2010年05月09日

EDEN【いーでん】

ジュリー・タイム・ラジオ・アワー

A「やあやあ、こんにちは!」
B「今回も生放送ですね、がんばりま〜す」

A「今回は、この曲がテーマです。」
B「え〜っと、『EDEN』(えでん)…ですか?」
A「いやいや、(いーでん)と発音してくれたまえ。」
B「はあ。」
A「録音当時、チトさん達が(いーでん)と発音していたと、『ジュリー三昧』で話していたよ。」
B「あー、聞きかじりですね。」
A「うるさい!」
B「ところでチトさんって、誰ですか?」
A「ジュリー史上物議を醸し出している、あの伝説のCO−CoLOのリーダー、チト河内さんだよ。」
B「ああ〜、あのむさ苦しいオジサンバンドですねっ」
A「とほほ…君は何も解っちゃいないよ。」

A「ここで問題です! 81年ロンドンでレコーディングに訪れたスタジオの名前は?」
B「いーでんスタジオでーす。勉強してきました〜。」
A「ピンポーン、正解です。おっとっと、話題を戻しましょう…」

A「『EDEN』は、88年6月に発売のシングル『True Blue』のカップリング曲さ」
B「じゃあ、早速聴かせて下さい。」
A「それでは、沢田研二/CO−CoLOで『EDEN』、どうぞ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
sinnguru



作詞:大津あきら
作曲:石間秀機
編曲:CO−CoLO
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
B「レゲエのリズムの曲なのですね。」
A「・・・・」
B「レゲエ…ですよね。」
A「ZZZZ…」
B「ちょっと、どうしたのですか?」
A「ZZZZZZ…」
B「やだあ、寝ているのですかぁ、本番中ですよ。」
A「ああ、ごめんごめん、この曲聴いていたら眠たくなってしまって。」

B「ずいぶんと、お気楽な感じの雰囲気ですね、桃源郷といいましょうか。」
A「80年代初めのギンギンのジュリーとは随分とイメージが違うし、前作やその前のアルバムとも別人のようだよ、この世俗を離れた雰囲気は、よほど心と時間に余裕のある時ではないと、正直、聴く気がしないよ。」

A「この曲は、CO−CoLO三部作の最終章、問題作『True Blue』にも収録されているよ。」
B「このCDですね、地味な感じですね〜。問題作ということは失敗作ということですか。」
A「いやいや、問題作=失敗作ということではないさ、80年代後半は傑作、怪作、問題作の連発でさあ。」
B「このCDジャケットの真ん中の青色が沁みますねえ。」
A「そうだろう。このアルバムを理解するのは難しいのだけれど、何だか沁みるんだよ。上手く言えないけれど。」
B「なんだか、しみじみしてきちゃいました。」
A「アナログ盤ではこの青色の真ん中に白抜きで『True Blue』と書いてあるんだよ。CD盤ではよく見えないけれど。」
A「ジュリーのアルバムで最後のアナログ盤さ。後に96年『愛まで待てない』の特別企画のアナログ盤はあるけれど。」
B「20歳の私は、音楽はダウンロードするものだと思っているので、アナログ盤なんて全く知りません。」
A「まあ、『True Blue』の話題は別の機会として…」

B「それで、88年のジュリーは、何をしていたのですか?」
A「はっきり言ってシンガーとしての活動は停滞気味だったよ。ツアーもなかったしね。」
B「あれっ?ジュリーは毎年ツアーを続けていて凄い、という事を聞きますが。」
A「ああ。だから俺は、ジュリーを語る時、(毎年ツアーを続けている)と言い澱むことがあるよ。」
B「じゃあ、88年は何を?」
A「もちろんライブはやっていたよ。汐留PITや横浜ベイサイドクラブ…、雨の日比谷野音もあったね。」
B「年譜には、「南こうせつのサマーピクニック」とも書かれていますね。」
A「ああ。俺の尊敬する藤田敏八監督の映画『リボルバー』に主演・公開があったよ。」
B「遠い目をしていますよ」
A「札幌で大々的なロケがあったんだよなあ…。暮れには演劇もあったね。」
B「じゃあ、総体的な活動は相変わらずですね。」
A「そして、この年の途中でCO−CoLOも解消さあ。」
B「へえ、どうしてなのでしょうね。」
A「実はその辺りがよく解らないのよ。結成当初は半永久的に続けたいと言っていたしね。」
A「まあ3年間やってみて、玄人受けはしていたけれど、派手なジュリーを求める声が多いのは確かだったし…」
B「決断したのですね。(ルビコンの決断)ですね。」
A「決断というより、いちおうの方向転換という感じかなあ。解散というより解消という言葉がぴったりかもね。」
B「諸事情、お詳しい方、おハガキ・メールお待ちしておりま〜す。」

A「さて、『EDEN』だけれど、どお、この緩い感じ。」
B「ゆるゆるですね。歌詞も、とっても大らかな感じがします。」
A「そうだろ、「細かい事にこだわるなんて、くだらないことさ」みたいな。」
B「その前までかなり毒づいていたとは信じられません。何か心境の変化があったのでしょうか?」
A「そこなんだよ。例の問題作の曲も含めて、88年4月後半から1カ月間を録音にあてているんだけれど、その録音のひと月前まで、テレ朝の企画でひと月、サウジアラビアとか中近東を8000キロの旅をしているんだよ。」
B「へえ〜。」
A「文明の発祥の地で、何か神の啓示を受けたんだよ、きっと。スピリチュアルな体験さ。」
B「その神の啓示が、『EDEN』の根底を流れている…という解釈ですね。」
A「ああ、中近東での体験が、ジュリーの精神世界に、何かしらの影響を与えたのではなかろうかと。」
B「う〜ん、考えすぎではないですかぁ」
A「ああ、そうかもね。でも、例の問題作の特に後半の3曲なんて、もろにそんな感じさ。」
B「その旅行はテレビ朝日で放映されたのですよね。」
A「ああ、うちに録画した映像があるよ。どお、今夜うちに観に来ないかい?」
B「…御縁了させて頂きますゥ」

A「「EDEN」はアルバム『True Blue』にも収録されているよ。」
B「ああ、ホントだ。でも「EDEN(NEW REMIX)」とクレジットされていますね。ニューリミックスって・・・?」
A「でもね、聴いてみると、ミックス違いというより、別の演奏としか思えないんだよ。さらにゆるゆるでさぁ。」
A「ニューリミックスではなく別バージョンだよね、これ。」
B「とにかくアルバム収録バージョンも聴いてみましょうよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
arubamu


作詞:大津あきら
作曲:石間秀機
編曲:CO−CoLO

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

B「Aさん、曲が終わりましたよ、6分間は長いですよね。」
A「・・・・・・」
B「Aさん、ちょっとAさん!」
A「ZZZZZZZZZ」
B「・・・・・」
A「ZZZZZZZZZ」
B「…すっかり眠ってしまったようですね。この曲は、催眠効果があるみたいですね。」

B「という事でどうやら終わりの時間が来たようです。」
B「ジュリー・タイム・ラジオ・アワー、また今度!」


keinatumeg at 00:19コメント(12)トラックバック(0)80年代のジュリー  

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コメント一覧

1. Posted by 74年生まれ   2010年05月09日 12:02
5 90年のROCK'N ROLL NEWSMAKERという雑誌の吉田建との対談記事でCO-CoLO期のことを語っているので、引用します。
「しばらくバンドみたいにしてやってきたでしょ。だから次はソロ・沢田研二ということでやろうと、大輪さんってプロデューサーになって、結構渋いメンバーを集めてもらったの。で、これが本当にオジサンばかりで、全員僕より年齢が上でね。かといって、何でもできる人ばかりかというと、結構我は強いわ、動かないわで(笑)練習っていっても、ひどい時なんか、3回ぐらい音出したら、もう後ダベってタバコ吸って、コーヒー飲んで“終わろうか”って。僕なんかもうパニックよ。“やってよ、俺、身体で覚えないとダメだから”って頼んでも、“いや、体力がついていかないんだよ”って、冗談だか本気だか分かんない答えが返ってくるし。また、最初はホールでやってたんだけど、そのうちメンバーが、もっとちっちゃいとこでやろうよ、その方が俺達得意なんだよね、とか言いだして(笑)。で、インクスティックとかでもやったけど、何か僕からすると地味なんだよね。目の前で汗が出てるとか、自分はそういうんじゃない気がしてね。それで“そろそろ限界ですかね”って言ってみたら、“そうだねぇ”ってこれが簡単なの(笑)」
2. Posted by momo   2010年05月09日 13:10
keinatumegさん、ありがとうございます。

ドキドキしています。
「True Blue」の頃のお話を聞くなんて(嬉)
謎の時期、謎のアルバムとわたしの中では位置づけられるとてもとても惹かれるアルバムです。
CO-coLOを手放した理由も謎。
独立した自分の事務所と同じ名前を付けたほどのバンドを〜
語らない部分とあの歌声を聴いていると、どこかに迷い込むようで、謎のままでいいやと思ってしまいます。
CO-coLOのことは「中絶」と感じます。

汐留PITは88年でしたか、90年代の初めのように記憶してました。
イマイチ突き抜けないジュリーを見てました。
「True Blue」の後半3曲を中近東への旅と結びつけたことはなかったので、ハッとしました。
あの頃だったのですね。

たくさんの時期を超えて、今のジュリーとわたしたちがいる。うれしいですね!

渡り鳥同盟!もちろんです!
喜んで調印いたします!(笑)


3. Posted by keinatumeg   2010年05月09日 21:59
74年生まれさん、
雑誌の紹介・引用ありがとうございます。
超メジャーで活動してきたジュリーとある意味マニアックでマイナーな活動(決して悪い意味ではありません)をしてきた他のメンバーでは、根源的な部分で違うものがありますよね。バンドの関係を解消するにはいい時期だったのかもしれませんし、またジュリーが派手目に90年代を迎えるのも必然的だったのかと思います。私も趣味のバンド活動をおこなっていた当時も練習より、お喋り、タバコ、飲酒のほうが時間が確実に長かったです。(笑)

渡り鳥同盟のmomoさん、
私も発売当初は謎の多いアルバムでしたが、聴きこむごとにいい味が出てきました。ブログにも書きましたが、あまり精神世界が曲に反映されるタイプのシンガーではないジュリーですが、さすがに中近東への旅はテレビの企画とはいえ強烈だったのではないかと想像します。「風の中」なんて曲は、もうそのものではないでしょうか。またアルバム最後に出てくる「謎の音」は砂漠の砂嵐のような音にも聞こえます。ただやはり心ろ体に余裕がないと聴けないアルバムですね(笑)



4. Posted by 黄身   2010年05月10日 21:25
88年という年は、元旦明け方のニューイヤーロックフェスから、汐留PIT2日間、横浜ベイサイド2日間、雨の野音、はたまたTV公開収録、映画『リボルバー』初日挨拶、東京ドーム杮落とし芸能人野球大会、12月末の舞台「ドンジョバンニ」まで、充実したジュリーライフを満喫していました(笑)
>アナログ盤では青色の真ん中に白抜きで『True Blue』と書いてある。。CD盤ではよく見えないけれど。
CDだけ購入していたので、初めて知りました!
keiさんは両方購入していらしたんですか!
CDをよく見ましたが、わかりませんでした。
今気づきましたが「旅芸人」作曲チト河内・作曲チト河内となっているんですが、作詞は誰なんでしょうか^^
アナログ盤でも同じ表記ですか?
5. Posted by    2010年05月11日 00:43
JTラジオアワーとても「全身白い犬」です。ぜひシリーズ化して下さいませ。EDENのこと初めて知りました。レゲエのリズム好きなので、早速動画探して聴いてきます。
6. Posted by じんぎすかん   2010年05月11日 13:34
毎度の事ながら全く知りませんです。 昔、東京の地下鉄が「いーでん」とかいう名前だったような・・・ 
7. Posted by seishun18kippu   2010年05月12日 00:41
4  keinatumeg様の、このブログを読ませて貰って、頭がとうとう“ワンワン”言い出しました。そして、軽い眩暈さえも…。
 恥ずかしながら、此処には、長きに渡りジュリーファンを標榜している私が、殆ど知らないことも書いてあって…。
 [EDEN]って何? チト河内も、クニ河内も知ってるけどね。タイガースの晩年の名曲『都会』を作ってくれる以前から、彼ら兄弟は、玄人受けする音楽誌では有名人でしたもの。
 ところで、keinatumeg様は、何故そんなにも「ジュリーさんのこと」を、知り得ることが出来たのか…?
 疑問を解決(!?)するために、私は遡れる限り、『僕らは、いつも…』の過去のブログを、題名から興味をもった順に、読ませて貰うことにしました。
 仕事と家事と犬猫たちの世話に明け暮れて、全部を読み終えるには、なかなか至りませんが、少しずつでも、「私が知らなかった(避けていた?)時代の、ジュリーさん」に、“出会える”機会を頂けていることに感謝します。彼本来の魅力を、今更ながらに知る思いです。ありがとう!
8. Posted by keinatumeg   2010年05月14日 23:49
黄身さん、
すごい!88年も全身全霊ジュリーライブを楽しんでおられますね。実はアナログ盤は持っておりません。「白抜きの文字」はレコード屋で見たものです。当時はCDで購入しましたので、レコードは購入しませんでした。その後中古レコで一度見かけたことがありましたが、今思えば「なんで買わなかったんだろう」と後悔しきりです。「旅芸人」に作詞家がいないことに気がつきませんでした(笑)アナログ盤も一緒でしょうか?

松さん、
最近は、「JTラジオアワー」しか思いつきません。どうしたものでしょうか。何か書こうとしても会話風な文章しか出てきません。かつて「ディランズ・ビート」というボブ・ディランの曲を流し、その曲やその周辺の事を語りつくす番組があったのですが、その番組が元ネタです(笑)
そんなジュリーのラジオ番組があったらなあ、という気持です。

じんぎすかんさん、
いつも判らない話題にお付き合いいただき、大変申し訳ありません。本日、マッチのコンサートのことを書いたブログを読みました。昔の自分を思い出し感動のあまり、じ〜ん、と来ていたところです。昭和歌謡のコーナーも復活させて下さい!待ってます。

青春18きっぷさん、
クニ御兄弟はGSの頃はハプニングス・フォーでしたね。僕が子供の頃はクニ河内さんは教育テレビの子供番組に出ておられておりました。
>何故そんなにも「ジュリーさんのこと」を、知り得ることが出来たのか
僕の場合はほとんど聞きかじりの事が多いですね。ただ77年からファンですが、その後、ずーっと同じモチベーションでファンのところが自分でもすごい(笑)と思います。
是非、過去のもお読み下さい、少しだけ「自信作?」があります。
9. Posted by じんぎすかん   2010年05月16日 23:33
ナツメグさん、 多分、今後、昭和歌謡ネタもトルピー内でやると思うのでよろしくね(その方がネタに困らん^^)
10. Posted by keinatumeg   2010年05月25日 21:13
おおっ、じんぎすかんさん、
トルピー日誌楽しみにしておるで!
11. Posted by jun   2011年04月24日 06:10
co-colo結成当初、沢田さんは「半永久的に続けたい」とおっしゃっていた反面、TV「37歳の再出発」では、ナレーターのかたが「沢田研二はこの男たち(co-coloのこと)と3年間続けていく」と語っておられます。
また、ラジオでの井上堯之さんを交えた「告白ライヴ」の際には、沢田さん本人が「ずーっとこのメンバーとやるつもりじゃなくて・・・」とおっしゃいました。(井上さんの「あ、じゃあこのバンドはこのツアーで解散?!」と返されたのが面白かったです。^^
12. Posted by きょうせい   2014年08月29日 16:35
たしかこのアルバム、最初に横浜ベイサドクラブでそのあと新橋のテントライブ会場「PIT」だったと思うんですが、アルバム発売の前に両会場で演奏してお客さんの反応を見てから構成され発売されたと記憶しております。オープニングは「お前にチェックイン」でしたが2曲目と3曲目、自分は凄く気に入ってましたがアルバムにはボツになってしまいました。なんという題名だったのでしょうか?この2曲もC0-coLoの名曲ではないでしょうか。

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けいなつめぐ(keinatumeg)
趣味は音楽、服飾、車、音楽は洋楽邦楽JAZZ等なんでも好き!沢田研二は特別に好きで世界一のグレイティストシンガーだと思っております。♂、北海道在住、AB型、68年生
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