・ヘアスタイリング賞でアカデミー賞を獲得した作品とあって注目の作品です。やはり「かずひろ」の名前を持つ人は優れた人が多いですね。
ヒトラーのナチスがヨーロッパ全土に侵攻し、フランスが陥落寸前という状況。ダンケルクに取り残された連合軍がナチスに包囲され風前の灯というところに追い詰められていたまさにその時、イギリス首相となったチャーチルの決断に至る苦悩を描いた映画です。
戦闘場面がほとんど皆無なのに(爆撃機が爆弾を落とすシーンはあるけれども)これほど緊張感のある戦争映画も珍しいかなと思いました。主演男優賞をとっただけのことはある名演技だと思いました。ちょっと派手すぎるかなという気もしたけれど。
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チャーチルは今でもイギリスで最も人気のある政治家と言われているけれども、ここにきてなぜかチャーチルがらみの映画が次々と作られているのは、現在の英国の首相に対する不満とか幻滅とか、そういうことが関係しているのでしょうか。少し前にも『ダンケルク』という映画が封切られましたが、それもこの映画で描かれていたダンケルクの連合軍を救出したダイナモ作戦とその指示を出したチャーチルの話でした。残念ながらこの映画は見そびれました。
話としては、ナチスを和平交渉に入るべきか、徹底抗戦すべきか、という二者択一を迫られたチャーチルが 'We shall never surrender!'という名台詞を含む歴史的な名スピーチを行うまでを描いている訳ですが、特に興味深かったのは、当時の王ジョージ6世が、最終的にチャーチルを全面的にバックアップすると言うために彼を訪問するという場面でした。やはりイギリスでは国王も一人の人間として非常にリアルな視線で見ているということが良くわかる場面だったと思います。ジュヨージ6世といえば、あの『英国王のスピーチ』で描かれたあの悲運の王ですね。今回もコリン・ファースが演じればよかったのに。
また、妻のクレメンティーんを演じたクリスティン・スコット・トーマスがよかったですね。彼女は『イングリッシュ・ペイシェント』での演技が非常に印象的なのですが、あの艶やかな彼女ももうこんなに年を取ってしまったのだなと思って、ちょっと寂しさを覚えました。それでもやはり気品のある美しさは健在でした。
地下鉄でのエピソードは、おそらくフィクションでしょうが、その場面でチャーチルが言いかけた古典の名文句をアフリカ系の移民らしき男性が最後まで諳んじて、チャーチルを驚かせるというところが、最近のトレンドとして印象的でした。
2枚目の画像は、チャーチルが生まれ育ったブレナム宮殿を訪れた時に買ったマグネットの画像です。
'LET US GO FORWARD TOGETHER' という台詞は格好いいですよね。
この映画で強調されているのは、チャーチルによる演説、つまり言葉の力ということなのだけれども、実はナチス・ドイツをあそこまで強力に作り上げたのもヒトラーの演説の力、言葉の力だったということです。やはり人間は言葉によって動かされているということ。もちろんその言葉をどう使うのかという意志というところが最終的には問題であるとはいえ、言葉の使い方、あるいは言葉の伝え方が歴史をも左右するということなのであり、そこのところの訓練を我々はもっと真剣に行う必要があるということなのです。
知識としての言葉だけでは十分ではないのです。感情を込めて、意味を込めて発声してこそ、言葉に力が宿るのです。
演説の力で世界を変えてくれるかと期待したオバマ大統領が去った後、幼稚なキャッチフレーズによって大統領になったトランプが出現したことを、我々はどう受け止めれば良いのでしょうか。
人々が小さな画面上に書き込まれる、独り言のような文章ばかりを読んでいる時代を、それは象徴しているのでしょうか。

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明日で終わりということなので、『英国提督 最後の家』Viceroy's House をサロンシネマに観に行きました。あの『ベッカムに恋して』Bend It Like Beckham を撮ったグリンダ・チャーダ監督の渾身の作です。1947年300年の支配を経て、イギリスがインドの主権を返還するときの歴史的な事実と、その混乱に巻き込まれる人々を描いた作品です。グリンダ・チャーダ氏の大叔父自身がこのインド独立の混乱を生き延びた体験をもち、それを映画化したいというのが元々のアイデアらしい。
自分の授業でも『ベッカムに恋して』Bend It Like Beckham や『インドへの道』A Passage to Indiaを取り上げて学生と議論しているので、この映画で描かれるインドとパキスタンの分離独立の背景については関心を持っておりました。
映画は最後の英国提督、マウントバッテン卿を主役として描いているけれども、並行してこのマウントバッテン卿に仕えるインド人の男女の恋が独立の混乱に巻き込まれる様を描いています。
政治的な背景について色々と勉強になるし、ヒンドゥー教徒、シク教徒、そしてムスリムのそれぞれの思いが、迫力ある展開で描かれていて引き込まれます。統一インドを建国したい国民会議派と、パキスタンの分離独立を目指すムスリム連盟の対立というものが、イギリスの植民地支配とどう関わっていたのか、あるいはもともとインドにいなかったムスリム、起源としては奴隷として連れてこられたとされるムスリムの分離独立への強い思い、というあたりも詳しくはないけれども描かれていて、なるほど感はありました。
宗教的に敵対する男女が愛し合うにもかかわらず、親の意向とか宗教の違いによって引き裂かれてゆく様も、まあある意味では取ってつけた感があるとはいえ、このような葛藤が多くの人々の間に起こっていたということを想起させる効果もあって、よく描かれていると思います。
(ネタバレ)マウントバッテン卿が苦労の末に出した結論が、すでにチャーチルによって予言、あるいは予定されていたというどんでん返しも非常に興味深い部分であります。この点がどこまで真実なのかは、歴史に詳しくないので良くわかりませんが。
インドとパキスタンという二つの国によって引き裂かれた若い恋人たちの運命の話には、思わず涙が出てしまいました。この辺りの描き方は監督のうまさだなあと思います。
インド人監督であれば、もう少しイギリス批判的な感じがあるのかなと思ったけれど、やはりイギリス人として生きてきたインド人なので、イギリスに一応の敬意を評している感じもあるなと思いました。
それほど長くないのに、うまくまとめているオススメの映画だと思います。
ただ、昔見た『ガンジー』の映画のイメージが強くて、この映画に出てきたガンジー役の俳優さんが、ちょっと違和感あったのですが。

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大阪で警察署から逃走した犯罪者が逮捕される現場となったことで、一躍有名になった山口の道の駅、ソレーネ周南。前から一度行こうと思っているのだけれど、まだ行ったことがないのです。
ニュースの初日には「ソレーネ周南」という言葉が連呼されていたのだけれど、2日目以降は「ソレーネ」が省略され道の駅としか言及されなくなってしまったのに気づいたのは私だけでしょうか。
この「ソレーネ」というカタカナ語、何語だかご存知でしょうか。
山口県人だったらすぐわかるのだけれど、県外者なら、イタリア語あたりじゃないか、なんて思ってしまうのかもしれませんね。
「ソレーネ」とは山口弁で、「そうだよね」とか、「全くそのとうりだよ」みたいなニュアンスの相槌ちを打つときの決まり文句です。
「あそこの息子は、出来が悪くて困ったもんじゃ。」「それーね、それーね。」
とか、
「ここんとこ、雨ばっかりで困るよのう。」「それーね。」
という感じで使われていると思います。
うちの母も会話の中で連発しています。
何となく、よくないことに対する相槌で使われる傾向があるようにも思うけれど、思い違いかもしれません。もしそうなら道の駅の名前には使わないかも。
でもまあ、これをカタカナ表記にして道の駅の名前にしちゃうとは、すっごくいいセンスしてるなと思ったものです。「あそこの道の駅は、行ったら楽しいのう」「それーね」という感じにしたかったのでしょう。
しかし、ニュースの中でこの言葉が連呼されたけど、このソレーネの意味についてニュースで解説されることはありませんでした。多分、ニュース原稿を書く人は、そんなことニュースの本筋と関係ないし、面倒臭いと思ったのでしょう。結局次の日からは「ソレーネ」を使わなくなったということでしょう。
山口県人ならここで「それーね」と相槌を打ってくれるでしょう。
私が最初に買った車は、スバルのレオーネでしたが、何と無く音が似てますね。
「それーね」
最近の若者がラインなんかで使っている「それな」に近い言葉ですね。
ここで全国に流行らせたいとも思うので、みなさん、使ってみてください。
ちなみに広島弁だと「ほんまよ」とか「ほじゃのう」になるのかな。
自転車で日本縦断中という好青年に化けていた逃走犯のおかげで一躍全国に知れ渡った「ソレーネ周南」。多分旅行者が殺到しているのではないでしょうか。売り上げが上がったら犯人に感謝状出した方がいいかも。

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カープは3回目にしてやっと地元での胴上げという悲願をやり遂げました。試合見に行きたかったなあ。でもまあ、テレビの画面からでも広島カープの選手とファンの喜びを分かち合うことはできたように思います。テレビを見ながらささやかに小さなスパークリングワインの栓を開けて、妻と祝杯をあげました。
5年前くらいは、こんなことが起きるとは想像だにできなかったような気がするけど、やはり昔からのカープイズムというか、「育てて勝つ」というカープの精神がしっかりと身を結んだ結果として、やはりカープファンにはたまらない優勝、そして三連覇だと思います。
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しかしまあ、優勝目前にしてDeNAに連敗するなど、なんか心もとない部分もあることは確かですね。カープ選手だけではないかもしれないけれど、何かプレッシャーに弱い部分があるような気もします。
こういうところがクライマックス・シリーズや日本シリーズにでなければいいけど、と思っているのは私だけではないでしょう。今年は、丸の大躍進、西川龍馬の活躍、大瀬良の安定、誠也の四番としての自覚、フランスアの台頭、バティスタのここ一番の馬鹿力、そして精神的支えとしての新井さんの存在、そういう要素があっての優勝だったと思います。これらの力が日本一への戦いの中で、再度発揮されることを期待したいと思います。
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優勝ムードに沸く先日の金曜日、広島市内のとあるアイリッシュ・パブで、ゼミの現役生と卒業生のミックスメンバーでの夕食会を開きました。そこになんとあのエルドレッド選手が来ておったのです。
ここはもともと広島の外国人が集まるお店なんだけれど、そのひカープの試合あるのに、なんでブレッドはここにおるねん、と思ったけど、二軍で昼間試合をしていたのでしょう。
プライベートな時間を楽しんでいるときに、写真取らせてねとか、サインくださいとか言って近ずくのはよくないと思って我慢したのですが、帰り際にトイレに入ったら、なんと隣にエルドレッド。
おしっこしながら、
I would like to see you playing in the Japan series! 'Ganbatte ne!'
と話しかけて見ました。そしたら、ニコッとして
”Thank you."と返してくれたので良かったです。
エルドレッドよ、バティスタに負けず出て来て欲しい。みんな君が大好きさ!

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