gahag-0071519610-1小池都知事の誕生前後から、政治におけるキーワードが「クリーン」から「オープン」に変わったように思います。

今回のような文脈で、その意味を大辞泉で調べると次の2つが該当します。

クリーン(clean):
清潔なさま。きれいなさま。「― な選挙」

オープン(open):
閉じてあるものを開けること。開放。公開 ⇔ クローズ
隠し立てのないさま。開放的。「― に話し合う」

最近、これらの反対を意味する言葉として「ブラックボックス」という言葉も耳にします。

これらはよくTVなどで耳にする言葉です。もう一つ、似た言葉ですが、日本ではあまり耳にしない言葉があります。それはよくアメリカ人などがよく使う、「トランスペアレント(透明な)」という言葉です。

「transparent」は、Dictionary.comで調べてみると、次のようになっています。
transparent: open; frank; candid (オープンな、率直な・正直な、包み隠しのない・腹蔵のない)

こうしてみると、「クリーン」は外から見た、身なりや行いの清廉さであり、どちらかといえば、きれいな器の外見のことではないでしょうか。一方、「オープン」は、外部に対して、門戸を開いて受け入れることです。つまり、いずれも外部との関係のあり方を言っているようです。外からは見えない素敵な木の箱につけた、扉から内側が見えるようにしているという感じでしょうか。

これに対して、トランスペアレントとは、内側の様子や心の動きを透かせて見えるようにしておくことの意味合いがあるようです。見せたい部分だけを「クリーン」にしたり「オープン」して見せるのではなく、透明な水槽の中で、すべての行動が常に外から見えることを前提にして行動するさまを言っているのではないでしょうか。

日本人は、行動や意思決定において、トランスペアレントな状態を作ることが苦手なようです。行動や意思決定におけるトランスペアレント(つまり透明性)とは、その行動や判断のための規約や基準が明確であり、それを守ることがお互いの利益につながるという価値基準がなくてはなりません。

多様な人種が一緒に生活する西欧社会では、何事においてもオープンなルールに基づいた行動、公共性が大切な価値基準になるために、裏表のない言動が評価されるのに対して、単独民族の日本人社会では、建て前的に価値基準の共通性は暗黙の了解事項のため、改めてこれを議論することは多くないように思います。このことが、多くの日本企業にとっての課題のように思います。企業として、成果物を生み出すプロセスの透明性を確保することです。

別の例ですが、日本の会社では、会議の中では主張も反対もしないのに、決まったことに対して不平や不満を言う人が多くありませんか? 逆に、議論をはじめると延々と主張のぶつけ合いが続き、結論が出ないことが度々ありませんか? 

コミュニケーションにおいては、まず、「価値基準」を決めることがポイントです。議論の結果をどのような状態につなげたいのか。具体的な内容をいきなり話すのではなく、話すときのルールや判断基準を決めてから、具体的な内容にとりかかることで、お互いに納得のいくコミュニケーションができるようになります。

一時の性能の未達や製造時のミスを、共通の価値基準なしで対処しようとすると、一人一人の価値基準が優先されたり、限られた知識や経験の範囲での選択になり、結果としてトランスペアレントなコミュニケーションの欠如を招き、企業としての方向性も見失いがちです。不正な会計や適合試験結果の偽装・捏造などの不正も、トランスペアレントな行動基準の欠如によるもののような気がしてなりません。 

(2017.10.17 山下)