刑務所の中の生活。 in 盛岡少年刑務所

自分が過ごした盛岡少年刑務所での暮らし、 そして、刑務所とは一体なんなのか、 捕まった時から今日までを書いたノンフィクションブログです。

刑務所兄弟 vol,65

舎房に帰る前に自己紹介が始まった。

知っている人が2人おり、気持ち的には楽だったがそれでも自己紹介というものは何度やっても緊張する。

内掃工場というのは、もともとすごく評判が悪く、
自分が盛岡に来た時はイジメなんかがすごく最低の工場と言われていたが、自分がこの工場に来た時は、皆、すごく明るく気さくだった。

自分にとって害のありそうな人もいなかったし、初日はいたって平和に過ぎて行った。

しかし、一つだけおかしな事があった。

翌日、工場にいる時だった。


内掃は基本的に休憩が多く、他の工場と違って工場内でアゴをまわしていても怒られない。

なので工場ではみんなワイワイガヤガヤと話しているのだが、
親父がいるにも関わらず、数人がお互いを兄弟と呼び合っているのだ。

内掃は経理工場なので、現役の不良はいないはずなのだが、不良の話をしながら、兄弟兄弟と呼び合っている。

いわゆる、懲役ヤクザだ。

娑婆から兄弟分な訳ではなく、内掃工場で知り合って兄弟分になったのだろう。

それはそれで人の事だからどうでもいいのだが、兄弟分とはそう軽いものではないと思う。

知り合って1ヶ月もしない人が同じ工場に何人も兄弟分を持つこと自体おかしいことだからだ。



やはり評判は正しかった。

内掃工場はかぶれている人が多かったのだ。


不良を名乗っているわりには、飯の時になると自分のだけ多く入れたりするのだからたまらない。

普通はそういうのを隠したがると思うのだが、そういうのを自慢してしまうのだ。


そして、いかにも見るからに弱そうな人だけを狙い、いじめているのだ。

個人的に害はなかったが、見ていて気持ちのいいものではなかった。


ただ、その人は一番古く、新しく入って来た人がいたらすぐに兄弟分になろうと話を持ちかけていた為、誰も文句は言わなかった。


結局、経理といってもこの程度。
少年刑務所の経理工場の典型的な例だった。


どうせ刑務所に落ちるのなら、男らしく、人間的に大きな人に会えるのだけが唯一の楽しみだったのだが、この工場では会えそうになかった。


そんな中、一人の男が内掃工場にやってきた。




次回へ続く・・・・・

布団 vol,64

内掃といえば刑務所内の仕事、
歩き回ったり重たいもの持ったりと忙しいのかと思っていた。

独居衛星係が非常にハードだったこともあり、疲れるんだろうなと覚悟していた。

そんなことを考えながら、鉄格子ばかりを拭いていたが、
次の舎房でも雑巾を片手に鉄格子を拭き、
その次の舎房でも雑巾を片手に鉄格子を拭き、

思っていたよりもすごく楽だった。

拭くといっても、丁寧に隅から隅まで拭くのではなく、
軽くササっと拭くだけなのだ。

こんなので汚れが取れるとも思えないが、時間等の関係上、毎日全てをまわらなければいけない為、仕方がないらしい。


その他の仕事で驚いたのは風呂掃除。

刑務所の風呂は大きい。

盛岡は小さい方だが、それでも普通の銭湯くらいの広さがある。


そこを10人体制で掃除するのだ。

しかも長靴をはいたまま掃除するので、綺麗になっているのか汚れているか分からないが、洗剤を一斉に流し、便所掃除用のブラシで浴槽をこすり、こすり終わったら水を流す。

ただ、水を流す量が少ないので洗剤はしっかり落ち切っていないのだが、お構いなしにお湯を入れてしまうのだ。

洗剤入りの風呂だ。


きっとこの光景を見たら誰もがびっくりすると思う。

刑務所的には洗剤と一緒に入った方が汚れが取れるとでも思っているのだろう。


風呂掃除が終わると、処遇部という刑務官ばかりがいるところに行く。

司令部がある建物だ。


そこで処遇部の掃除をするのだが、ここでも驚かされた。


2階に上がると泊まりの刑務官の休憩場があり、そこで刑務官は仮眠を取ったりする。
当然そこには布団があるのだが、その布団を引かされるのだ。

前の日のシーツを片付け、布団を引きなおし新しいシーツを引き、枕をセットする。

しかも幹部が泊まる部屋は個室になっており、ベットになっていた。

確かに布団を引くのはめんどくさいが、正直、自分の寝床くらい自分でシーツを引いて欲しいものだ。


小学生でもしていることだが、盛岡ではなぜか内掃がすることになっていた。

舎房の掃除は時間がない時はしないこともあるが、この刑務官の布団引きだけは、何があっても優先的にさせられた覚えがある。


またその布団が、我々受刑者のせんべい布団と違って、フカフカなのだ。

娑婆でもなかなか売っていないくらいのフカフカ具合で、多分普通の布団の厚さの3倍くらいはあったと思う。

畳にマットレスを引き、その上に布団を引くのだから相当なものだったと思う。

よく親父の目を盗み、横になったものだ。


この布団で寝られればどれだけ熟睡できることか・・・・・・

未だにあの時の布団よりもいい布団に出会えていない。




こうして自分の考えていた作業内容と大きくかけ離れた仕事ばかりでカルチャーショックを受けながらも、初日の作業が終わりを告げた。




次回へ続く・・・・・

内装工場 vol,63

舎房に戻り、荷物を取って同房者に挨拶をし、内装工場に向かった。

内装工場がどんなところかあまり予想がたたなかったが、
新訓で一緒だった人が落ちていたのでそんなに不安はなかった。

舎房の掃除とかするんだろうな・・・・・・・程度の知識しかなかったが、
一般工場と違って歩き回れる工場なので仕事的には楽しいのかもしれないと思っていた。


そんな事を考えていると、内装工場に着いた。

そこに荷物を置き、着替えるとそのまま舎房へと連れて行かれた。


何で舎房に行くのかと不思議に思っていると、丁度舎房の掃除をしているところだった。

掃除機とモップ、雑巾を使い廊下から鉄格子まで全てを掃除していた。

皆、テキパキと動き、自由に舎房を駆け巡っている。

自分が知っている工場とは想像もつかないくらいの光景だった。


僕はとりあえず休め待機を命じられたので、掃除の邪魔にならないよう廊下の壁側に向かって待機した。

新訓で一緒だった人が来て挨拶などを交わしていると、内装工場の担当の親父に呼ばれた。


工場担当というと、怖い見た目に怖い親父というのが当たり前だと思っていたが、内装工場の親父は優しそうな顔をしていた。

というより、普通のおじさんだった。

最初に、
「お前は一度失敗を犯しているが、こうやってもう一度経理に落ちてこれたのだから、一日も早い社会復帰を目指して頑張れ」
と言われた。

主な仕事内容を聞かされ、雑巾を渡された。

最初の仕事は、舎房の鉄格子を拭く事だった。




次回へ続く・・・・・
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