異色な死刑囚を紹介しよう。拘置所内で発明をし、実用新案特許まで取った死刑囚がいた。渡辺藤男(犯行当時33歳)である。
  渡辺の犯罪は以下の通り。1969年2月21日、仲間ふたりと静岡県御殿場市の金融業、海野正一さん(47)に睡眠薬を飲ませてから絞殺、現金500万円を奪った後、死体を箱根山中に埋めた。死体なき殺人事件として、強盗殺人、死体遺棄として起訴されていた。
  1971年7月16日、一審静岡地裁沼津支部では「極めて計画的、綿密かつ大胆」として死刑判決となった。72年12月6日には東京高裁で渡辺の控訴は棄却。74年12月20日に最高裁でも上告が棄却され、渡辺の死刑は確定した。
  渡辺が発明家に変身したのは1970年夏のこと。静岡刑務所沼津拘置所で「罪滅ぼしのために何かできることはないか」と考えていたときに、思いついたという。完全犯罪をねらったほどの頭脳と、賭けマージャンで鍛えたカンで、わずか2か月足らずでユニークな排気ガス浄化装置を考案した。
  渡辺方式は排気ガスを水の中を通して有害物質を取り除くというものだが、排気ガスを水に通す際に発生する気泡を除去するためドーナツ型の円盤を重ねるというアイデアを取り入れていた。紙と鉛筆だけで作り出したこの浄化装置は70年9月末に実用新案特許が出願され、72年7月に公告された。この浄化装置は、73年3月に第14回全国発明くふうコンクールで入選作にもなっている。
  このほか、渡辺は「外出時の火災と盗難の防止装置」「自動車の制限速度順守点灯装置」などを考案し、特許を出願。文献あさりのために英語を独学し、辞書なしで米誌「ニューズウィーク」や「タイム」などを読むまでになった。
  このような変身ぶりは、二審段階から弁護団から示され刑の軽減が主張されたが、東京高裁は「排気ガス装置など有用な発明をしていることを考えても、なお、死刑判決が不当とはいえない」として控訴を棄却、最高裁もこれを支持した。
  渡辺の死刑が執行されたのは、1977年(月日不明)。享年は41歳と推定される。