ほんとはみんな知りたいんだ

やることが終わらず慌てて家をでてきた。
ふと時計を見たらもう朝。
出発まで一時間もない。慌てて荷物を詰めた。
去年富士山に持って行ったカバン。
チャックが閉まらないカバン。

仕方がないので、Dr.FOOLのシゲヤマの顔の缶バッジと、豆くん。内藤重人の僕とNくん缶バッジ(僕は呪いの缶バッジって呼んでる)
をつけて無理矢理カバンを塞いだ。

今僕は関西にいる。
明日から7日間休みなし関西から東京までライブする。

ピアノと二人で旅をする。
札幌から持ってきた鍵盤だ。

ツアーというか、遠征というか。
地方でライブするのが去年こわかった。
こわかったので毎年三月に長く行ったりしてた遠征を去年はやめた。
それでも東京や大阪、沖縄や与論島などなど。
ライブしに行ったには行った。去年も。

今でも少しこわい。

ちゃんと求められて行けてるのか
自分の行きたい気持ちで行くこともよいけど
ライブをするってことは
ライブする場所の箱の人、イベント組んでくれる人達。少なからず迷惑はかけてる。

ちゃんと恩返しできてるのか


そういうことが考えはじめるとこわくなる。
それは地方に行かなくてもそうなんだけど。


出発の時、札幌は雨と雷が凄かった。

関西はとても晴れている。夏だ。

夏が終わった場所から夏がまだ続いてる土地に
簡単にこれてしまった。

今回、最終日の東京のライブお誘いいただき。
そのあと関西のライブお誘いいただき。
なんだか出来るかぎり全部ライブしたいと思えて。
僕からお願いして、ありがたいことにイベント組んでもらったりもして

7日間びっちり続く。


そういえば前のブログが
5月のこと1で止まってる。

5月東京から札幌に帰ってきて
本格的に奥山漂流歌劇団というものが
スピードあげて動いた。

ものすごいスピード。
一年くらい時間がたった気がする。


いろんな人と演奏した。
いろんな人達とライブした。深い夜があった。

助けられた。
恵まれてる。本当にありがたいことだ。



またこの数日間でものすごいスピードで
進めばいい。

はじまります。

「奥山漂流記2018」


23日 関西大阪BRONZE

24日 関西茨木・総持寺「チェンノガット」

25日 関西淡路mokumoku

26日 関西大阪城 野外

27日 名古屋 BAR pelapela

28日 名古屋 鑪ら場

29日 東京 西永福JAM


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東京  札幌の間の雲の上
お家に帰るみちの途中
ここ数週間のことを考えている。

4月20日から奥山漂流歌劇団の名義を1人でも多人数の時でも名乗るようにした。
再スタート。新人のような気持ちで。

新しいスタートと一緒に
なにが変わったかと言えば
なにも変わってない気もするし
大きく変わった気もするし
失ってた大事なもの取り戻した気もします。

毎回奥山漂流歌劇団のライブ、公演をするのは
難しいから。
急遽のライブとか忘年会とか名義どうしようかなーって思ってることくらいが悩みだけど。
案外そんなことどうでもよくて。

楽しくやってます。


何年か前リンダリンダラバーソールを一度解散した後、1人で歌いはじめて。
また再スタートした時もすぐ東京でライブしていた。


今回は二週間。
ライブは4本。二週間で4本。
いつもより少ない。

一本、一本大事にできた。
最終日二日間。JAMフェス番外編というイベントでのライブに出演。

何年か前に再スタートした時も
東京のライブはJAMフェスだった。

今回もJAMフェス。
何年か前と違うのは。昔はスタジオライブのステージのみしか出れなかったけど。
今回は大トリ。

体制変わっても信じてもらえたのか。
どうなのか。
わからないが初日トップバッターと最終日大トリ。

今回JAMフェスの奥山漂流歌劇団は
鍵盤 歌 総合演出   奥山京
ギターがニュータウンの柳田
ドラムがニュータウンの福島

特別出演に佐々木タイガ(フロムTOKYO/リンダリンダラバーソール)

この編成でのライブ。全員東京在住の人間。

早くから東京にいき。一緒にスタジオに入り。
練習して、話をして、ごはん食べたりして
良い当日、良いライブ迎えられたと思います。


今まで長くやってた編成の5人漂流歌劇団
好きな人たちどう思うかなって思ってしまったけど。
ちゃんと別物で別の人間がやっているステージになった。


このやり方楽しいんだけど。
人気でたり、有名になるには時代の流れに
乗っかるとすればとても難しいな。と
も思ったけど。


面白いから、やりたいから。
面白い人はたくさんいるから
そういう人たちと革命おこしたい
カウンターパンチをしたいなと。



大事なものは名義じゃなく


ただやりたいことを
誰かが受け入れたら
その人のやりたいことになる



ライブ以外の事。
今回JAMフェスのスタッフとして参加もしました。ブッキングしたり。当日のスタッフお手伝いしたり。
言わば裏方業務。

出張のお仕事ですね。

久しぶりに何人かの人数で働けたの嬉しかった
これからのこと、業務のやり方の違いなど
話したり、見たりしてとても学んだ。


イベントもたくさん見れた。
お芝居もたくさん見れた。
イメージがかたまってきた。

友達にもあえた
酒を一緒にのめた
みんな生きていた

散歩もした
風呂にもつかった
知らない街に出かけた
新しい人にもであった
新しい曲に挨拶できた

かなり充実した日々。
学んだことやりたいこと、お家に帰ったら実践するのみですね。


さて

期間限定で一曲YouTubeにあげてます。
なぜこの曲をYouTubeに、もっと入りやすい聴きやすいのあるでしょうとも思いますが。

なにかのきっかけになればと。





面白くするのはわたし次第
面白くなるのはあなた次第

できることはきっかけを作ること


小さな子供のころに一緒に遊ぼうって
かくれんぼに誘うような気持ちで。



1人で曲を作り歌いはじめて一年たったころ。
2014年に面白きこともなき余をおもしろくって曲をバンド編成でやりたいためにバンドをやろうと思い。その時やっていたバンドも辞めて。

奥山漂流歌劇団って名前のプロジェクトを作った。


本当に【バンド】と言うものをやるってなったら大変だ。
一緒にやる人の人生深く関わるし。
運命共同体になる
お金や、やりたいこと、モチベーションが
合致している時はなかなかない。
目指す方向あって、ずっと同じように目指せたら良いけどそうもいかない時もある。
歩幅が揃わない時は大概うまくいかない。
良い時期は良いけど、悪い時期は悪いし。
僕の好きな工藤官九郎の映画のセリフにもよくでてくる。バンドは良い時期は怪獣だと。

脱退とかあったら
「前の編成の時期が好きだったなー」って言われることもあるし。
僕自身「前の編成の時期がやっぱり好きだったなー」って言ってしまうバンドたくさんあるからとてもわかる。
もちろん「今が一番いいなー」ってバンドもあるけど。

だから【バンド】と言うものやるの怖くて
なんども解散や自分が抜けたり。誰か抜けたり。っていろんなバンドで起こった経験あるから。

めんどくさいこと、なるべく考えないで
人と人で音ならしたいなーって
メンバー流動性でよいから
作りたいステージ、ライブ、音楽、表現
やりたいと思い。


奥山漂流歌劇団って言う
バンドだけど、プロジェクト、音楽集団作った。


第1期は2014年10月4日から
顔見せで8月末にもライブした。
5人編成での第1期
Gt 吉田崇展
Ba 藤沢圭市
Dr ヤギハツマ
ky まくらちはる

2014年年末から
Ba藤沢圭市 卒業  Baボンドが参加

第2期の始まり

2015年 第3期
ky まくらちはる 卒業
ky だつ  Tr こよりちゃん 参加

第4期 JAMフェス期間限定
Gt 吉田崇展
Ba ボンド
Dr ゆっこ
ky まくらちはる

第5期 
Dr ヤギハツマ卒業  Dr 山岸りょう 参加

ここから誰かいない日あって4人編成だったり
5人編成だったり、全員揃って6人編成だったりもあった。東京ディスティニーランドという1人芝居の人がステージにいた日もあった。

2015年10月4日
第6期 Tr こよりちゃん 卒業

ここから現体制
Gt 吉田崇展
ky だつ
Ba ボンド
Dr 山岸りょう


の5人体制が約3年間続く。
地方でのライブお誘いいただき、
地方に5人で行くことも多くなった。フェスにでたり。サーキットにでたり。企画もやった。
つねに5人でライブできた。
5人で必ずライブやってたから、いろいろ誘われるようにもなったと思う。歩いた蓄積だ。

バンドになった。
バンドになってしまった。

リンダリンダラバーソールのタイガくんに
「良くも悪くもバンドになってしまったよー
ありがたいけど不安だー」
って言ったことあったなぁー。

ありがたいことに3年近くやれた。

2018年 3月20日
Gt 吉田崇展
ky だつ
Ba ボンド
Dr 山岸りょう

卒業。


奥山漂流歌劇団ってこの5人のイメージ強い人はたくさんいると思う。
解散みたいな感覚なると思う。

わかる。とてもわかる。

これから必ず少しは変わる。

ただ初めは1人だったし、メンバーなんども変わってきたので、曲も今まで通りやるし、新しい曲もやるし。ステージの空気間って言うか奥山漂流歌劇団ってものは根本的には変わらないので。

もういっそのこと原点ちゃんと考えて
4月末くらいから
1人でのライブだろうが、バンド編成ライブの時だろうが。

【奥山漂流歌劇団】
って名義で活動します。

【奥山漂流歌劇団】
ってプロジェクトだから。
1人だろうと、何人いようと。名義通りの表現やってきます。

日によってやりたいことのステージ
の中で
一緒にステージ作りたいメンバーと

映画とかお芝居みたいに。
ずっと一緒に活動するわけじゃないけど。
一緒にステージやるときは。
一つの映画、一つのお芝居作るように
一つのチームでやれる。

そんなふうに一つのステージを毎回作っていきたいです。

その中でよく出演するレギュラーメンバーもできるかもしれないし。

10人、20人くらいでステージやる日あるかもしれないし。

1人も楽しいけど
人と人でなにか作るの
どちらも面白いから、全部やりたいから。
一つ一つ面白く。大切に。

毎回楽しかったなー今日終わってさみしいなー
また共演できたらいいなー
みたいな感覚なれたらなと
(映画のメイキングでありがちなやつです)

地元、全国各地、老若男女、年齢性別、パート
とにかく自由に。いろんな人とステージ作れますように。
一緒に作りたいって人でてきてくれるように。


頑張りどきですね。




さすがに長く同じメンバーだったし、
全員同時卒業は初だからさみしいけど

面白いもの作れるように、面白い生きかたできるように。
再出発です。

そうだそうだ
尊敬する人の歌で
ぼくの細道って曲で言ってましたね。
たかが30年さぁ出発だ。と。


昔の自分だったらバンドなくなったら
闇に入って旅にでてた気がするけど。
少し強くなりましたね。
5年くらい1人でのライブすごくやってきて
よかった。

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