2004年02月28日

ニセ部族!

齢(よわい)というのは呼ばなくても寄ってくるようで
(あーいやだいやだ)
だんだん体がいうことをきかなくなってくる。
お酒もぜんぜん飲めません。最近なんかわたくし


松坂屋ストアーで一本88円で売ってる
ビールテイスト飲料(要はノンアルコールビール)
で晩酌している始末。
しかし酔えないビールをわざわざ「カーっチクショー」
とかいいながら飲むことに
いったいなんの意味があるのか…
で、
年寄りは昔の音楽ばっか聴いてるかっつうと
そうばかりでもなくてうるさいのが
いやになってきたのかもしんない、
つうことがあって…

ここんとこ自然と選んでみたら
癒し系(ちょっと嫌いな言葉)みたいな音楽が
結構ヘビーローテーションだったりするんだけど
最近気にいったものに
ADIEMUSっていうのがあって
以前知り合いに頼まれて娘さんの出るバレエ教室の
発表会のパンフレット作りを
お手伝いさせていただいたときに
このアディエマスの曲がクレジットされた
ダンスがあって
先生に「これはどういう音楽なのですか?」
とお聞きしたときに
なんか、アマリアロドリゲスみたいな
マドレデウスみたいな感じ…
みたいにおっしゃっていたと記憶しているんだけど
あまり興味わかず聴かずじまいだったんだけど
あの時、聞いていればと思うとちょび悔しい。

テレビなどでも番宣や、お料理番組などで
頻繁に使用されていてよく耳にしていた
曲が多くて
なるほど癒し系(嫌いな語だけど)。
プログレファンとかいってるくせに
あんまりコアなバンドとか知らなくて
勉強不足を痛感するけど
(べつに必要ない勉強だけど)
もとソフトマシーンのメンバー
カール・ジェンキンスと
マイク・ラトリッジが中心となって
組まれたプロジェクト。

全体的なサウンドはロックというより
シンフォニックなものでシンセじゃなく
本物のオーケストラ
ロンドンシンフォニーオーケストラを使って
極めて映画音楽的アレンジを行っているので
イメージ映像とのコラボにぴったりな感じ。
それもそのはず、もともとCM音楽が発端に
なってできあがったプロジェクトだ。

女性ボーカル、コーラスをフューチャーして
いて、いろいろな民族調のパイプ
(ようは笛ね)のフレーズが
アクセントとして時にセクシャルにものうげで
ときにキュートではじけるようにかなでられる。
もっとも大きな特長は歌われる言葉だろうか。
女性ボーカルのミリアムは南アフリカ出身の
白人だが歌には意味のある歌詞がない。
ハミングというのでもなく
ハナモゲラというのか、
たとえばタイトルソングにもなっている
「アディエマス」という曲
(ファーストアルバム「聖なる海の歌声」から)
では
“アディアディアディエマ・アディアディアディモマ”
みたいに意味のない言葉を
もっとも美しく聞こえるように配して「歌詞」を
書いているらしい。
(ついでに時々日本語が聞こえる(!)
 アヤマレー!アヤマレー!と言われて
 ついごめんなさい。)

これがさきの先生が アマリアロドリゲスみたい
とおっしゃった民俗的な響きを誘発している
要因だろうと思う。
又、リズム楽器が普通のドラムセットでなく
エスニックな響きのパーカッションを多用している
ところもこのニセエスニックサウンドの成立に
一役買っている。

こうした民俗的な響きをイギリス人などが模倣して
作ることに批判的な見方もあるとおもう。
実際、私もミュージックマガジン的な、
中村とうよう的なところも少しあって
「こういう民族文化の収奪のようなニセモノの
サウンドはだめだ!音楽植民地主義だ!」
みたいに言いたい欲望に
かられる部分もあって困るのだが、

実際にはカールジェンキンスは
どこかの民族が長い長い伝統、暮らしの中から
作り出した尊敬すべき伝統音楽から
ちゃっかりいただいて(サンプルをつなぎ合わせて)
自分の手柄としてこのサウンドを作ったわけでは無い。

注意深くそのサウンドに耳を傾ければ
むしろ地上のどこにも存在しないとらえどころのない
音楽を非常に努力してクリエイトしたものと判る。

たしかに伝統音楽を気安く
商業音楽にからめとってはいけないけれど
いろいろな試みの中から面白いものが生まれることも
あるので一様に批判すべきではない。
(しかしエニグマのリターントゥイノセンス
 みたいな問題はやはり
 覚えておかないといけないんだけど…)

ディープフォレストに参加した元ちとせなんか
本人もけっこう気に入っているってテレビで
話してたし
エリックムーケ自体もそのへんは気を使って
いるんだろう。コラボレートというのは
音楽家同士の火花の散らしあいだ。
できあがった音楽(ウィルユービーレディ)
はへんてこな曲だったけどさ。

「聖なる海の歌声」の日本語版のノートに
メンバーのマイク(二枚目以後は不参加)は
インタビューで面白いことを言っている。
「音楽に対してピューリタン的な人もいますが、
ものごとは進歩していかなければなりません。
そういった人たちは、古い音楽を保存しようと
躍起になっています。それはそれで良いことですが、
私たちがやっていることは、音楽の融合なのであって、
そして望むらくは、進歩なのです。ミュージシャンは
皆、墓泥棒なのであって、いろんな分野のスタイルの
小片をつなぎ合わせて、新しいものを創り出そうと
しているのです。もちろん、ピューリタンたちは、
私たちが何かを盗掘すると、いつも気分を害します。
しかしそれが文明の歴史なのです。いろんなものを
保護保存する人がいるのは結構なことですが、誰もが
そうである必要はありません。」

なんだよ、確信犯かよ!せっかく弁護してやったのに
墓泥棒を自供するとは!

民族音楽はその民族の運命とともにある。
彼らにだけ19世紀世界の住人でいてもらいたい
と思うのは先進国家のワガママだ。
バリ島のケチャは伝統行事のように見えるが
れっきとした観光目的の「ショー」だ。
1930年代に観光の目玉として王様の肝いりで
白人プロデューサーが作り上げたのだ。
 だから価値がないといっているのではなく
その逆、ただ単に伝統にしばられて昔のままの
音を出せば良いわけではない。

マダガスカルの竹のハープ、ヴァリハ。この
楽器を弾きながら素晴らしい歌を歌う
ジュスターン・ヴァリ。彼は自身の曲を
世界の人々や又、
アンタナナリボ(マダガスカルの首都)の
マイケルジャクソンマライアキャリーしか
聴かない少年少女たちにいかに聴かせるか、
非常に苦心して変革をしている。
 ユッスー・ン・ドゥールサリフ・ケイタなど
がワールドマーケットで自身の音楽を多くの努力と
時間を使いアグレッシブに変革したサウンドを
クリエイトして戦っているのに
「アフリカ人は太鼓だけたたいて腰振って
踊ってりゃいいんだよ」というのは
非常に乱暴で失礼な話だ。
(どこにそんなこというやついるんだよ!)

で、アディエマスなんだけど
アルバム一枚通して聴いてみると
かれらが一生懸命
架空の部族をきどり
仮面をつけて踊りをおどればおどるほど
ヨーロッパ的感性
(まあ、それも広い意味でエスニックだけどさ)
が立ち上ってくるところが
面白い。
遠くから聞こえる教会の鐘・幾重にも折りたたまれ
重なりあったストリングス・巧みな転調…
「うーんプログレ。」

お郷(さと)が知れるとはこのことか。

気取っておフランス料理を頂いて
帰ってきたら
小腹すいたといって
ねこまんま食ってたりして…
あーやだやだ…

(5枚ぐらいでてるけど
 一枚目がおいらはすきかも…)
あ、来日してた。
あ、トギちゃん(東儀秀樹)もゲストだ。

kazzbay at 18:23│Comments(0)TrackBack(0)

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