2016年05月15日

ブレバタの音楽が好きな人は、かなりの恋愛上級者。
〜と、ブレッド&バターの近年のCDに寄稿文が寄せられており、
そおっかぁ〜俺は恋愛上級者なのかぁ、と独り悦に入りニンマリの自分。

まあ、それはさておき、

岸部四郎さんはどうしているだろう?
そんな事をぼんやり考えながら、
大好きなブレッド&バターの作品を繰り返し聴いている自分。

「ムーンライト」は、シローとブレバタが残した唯一のアルバム作品。

ムーンライト

そもそも
水と油のような交わりようのない世界に存在の両者が、
何故、合流したのかは、
「ヤング720」に音楽担当として出演の岩沢幸矢さん(ブレバタ兄)が、
同番組のフアッション担当のモデルのヒロ(シローのガールフレンド)を介して
シローと知り合ったのが切っ掛け。
田園コロシアムのライブで、
シローが歌うドノヴァンの「ラレーニア」でバックを務めるなど、
両者は急激に接近し、一時同じマンションに住んでいたことも。

タイガースでは弾けないギターを持たされ、
補欠メンバー的な扱いにも不満も溜まっていたであろう
シローさんの知的音楽欲求と、嫌みのない澄んだ高音が、
ブレバタのコーラスワークと融け込むのはある意味必然ともいえる。

ブレバタはポリドールに移籍し、
71年4月にはシングル「野生の馬」(名曲!「花・太陽・雨」と発売同日)、
72年8月にはシングル「バタフライ」発売。
アルバムは岩沢二弓さん(ブレバタ弟)の交通事故もあり、
長期にわたり制作され、72年3月に発売されている。

内容は、
CSN&Yをやりたいという両者のとおり、
コーラスワークを聴かせる内容で、
シローさんの持ち味である高音を最大限生かす内容。
ただそこにタイガースの匂いを汲み取ることは皆無で、
極めてブレバタ色が強く、ブレバタの単独アルバムといってもよいのでは。
シローさんがメインボーカルを受け持つ曲も11曲中3曲程度。
しかし、そもそも現地でヒッピー文化を体感したシローさん的には、
おおいなる音楽的要求が満たされたことや、
自由の利かない大芸能界の中でのひと時のガス抜きにもなったのではないかなあ。
内ジャケの写真など、まさにウッドストックの雰囲気だし。
表ジャケには畜舎の豚が撮っており、ブタさん繋がりでPYGを意識?
※デザインは廣野展生さんで、ジャケの白い部分は豚の毛だとか。

ミュージシャンも凄いぞ、これ。
林立夫、
後藤次利、
加藤和彦、
石川鷹彦、
駒沢裕城、
近田春夫、
山内テツ、
原田祐臣、
鈴木茂、
柳田ヒロ、
矢野誠(敬称略)  など。
プロデューサーは渡辺音楽出版の木崎賢治さんで、
もしかして木崎さんがメインで携わる最初の作品?

さて、シローとブレバタは、
フリーやビー・ジーズ、BBキングの前座を務めたことも。
フリーのコンサートでは空き缶を投げつけられたとかで、いやはや勇ましい時代です。
その後、シローさんは(ナベプロの思惑どおり?)司会業などの
タレント活動が忙しくなりブレバタとは袂を分かつことに。
実際に3人で活動した期間は半年程度のよう。
ブレバタのポリドール最後のシングルはブレバタ単独名義で「今はひとり」。
まだ、伝説のカフェ、ブレッド&バターの随分前のことですよ。

ちなみにブレバタは札幌でのライブの際、
開演時間が30分間違えた遅れた時間で印字されたチケットを購入した俺のために
開演時間を30分遅らせてくれたうえ、
俺を会場の外で待っていてくれたことも。

71年1月、ザ・タイガース解散。
サリーとジュリーはPYG、タローはアルファベッツ、
シローはブレッド&バターと合流し、かつみさんも含め、
元メンバーが音楽面で自己主張しあった短くも輝いた時代があったのだなぁ。

keinatumeg at 18:45コメント(2)トラックバック(0)ザ・タイガースおまけですう。 

2016年04月29日

加瀬邦彦さんが亡くなられて一年、
ジュリーと加瀬さんとの最後の蜜月「JULIE with THE WILDONES」。
我々ファンにとっても宝物の歳月、
一周忌にちなみ、最近のようで懐かしいあの頃を振り返りたい。

そもそも加瀬さんのジュリーとのジョイント構想の具現化はこの頃?
ジュリーの還暦ドーム(2008年11月29日、12月3日)が大成功に終了した時期?

2008年
12月15日 加瀬、沢田 銀座で食事、日本酒グイグイ
12月26日 都内某ホテル 内田裕也、加瀬、沢田「きめてやる今夜」打合せ

2009年
2月16日 加瀬の新車‘ミニクーパークラブマン’に沢田乗る
2月22日 「きめてやる今夜」リハ終了。沢田、加瀬の車で横浜に帰る
2月25日 渋谷CCレモンホール「きめてやる今夜」加瀬プロデュース
2月27日 神戸国際会館こくさいホール「きめてやる今夜」加瀬プロデユース
6月28日 横浜・馬車道近くのイタ飯屋で「来年のお楽しみ」を話す
      ※加瀬さんが「オリコンで1位をとろうよ!」と持ち掛けたのはこの日?
7月26日 立川市民会館で沢田ライブ。加瀬観覧、「横浜で食事」の約束
8月3日  沢田、加瀬 横浜で食事(前日のこと?)
10月13日 加瀬ハンドマイクで「気になるお前」歌う。ドラマーはGRACE、ケネディハウスで
11月11日 加瀬、沢田 しゃぶしゃぶ食べる(ジュリー子供の頃に行った店)
※ 以上、加瀬さんのブログより、でした!

11月13日 東京中日スポーツ「GS復活 ジュリーwithワイルドワンズ」!!!

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2010年
1月4日〜 TBS「ひるおび」エンディングテーマ「渚でシャララ」
2月8日  NHK「SONGS」収録
2月10日 シングル「渚でシャララ」発売、オリコンデイリー17位
2月11日 シングル「渚でシャララ」、オリコンデイリー10位
2月18日 シングル「渚でシャララ」、オリコンウィークリー24位
2月20日 シングル「渚でシャララ」、カウントダウンTV 20位
2月25日 フジテレビ SMAP×SMAP収録
3月1日  フジテレビ SMAP×SMAP O.A
3月13日 朝日新聞Be 1面、3面写真インタビュー記事
3月23日 鳥のヘッドギアと衣装、銀座山野楽器店に展示(〜26日)
3月24日 アルバム「JULIE with THE WILDONES」発売、オリコンデイリー13位
※ クレジットに加瀬邦彦、木崎賢治、三浦徳子の名前ありで、うれしかったなぁ。
3月25日 アルバム「JULIE with THE WILDONES」、オリコンデイリー28位
3月31日 アルバム「JULIE with THE WILDONES」、オリコンウィークリー28位
3月31日  NHK総合「SONGS」O.A
4月7日  NHK総合「SONGS」O.A
4月9日  テレビ朝日「徹子の部屋」O.A
5月8日  渋谷CCレモンホール、僕達ほとんどいいんじゃあない ツアースタート
       ※ 追加公演を含め全国ツアー29公演。

ざっと書き出してみたけど、
まだまだツアーのリハやプロモーションビデオのカメラ撮りの日時、
RECの日時など知りたいことだらけ。
どうぞ皆さんで加瀬さんとの日々のあれこれを加えて欲しい。

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2011年
9月21日 朝日新聞「人生の贈り物」にて
 あの頃「恩返し」(裕也さんとのライブも含め)と言ったのはおごりだった、
とジュリー。

そんなに謙虚にならなくとも、
加瀬さんは、とってもうれしかったと思うし、
僕達もうれしかったよ。ほんと。

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2016年04月10日

『最 悪』

得意のさえない中年男役。
零細町工場「川谷鉄工所」の経営者という役どころ。

大まかなあらすじは、
近隣との騒音トラブルや銀行融資ドタキャン騒動、銀行強盗などに巻き込まれ、
遂には強盗指名手配犯になってしまう、
中年男の悲哀を描く人間ドラマ。少しコミカル。
ドラマでは49歳の設定だが、
当時ジュリーは52歳の頃。肌もつやつやしている。

2001年3月30日(金)、
BS−i(現在の名称はBS-TBS)で放映のテレビドラマ。
監督 大森一樹、原作 奥田英朗「最悪」。
収録は2000年5月〜6月頃(澤會インフォによる)。

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前年の12月開始のBSデジタル放送、
従来のアナログ放送と比較して高画質・高音質での映像が楽しめると、
とても丁寧に作成されたものと思われ、
テレビドラマのカテゴリーとするのは、
とても勿体ない。

極めて最近の出演作との認識だが、
16年も前の作品とは驚き桃の木山椒の木
当時はBS放送を観ることの出来ない環境だったので、
DVD発売にあわせて楽しく鑑賞したものだ。

個人的に人間群像劇は大好でき、
併せて「さえない中年男」を演ずるジュリーをこよなく愛する俺は、
リボルバー(88年)
幸福な市民(89年)、
総務課長戦場へ行く(94年)など、
80年代後半〜90年代前半のドラマや映画は、
俺にとって最高のエンターテイメントの極みである。

撮影時期は世紀末、放送時期は新世紀という
‘センチュリー橋をまたいだ(♪愛だけが世界基準)’時期にあり、
前述の期間より後の時期に当たるが、
この「最悪」も最高のエンターテイメント。
(放送時期は21世紀はじめTVに出まくった時期ですね←その後、沈黙。)

まず主人公のいで立ちが、
首に巻いた汚れたタオルに作業服という、
いかにも町工場の親父のイメージそのものだが、
長髪姿がいかにも「大スター沢田研二」であり、もうジュリーそのもの。
そのいかにもジュリーが、
髪を振り乱し慌てふためき情けなく咆哮しながら、
画面いっぱいドタバタするものだから、もぉ堪らない。
(↑これが嫌との女性ファンも確かに存在?)
見かけはジュリーだが、
連想するジュリーのイメージとは対極のかけ離れた演技がサイコー。

これ、沢田研二の最後の長髪時代ですよ(現在のところ)。
雑誌「音楽倶楽部Vol.3」(2000年秋号)で、
最新作「キタルベキ素敵」について語るジュリーの頃だよね。

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共演陣もなかなかで、
奥さん役が角替和枝さんという庶民的さもいいし、
もう一人の主人公ともいえる西田尚美さんは、
華奢でカワイイけれど既に不思議な風格があり、怪演という感じ。
この後、西田さんとはホラーコメディ「カタクリ家の幸福」で再び共演だが、
コメディー繋がりで、NHKのウッチャンのコント番組でもう一度共演したらどおか?
そんなわけないか。

エンディングでは、
作業服に大洋ホエールズの帽子を頭に載せて登場。
しかも緑色にオレンジのつばの「マルハ大洋」だ。
本当に小技が効きすぎて涙がでちゃう。誰の趣味なのだろうか。
無事銀行より融資を受け、導入した最新機械「トレパン」を前にしながらも、
結構ヒマそうな姿は、フン!と鼻で笑えるし、少しホロ苦感もある。

エンディングテーマとして流れるのは、ザ・タイガースの名曲。

カメラが引いて町工場が小さくなり、
町工場や銀行を中心に悲喜交々ドラマが繰り広げられた町全体が映し出され、
やがて白っぽい空が画面一杯に広がる。
町工場の経営者 川谷信次郎、
いや、長髪の沢田研二に最後まで応援し続けた俺も一緒に
その空に「青い鳥」をつい探してしまうのだ。
…とまあ、それくらい感情移入をし、見終った頃は疲労困憊状態だった。

あまり話題に上らなかった記憶で、ちょい残念。

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2016年03月26日

気持ちのよい昼下がりに、
ふと、ラジオから「un democratic love」が流れてきたとしたら・・・
あら?ジュリーの声、やっぱり素敵ね〜。
これは最近の曲かしら? なんて、そんないい感じになるかもしれない。

聞き流す分には、君の愛は、と繰り返す、
ジュリーが歌う最近のラブソング。以上。

それくらい突き抜けてしまっている。
怖いもの無し。
苦悩や葛藤、悲壮感は微塵も感じられず、
変わらぬ艶のあるジュリーの声に、むしろ気持ちがよいくらい。
素敵すぎ、痛快すぎ。というのが、5年目の新作の感想だ。

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un democratic love
 un democratic love
◆(々よ
 犀か象
ぁWelcome to Hiroshima
〜平成26年(2014年)8月6日『平和への誓い』より
2016.3.11発売 COLO−1603

3月11日は出張中で、
次の日に急いで最寄りのCD店に車を飛ばした。
貪るように聴き、久し振りのベースの生音に酔う。
歌詞にダブルミーニング(親父ギャグ?)を探してみたものの、
案外ストレートな物言いで、ジュリーも気持ちよさそう。
あっかんあべ〜って放言したのは、
今年?去年の正月だった?記憶が曖昧だけれど、
まぁそんな事はどうでもよい。

昔、広島平和音楽祭で、
茶目っ気たっぷりに「ヘイ!ミスターハリウッド」を歌ったジュリー。
現在は朗々と ♪Welcome to Hiroshima と歌うジュリー。
震災テーマは不変だが、より大きな平和を訴えることがジュリーの最たる形なのか?
高速で過ぎる時間の速さに、驚きと寂しさ、なんとも複雑な感情を抱く俺。

とにかく、
こんなに素敵過ぎる歌声を響かせ、
バンドアンサンブルの極みを提供し、
シニカルな歌詞を痛快過ぎるくらいに聞かせる‘沢田研二’の存在。
北海道新幹線開通のニュースに盛り上がる青海鼠より、
雪解けの土から白い花を咲かせるクロッカスに、
一縷の希望を感じる俺の心情と妙にシンクロするのだ。

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2016年03月06日

女性ファンが圧倒的なジュリーだけど、
果たしてこの曲は誰をターゲットにパフォーマンス?
流行りのニューウェーブ好きのお兄ちゃん?もう怖いもの無しといった感。
大衆に広くアピールの「TOKIO」の次シングルとして、
派手派手路線は継承だが、さらに偏執狂的で‘ほとんどビョーキ’な派手さは
こちらに軍配。

楽曲は極めて緊張度が高く、一瞬のスキもない。
‘バッド・チューニング’は、当時、新鋭のコピーライターだった糸井重里さんの造語。
この辺り著書「ペンギニストは眠らない」に書いていた記憶もあるが曖昧。
ストレートなロックンロールでありながらも、バッチューな楽しい仕掛け満載で、
「面白い事もっとやろうよ〜」との加瀬さんの顔が浮びます。

BTジャケ




売り上げ 17.2万枚
最高位13位、ランクイン15週
作詞 糸井重里、作曲 加瀬邦彦、編曲 後藤次利
1980.4.21発売
ポリドール DR−6410

カラコンに話題は行きがちだが、
囚人服を模した衣装、ネオン管を入れた透明ギターやマイクスタンド、
破られるセロファンのジャケット、
ヒールにまで銀粉を仕組んだ靴に至るまで小細工満載、
定着したオールウェイズとの一体感も含め、
まさに‘ジュリーはいつも楽しい驚き’どおりで、
楽しい仕掛けがいっぱい。

歌うジュリーも、
両手で血液を送り出す心臓(ポンプ)のような仕草をしたり、
愛の電波をビンビン飛ばしたりと・・・
とってもチャーミング。

阿久−大野の王道歌謡とも違う路線に舵を切り、
ニューウェーブを意識したイメージの打ち出しは、向うところ敵無し。
小学六年生の俺もワクワクしたものだ。
一方、80年は売上的にやや下降気味、
やっぱ前の路線の方がいいんじゃないの?
ギミックに走りすぎているんじゃないの?とガキながら余計な心配も。

この時期、
胃潰瘍でダウン、入院、療養で一か月。
新曲キャンペーンなどもキャンセルになった。
TBS「ザ・ベストテン」初ランキング(赤丸付急上昇)時も、療養中で出られず。
抜歯直後のRECでは、譜面に血が飛んだとの伝説も。
お酒はロックンツアーの最終日(8月24日)までお預けだったとか、

個人的な思い出は、
発売と同時に入手したおねだり成功体験、
ジャケにK・Sとイニシャルがデザイン、俺と同じと密かにほくそ笑んだこと、
ジャケの黒とピンクの組み合わせが妖しくていいなあと思ったこと、
我が故郷の釧路市にもツアー、町中の電柱に告知ポスターが括り付けられていたこと、
※もう釧路には来ない!とジュリーが言ったとかいう噂も流布。
修学旅行の晩、同級生の前で歌った恥ずかしい記憶などなど。
その修学旅行で観た「ザ・ベストテン」でもランクイン、
クリスタルキング「蜃気楼」がプールサイドからの中継で、それが所以か、
バッド・チューニングには、湿度の高い真夏のプールサイドのイメージもある。
同時に小学六年生の自意識過剰な自分の、
嫌〜な気分も皮膚感覚として蘇る。 

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結局、売り上げは、
前作「TOKIO」(34万枚)に遙かに及ばず。
(案外TOKIOも認知度の割に売れてない?)
どうしても前曲の二匹目のドジョウを狙ったような、
マイナスイメージがあることもまた事実。
ポップアイコンとしてのジュリーは頂点を極めたが、
ズレてるほうがいい、と歌ったジュリーは少しずつ大衆の求めるもと、
乖離していくことに。

パラシュートの影に隠れがちなバッチューだが、
ジュリークラッシックとして
世間の認知度ももっと高くてよいハズ。
なんだかんだ言っても、大好き!恋のバッド・チューニング。

keinatumeg at 15:12コメント(0)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2016年02月28日

島根県のジュリーファン、こんにちは!
先週、仕事のため、3泊4日で島根県に 行きました。

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羽田経由で、出雲縁結び空港に降り立ち、
レンタカーで中山間地を駆け抜け、雲南市、飯南町、邑南町・・・

島根県に来たのに、
日本海もほとんど見ずに、山ばかり走りましたが、
北海道にはない、山間の里に広がる集落を見ながら、
日本古来の歴史、文化、伝統、この国の成り立ちにロマンを感じました。

さて、島根県といえば、
ジュリーが89年11月12日(だっけ?)に出雲大社で結婚式を挙げましたよね。
最近のように感じますが、25年が経過、四半世紀前のこと。

その頃、大学一年生の僕は
「彼は眠れない」の派手なジュリー復活に心躍らせていた時期で、
結婚というプライベートには興味がなく、すっかり家庭にも普及しきったビデオに、
ワイドショーを録画するような事もなく、
スポーツ新聞を買い込む事もありませんでした。

10月11日 アルバム『彼は眠れない』発売
10月13日 沢田研二LIVE IN 東京ベイNKホール 「ジュリー大好き!!」
書き込んでいるこの日程を追うだけで、
自分自身パワーが蘇る感じですね。

いろいろあった時期からも、
既に暫く経過していた時期で、
マスコミもバッシングみたいなことはなかった記憶です。
偶然目にした、遠方から撮られた結婚式の様子も、
バブル期の派手婚が流行る中、
とても質素で、穏やかな雰囲気に好感を持ちました。

11月28日、東京・赤坂の全日空ホテルでの披露宴で、
沢田中沢田中沢田中沢田中沢田中沢田中沢田中・・・とプリントされた
手拭が配られたという話を聞いたことがあります。

89年後半は、
「ポラロイドGirl」や「彼は眠れない」での
躍動感に溢れたジュリーを思い浮かべる一方、
(ヒットチャートへの期待もありました)
結婚式での穏やかな表情のジュリーが懐かしく思い出されます。

ジュリーに感化され(?)、
ハワイでの自分の結婚式も、一番ひなびた雰囲気の教会を選び、
一番シンプルな黒のモーニングをレンタルしました。
今でも、あの選択に満足しています。

島根では、益田市で知り合いと合流し、益田ナイトを過ごし、
最後は、萩・石見空港から帰路に。
高級魚‘のどぐろ’も美味かった〜〜。

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本当に地元の方にはよくして頂き、
すっかり島根県のファンになって帰ってきました。
大好き!島根。しまねっこ!

keinatumeg at 17:41コメント(0)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2016年02月11日

TBSラジオ
NISSANミッドナイトステーション 沢田研二 夜はきままに、の
目玉コーナー。
俺も雑音に悩まされながら聴いたのが懐かしい。

著名な女性が歌詞を提供し、
ジュリーがそれに曲をつける、というラジオ番組の中の企画。
毎月1曲ずつ発表、曲が溜まった83年3月にカセット発売、
それが『JULIE SONG CALENDER』。

2月の曲が、「裏切り者と朝食を」。

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作詞は、少女漫画の大御所 里中満智子さん。
作曲は、もちろん我らがジュリー。
編曲は、EXOTICSのバンマス、吉田健さん。

82年4月から毎月始まった曲づくりの企画も、
83年の年が明けてからは、なんとなく、軽くこなし感もあり、
俺的には、印象薄な感じも否めなく、
1,2,3月の曲は、どれも、愛着が薄い。
逆に最近は印象薄な故に気になる存在にもなっているが。

前奏が長い。約60秒もある。
感想も40秒程度もある、
最後もファイドアウトまで約60秒ある。
5分少しの曲の半分以上が演奏のみだ。

初めて聴いた83年1月も、イントロがなげぇ〜な〜、と退屈。

有りがちなタイトルに、
男女の寒々しい関係が極めて暗く描かれる。
モノクロのイメージ。
殺人事件でも起こりそうな雰囲気だが、
勿論何も起こらず、淡淡と時間が過ぎていく歌世界。
心理サスペンス的な展開。
もう一度言うが、何も起こらない。
俺も少々暗い気分になる。
カセットテープで発売された際に、
冒頭1曲目がこの曲で、軽く驚いた記憶がある。

間奏などで連発される「犬の遠吠え」は吉田健さん。
全編で流れる武川雅寛さん(大動脈解離からの復帰には泣けた!)のバイオリン、
西沢幸彦さんのパンパイプの音色。曲のイメージにドンピシャで、
頭から離れない。

ところで、この企画、
健さんのアレンジ曲が13曲中、8曲を占める。
他は、柴山さん2曲、西平さん3曲、健さんのアレンジ曲が極めて多い。
RECも、健さん主導で進められたと思われ、
圧倒的に健さんの存在感が際立つ。
本当はもっとEXOTICSのメンバーそれぞれが、
均等に曲を受け持つ予定だったのかも。

この頃、健さんと武川さんは、
お二人で「ゴー・パッション」なるユニットを組んでおり、
仕事的にも特に親密だった時期と記憶する。
ジュリー関連の仕事でも、健さんアレンジ曲には、
印象的な武川さんのバイオリンを聴くことが出来る曲がいくつか存在。

83年発売、
沢田研二初のプロデュース作品として
誉高いEXOTICS『LIBRALY』(CD化まだ?)。
メンバーそれぞれ曲を分担し、その担当曲を主導。
吉田健さん担当、ボーカル曲は次の3曲、
A1「MISTY MISSY」(武川バイオリンあり)
A5「ANABAHEBAK」(アラビア語満載の風変わりな曲)
B1「LE CALNAVAL」(野宮真貴さんデュエット曲、武川トランペットあり)

A面5曲目の作詞が、これまた里中満智子さん。

ジュリーレーベル

俺が想像するのは、
ラジオ番組の企画時、里中さんに詩をお願いした際に、
納品された歌詞が「裏切り者と朝食を」と、
もうひとつが「ANABAHEBAK」ではなかったのかなあと。
英語(9月)、イタリア語(12月)もやったので、
今度はアラビア語でいってみよう!なぁ〜んて。
結局、ボツになり、それを健さんがとっておいて、
EXOTICSのアルバムに流用したのではないのかなあ。
RECが83年8月〜9月であり、時期的にも、
おかしくはない、と思うのだが。
まあ、想像の範囲ですけれど。

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1月は、年明けのすがすがしさ。
3月は、残雪も春めくワクワク感。
対して、2月は、まだ雪深く気温も低い。どちらかといえば気分も重たい。
重い気分は、ソングカレンダーの2月の歌の暗さにも起因?もしかして。
ジュリーの2月は、近年は音楽劇のお稽古かしら。

曲は「♪裏切り者と朝食を/裏切り者と朝食を」と繰り返し終了。
主観で進む曲が、最後は突然の客観視。
曲を聴く者の世界観と同一化して終わる。

そして、いつも連想してしまうのが、
怪奇漫画「エコエコアザラク」の最後の一コマ。
美少女の主人公、黒井ミサが、
一話毎に黒魔術を操る不気味な物語が展開する。
そして物語の最後の一コマが、毎回、
主人公が「エコエコアザラク エコエコザメラク」と黒魔術の呪文を唱えながら、
何事もなかったように、その現場を立ち去るシーンで終わるのだ。
まるで他人事のように・・・客観視。

そのシーンが、この曲の最後とダブっちゃう。

裏切り者と朝食を
裏切り者と朝食を
おほほほほほほほ・・・(黒井ミサの美しくも不気味な笑い声)

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2016年02月05日

時はあまりにも はやく過ぎ行く
喜びも悲しみも すべて つかのま 

何なのだろう、この歌詞を見ただけで、
万感込み上げ涙ぐみそうになる自分は。
これは決してコンサートラストに歌われるという、
この曲のもつ特殊性だけからではないだろう。
妙に沁みちゃう感があるのだ。
俺も歳をとったせいなのか、
この平易な言葉に、何故これほどまでに、
胸に沁みてしまうのか。安井かずみは天才なのか。

でも、俺の中の「安井かずみ」は、現役感はない。
ジュリーに歌詞を書いた時代は既に遠い過去であり、
加藤和彦関係の仕事しか、ほぼしていない80年代だったからだ。
同窓会タイガース「ライラ」も、
久し振りのタイガースなので、所縁の人が特別に歌詞を書いた。
そ〜ぉんなイメージだ。

ジュリーファンになった頃は、既に阿久悠さんだったし、
彼女の書いた曲を後追いで聴く耳には、「昔の歌」という感じだった。
何より巷には刺激的な言葉が散乱し、
普通の言葉で綴られる彼女の歌詞は「普通」に思えた。

お金持ちのおばさま、
それが俺の安井かずみ像だったワケだが。
冒頭の歌詞はもちろん、胸に沁みいるフレーズが、
最近、いくつもあったりするのだ。

泣かないで 可愛い人
愛を胸に どこまで 旅を続ける
そのはずだったのに (遠い旅)

過去をひとつ 残し
今 旅にでる    (旅立つ朝)

書き出すときりがない。

ZUZU














婦人画報で2010.10〜2012.7までの連載をまとめたもの。
ジャーナリストの島崎今日子さんという方が、
1回ごとに証言者を立て、そのヒトから彼女に関する証言を引き出し、
歌詞を盛り込み、エッセイの言葉を切り取りながら、
プロフェッショナルに文章を組み立てもの。
証言者の数は26名にも及ぶ。
渡邊美佐さん、加瀬邦彦さん、村井邦彦さんなど、
もちろんジュリー所縁の方々も証言者として名を連ねる。

1.ニッポンの文化、風俗の教科書とするのもよし、
2.昭和の時代への郷愁を感じるのもよし、
3.評伝のようにも読むのもよし、
4.芸能人のゴシップ記事が踊る低俗な週刊誌のように読むのもよし、
5.お金持の人の生活を覗き見するようなピーピング気分で読むのもよし、
楽しみ方はいろいろだ。
俺はどうかというと、ほとんど5ですね(笑)

皆さん御承知のとおり、彼女の人生は、
大きく2つの時代に分けられる。
60年代〜70年代中頃までの、
時代のアイコンとして自由奔放に疾駆していた時代。そして、
70年代後半〜晩年までの、
加藤和彦と結婚、スタイリッシュ夫婦として、
ハイソサエティな生活をしていた時代。

本はどの章から読んでもいい構成で、
年末年始に、パラパラと拾い読みしていたら、
結局、全て読み返すことに。
2年以上前に購入し既読の本だが、とても面白く読み返した。
証言者の視点により綴られるので、
同時期の事柄でも証言者それぞれの受け止めがあり、
肯定あり否定あり、とても興味深いのだ。
非常に面白くて読み応えがある。

でも、とっても哀しくなるもの事実。
55歳の若さで亡くなる現実、
さらには加藤和彦さん(実はアルバムもほとんど所有)も、
後年、自死するという現実。奔放で危険でアンニュイな若い頃の章を読んでも、
結末が分かっているので、
どの頁をめくっても、面白いけれど…悲しい。

鳥居教会での彼女の葬儀では、
ジュリーが棺の前方左側を担いだとのこと。

もし彼女が今の時代を生きていたら、
「つまらない時代ね」などと高級車に銀髪で、
六本木あたりを疾駆しているかもね。

それにしても、頁を飾る彼女のポートレートがもうカッコいいこと。

keinatumeg at 23:49コメント(4)トラックバック(0)70年代のジュリー 

2015年12月29日

TVで歌う姿をあまり観ていない。
俺、中学三年生。受験時期と重なるシーズン。
意図的にTVは観ないようにしていたのだと思う。
晴れて受験も終わり、その直後に、欲しかった他のレコードと一緒に、
シングル盤を購入した。もう84年3月中旬。
新曲発売から1月半もたった頃だ。
結果、俺の遅い購入時期が原因か、芳しくないチャートアクション。
自虐ネタのタイトルも、
笑えなくなってしまった。
大津さんも井上さんも鬼籍に入って随分経つ。

どん底



84.2.1発売
作詞:大津あきら
作曲:井上大輔
編曲:井上大輔
オリコン最高位18位(9週チャートイン)
7.1万枚 7DX−1280

ぶよぶよしたイントロが馴染めないが、
マイナー調の得意のメロや、
硬過ぎる衣装(本番前にドライヤーを当てて柔らかくしていたとか)からか、
動き難くそうなアクションなんかも割と好き。
裸のモンローがちらちらするホログラムを衣装にしちゃうところ、
ダイヤ柄で統一されたEXOTICSのビジュアルもとっても素敵。
※ダイヤ柄は前年暮の武道館ライブ「沢田君からのメリークリスマス」の衣装を継承?
ジュリーの着る真っ白な首元たっぷりのタートル、あれ欲しいなあ。

どん底衣装















この曲を聴く度に、
シングル売り上げ下降期の寂しい気分、
近未来感覚のビジュアルイメージ、そして、割と生々しい歌詞が、
こんがらかって、なんとも言えない、
独特の輪郭の定まらない不思議な感覚に襲われる。
これは、他のシングル曲にはない感覚だ。

男と女のぎりぎりの情景や心理を描いた歌詞は、
どこか「勝手にしやがれ」を連想。狙ったのかなぁなんて思うのです。
ある時、その旨を発言したら、一緒にするな!とお叱りを受けたことも(苦笑)。

84年の渡り鳥ツアー、
俺の地元・釧路で公演(7月11日)があった時、
この曲を演奏した確かな記憶があるが、
ツアー後半の日程では演奏されていないような…。セットリスト落ちした??
その後、現在までライブ演奏されたことあったかな?記憶曖昧。
ジュリー御自身もこの曲に関してあまり愛着もないように思える。

発売から1年後…
高校一年生の時、所属していたクラブの、
卒業生を送る会のような催し。
突然、先輩から、何か歌うよう指示があり、
焦りと戸惑いの中で、何故かこの曲を歌った俺。
大学浪人が決定していた先輩に、
「(「どん底」なんてタイトルの曲を歌って)僕への当て付けか?」などと
冗談半分に言われた記憶がある。

これ、以前にも書いたネタ。
うーんネタ切れ。 どん底はこんなもんか。 

何っ?今年もあと2日?よいお年を。

keinatumeg at 23:36コメント(0)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2015年12月22日

近所の商店街で、
古本市が開催されており、寒空の下、
小銭を持って覗いて来たのだが、こういうのもなかなか乙なもので、
非常に宜しい。大江健三郎など5冊を選ぶ。
さて、先月後半、東京出張の際に、
初日は行くだけの、フリーな状態であったので、
銀座で喉から手が出るほど欲しかった、ボルサリーノを購入。
やはり直営店は品揃えが違うものだ。
北海道は雪など注意する旨、店員より忠告があったが、
勿体なくて滅多に被らぬとの返事をしておいた。
俺もこれでジュリー気取りである。齢47にして、ようやくボルサリーノに辿り着く。
歳はとるべきものだなぁ。な〜んて。帽子は自宅まで郵送して貰う。

IMG_0581

その出張に行く際には、自宅から
新千歳空港直結の最寄りの駅まで妻の運転する車で送ってもらったのだが、
隣接する商業施設の本屋で、「ロックジェット」誌を買って、
見送りに来た、娘に手渡した。
特集は尾崎豊。我が家には人から貰った彼のCDが、
オリジナル盤やら編集盤やら6〜7枚あり、彼女は自室にそれを持ち込み、
棚に並べて、すぐ手の届く所に常備、聴きこんでいるのだ。要はお気に入りなのである。
雑誌にはオリジナル盤ごとの解説が掲載され目を通すべきと進言。
まずはオリジナル盤を数百回聴いたのちに、編集盤を聴くべきと、忠告している。

その「ロックジェット」、沢田研二の記事も掲載。ありがたいものである。
沢田研二のことなんぞもうどこの雑誌も取り上げぬ。
我が国の至宝を故意に無視するような為体である。
公演中のカラーグラビアなど本当に貴重、佐藤睦さんの気骨溢れる文章も好感がもてる。
(ジュリーこと沢田研二、という言い方はどうも…。本人も嫌がると思う。)
加瀬さんの逝去に際して沈黙を守ったジュリーに対して、
「加瀬さんのいないジュリーの寂しさはいかばかりか。マスコミに語る言葉などない。」
その通り!
今年のツアー、ファンの前で、会場ごとに違った様々なエピソードを語ってくれた。
マスコミなんぞに簡単に語られるような、二人の間柄ではないのだ。

平成2年の大晦日だったか?

21世紀に伝えたい曲をテーマにした紅白歌合戦に落選した折、
マスコミに感想を求められたジュリーは、
「僕はこの体ひとつで伝えてく」と語っていたことを、ふと思い出した。


keinatumeg at 21:58コメント(0)トラックバック(0)10年代のジュリー 

2015年10月25日

攻めまくりの前作から、
若干落ち着いた、こなし感もある、82年作。
しかし、ボーカルは時に尖り、時にまろやか、
ジュリー33歳、アルバムとしてライブ盤なども含め27枚目。
初めてkenji Sawada with Exoticsとクレジット。
ポール・マッカートニーのタッグ・オブ・ウォーや
松田聖子のパイナップルといったアルバムがヒットしていた時期。

80年代初頭の喧騒と狂乱が一段落、
サウンド的には落ち着いたAOR風。
今回は大沢誉志幸という才能を発掘。
曲調はポップで聴きやすく、ジュリー史上最も夏を感じさせる作品。
3分〜4分台前半のコンパクトに纏まった曲が10曲。
発売当時は小粒な曲が多いと生意気にも思った愚かな俺、
いやいや今も頻繁に聴く愛聴盤になろうとは。

TVでバラエティやコントでも活躍、メディアへ露出度も高く、
歌番組では80年代アイドルと対峙、チャート上位に常に進出。一方、
音楽的にも新しい才能を取り込む嗅覚と新時代性は世間的にも認知。
斬新な衣装とバンドを従えお茶の間の圧巻する謎のベテラン。
僕らガキ共にも幅広くアピールした時代、

それが「A WONDERFUL TIME.」のすべて。

僕らの世代(68生まれ)のジュリーは、
多分ここのイメージ。沢田研二と聞いて82年頃を思い浮かべる奴は多いのでは。
多感な中学二年生でした。
個人的にもとっても楽しく懐かしい記憶の82年。

ジャケ




A WONDERFUL TIME.
1982.6.1発売
最高位14位、オリコン100位内13週
4.9万枚
28MX-1100

A-1おまえにチェックイン
A-2 Paper Dream
A-3 Stop Wedding Bell
A-4 Why Oh Why
A-5 A Wonderful Time
B-1 We Began to Start
B-2氷づめのHoney
B-3 Zokkon
B-4パフューム
B-5素肌に星を散りばめて

現在(いま)となっては、
横文字タイトルが古めかしく恥ずかしいが、

ヒットシングルを冒頭に配し、
端正でクールなシティポップ風のA-1、
クレイジーに盛り上がるジュリー版‘卒業’のA-3、
すっかり定着し抑え気味、松田聖子「今夜もソフィストケース」と途中まで同メロ佐野作A-4。
ジュリー版‘避暑地の出来事’A-5
ぐっとテンポを落としステージ映えしたB-1
ジュリーならでは、ありえないシチュエーションのラブバラードB-4、
あなたに今夜は〜の再来、キラキラ胸キュンソングのB-5。

どの曲もファンには忘れがたい、
ジュリースタンダードの数々。この頃がファンとして一番楽しかったという方も。
俺的にはA-3,5,B-4,5あたりがキラーチューンかなあ。
下世話な本人作のB-3なんてのも収録されているが、
これもまた「A WONDERFUL TIME.」の大事な構成要素。
ジュリーのお気に入りの自作曲のはず。
次作は全曲ジュリー作詞作曲…なんて噂もあった。

レコードのクレジットを見ると、
総合プロデーサーは加瀬邦彦、音楽面では木崎賢治。
エンジニアは飯泉俊之という盤石の布陣。
ジャケのパパラッチに追われるプールサイド、というコンセプトもいかす。
82.3.20〜4.20までREC期間。ということは、
同窓会タイガース「色つきの女〜」がヒットチャートを駆上がり、
全国縦断コンサートが敢行される中、並行し、
このアルバムの録音がなされていたこととなる。

サウンドシティで録音、
テイクワンスタジオでミックス作業。

参加ミュージシャンは、
ほとんどの演奏をEXOTICSが行い、
パーカッションに、浜口茂外也、ペッカー。
A−3では、加瀬さんがハンドクラッピングを、
B−1では、木崎さんが口でパーカッションをやっているようだ。
コーラスでは、佐野さん、銀次さん、大沢さん、EVEの三人。
A−1でのチュルルコーラスに、
佐野さん、銀次さん、大沢さんの3人とジュリーが担当している話は有名だが、
ジュリーの声が際立つミックスのため?
他の方のお声は俺の耳にはよく判別がつかない。
そのようなミックスでなくとも、ジュリーの声はよく立つが。
A-4の佐野さん、B-2の大沢さんの声はよく解るけど。

アルバム発売後、
すぐに全国縦断コンサートが開始され、
広島平和音楽祭へ参加を挟み、
非常に勢いのあるライブが8月後半まで全国展開。
その後、レコード売り上げに陰りが出てこようとは、
当時の俺はこれっぽっちも思っていない頃でした。

以上、「A WONDERFUL TIME.」に愛を込めて、
勝手にレビュー。TIMEの後には必ず「.」を忘れずにね。

keinatumeg at 22:01コメント(0)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2015年09月27日

これまで一切情報はシャットアウト、
全く内容を知らぬまま、ライブ当日に。
ただ「加瀬さんに捧げるTOKIO」的なスポーツ新聞の見出しは目にした。
故にTOKIOは演るのだろう、ぐらいの認識。
でも頻繁に演る曲だし、他にも加瀬さん作曲の重要曲は数曲取り上げるのだろうと
安易な予想はしていた。まぁいつものことだろうと。
しかし、開演までの客席の会話を耳にする中で、
加瀬さんが占める割合が極めて高いことを知り、
場合によっては涙する状況に陥ることも知る。
加瀬さんが作った曲は、俺自身、好き指数が相当高く、
オープニングに流れる「僕たちほとんどいいんじゃない」を聴きながら、
今日のライブへの期待が高まるばかり。

ちなみにここ3年間は娘と来ていたのだが、
4月から中学生となり、
部活や勉強に忙しい。休日ならまだしも、さすがにウィークデイは一緒に来られない。
というワケで、今回は久方振りに独りでの参戦である。
仕事を強引に切り上げ、
大通り公園で開催中のオータムフェスタを横目に会場入り。

ジュリー、ゆっくりと登場。

1.危険なふたり
2.恋は邪魔者

(ご挨拶)
お待たせしましたー、札幌です。
御心配おかけしましたが、無事、予定通りにここで出来ることをうれしく思います。
心待ちにしていてくれた皆さん、本当に有難うございます。
おかげ様でグレースも無事、生還してきました。
鉄人バンド共々、最後まで一生懸命に努めます(頼りなさげに、体をクネッとする)

3.許されない愛

1〜2曲目は、
登場したジュリーが嬉しくて眩しくて、
音が耳に慣れていないせいもあるのか、気付かなかったが、
あれ?声の調子が悪い?という気付きあり。しかも相当に。
3曲目の最後の咆哮のような叫びが、
苦しそうで、切れ切れになっている。どうしたのだろう?

4.死んでもいい
5.白い部屋
6.追憶
7.あなたへの愛
8.胸いっぱいの悲しみ

5曲目のサビは相当に辛そう。
周りの客も、異常事態に気付いているようで、
固唾を飲んでステージを見つめているという雰囲気。
キーが高めの曲ばかり。更に後半転調しさらにキー上がる曲が連続する。
顔を紅潮させ、くしゃくしゃにして歌うジュリー。
なんとか声を出そうといろんな歌い方を試しているような時もある。
70年代の珠玉のシングル曲が次々と演奏され、
懐かしい曲、久振りの曲・・・。
本来であれば瞳うるうるという瞬間だが、
不調のジュリーには、拷問のような選曲が続き、
俺もステージを観ながら、大丈夫か…おい…と、思わず力が入ってしまった。
この3〜8曲目の流れがこの日、一番に辛そうな場面。
歌詞が出てこなくて、ぐしゃっと歌ってしまう場面もあり。

9.お前がパラダイス
10.夕なぎ

9曲目のアクションが不調の声を助けた感あり。

(MC)
一寸待ってね。すいませんねぇ(と、水を飲む)自分でもやっていてイヤになっちゃう。
(声の調子が悪いなんてプロとして)あるまじきこと。
そもそも正直な話、神戸の日にダルくて。その時は熱もあった。
でも歌詞も間違えなくて、多少熱があるほうが、良いのかも。
帰ったのが23日、その日病院は開いていなくて。
変な救急に行って、専門医がいないのも嫌だし。
昨日ようやく医者に行って、薬もらってきた。
寝て、薬飲んで、寝て、食べて、寝て…の繰り返し。38.9度まで熱が上がった。
咳をしたくなくて、我慢したら、吃逆みたいになる。
それだけでも筋肉が痛くなっちゃう。横隔膜のあたり、ハラミの部分ね(笑)
明日(札幌でコンサート)やれるかな〜と、うなされるワケ。
寝ながら、繰り返し繰り返し、歌詞を思い浮かべていた。
そうしたら、また、咳が出る。そこいこうとするとなかなか進まない(歌詞の予習をしようにも出来ないという意味か?)
最悪の場合、中止も考えた。でもスタッフが既に行っているしな〜と。
いろんな事を考えていたら、夕方6時半には38.9度。
薬も何時間も開けないと飲めないし。体温計をずーっつと持っていた。
あ、あ、あ…と発声練習してみると、案外、声が出た。
♪あ、なったーが、き、えてー(と「白い部屋」のサビをワザと苦しそうに発声練習の延長ふうに歌う)
コンサートはイケるかな〜と。すいませんね〜、全然イケていなかった(笑)
やっているうちに、上手く歌える方法を見つけられるかなという希望だけで、
コトを進めるのは、無謀かなあ。と。
今日はひとつどうか温かい目で見てやってほしい。
薬飲んで水ばかりのんでいると便秘になるのよ(笑)
すいませんね〜、そこら辺で近所のオバちゃんと会話しているみたいで(爆笑)。

と、以上のような昨日・今日の状況を、自虐的に笑いも交えてお話しされ、

3月11日に新曲を出しました。東日本大震災をテーマにしたもの。
鉄人バンドに曲をお願いし、僕が歌詞をつけました。
全ての被災地に祈りを込めて…

11.泣きべそなブラッドムーン
12.涙まみれFIRE FIGHTER
13.こっちの水苦いぞ
14.限界臨界
15.ウィンクでさよなら
16.バイバイジェラシー
17.甘いたわむれ
18.恋のバッド・チューニング
19.ねじれた祈り
20.きわどい季節

後半は、さすが沢田研二!
調子が悪いなりに、声もグングン出ているように聴こえ、
曲に合わせてのアクション、身のこなしがぴたっと決まり過ぎ。
16曲目の内股のアクションや19曲目の身をよじりセクシーな歌声はジュリーならでは。
20曲目では、ふくよかで艶のある歌声が、
会場全体を柔らかく包む極上な瞬間となった。

本編終了して、
アンコールを求める拍手に合わせて、ジュリーと連呼する声も。

パープルの綺麗なストールがジュリーに良く似合う。

(MC)
・嫌になって帰った方はおりませんか?そういう人がいてもおかしくない状況。
・(励ます声が会場あちこちから)恐縮です。
・加瀬邦彦さんが亡くなったということで、今回は加瀬さんの曲を集めた。
・昨日は熱がある中、加瀬さんにお願いした。「加瀬さん、熱、下げてね」と。
・自死といわれているが、まだまだ生きたかった。
元気になりステージに上がりたかったと僕は信じる人間です。
・ツアー曲を朧げに考えている頃、加瀬さんの曲は1曲もそこにはなかった。
・複雑ではあるが、亡くなったので、加瀬さんの曲をやるべきかなあと。
若かりし頃、一緒に歩んでくれた人。
・ヨーロッパ進出の頃も、プロデューサーの仕事ばかりでなく、
マネージャー的な事もしてくれた。
・ヨーロッパでは、面白い事が沢山あった。
・フランスもあまり美味しい食べ物はなかったが、タルタルステーキは旨かった。
・加瀬さんが「こんな食べ物日本にはないよね〜」と。「いや、ありますよ」と僕。
・皆気を使うし、ファンに囲まれるしで、放っておかれたので、
タイガースの頃は単独行動が多かった。
・独りで食事にいくことも多かった。
その頃行った赤坂のレストランで「タルタルステーキ」を食べた。
・「ステーキ…タルタルって何ですか?」と尋ねると
「ハンバーグの生ですね」といわれた。
・いろいろな食材が入っていて旨かった。加瀬さんから、その店の場所を尋ねられた。
・加瀬さんのよく行く、ふぐやさんの近く。
もうあるのかどうか分からないが、場所を教えといた。
・おフランスは水が不味い。レストランで汲んでもらうと、沈殿物が出来る。
・エビアンやヴィッテルのミネラルウォーターを注文した。
その頃まだ、ボォルヴィックはなかった。
・加瀬さんが「あん えびあん しるぶぷれ」と注文すると、ビールが運ばれて来た。
・僕はその頃、フランス語を仕込まれていたので、
得意げに「あん、えびあん、しるぶぷれ」(いかにもフランス語的な発音)と
注文すると…またビールが来た(爆笑)
・加瀬さんがJALから貰った実用書のようなものを出して、
「あくあ、みねらーる」とか言ったら、ようやく注文通りの水が来た。
・パリのオペラ座の近くに「オオサカ」という日本料理店があったが、
フランス人になりきろうと、行くのを我慢した。
・どうしても食べたくなったら、中華料理店に行った。炒飯や焼きそばが嬉しかった。
・「パリの哀愁」という、いやらしい映画の撮影の時、
ブルゴーニュでは加瀬さんとホテルは同室だった。
・パリでは、売れていなかったので、あまり良いホテルではなかった。
・ポーチドエッグというのが旨いと聞いて、ふたりで身振り手振りで注文。
(鶏が卵を産む真似をするなど、大爆笑)
・フランス語で、壊すを「カセ」という。※「カセ、カセ〜」と言いながら、
膝で卵を割る真似など、爆笑。
・帰国する前に熱を出したこともあり、加瀬さんは出掛けずに、
タオルを替えてくれるなど看病してくれた。
・その頃は、パリで曲も売れて、渡辺美佐さんも宿泊する、
よいホテルに宿泊するようになった。加瀬さんの部屋とは繋がっていた。
・僕にかまわず出掛けてくるように言っても「いや、マネージャーとして…」とか言って看病してくれた。
・日本手拭のような気の利いたものはホテルには無い。
風呂場のシャワーにある手袋みたいなもの(垢こすり?)を絞って額に当ててくれた。
・思わず加瀬さんに「好きです…」と言いそうになった(笑)
・ソロ2曲目の「忘れられない愛」(?)を作ってもらってヒット。
・「危険なふたり」からは衣装もやってくれ、
早川タケジにも合わせてくれた。いろんな人と合わせてくれた。
・引っ込み思案で奥手の僕(笑)を、全面に引き出してくれた。
・亡くなったとの一報に泣いた。「君に伝えるのは僕の責務」と鳥塚さんからの電話を受けた。
・ふたりで「どうして?」と。リハビリや再発などで絶望的になったのかと。
・あの加瀬さんが諦めるのか…と、情けなくもあり、哀れでもあり、
もったいなくもあり、電話口でふたりで泣いた。
・この年齢になって、人の死で泣くのは久し振り。
・今回は新曲以外、全て加瀬さんの曲。
こんなダミ声では想いは伝わらないでしょうが。
・押しつけがましいと思う人もいるかもしれませんが、供養。
・今日の悪声、誠に申し訳ないが、御静聴ありがとう。見守ってくれてありがとう。

以上のようなお話を15分程度。
面白おかしく会場の笑いを誘いつつも、ジュリーの想いに、グッとくる内容。
仕事関係を超越し、以前に歌詞にもあるが、兄と弟のような、
他人には踏み込めない間柄の加瀬さんとジュリー。
加瀬さん不在の大きさを改めて感じる。

ここで鉄人バンド登場、紹介があり、
「よろしゅうごぁいますか〜、あと3つです!!」と演奏は始まる。

AC
21.TOKIO
22.気になるお前
23.海に向けて

本日のジュリーは、
「(悪声で)ごめんね〜」といった雰囲気の、
茶目っ気のあるアクションも多かった、特に、膝まづくアクションでは特にそう。
観客もうれしい選曲に歓喜しながらも、
ハラハラしながらステージを見守ったという印象。

しかし、
今回のステージは残念だったかというと、全然そうではなく、
不調ながらもプロのステージを務める姿が、
近年一番の想いで深いコンサートとなった。

やはり、俺は加瀬さんの曲が好きだ。
どの曲も爽やかで心の琴線に触れるのだ。
当時のジュリーが、溌剌とステージを務める姿が、
現在のジュリーと二重写しになる。本当に不思議だ。
バイバイジェラシーなど、これからも、演奏してほしい。
演奏が始まった時は、うれし過ぎて、何の曲だか分からなかったよ。


俺といえば、こう立ち続けるコンサートは、
脹脛あたりからパンパンになり、腰から肩にかけてはバリバリになるという体たらく。
どうにかしなければならん。

keinatumeg at 10:21コメント(3)10年代のジュリー 

2015年09月13日

仕事で東京にいた頃、
北海道に戻る前の最後の休日であり、
寄宿舎の仲間と東北に出掛けたその帰りのこと。

随分と値が付いていたのだが、
東京で頑張った自分への御褒美などと勝手な理屈を捏ねて、
新宿で写真集「僕の中の男たち」を購入した。

数週間前に、偶然、中古屋で見つけ、
年譜などで表紙は目にしていたものの、
実際に手に取るのは初めてということで、相当興奮したものだ。
相当な美品であり、また、地方にいては、二度とお目にかかれぬと
後々後悔せぬように思い切っての購入であった。

70年代中頃の独特の暗さを湛えた表紙のジュリーの眼差しが、
俺に見つけられるのを、長い間、じっとそこで待っていたような気がしたものだ。


IMG_0405





76年12月23日発売
(↑武道館ライブの日だね)
定価1800円
株式会社ワールドレジャー 撮影:稲越巧一

想像のとおり、
写真集全体は地味で暗い印象。
男・沢田研二の様々な側面を切り取るのがテーマなのだろう。
その後の展開される派手な創り込みは微塵もなく、
ごくごく自然体な写真、そして地味なトーンで統一されている。

とは言っても、
変な写真も多数あり。
火消し姿、剣道の防具姿、とび職姿、バンカラ姿など、
あえて男臭いものばかりわざわざ選択してコスプレしておる。
またビキニパンツ姿で海辺ではしゃぐ姿も前半かなりの頁を割いており、
男臭さといい、ビキニパンツといい、そっち系の方は堪らないものがあるかもしれない。
長い髪の毛、全体をきっちり撫で付けている姿があるかとおもえば、
ある写真は、頭髪の前髪はきっちり撫で付け、横の髪のみザンバラだったりと、
何とも言えない不安感をこちら側に与えてくる。
どこか変な感じなのだ。確信犯か。

体中オイルをテカテカに塗り褌一丁の姿など、やり過ぎ感は相変わらずだが、
一方、フツーの兄ちゃん然とした写真もまたありで、
和服姿、レザージャケットでバイクに跨る姿など、

全体を通じて、匂い立つような男の色気がある。

昔は76年のジュリーについて、
リアルタイムで経験していない最後の年であるかことから、
俺にとって謎の一年であったが、随分と音源や書籍、映像等で、
全体のイメージが掴めてきた。
あとはタイムマシンで実際のロックンツアーを経験するのみだ。
ツアー初日の渋谷公会堂がいいか、
名古屋球場がいいか。悩ましい。え〜い、全部経験しちまえ。

ところで、俺のお気に入りは、
使い込まれたコンビの革靴のアップも捨てがたいが、
ほぼほぼ最後に掲載される和田誠氏が描く、
このジュリーが一番好きかも。

IMG_0406


ファンになり38年、
たまーにこのような偶然の邂逅があり俺の自制心を攪乱し、
財布の紐を緩めさせる恐ろしい出来事が待ち受けるのだ。

keinatumeg at 21:11 

2015年09月08日

9月17日が近づく。
東芝EMI時代の諸作品の再発の日だ。
購入しようかどうか躊躇うこの頃、金の問題ではない。
これ以上モノを増やすことに対する躊躇いである。
そもそも全て所有済みだ。ほぼ発売日に購入している。

妻はモノを持たないことを信条としており、
断捨離に至上の喜びを感じている。
私物はトランクひとつで間に合うのではなかろうか。
一方、俺様ときたら、衣類や靴や眼鏡の類を何種類も買い揃え、
お気に入りの作家や音楽家の作品は、すべて揃わないと気が済まぬタイプ。
コレクター気質とでもいおうか。
私邸を建てた際に、たくさんの収納スペースを拵えたために、
家中は一見スッキリ見えるが、
私物はかなりの分量に及ぶ。

新生ジュリーを発信した85年作から、
かのツインドラムのバンドと紡ぎだした地味目の作品群、
豪華作家陣を要し少々の話題作。それを推し進めた重心低い単純(シンプル)な奴。
キレイ系のものを間に挟みつつ、
ジュリーイメージに寄り添う少し痛い作品まで、
白盤、黒盤を加えた全13作品。

当時から現在も愛聴盤、
頻繁に聴いたもののその後あまり聴かない奴、
当初は?だったけれど最近は妙に愛おしい奴
売れる期待〜売れなくて当たり前の時代へ。
まあ、どいつもこいつも可愛い奴ばかりだ。

俺様自身、高校2年生の洟垂れ坊主の頃より、
浪人、大学、就職して2年目…と最も人生の変遷が激しい時期と合致する。
人生の成長と挫折、妬みや僻みや嫉みに満ち溢れ、
かつプライドが高いというどうしようもない性格の頃であり、
かの13作品の事を考えると、
妙な郷愁を覚えることこの上ない。

音質も気になる処で、
今月にはおそらく2〜3枚は試しに購入するに違いない。
年の瀬頃には13作全て収納棚に、並んでいることだろう。
CDを並べた揃いの背を眺めて御満悦、
セロファンすら切らずの作品もあるかもしれない。

ああ、なんて進歩のない俺様なのだ。
でも、澤會より提示のあった収納BOXには食指が動かず。
25周年再発時の同種のそれの事例もあることで、
どういうものか大体見当がつく。
愚者は経験に学ぶという奴だ。

keinatumeg at 22:4480年代のジュリー90年代のジュリー 

2015年08月30日

先月のとある金曜日に、
札幌市内で行われた、南佳孝さんのライブに出掛けた。
クールで気障な雰囲気がたまらなく好きだ。
ギターやピアノで弾き語りの、
ライブが出来る機材やスペースのある喫茶店での独演である。
夜は当然、酒もでる。客は50人もいただろうか?

憧れのミュージシャンを至近距離で観るのは、
極上の贅沢であるが、実力派のベテランも地方ではソロでやるしかないのが現状で、
ライブの宣伝も殆どなく、御本人のHPでも頻繁に閲覧して情報を入手していないと、
うっかり見逃してしまう。
ソロも悪くはないが、東京でのライブのように、バンドの中心で歌う雄姿も
たまには観てみたい。

ところで、
佳孝さんは、近年は積極的に邦楽のカバーも取り上げ、
この日もオリジナルや外国のカバー曲と併せてそれを披露。
その中の1曲で「君をのせて」も演奏する。
これ、ジュリーの曲よねぇ…(吃驚!)という反応の女性客達も見受けたが、
一寸意外。

このブログでも当時書いたのだが、
「君をのせて」は、06年の「ボッサ・アレグレ」という
ボサノバアレンジの企画モノCDの1曲として公式に世に出ている。
(同作品では「花の首飾り」や「シーサイド・バウンド」も収録)
なので、その晩は、
佳孝さんの音源を聴きこんでいるコアなファンばかりが、
集っているものと、勝手に思い込んでいたからだ。

曲を演奏後、佳孝さんは、ジュリーについてのコメント。

以前に2曲(「シルクの夜」(84)「SAYONARA」(92))、曲を書いたことがあるが、
御礼に、ということでしょう、樽で京都の漬物が沢田さんから届いたことがある、と。
また最近、自宅近くで音楽仲間とバーベーキューをしていたら、
偶然、沢田さんのスタッフ(だった人?)もいて、
その方が、沢田さんは、旅行のお土産をスタッフに配るなど、
非常に律儀な人なのだと言っておったとのこと。

意外な場所で、ジュリーのエピソードが聴くことが出来、じんわりうれしい。
ついつい、ライブ中の1コインのお酒が進むのであった。
もう少ししたら、
忘れそうなので、ここに記しておく。

そして、今日、札幌でのコンサートチケットが、澤會より届いた。

keinatumeg at 23:24おまけですう。 

2015年08月14日

特に今年に入ってから、慢性的に忙しい日が続き、
世間的には朝方勤務とか夕活などという言葉もあるようだが、
わが社はまるで関係なく、家で晩御飯を食べることも、ほとんどない。
どうやら現在の部署にいる限り、こういう状況がエンドレスで続きそうだ。
そんなことで、季節の移ろいを感じることもないままに、
お盆時期を迎えたのだが、ここ数週間、北海道でも暑い日が続き、
寝苦しさの中に、季節を感じてしまう状況だ。

さて、自宅でパソコンの電源をONにすることもないことから、
ブログ更新からも遠ざかり、ジュリーと向き合う時間も滅法少なくなってしまった。
必然的に距離も遠のき、ジュリーが現在、どういう状況なのかもさっぱり分からずで、
澤會からのインフォにより、最低限の情報を後付で知る程度。
加瀬さんの死に心痛し、
札幌公演の「お嬢さんお手上げだ・明治編」を観たのだが、
僕自身、それ以外、ジュリーに纏わるネタもない。

そもそも、新作に心酔しているなら、
現在のジュリーの状況にも興味が湧いていることと思うが、
購入した当初こそ何度か聴いたが、その後はさっぱり聴き返すことがない。
作品の良し悪しではなく、音楽を、楽しめるか否かと問うた場合、
そういう基準だけで判断すると、自分の場合は後者となってしまうのだ。
どうか誤解しないでほしい。改めて言うが、作品の良し悪しのことではないのだ。
あくまでも音楽を音楽として聴けるかどうかという問題だ。
新作に思い入れが湧かない関係で、
現在の、ジュリーとの距離が出来てしまっている原因となっているのも事実。
案外その距離が心地良かったりするかもしれない。

ただ、暑い毎日の中、
先日、むしょうに「きわどい季節」が聴きたくなり、
夜中、ヘッドフォンを付けて、CDを何度かリピートした。
涼やかで艶やかで、とても良い。
こころの琴線に触れるような感覚で、
すーっと沁みてくるがわかる。一服の清涼剤の役割を担ってくれるのだ。
僕もこういう曲の良さが分かるような年齢になったのかと、
独り心うちふるわせてみたりして。
ジュリーとの距離も、また、縮まってくる予感。

お盆休みの今日の庭仕事はほどほどにして、
カキ氷に、ソーダシロップをたっぷりかけて食べたい気分。
短い夏を満喫したい。

keinatumeg at 12:4010年代のジュリー 

2015年03月15日

配送遅延のアマゾンを見限りキャンセル、
車を飛ばして最寄りのCD店で沢田研二の新作を購入。
逸る気持ちを抑えて、セロファンを丁寧に外す。

こっちの水苦いぞ

1 こっちの水苦いぞ
2 限界臨界
3 泣きべそなブラッド・ムーン
4 涙まみれFIRE FIGHTER

こっちの水苦いぞ
COLO-1503 2015.3.11発売

印象的なギターリフで始まり、
こういう新曲は久ぶりと一瞬体が反応して前のめりになるも、
原発再稼働に経済団体の思惑を絡めた具体な歌詞が始まると、
自分はただ歌詞カードの文字を追うだけ。

もはや娯楽としての音楽のレベルではない。

優しいメロディに癒しの効果ありの前作から、
より過激に舵を切った感じか。
ライブではどう反応すればよいのだろうか。

戸を開け放ち開放的にはとうてい聴けず、
ながら聴きをする気分にも勿論なれず、閉切った狭い空間で、
歌詞を見ながら、膝を抱えた子供のように
受け止めるしかないのか。

巷に溢れる復興ソングのレベルではない。
このような身を削るような作品を発表し続け、
ここまでやるかと思わせる、実績と実力のあるシンガーはジュリーだけだろう。
最近の阿呆なマスメディアなんぞ全く眼中にないだろう。

こっちの水苦いぞ。
こっちのジジイやばいぜ。という感じ。

赤くガサついたジャケットのデザインは、
汚染された水や空気を連想、手に取るCDを思わず凝視してしまう。
あえて不快な気分を惹起させ、震災から目を背けるな!と、
ジュリーのメッセージとも受け止める。

昨年10月8日のライブ、南相馬への想いを綴る3、
ぎりぎりの状況で消火活動に立ち向かう消防士を歌う4と、
圧倒的なその歌唱力に、絶望と希望、
そして自分の中で決して風化してはいけないことを再認識。

3年間は誰でもだ。4年目からが本当の勝負。
東日本大震災や反原発を主題の4年目、4作目。
4作それぞれの色があるが、今回には鋭くキリキリと痛い作品。

ほんと、こっちのジジイはやばすぎだ。

keinatumeg at 19:03コメント(6)トラックバック(0)10年代のジュリー 

2015年03月08日

ザ・タイガースの「花の首飾り」。

グループ最大級のヒット曲であり、
良くも悪くもタイガースの貴公子的イメージを決定づけた曲でもあるが、
一方、日本のポピュラー音楽の中でも屈指の名曲であることも、
多数のカバー曲の存在からも間違いないと感じる。

私も子供の頃より、普通に風景のひとつとしてこの曲が存在し、
沢田研二さん関連の楽曲としては、割と客観的な立場で聴いてきた。
昔はクラシカルな雰囲気に、少々退屈さも正直感じたのだが、
年齢のせいか近年は、加橋さんのボーカルの素晴らしさと、
曲の良さをしみじみと味わえるようになった。
2013年の再結成ライブでは、演奏されるのを心待ちにし、
生で聴くことが出来た時は、
言葉で表現できない程の感動だった。

花の首飾り




作詞:菅原房子 補作詞:なかにし礼
作曲:すぎやまこういち
編曲:すぎやまこういち
ポリドール(発売 日本グラモフォン)5DP-2022
昭和43年3月25日発売
オリコン最高1位

2011年の沢田さんのツアーで、
沢田研二メインボーカルのこの曲を聴いたときは、
加橋さんが歌う時とはまた違う艶やかな雰囲気も感じられ
また新しい曲の魅力を発見したものだ。
そもそもの曲が良いのでしょうね。

この曲は作詞が公募され、
当時、北海道の八雲町に在住の女子学生のものが採用された。
長い間、作詞者の目線からこの曲の背景が語られることはなかったが、
瞳みのるさんの強靭な精神力と探求心、地道な調査の結果、
この1曲だけで一冊の本「花の首飾り物語」(小学館)が出来上がる。
驚くべき執念。感嘆に値する。
なお、同じく公募の「白夜の騎士」の作詞者も探し当てており、
2013年12月23日は北海道鷹栖町での
ご対面が叶っている。

瞳さんは、
作者が住んでいた町役場などに対し、
この曲を町おこしに使うべき旨提案し、実際、
昨年9月27日には、役場や、すぎやまこういちさんらの協力を得、
無料の「花の首飾りまちづくりコンサート」まで実現。驚くべき行動力だ。
その際、瞳さんは町の観光大使にも任命されており、
その間のいくつかの出来事は北海道新聞の記事にもなっている。

人口減少時代、
消滅市町村も囁かれる昨今、
地域振興に繋がる取組は非常に良いこと。
瞳さんは、町役場の推薦で北海道の観光大使も務めることとなり、
北海道在住の僕も非常に誇らしくもあるのだが・・・

先述の本の中、
すぎやまさんとの対談で瞳さんが語る。
「列車の発着時に「花の首飾り」のメロディーを流すとか、
歌碑をつくるとか、そういうことを僕はイメージしているんです」

幻想的で
どこでもないどこかの雰囲気を醸し出すこの曲が
ご当地ソング的に扱われるのが良いのかどうなのか。
瞳さんの曲への愛情と行動力には拍手喝采ですが、
現在までカバーも多数存在し、静かに歌い継がれるこの名曲を、
いくら元メンバーであっても、
そっとしておいて欲しいというのが、
個人的には思うところで、一連の出来事には、多少の違和感もあるところ。
こんな事を感じる自分に恥ずかしさがあります。
本当にすいません。

手が届きそうで、
届かないところに、ひっそり咲いている一輪のヒナギクを、
そっと眺めていたい。そんな気がするのだが。


keinatumeg at 16:54コメント(2)トラックバック(0)ザ・タイガース 

2015年01月18日

84年秋〜85年にかけて
メディアより姿を消していたジュリー、
新生・沢田研二として、新曲やアルバム発売、ツアー開始など、
一連の復活劇の先駆けとなったのが、自叙伝「我が名は、ジュリー」の発売。
そしてそのタイトルは新生ジュリーの象徴として、
広くファンが認識するところでした。

84年8月6〜8日の3日間、
軽井沢にて、エッセイストの玉村豊男氏と対談。
※その後、東京で再対談(最終章「対談を終えて」の部分と思われる)
録音テープは約20時間にも。玉村氏が談話原稿を構成。
ジュリー自身も企画から資料探索、全てを更訂するなど、
手作り感のある本となっており、
戸籍や成績表、人間ドックの診断書などのレプリカも、
綴じ込まれているのもうれしいオマケ。
85年6月25日(J37歳の誕生日)に、
中央公論社より発売。後に文庫化も。

事務所設立など諸々の理由で、
メディアから遠ざかっていた時期のため、
発売日前には、巻頭に添付の手書きメッセージの意味を読み解こうとする、
ワイドショーなど、話題性も十分で、
様々な憶測に、さらに尾ひれはひれが付いたワケだ。

IMG_0066

今、読み返しても、
ゴニョゴニョと言葉を濁している箇所も多いが、
ゆっくり言葉を選びながら丁寧に話しているのが印象的で、
兎に角ジュリー自身の言葉で話される事柄は、
憶測の範疇を超えない学者の評論文などより、
よっぽど説得力があると感じる。
御本人より直接語られた言葉は本当に貴重。

僕は、北海道釧路市にあった
老舗のデパートの本屋で購入した。
しっかり腕に抱えて家に帰った記憶があり、
読み進める頁を捲る指ももどかしい程、夢中で読んだ。
当時、高校2年生の僕には、
一度にこんなにものジュリー情報は初めてだった。
既発のシングルのジャケットがずらりと並んだ頁が、
自分にとって圧巻で、いつまで眺めても飽きなかった。

36年の人生、
デビュー18年の芸能生活を総括し、
次に向かおうとする心意気を感じる反面、
ブランドとしてのジュリーからの決別を宣言するような語りは、
今後のジュリーの変化に自分自身が対応出来るのか、
戸惑う事がないだろうかと、一抹の不安も覚えた。

不安は杞憂に終わる。
その後も「我が名は、ジュリー」を貫き通し、
新作を発表し全国ツアーを敢行する姿勢にブレは微塵もないからだ。
年月の経過だけで30周年、40周年を謳うこともなく、
不言実行で昭和90年に到達。
その事実を一番驚いているのは、「A.C.B」の歌詞ではないが、
ジュリー御本人かもしれません。

スターには二通り、
全盛期ですっぱり引退し人々の記憶の中で輝き続けるタイプと、
老いてもなお人々と時代を生き続けるタイプがあると指摘する玉村氏に、
僕は今の仕事を大事にしたい。同時にまともな社会人でありたい。
と語ったジュリーがとっても印象的。
僕は有言実行じゃないからとも。

ところで、玉村氏との対談では、
テニスが潤滑油になったようである。
その気分転換がよい対談に繋がったと後書きで玉村氏が書かれている。
最近始めたというテニスに言及する頁もあり、
随分熱心にやっているのだなぁと思ったが、
やや暫くして「一時テニスをやったが、それっきり」
とインタビュー記事で読んだ記憶がある。

テニスは貫き通さなかったのかなぁ(笑)

今年は発売から30年目。
その後が長いので、現在(いま)となっては、
自叙伝刊行も過去の通過点のひとつになった感も否めませんが、
ファンであれば知るところの話も、この本があってこそ。
次の活動への句読点となったこの自叙伝の刊行された意義は、
大きかったのではないかと今更ながら感じるのです。

僕にとっては、
ポリドール時代と連綿と続くその後を繋ぐ、
家屋の基礎杭のような自叙伝。
30年目の節目に、
改めて敬意を表し、
今回、ここに、記しておきました。


keinatumeg at 20:53コメント(2)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2015年01月11日

8日、9日に出張で上京。
暴風雪で欠航が相次ぐ中、よく飛行機が飛んだなあと。
本日はライブだなあ、と頭の片隅で思いながら赤坂で飲んでいました。
折角、東京に居たのになぁ、まあ仕事だからね。仕方がないよね。

さて、昨年の暮れの事です。
ボーナスも出たので、77年より憧れ続けている、
※つまりジュリーファンになった時からです。

bousi










←そうそうこんな感じね。

ボルサリーノをいよいよ購入すべき時期であると判断し、
札幌中心市街地の老舗のデパートへ。
俺も46歳だし、もう買ってもいいのではないかと。
若造じゃあ駄目だと今まで我慢をしていたのだ。
バーンと大枚はたいて購入するべし、と。
な〜んて、勢いで買うような書き方だけれど、
当然、かねてより下調べは綿密に行っていた俺。
本場ものは買えないので、国内メーカーがライセンスを得た製品を買うべし。

紳士の帽子を扱う店に入り、手にとっては眺める。
山の部分の自然が窪みや、ツバの折れ具合や下を向く角度…。
一日眺めていても、あきないそのセクシーなフォルム。
まるで『俺のダンディズム』の滝藤賢一のよう。
比較的お求めやすい値段の他社のものも手に取るが、
やっぱりボルサリーノが一番恰好が良い。
多少値は張るが、是非とも手元に置きたいアイテムだ。
※ちなみにコンビの靴も欲しい。物欲は尽きない。

しかしながら、非常に残念なことに、
俺は頭が大きく、店頭に置いている小さ目のサイズでは
俺の頭にスッポリ入ってくれないのだ(涙)あゝ。
なので被ったというより、頭にのせてみただけという情けない状態。
サイズやボルサリーノ専門店からのお取り寄せなどについて店員にあれこれ尋ねるも、
要領を得た答えも帰ってこず、
意気消沈して店を後にする。何も解っちゃいねえ。
しょうがねぇや。俺は諦めが良い方なので、また今度だ。
帽子に高い金だすより、
揃えなければならないワードローブは他にもある。

でもやっぱり、
家でホームページを閲覧してしまう。
もちろん身に着けるものは、店頭で試着して購入するのが一番だけれど
買おうと思えば、ネット販売で購入する手だってある。
専門店のページを見ればまだまだ大きいサイズだってあるではないか。
そりゃそうだ。世の中の人、皆が皆、頭の小さい人ばかりではない。

今回は諦めてやったが、
近い将来、必ずや手に入れてやる。おととい来やがれ!
出来れば夏用、冬用が欲しい。「諦めが良い」とは前言撤回。
ふっふっふっ、俺は執念深いのだ。

帽子を買ってどうするの?
そんな帽子をいつ被るつもりなの?という
妻の冷たい視線もなんのその
沢田研二よろしく、
ボルサリ−ノで街を闊歩する日まで、
めげるな、俺。


keinatumeg at 18:23コメント(0)トラックバック(0)おまけですう。 

2015年01月04日

イタリアの画家、
キリコの作品である「街と神秘の憂鬱」。
有名な絵なので直ぐに思い浮かぶ方も多いと思う。

分散された奇妙な遠近法で、
キャンバスの左手前より奥にかけて石造りの長屋が描かれ、
右手前より奥へもまた、石造りの建物が描かれている。
この2棟の建物が、分散された奇妙な遠近法で描かれているため、
本来であれば一点透視法で描かれるはずが、
その一点が交わらない。
それが原因なのか、見ているこちら側の、奇妙な不安感を掻き立てる。

また、絵の中心手前には、
道を駆ける輪遊びの少女や乳母車らしきもの(?)が描かれているが、
石造りの建物からは何者かの影が伸び、この先何が起こるのか分からないような
不気味さを漂わすも、画面上はいたって静寂に満ちている・・・

ジュリーの「背中まで45分」を聴くと、
近年は、このキリコの絵を連想してしまうのだ。

背中まで45分






作詞 井上陽水
作曲 井上陽水
編曲 吉田 健(アルバム収録曲 白井良明)
58.1.1発売 8.7万枚 オリコン最高位20位

ロビー、ラウンジ、ルームの3点を結ぶ、
輪遊びの少女の如く、静寂に満ちた深くて暗い廊下を、
不安げな気分で、どこまでも歩いている自分がいる。
遙か廊下の向うには微かな灯りが小さく見えているのだが、恐ろしく遠い。
それは『Miscast』のアートワークである方眼の目でつくる遠近法の先。

5分、15分、25分・・・・と、
ジャストなタイム感覚も同時に味わうという、
なんとも不可思議な音空間の中を漂う気持ちの悪さ。
そして、表裏一体の、気持ち良さと心地良さ。

かつては、ヒットチャートから
遠のく原因になった曲との悪の権化的に感じた時期もあったが、
今思えば、レコードの購買層の構造変化があったに過ぎず、
この曲が悪いわけではないとの理解が現在(いま)。
レコードが売れなくなったのは、
ジュリーだけのことではなく、歌謡曲全体が地盤地下との認識。

昔は、ただただ眠くなる曲だなあと感じていたのだが、現在は、
シュールレアリズムの巨匠の絵を見る感覚で、「背中まで45分」を聴いている。
年齢とともに曲に対する感じ方も変化してきたのか。
まさに「早すぎた作品」ということか。
シングルとして切りたかったジュリーの気持ちも分かるような気がする。

芥川の「ぼんやりとした不安」ではないけれど、
不思議な不安感を抱きながら、世界終末時計を思わせるような、
迫りくるタイム感をも同時に味わうというこの感覚は、
このところの混沌とする世界やアジアの情勢、忘れられた国民主権に
エネルギー問題などなど・・・
2015年の幕開けの気分にぴったりだ。


keinatumeg at 11:11コメント(0)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2014年11月24日

明日でこの世が終わるとしたら、
最後にどの曲を聴ききたいだろう?

無人島に1曲だけ、
携えていくことが許されるとしたら、
どの曲を携帯音楽プレーヤーに入れていくだろう?

俺は「あなたに今夜はワインをふりかけ」と決めている。

そう決めさせちゃうくらい、
あの頃の「いかにもジュリー」な魅力が満載。
歌詞も曲もアレンジも、何より艶のあるジュリーの声も、眩しいばかりで、
数ある名曲群の中でも、俺の中では、“別格”な位置づけなのだ。

77年にファンとなった俺には原点のような曲。
初めて買ったジュリーのシングル盤のB面に収録されており、
今となっては聴くたびに甘く酸っぱく、いろんな想いが交差して、
まともな精神状態ではいられない。が、いつの間にか、
曲の世界に引きずり込まれている。
すっかり極上ワインに酔わされているのでしょう。

イントロに続く、あたまのサビ一発で、もう勝負あり。

きらきらのアレンジや得意のメロディアスな曲調、
いい男ぶり健在な歌詞の中にも儚さや切なさも適度にブレンドされ、
曲を盛り上げるブラスやコーラスも含めて、
もお、胸キュンです。ああ。

ライブで何度聴いてもアドレナリン全開で分泌される。

IMG_2138

↑ノリで購入したボージョレ。
これで良ければ一緒にやりましょう。

アルバム『思いきり気障な人生』では2曲目に収録。
その冒頭の曲で、「酒は酔ってしまえば嫌な毒なのだ」と。
もったりまったり、歌われた後の、次曲がこれ。
突然、目の前の視界が開け、
♪心まで酔わせたい、酔わせたい、ああ、あなたを と
盛大な宴の幕開けである。
ワインの楽しみ方には、
蒼い肌に振りかけて、あなたの心を酔わせてしまう…という
使用方法があるのだなあ。
なんて大人は妖しいのだろうと思ったものだ(?)
※次年度はシャワーとして浴びることを女性に推奨したりもする。
このアルバムは、使用上の注意を1曲目でのたまいながら、
ワインに始まり、ラムやテキーラ、バーボンと、
アルコール度数が非常に高い。最後の曲など酩酊状態だ。

話が暴走しましたが、とにかく
♪蒼い肌を 転がる真珠を 唇ですくって 
なんて、ジュリー以外は歌えないでしょう。

作曲の大野克夫さんは「勝手にしやがれ」がボツになった場合の、
代替え曲として曲先行で作ったそうだ。ラララ…で作ったので、
デモテープは存在していないとか。で、大野さんのデモテープ集にも未収録。

78年キッコーマンのマンズワインの、
CMソングとしてお茶の間にも耳馴染みがあったり、
当時のラジオ番組でA面よりリクエストが多かったり、
ジュリーB面ベストテンでダントツの第1位だったり、
サムライのジャケの曲タイトルが途中で大きく変更となったり・・・納得。
今の耳で聴いても全然イケている。

俺もワインのよく似合う熟男(うれだん)?として、
この曲の魅力を再認識しながら、大音量でCDを流しながら、
こっそり一緒に歌っている。

keinatumeg at 11:33コメント(0)トラックバック(0)70年代のジュリー 

2014年11月14日

▼何事にもキワが大切だ。
ここまではOKだけれど、それ以上は駄目だというその限界点。
思えば私も幼少の頃より、少々羽目を外し過ぎ、
随分大人に叱られた記憶がある。そうしてそのキワを学習してきた。
だから現在も一応まともな社会人として日々生活しサラリーを頂いている。
▼我らがジュリーもキワキワのパフォーマンスを繰り広げてきたわけだが、
凄いのはその限界点を理解し客観視していたことだ。
それ故キワモノにならず、歌謡界の一躍を担い、
現在もライブ中心に第一線で活躍している。
だからジュリーファンはそのキワというものをよく理解している。
▼どうやら大人でもそのキワが分からない人間がいるようだ。
勿論11月3日の国際フォーラムでのツアーファイナルでの一件。
執拗に声をかけてくる観客への怒りから溜まる想いが噴出したという。
その場にいない者が想像でものを言うのは勇気がいるが、
何とも複雑な気持ちで会場を後にしたファンがいたことは事実だろう。
▼2年前の札幌でもバラードのイントロで、ジュリーさん痩せて〜とやらかして、
氷づいた記憶が鮮明に蘇った。とんでもないお客である。
今年のジュリーがMCで面白おかしく話していたのが、せめてもの救いだ。
▼随分前に会場とトラブり終始不機嫌なシンガーのライブを体験したことがある。
今思い出してもなんとも後味が悪いその日の気分が蘇り、気持ちも萎えてくる。
11月3日を楽しみに会場に足を運んだ多くの人たちの気持ちを考えると、
どうにもいたたまれない気分だ。
▼今回の出来事で暫し他の思考を止めて、私が思ったのは2点。
ひとつめが、幾多の歳月が過ぎてもジュリーという人は
本質的には何も変わらないのだなぁということ。
ジュリーの魅力的なある側面としてのやんちゃな部分。男気のある一面といおうか。
全国区の人気がありながらも、当時の大人達から、
その正直過ぎる言動より誤解を受けやすく、
まるで不良歌手のような扱いも一部あったと聞く時代。そういう時代の面影。
嫌なものは嫌とはっきり自己主張するジュリーが頼もしく、ある意味うれしく感じた。
ステージをこなしているのではなく真剣に努めているのだと。
▼もう一点は、その日はツアーのラスト。今年の歌い納めである。
その日を気持ち良く終わることが出来なかったという無念。本当に残念である。
その日はなんとも苦い酒だったろう。恒例の関東一本締めもなかったという。
66歳のジュリーには一年一年が大切な時間なのに。
▼心無い掛け声を発したものには猛省を促し、さらに門前払いとしたいのだが、
チケットさえ入手すれば不特定多数の者に対し門戸を拡げている状態、
入場者を制限することは難しく、お客の良心に期待するしかないのが現状だ。
そういや招待券というものが出回るカラクリはよくわからんが、
ああいうのも正直どうかと感じている。
ジュリーに教育されキワを学んできた生粋のファンは厳しいのだ。
▼僕はもう歌いたくない。そんな事になってしまったら、
取り返しのつかないことになる。かけがえのない国宝級を失ってしまう。
今回の件は、どうか好きなお酒でアルコール消毒し、
来年にはまた素敵な歌声を聞かせてほしい。
あらためてファンである我々も、ツアーでジュリーが歌うことが、
当たり前のことではなく、実はとても貴重な体験をしていると、
しっかり再認識すべきと考える。
コンサートは主催者や舞台の上の人達だけで作るものでありませんしね。
私が言うまでもなく諸先輩は十分お分かりのことでしたね。失礼しました。
▼そういう私も愛溢れるとはいえ、
このような好き勝手なブログを10年近くやってきていることに
胸がチクチクと痛いわけだ。内容ももう少し考えなければ。(26.11.14)

keinatumeg at 23:48コメント(4)トラックバック(0)10年代のジュリー 

2014年10月26日

1.行くとき
JRで行った。
駅でクラスの子に会って「どこへ行くの?」と聞かれたけれど、
「ジュリーのコンサート!!」なんて言ってもわからないと思ったから、
「札幌!」とだけ言っておいた。
最近の子とは話が合わない。

2.会場に入って
コンサート中にトイレに行きたくなったら困るから、
トイレに並んでいたら、たいきさんみたいな人が、
横をフツーに通り過ぎていった。芸能人オーラが出ていた。

3.会場に入って
いよいよホールに入って時間をまった。
昨年行った時、皆立って、もちろん大人だから子供の私より
大きい人ばっかしで、ジュリーが少ししか見えなかったから、
今年はいっぱい見るために持ってきた、ふみ台を準備した。

4.ジュリーが出てきた!!
急に暗くなってジュリーが出てきた!!
もちろん皆立ったから、持ってきたふみ台に乗ったら、
フツーの大人より少し大きくなってしまって後ろの人がかわいそうだったから下りた。
1曲目は「そのキスがほしい」だった。

5.コンサート
主に「三年想いよ」の歌を歌ったから、
「東京五輪ありがとう」みたいに少し早い曲は立ったけど、
「桜ほどう」みたいにゆっくりとした曲の時は、
足が少しつかれたから座ってきいた。

IMG_0001


6.コンサート
「おまけ」では有名な曲(勝手にしやがれ、やまとより愛をこめて、
ス・ト・リ・ッ・パ・―)がいっぱい出てきたから、私もうれしかったし、
ほかの人もうれしそうだった。
ジュリーのお話はほとんどが野球(日ハム×ソフトバンクホークス)の話だった。
私は野球をあまり見たことがないけど、
ジュリーはすごく楽しそうに話をしていた。

どの曲が良かった?
→ 勝手にしやがれ
衣装の感想は?
→ なんか雲みたい・・・。
会場の雰囲気は?
→ ノリノリの人がめっちゃいた。
3年連続のコンサートだったね。
→ 1、2年目は音にビックリだったけれど3年目はなれた。
象的なおしゃべりは?
→ 野球。
知らない曲はあった?
→ たぶんない。
鉄人バンドはどうだった?
→ 退場する時、グレースさんがいっぱい手をふってて、なんとなくうれしかった。
残念だったことは?
→ 特になし。満足!!
これからのジュリーに期待することは?
→ できるだけ長く歌って!!

7.夜ごはん
ルース・ロウというところで食べた。
私の飲んだオレンジジュースはすっぱすぎず、
ちょうどいい甘ずっぱさで、さっぱりしておいしかった!!
ハンバーグはお鍋の中に入っていた。
一口目は熱かったけど、二口目からは、デミグラスソースを
たっぷりかけて食べた!つけ合わせの野菜もやわらかくて
食べやすかった!美味💛💛💛
ピザ(ピッツア?)はチーズがたっぷりのって、
生地がカリカリでおいしかった!!

8 帰りの時
帰りのJRでは、カップルにすごい話かけているおじいさんがいた。
家の近くの駅について下りて外に出たら、
ママと弟がむかえに来てくれていた。あー楽しかった。


keinatumeg at 17:44コメント(4)トラックバック(0)10年代のジュリー 

2014年10月20日

向う一週間の予定を
確認するべくスケジュール帳を開いて
ぎゃあと叫ぶ。ジュリーのコンサートまであと5日ではないか。
手帳を閉じるタイミングで、
あっという間に時計の針がぐるぐる進み、
会場の照明が暗転、拍手喝采の中、
1曲目がスタート。小6の娘も一緒。
内容は漏れ聞こえておりましたが、兎に角スタート。

1.そのキスが欲しい
2.彼女はデリケート

2曲目終了後、ボーカルディレイのお遊びが始まり、
激しく「デリケイデリケイ」と何度も繰り返し。会場も呼応。
気恥ずかしいよね、俺だって恥ずかしいよ。と言いながらも「デリケイデリケイ」。
そのうちに、
「ニっ」・・・
「チっ」・・・ ?
「ハっ」・・・ ?
「ムっ」・・・ ええっ?日ハム? 丁度今、
クライマックスシリーズでホークスと対戦中だけど・・
「マっ」・・・ 
「ケっ」・・・ えーっ!!負けたの〜という会場の悲鳴。
「テっ」・・・ そこまで言って、負けてないの〜?どっちなの〜という声を後目に、
「息が整いました」と、会場は寸止め状態のまま、3曲目へ。

3.鼓動

曲終了後、「では、さようなら〜」とステージ袖へ一度下がる振り、
また茶目っ気でステージ中央へ。
「今、同点で大変よ。帰って観たほうがいいよ。」
「8回に中田翔がホームラン、あの翔(しょう)、どうしょう」とギャグをかまし、
「私は日ハムが日本シリーズに出たほうがよいと思っている。
ホークスに阪神は勝てないから。あっ今、何か失礼な事を言った?」と会場を沸かす。

セ・リーグでは、リーグ戦2位の阪神タイガースが、
1位の巨人をクライマックスシリーズで下し、日本シリーズ進出を決め、
本日はパ・リーグ1位のソフトバンクと3位の北海道日本ハムが日本シリーズを賭けて、
コンサート中は、まさに対戦中の時間。
この日、日ハムが勝つと逆王手となる日だが、
ジュリーは、どうやら、この日、
日ハムが勝利すると「日本シリーズ進出」と勘違いしている。
※勘違いはMCの時に気が付くこととなる。

「この日を心待ちにしてくれてありがとう」
「66歳になった。年金を頂いている。その年金で介護保険に入りました。」
「この年になると医者から色々な事を止められている。
大きな声を出すな、高い声を出すな、シャウトはダメ、転調の曲は転調するな、
どうでもいいと思うが、髭を剃れとか。」
鼓動の後半の転調はしっかりやっていたな〜と我思う。

「それをすべて無視して、鉄人バンドともども張り切っていきます!」

4.a.b.c…i love you

しばらくご無沙汰のジュリー好き型の曲だが、
とっても艶のあるボーカル。♪あぁっっちいとね〜だるぅ〜、とか特に。
演奏に言葉を畳みかける箇所も。シーシーライダーとよくシャウトするけれど、
本日は「シー・シー・シー」。

5.海にむけて
6.憎みきれないろくでなし

6曲目は、
当時の振り付けが例年よりも忠実に再現している気がする。
腰をクネらせながらの歌唱は、こちらのボルテージを上昇させる。

7.追憶

声の調子は悪くもなく、良くもなくといった感じかなあ。
間奏前の♪おお、ニーナの後のロングトーンが多少ザラついた声であったが、
低音が効いているように感じられ、
高音部と低音部のコントラストが鮮やかな「追憶」だ。

8.そっとくちづけを
9.我が窮状

9曲目はやはり9曲目。
いつも以上に力が入っている。
淀みのない声、流れるように歌詞が吐き出され、
一点の曇りもない印象。握り拳で歌うお姿に漲る自信を感じる。
曲終了時には、「コーラス、コーラス」と鉄人バンドを紹介。

10.届かない花々

よりマーチング感が増したアレンジ。
演奏に被さるボーカルディレイが多少気になる。
そう感じたシーンが何か所か存在したのだが、
さあどこだったか・・・記憶が曖昧。

暑い、暑いと独り言のように言いながら、
客席に背中を向けながら、上着を脱ぎ、シャツ一枚に。
延長戦やな〜、誰かわかる人もいないかなぁなどと言いながら、
ステージ袖のスタッフを見てプロ野球の戦況を把握するジュリー。

4対4だってよ〜。
エロイムエッサイム…と天草四郎時貞の呪文をオドロオドロしく唱え、
どっちが勝っても時の運。ジャイアンツに勝ったのも時の運。
札幌の皆さんは巨人と日ハムの日本シリーズが見たいのでしょ?
そうはいきませんよ、エロイムエッサイム…とまたポーズを決める。

3月11日に新曲を出しました。東日本大震災がテーマです。
そのテーマで鉄人バンドが曲を作り、僕が詩をつけました。
すべての被災地に祈りを込めて歌います。

11.東京五輪ありがとう
12.一握り人の罪
13.櫻舗道
14.三年想いよ

新曲は昨年までのツアーでは他の曲とは別モノと感じたが、
今回は他のセットリストにも溶け込んでいたように感じる。
13曲目の2番の歌いだし辺りから、ジュリーの顔が紅潮、感極まり感一杯の熱唱。
若干音程が乱れるようなところも、抑えきれない感情が暴発したと。

♪ありがとう ぬくもり やさしさ 好きだよ
ここの部分、
ジュリーは単調ともとれる、棒読みのような歌唱になり、
最後の「好きだよ」の部分では、ぐしゃっと言葉を一気に吐き出す。
凄かったですよ。あんまり聴いたことのない歌い方。
例えていうと、あがた森魚さんが感情の赴くままに歌い散らかす感じ。

最後のギターソロで、
何かに突き動かされるように、
スローモーションで走る表現を繰り返す。
とてもピュアなアクション。
こんなアクションのパターンを初めて見たので驚きました。
結局、このシーンが今回一番印象に残る場面となる。
何だろう?何だろう?こんなの初めて。思い巡らす内に、
場内は暗転し、次曲の演奏が始まる。

15.F.A.P.P

この曲のジュリーも凄かった。

♪苦しみは
♪ハピネスランド
♪哀しみは・・・これら高音パートを、
際ぎりぎりで爆発させるように歌う。
もう出ないけれど、それでも俺はやるぜ的な悲壮感が。
曲終了時には、「盗まれてすぐに見つかる鉄人28号」なんて、
まんだらけの時事ネタを取り入れ、お茶目なポーズを決め込んでいる。
絶唱のあとに、ストンと落とすあたりは、
ジュリーならでは。

16.世紀の片恋
17.危険なふたり
18.ダーリング
19.ポラロイドGIRL
20.マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!
21.いくつかの場面

新曲達が凄くて、
この先の印象が少し薄い俺。16なんて苦手な曲なので、
どう乗っていいのかも分からず、
少々意識も飛んでいたような気がする。
演奏後の挨拶では、さんきゅうべりまっちょ!とお道化る。
17のあとには、
めるしーぼくぼく。ぼくぼくぼくぼくぼく。またまたお道化る。
グレースのドラミングをチラ見していたのだが、
常にニコニコ顔なんですよね。今回は特に。
20の「ヴィータ!」と一言且つ印象的コーラスの時なんて、
ほんとにイイ顔をしておられました。

あっとう間に本編最後の21。
近年頻繁に演奏するので食傷気味なんだけれど、
楽曲の素晴らしさもあり、毎回、酔わせて頂いている。
ジュリーもいつも感極まる感で歌う。
おそらく本当に幾人の人たちの顔が浮かぶのでしょう。
間奏のツインギターがキーンと耳についたのだが、
この曲が持つくすんだ70年代感が大好きだ。

で、MC 以下だいたいこんな感じかなぁ。

・皆さんお金払ってまで疲れにきているでしょ。すいませんね。
・前の席も2階席の最後の列も同じ7000円。すいませんね〜。
・この会場は横幅が広くて、花道まで行ったろと思ったけれど、やめた。
・前にも出ようと思ったけれどコケて落ちたら困るのでやめた。
※オーケストラピットに蓋をしているステージの最前方、
横に細くせり出した客席に近い箇所、結局、一度も来ませんでした。
来たら盛り上がるんだけれどな〜。先日の韓国の事故も頭にあるのかもしれませんね。
・台風で老人が飛ばされて骨折。寝たきり。シャレにならない。気を付けている。
・昨日、札幌の街を1万2千歩も歩いた。三越やパルコにも行った。
・歩いていたらトイレに行きたくなった。パチンコ屋のトイレに入ろうと思ったがやめた。
・あちこちジジイが独りで歩き回っている。

・今日は少し会場が冷めていうように感じた。クールな感じ。
・札幌はもともとこういう雰囲気だったかなあ?(そんなことはないと思うのですが)
・手拍子も落ち着ていて、(年寄には)動きやすい環境。
・元気のいい会場は手拍子も早く、コケそうになる。

・それより何を聞きたい?(と、日ハムの話へもっていこうとする。)
・私はクライマックスシリーズ反対派。
・そもそも飛びぬけて人気球団がなかったパ・リーグが始めたもの。
・何とかパリーグを盛り上げようと。そうしたらお客がいっぱい。儲かる。
・目をつけたのが読売のWさん。「セもやればいいだろ」(物真似)
・3位の日ハムが勝ち上がってきたわけだ。3位の日ハムが。恥ずかしくないのですか?
・私の言っていること間違っていますか?
・大リーグも「アメ」ちゃん「リカ」ちゃんに割ってワールドシリーズをやればよい。
・野球が盛んな日本、韓国、ベネズエラ、プエルトリコを差し置いて、
ワールドシリーズなんて言っている(以前、札幌で話してましたよ)
・うん?早く結果聞きたい?(じらすじらす)
・向うはチャンスつくるも点が入らない。そうしたら11回、2点入れたのよ〜
・皆さん、おめでとうございます!!!(ひときわ大きな声で)
・よかったね〜、阪神としても日ハムはやりやすい。
・巨人の原監督が勝っているのに杉内を交替した。あの時点で勝ったと思った。
・阪神は杉内が嫌いなの。杉内は投げる前にマウンド上で手品をやりおる(物真似)。
・勝っているときに杉内を替えた。敵将のミスで阪神は勝った。僕はそんなことで勝って恥ずかしいよ。
・大阪へ行ってオリックスに勝ち、地の果て九州でソフトバンクに勝ち・・・
・日本シリーズは北海道で・・・(ここまで言って会場の様子がおかしいのに気が付く)
・ええっつ?あと一勝?(会場とのやりとり)
・今日勝って逆王手か。やっと理解した。興味がなかったから勘違いしてた(笑)
・僕が歌っている時にはこんなに盛り上がらなかった。
・日ハムの話になるとその3倍くらい盛り上がる。そんなことでいいの〜?
・中田のホームランはヤフオクドームがシーンとなった。
・ポールの上を超える見事なホームランなのに。
・解説の岩本ガンちゃんも、「切れたの?切れたの?あっここはアウェイだった」って。
・この話で今日は終わりそう。

・私もあと何回こられるか。皆さん自身もあと何回観にこられるか。
・いよいよしっかり歌わなくてはいけない。
・いつまで歌えるかわかりませんが、耳が音程をとれるうち、声も出るうち、自分の足でたてるうちは歌い続けたい。
・ジュリー痩せて〜と札幌で何回も言われた。それを無視して今日に至る。
・お客さんも一杯きてくれる。なんで?こんな体格なのに?
・業界的にはファンは普通離れていく。皆さんはそんなに我慢強いのですか?
・夢を持ってもっと痩せたいなんて言ったら、私は死んじゃいますよ。
・60越しても素敵だったら世間から反感を買いますよ。
・あんなに綺麗だったジュリーも長く続かないな〜 でも何でコンサート人が入るの?このぐらいに思われているのがよいのよ。
・あと4年で古希。それから7年で喜寿。今の若大将、加山雄三さんですよ。
・77歳で加山さんのように声が出るかなあ。あの人は練習し過ぎで喉を酷使しているはずなのに不思議。
・僕は体力温存派。練習も3曲まで。1曲でやめたら怠け者と思われるので3曲。
・どうか皆さんもお元気で。私も元気で。
・札幌に来た際には是非ご来場して頂ければ。

以上のような内容を面白可笑しく話されて、
アンコールへ。

・ストリッパー
2番の歌詞がめろめろ。でもOK。

・勝手にしやがれ
大きな水玉の衣装。チープなチンピラ感と帽子姿が
よくこの曲に似合います。娘も壁塗りを「やってもいいの?」と
厳かに参加しておりました。ジュリーは完璧に歌いきる。

・ヤマトより愛をこめて
♪ひとり ひとりが思うことは・・・で、
人差し指を1本立てるポーズを、右手、左手と何度も繰り返す。

最後はいつものように、
時計を気にするような仕草でさっさとステージ袖に消える。
柴山さんが最後まで小刻みに手をいっぱい振ってくれる。
以上、
全24曲。至福の2時間20分。

明日、20日は北海道旭川市で公演、
残念だが行かない。月曜日はどう転んでも仕事を休めない。
娘も明日は学校なのであまり疲れさせてはいけないと、
余韻も引きずらず、そそくさと会場を出る。
当初より選んでおいたイタリアンレストランで食事をして、
ネットで打ち出しておいたクーポンを出す。
サービスの栗の渋皮アイスが旨い。

そういう感じで、
余韻を引きずらないで終わったので、
せっかくのジュリーライブもサクサクと終わった感じ。
ライブ終了後は、個人的に感慨に耽るような気分でもなく、
正月ライブやここ数年のライブと曲目もそう違わず、
なんだかな〜と思ったのも事実。
セットリストにはジュリーの意思があるのだが、
そこまで肯定的に理屈づけるほど利口でもない俺は、
近年のライブの内容がもうごちゃごちゃになっている。

しかし、少し時間を置いて振り返ると、
やっぱり素晴らしい内容だった。
特に新曲の歌唱表現なんて記述したように素晴らしいものだった。
当たり前のようにジュリーを聴いているので、
もっともっと満足度を求めてしまう。
ジュリーのライブを基準に物事を測ってはいけないのだ。
普通の66歳ではないのだ。
でもそれをサラリとこなしていくジュリーは只者でない。
普通にやっていると思わせることがどんない凄いことか・・・。

最後に、ライブ前日には、
阪神が日本シリーズ進出を決め、その日は日ハムの試合。
MCはプロ野球の話ばかりになるぞ〜という嫌な予感・・・的中でした。
もっといろんな話して欲しいじゃない(笑)
娘にもチケット代と食事代の代わりに、
何か書いてもらわないと。

keinatumeg at 18:36コメント(2)トラックバック(0)10年代のジュリー 

2014年10月10日

昼下がりの午後を思わせる、
お洒落なスロー・サンバの「ウィークエンド・サンバ」。
もちろん『JULIE SONG CALENDER』収録の10月の曲で、
この作品集の中でも好きな曲のひとつ。

作詞は作家の落合恵子さん。
女性の新しい生き方が提唱されて久しい頃でしょうか?
恋人や結婚に縛られない
週末の恋人同士のライフスタイルが
ジュリーの抑えたボーカルと、
野宮真貴さんとのデュエットで展開されます。

とても優雅なヴィンテージ感が最大の魅力。
赤い薔薇、ロゼのワイン、
お洒落な小道具の登場も曲に彩りを添えます。

演奏者のクレジットを拝見すると、
EXOTICSのメンバーと、ゲストミュージシャンのバイオリンで武川雅寛さん、
岡田徹さんはアナログシンセの名器プロフェット5を操っております。
サウンドは打ち込みが多用されているので、
EXOTICSのメンバーの参加は案外少ないのかもしれません。

岡田さんは
ムーンライダーズの曲「週末の恋人」で、
リードボーカルを務めていること、
また、大野方栄さんとのデュエットソングでもあることから、
ジュリーのこの曲との関連性を探ってしまいます。
ただ、曲は似て非なるテーマかしら。

IMG_2115






そもそものカセット盤の歌詞カードは、
こんなお洒落な色合いでした。
CD版の味気のない黒地に白い文字は、
どうにかならないものでしょうかねえ?


愛の神話は女が変えた / 彼女は優しい顔でいう
こういう女性ならではの歌詞や「縛られるのは嫌」など女性の主張も、
堂々と且つさりげなく散りばめられています。
まさに女性の歌詞ばかりを並べた『JULIE SONG CALENDER』を
象徴する1曲ではないでしょうか?

この曲には、
ジュリーと野宮真貴さんが、
きっちりパートを歌い分けるバージョンも存在し、
当時、TBSラジオ「NISSANミットナイトステーション」では、
どちらのバージョンも同等に交互に流されました。
再発の際には、
是非、両バージョンの収録をお願いしたいです。

この曲を聴くたびに、
『GETZ/GILBERTO』を思い出し、
GETZ GILBERTO

CD棚より取り出しては、聴いております。
ジャズ、ボサノヴァの名盤ですよね。
夜も長くなってきたのでこの季節に丁度よい感じです。

今宵はこの辺で、ご機嫌よう。

keinatumeg at 23:43コメント(2)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2014年10月06日

女優の藤真利子さんのことは、
微美杏里(藤さんのペンネーム)作詞の「SCANDAL!!」に絡めて、
以前にこのブログでも書いたことがあるのだが、
↓ 参考まで。
SCANDAL!!(ハリウッド?)

3月に再発された、
テイチク時代の彼女のアルバムを購入していたが、
身辺バタバタしていたので、
なかなか触れられずじまい。
そこでこの機会に触れておく。

購入したのは、
ジュリーの作曲ナンバーが収録された、
『狂躁曲』と『アブラカタブラ』の2枚。

80年代の
裏名盤として名高い『狂躁曲』、
その中の1曲「薔薇」はジュリー作曲。

IMG_2110

このアルバムの中でも勢いがあって、
お世辞ではなく、一番好きな曲だ。
作詞は先日亡くなられた作家の山口洋子さん。
のっけからムーンライダーズの武川雅寛さんバイオリンが爆走。
ニューウェイブが炸裂し、
もろ83年頃のEXOTICSの音のようで、
まんまジュリーのボーカルに差し替えても、
違和感はない。

ムーンライダーズの
ファンの俺としても、
彼らが、曲作り、演奏などに、
全面的に関わる作品としても侮れないアルバム。
ライダーズ本にも必ず重要作品として登場する。
俺がライダーズを狂ったように聴いていた高校生の頃に、
この『狂躁曲』を聴いていたら、
間違いなくこのアルバムに嵌っていただろう。

歌謡曲の土着的なドロドロした部分と、
ニューウェイブを融合させた、
本当に、カルト指数が高い作品だ。

ジュリー作曲の「薔薇」は、
疾走感のあるバイオリンが、
83年の「枯葉のように囁いて」を連想。
あぁこれも、武川さんの演奏ではないかなぁと密かに思っている。
レコードに演奏者のクレジットは無いけれど。
武川さんは『SONG CALENDER』の
吉田健さん主体で進められた曲に参加しているし、
「枯葉の〜」のアレンジも健さんだからだ。録音時期も近いし。
なにより当時、武川さんと健さんは、
お二人でゴー・パッションなるユニットを組んでいた。
公式録音は無いけれど、仲が良かったようだ。お互いに背も高いし(?)
藤さんの歌唱ある意味パンキッシュで、
とっても勢いがあり、聴いていて気持ちが良い。

レコードコレクターズ7月号に、
彼女のインタビュー記事が掲載されており、
興味深く読んだのだが、
その中でも特に気になる発言で、
ジュリー側が『狂躁曲』を聴いて、
アレンジを白井良明氏にお願いしてきたとのこと。
アルバムが82年1月発売であり、
良明さんが編曲で携わる「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」が、
82年9月発売なので(『MISCAST』は82年11月発売)、
時期的にも依頼〜作品作り・録音〜発売までのタイム感覚がぴったりだ。
聴いたのが加瀬さんか木崎さん辺りかと思うが、
藤さんのアルバムが切っ掛けで、
良明さんに白羽の矢が立ったのは、
間違いないだろう。
ジュリー史を読み解く上でも、
これは重要なポイントと思われる。
90年代中〜の怒涛のジュリーと良明さんの
蜜月の原点はここにあったのか!
感慨深し。

しかし、不思議な事もある。
ロックジェット誌で良明氏は「渚のラブレター」(81年5月)で
作品作りに関わった旨の発言をしている。
とすれば、「6番目〜」より1年以上前に、
ジュリー作品に関わっていたのか。
どんな関わり方をしていたのだろうか?
もしかするとB面「バイバイジェラシー」の東京録音で、
ギタリストとして参加していたのだろうか?
どういう経緯で?どういう関わり方?
本当に興味は尽きない。
どなたか教えて欲しい。

藤さんのインタビューの話に戻るが、
ムーンライダーズとのアルバム作りの際に、
実験的に掛け声のようなコーラスを収録して遊んでいたそうだが、
ジュリーの「6番目の〜」での、ハッ!ハッ!ハッ!の掛け声も、
「真似されちゃった」と鈴木慶一氏らと話していたようだ。
しかし「6番目の〜」のアレンジは良明氏だし、
ライダーズのメンバー同士、真似も何もないのではないのかなぁと思うのだが。
ハッ!ハッ!ハッ!は、アレンジとしてのコーラスではなく、
作詞作曲編曲とは別のところでの、
ジュリーのスタッフ側のアイデアなのでしょうか?

もう一枚の『アブラカタブラ』にも、
ジュリー作曲が2曲。「モナリザの伝説」と「YAI YAI YAI」。
こちらは藤さんのウィスパーな歌い方が、好みではなく、
今のところ熱心に聴いてはいない。
「モナリザの伝説」はGS調の曲に仕上がってきたので、
それ風にジュリーに内緒で歌詞を変更してしまったとのこと。

これらの藤さんのアルバムは、
ハイレゾファイルでもリリースされているという。
あるHPよりダウンロード可能というが、
アナログ野郎の俺には何の事かさっぱり・・・。

keinatumeg at 22:52コメント(0)トラックバック(0)80年代のジュリー 

2014年09月28日

ロックンロールマーチを、
喉を存分に使い朗々と歌い上げるジュリー。
還暦時の記念碑的アルバムの冒頭収録曲であり、
今後のジュリーのぶれない姿勢を如実に表現した、
彼のロックンロール讃歌だ。
大コーラス隊とスタンド、アリーナが一体で大合唱の、
還暦ドームは記憶に新しい。

作曲・編曲の白井良明氏は、
沢田さんの還暦を記念してシンプルで迫力のあるものを
クイーンの「WE WILL ROCK YOU」のような、曲にした。と、
ロックジェット誌で仰っていたが、
なるほど、ロックにおけるアンセムだ。

一方、
今も現役で活躍する
アメリカのロックバンド、キッスは、ステージ後半、
彼らの代表曲である「ロックンロールオールナイト」を、
派手に火花が上がり、紙吹雪が舞う中、
毎回のように大音量で演奏する。
このロックンロールアンセムを聴け!と。
興奮の坩堝の聴衆は、
拳を突き上げ、一緒に大声で歌いまくる。

♪ 一晩中、ロックしようぜ!毎日がパーティーさ!
♪ 一晩中、ロックしようぜ!毎日がパーティーさ!

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語弊があるかもしれないが、
ロックンロールマーチを歌うジュリーと
会場の盛り上がりを感じていると、
大音量でロックンロールオールナイトを演奏する、
キッスを連想してしまうことがある。
両曲にアンセム的な共通項を感じている俺には、
ごくごく自然な連想ゲームなのだ。

77年「勝手にしやがれ」でジュリーを知り、
ファンとなった俺は、 
同時期に日本でブレイクしたキッスも、当時から好きで、ファンとしては劣等生だが、
現在もいちおう好きでいる。
コウモリ男、スターチャイルド、宇宙人、猫男、
4人それぞれキャラが立ち過ぎで、
小学三年生の俺には面白い存在だった。
ジュリーもキッスも見た目から入ったのだ。
ジュリーもキッスも同列に聴いていた。
音楽性なんか何も理解しない、
小学生の音楽の聴き方としては、
ある意味正解なのではないかな。
両者とも見せることには、
心底こだわっていたし。

なので、俺ぐらいの年齢で、
小学校の頃にジュリーファンになった方であれば、
同時期にキッスも好きだったという方もけっこう存在するのでは。

小学3年生の時、
祖母にキッスのアルバムを
数枚買ってもらうという幸運に恵まれ、
同級生の清水君がその他のアルバムを買い揃え、
あっという間に、
当時発売されていた、
全てのアルバムを聴くことが出来た。

清水君の兄貴が購読していた
ミュージックライフのキッスの演奏写真を見て、
こんな感じかなぁと、
掃除の時間は、ホウキをギターに見立て、
キッスの真似事をしていたものだ。
その後は、ジュリーのウィスキーの小瓶を使うアクションを真似、
固く絞った雑巾を、教室の天井に向けて放り投げたりもした。
掃除の時間は物真似を披露する時間でもある。

将来、ミュージシャンになった暁には、
自分の作品には「地獄の○○○」というタイトルを
本気でつけようと考えていた。
この「地獄の○○○」という邦題は、
本当にイカしている。大好きだ。
ところで、よくスポーツ選手が「次はリベンジしたい」と発言するが、
このリベンジという単語も、
92年のアルバム「REVENGE」が、
そもそもの始まりなのでは、と常々思うのだが。
余談でした。

キッスは、
メイク時代、落ち目時代、ノーメイク時代、リユニオンの頃など、
いろんな時代を楽しむことが出来る。ジュリーもしかり。
キッスのフロントマンである
ジーン・シモンズの冷徹なビジネスマン的側面は、
生真面目で頑固一徹なジュリーの生き様と、
何だか似ているような気がする。

いや全然違うか・・・。

メイクを施すキッスは、
昔と遠目には全然変化がない。
ジュリーも見た目は年相応に経年変化したが、
活動のスタンスは昔とまったく変わらずだ。
そういやキッスも1パターンと言われながらも、
スタイルを貫き通している。
今じゃあ誰も文句は言わない。
皆1パターンぶりを楽しんでおり、尊敬している。
レジェンドの域だ。

現在のギタリストに、
宇宙人メイクをさせたり、
ドラムのエリックシンガーは猫男のメイクをしたりと、
さすがに如何なものかと思ったものだが、
ある意味、キッスは世襲制を導入し、
上手く立ち回っている。
さすがにジーンとポールには導入しないだろうが。

もちろんジュリーには変わりはいないので、
健康体でいつまでも歌ってもらいたいよね。
とにかく長生きしてほしいよね。
今の頑固な姿勢も素敵なのは当然だけれど、
「女とパーティーの曲しか歌わないよ、ロックンロール!」
なんて、たまには、かっこつけて欲しいなぁ。

keinatumeg at 17:14コメント(0)トラックバック(0)70年代のジュリー 

2014年09月23日

「I am I(俺は俺)」や
「素敵な気分になってくれ」などを聴くと、
某自動車メーカーの某車種のCMが反射的に脳裏に浮かぶ。
「二人なら翔べるのに」を聴くと、
某醤油メーカーの某ワインがやはり上記にしかり。
CMのイメージは既に希薄と思える「あなたに今夜は〜」すら、
ワイン片手のキリリとした若きジュリーが波飛沫に打たれる映像が、
パッと浮かぶのである。
刷り込まれた記憶は怖いもので、
梅干しを見たら唾が溜まる、
まさにパブロフの犬状態だ。

閑話休題。

滅亡の危機にある地球。
人類を救うため、宇宙戦艦ヤマトが、
幾多の困難を乗り越えながら、宇宙の理想郷である椅子館樽へ。
おっと変換間違い、イスカンダルへ。

こんな内容なのでしょうか?
宇宙戦艦ヤマトの大まかなあらすじは。

熱心に観たことがないので、よく分からないのだ。
小学校の頃、テレビアニメが大流行し、
ブームになった記憶があるが、
個人的には興味がなく、
テレビを点けた時に、偶然アニメが流れ、
なんとなく目にしたことがある程度。

たしか主人公は古代進。
同じチームに女性隊員の森雪。
この森雪の体がやたら細く、
体のラインに密着したような制服(戦闘服?)を着用しており、
なんだかエロチックな印象がある。
ヤマトファンの方達、御免なさい。

僕の認識はこの程度。

アニメ人気で、
劇場用版『さらば宇宙戦艦ヤマト』も制作され、
興行成績も良かった記憶もある。
小学校時代、同級生の話題によく上っていた。
もちろん映画も観たことがないので内容も分からないが、
『さらば〜』なんてタイトルなので、
なにか悲劇的なエピソードを持つ映画なのかもしれない。

この程度の認識のおかげで、幸か不幸か、
映画エンディングに使用の「ヤマトより愛をこめて」(78年)を聴いても
宇宙戦艦が脳裏の宇宙を突き進むことは無い。
まったく無いのだ。
焚きすぎのスモークでジュリーが見えなくなる映像は、
容易く思い浮かべることは多々あるのにね(笑)
ブルーバードが走り抜けたり、
マンズワインを飲み干したりすることはあるが、
宇宙戦艦が登場することはなーい!!

そもそも、曲だけ聴いても、
タイトルの「ヤマトより愛をこめて」の‘ヤマト’って何でしょう?
さっぱりです。映画ありきの曲かと思いますが、
アニメや映画をほとんど知らない故、
イメージに引きずられずにすんでおります。
いやいや、この曲は宇宙戦艦ヤマトと共に俺の記憶にあるのだ!
という方達も一方ではいるのでしょうから、
勿論どちらが良いのかヒトによって違うでしょう。

そうはいっても、
この壮大なバラードを聴くたび、
どこか宇宙を連想することもあるし、
スペイシーな大きな気持ちになることや、
星空を見上げ目を細めてしまう気分になる自分も確実にいるので
俺の中のどこかに、イスカンダルが存在しているのかもしれません。

ジュリーがライブで歌う時には、
ステージ天井の小さなライトが沢山光って、
あたかも星空のような演出をすることもありましたよね。
25周年の武道館もそうじゃなかったかなあ。

たしか宇宙戦艦ヤマトは、
番組の最後に、「地球滅亡まであと○日」と画面に文字が出た。毎回出るんでしょう。
加門亮がバー「月蝕」で歌う頃にも「時効まであと○日」と画面に流れた。
あと何日・・・繋がりということで、
沢田研二が劇場用宇宙戦艦ヤマトのテーマを歌うこととなるのは、
75年当時から必然的だったのかもしれません。

こじつけですが。

keinatumeg at 16:42コメント(0)トラックバック(0)70年代のジュリー 

2014年09月21日

色っぽい歌詞と、
艶っ艶なボーカルが印象的な、
85年 8月8日発売の、
東芝EMIからの第一弾「灰とダイヤモンド」B面曲。
REC時期は、85年4月〜7月の
アルバム「架空のオペラ」と同時期と思われる。

 
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作詞 阿久悠
作曲・編曲 大野克夫
ご存じ黄金コンビの作品。

B面曲なのでジャケ裏を掲載してみました。

演奏はほぼ大野さんの手による、
バリバリの打ち込みが骨格で、どこかプリミティヴ。
そこに、全編ジェイクHコンセプション(おそらく)のサックスと、
ジュリーのダブルボーカルが曲に立体感を与え、
且つ都会的でクールな印象を醸し出す。

後半の弦爪弾きギターソロはご愛嬌か。
いったい誰の演奏によるギター?
当時のラジオ番組で、
録音メンバーについて「ギターはハラダくん」と仰っていたが、

ハラダくんって・・・一体誰?
サックス以外、全部大野さんかも。
大きなメロディで官能的な「架空のオペラ」収録曲を録る中で、
この曲に関しては、実験的で遊び心いっぱいに、
イケイケで作っているスタジオの大野さんを想像しちゃう。

潔さバリバリのA面曲に対し、
地味な感じもしなくはなく、当時は数回レコードに針を落とした程度だが、
俺も40代半ばになり、
(女になるなら悪女でいきなよ。
その方が人生楽しいぜ。あぁ夜は長く素晴らしい)なんて
この曲の大人の余裕とスケベさも多少分かるお年頃、
ジュリー並の妖しげなルックスに生まれ変わった次の世では、
是非発してみたい台詞。
俺はこんな妄想逞しくするジュリーの曲が大好きなのだ。

で、近年は、A面曲より好んで聴いている。

この曲について情報知りたく
当時のインタビュー記事等を紐解いてみたが、
言及は皆無で詳細は全くわからず。
ほんと、ミステリアスな曲だ。

85年ツアー「架空のオペラ」では、
アンコールの1曲として演奏されたが、
その後封印され、約30年の時を経て現在に至る。
現在の解釈で是非ライブ演奏で聴きたい曲でもあるが、
この曲へのジュリーの記憶度は薄そう。
いずれ大野さんに語って頂きたいなあ。

keinatumeg at 22:31コメント(0)トラックバック(0)80年代のジュリー 
自己紹介
けいなつめぐ(keinatumeg)
趣味は音楽、服飾、車、音楽は洋楽邦楽JAZZ等なんでも好き!沢田研二は特別に好きで世界一のグレイティストシンガーだと思っております。♂、北海道在住、AB型、68年生
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