2011年04月21日

ミラノサローネ雑感

ミラノサローネは大きくなっていた。今年が50周年だからということも関係しているのか、それともどん底景気から立ち直ったからなのか。フィエラで2700の会社が。外側で4000ものギャラリーが家具やそれにまつわる展示を行ったのだとか。到底5日間で見きれる量ではない。それでも、皆ここに集まるのである。もはやここにしかチャンスがないのではないかという焦り。サテリテに実力のあるデザイナーがいまだに展示をするのは、ここにチャンス、このチャンスしかないのではないかという焦りの表れだ。そしてそれだけの集客があるという事実。ジャーナリストも多い。おそらくバイヤーも多いのだろう。このイベントのヒーローたちもちらほら見かけた。スーパーデザイナーたちだ。ジャスパーモリソンやは子連れできていた。


僕はそんな彼らを遠目に、今回はひたすら見た。歩いた。そして展示しているデザイナーと話をした。僕も含めて、彼らはどこかでなんらかのゴールを設定して動いている。つまり、名前の通った家具会社と仕事をすることだ。ところが、この記事を読んでいると、また何人かのデザイナーと話ていると、なかなかうまくいかないようだ。やっぱり。家具のデザイン業界は、とても華やかにみえる。ことミラノサローネでは強く感じる。けれども、この記事の最初にあるように、デザイナーはその業界をもりあげるためのボランティアになりさがっているのではないかというのはここ数年よく聞く話だ。僕の知っている有名メーカーの展示会で飾られている家具は、実はデザイナー、あるいは協力業者から委託されたプロトタイプだったりする。そして、展示会で評判をきいて、売るか売らぬかを決めているのである。売らないとなれば、そこまでの苦労はおじゃん。売るとなっても何個つくるかはメーカーまかせ。ロイヤリティー契約をしたとして、10個では話にならない。その記事のなかにでてきているデザイナーは、メーカーから5商品でて、去年のロイヤリティーが800ポンド。半月分の家賃だとか。もちろんこんな話ばかりだけではないとも思うが。こんな話もある。今年のサテリテでメーカーから声がかかって、プロトタイプを置いていくことになったと喜んでいたデザイナーがいた。おめでとうというと同時に、プロトタイプは返却するむねの契約を交わしたほうがいいと伝えた。僕は、プロトタイプがもどってきたためしがない。次へのプレゼンもいけず、悲劇である。再三のメールや連絡にもかかわらずだ。日本で騒いだところで何もはじまらない。イタリアマフィアのようだと知人のオランダ人デザイナーが口をすべらしたゆえんである。(そんなマフィアは、イタリアに限らず。家具マフィアとしておこう。)

しかしながら、確実にステップアップしていくデザイナーもいる。家具のデザインをかわきりに、企業とのコンサル契約という話もあるし、思いもよらない話が舞い込んでくることもある。だからそうしたプロトタイプは、営業経費だということもできる。きっかけづくり、フックとしての家具のデザイン。あるいはいいメーカーとがっちりいい家具を作るというチャンスにめぐまれた人たちもいる。結果としてそうなれば、がんばって展示した甲斐があったということだろう。

とはいえ、家具のデザインを志す人間がこれだけいるわりには、まともにこれだけで商売出来ている人がいないというのはいかがなものか。インハウスは別として、家具で生活できる人は、日本では両手でたりるくらいなのではないか。これは言い過ぎかもしれないが、僕が見聞きする感じでは本当にそんな感じである。つまり家具デザインにこだわっていると飯がくえない。いまのままでは。

当然僕らはそれをしっているから、僕や廻りの優秀な友人たちは、家具のデザインは業務の中に混ざっている。僕の場合、家や、インテリアを設計すると同時に家具の設計や製作をする。さらにはそこからの延長で直販に近いものもある。年間通じての利益は、800ポンドよりは・・多い。また、そうしたプロトタイプを出し続けたおかげで、突然ヨーロッパの家具メーカーから声がかかった。僕に実績がないこともわかった上で、その可能性にかけてくれたのである。これから2年かけて開発していくことになる。若き優秀な家具デザイナーの小林幹也さんは、ついにショップを構えた。すでに好評だとか。そのデザイナーから直接買うことを、楽しむ人もいる。ちなみにこの場合はロイヤリティーではなく、その十数倍近い小売店経費が収入となるはずである。彼はサテリテに2回だし、ここ数年国内メーカーとの協働をへて、いまに至る。

時差ぼけの頭でここ数日いろいろ考えたのだが、結局のところ、ミラノ詣では続けていくしかないないのではないかという結論にいたる。いやもちろん、そうではないという答えもある。ただ、僕はそうすることに決めた。目の前でくりひろげられていることが、シャンパンの泡のようだとしても、いくつかの本質的なデザインが生まれ、偽物も本物もただひたすら見ること、触れることからしか学べないこともある。そして、デザインを通じて世界とつながっていたい、これは実のところ僕が家具をデザインする一番のモチベーションだ。また、あまりにも大きなイベントがゆえに、そこからしか生まれない何かがあるということに気付いたといえば聞こえはいいが・・。仕事の減少とともに、今朝も妻にミラノなんて言っている場合だったの?と嫌みをいわれたが、結局は、また行くしかないのだ、何かを提示しつづけるしかないのだと振り返る。と同時に、このタフな時代を生き抜く新しいアイデア、僕らのデザインをつかってもらうアイデアも考えつづけなければと。

keijidesign at 17:40│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by imada   2011年04月25日 13:01
5 たまたま見つけて、たまたま読ませて頂きました。

現実と理想、デザインと家具への思いに多々共感。

常々デザイナーとメーカーと小売店とユーザー、4つの点が中々交わらないと感じています。デザイナーはこれが良いと思い、メーカーは作りやすく売れやすい物を作り、小売店はリスクが少なく売れる物を探し、ユーザーはパーソナルなタイミングで欲しい物を買う、この接点が中々交わらない。

言い換えれば、ユーザーが求め、小売店はリスクが少なく売りやすく、メーカーは作りやすく、デザインの優れた物、皆の利益があれば良いのですが、お化粧のデザインでその場しのぎが今の主流、日本のサローネ出展メーカーも総じて本業では苦しいのが現実だと思います。

サローネへ仕入れるつもりで行っても、国内で流通に乗せられる売れる物を探すのが非常に難しいとも感じてます。

商品10個、ロイヤリティ800ポンド程度なら流通に乗せられるかもしれませんが、ブログの通り家賃にもならない。メーカーも利益が出せず、当たりが出るまで繰り返す、その過程がガーディアンの見出しのmake work for free?なのだろうなと斜め読み。娯楽的な展示会でデザイナーが使い捨て、商品が使い捨てではいけないはずなのに。

林さん橘さんとお知り合いなのですね、何処かでお会いできる事を願いつつ、タフな時代に必要な物とコト、幸せなデザインとは、と考えさせられます。
2. Posted by keiji   2011年04月26日 14:43
僕は普段、1人のクライアントのためにつくっていますが、それでも齟齬はあります。デザインをすることの難しさを日々感じています。実際ワンオフはまさかプロトタイプがつくれるわけではないので、別のむずかしさがあるわけですが。まるで袋小路のように思える問題ではありますが、日々の答え探しからなんらかの光をみつけることができるのではないかと、そう楽観的に思っています。そうはいっても、いろいろみてまわって、実力のあるデザイナーにならないとその土俵にもあがれないわけで、そこは自分で努力していくしかないのだろうと・・。何処かでお会いしたら、ぜひ名乗り出ていただけたら幸いです。

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