2017年01月11日

勉強の意義

こんばんは。3年の加世田です。
更新が遅れ申し訳ありません。

先日、ある薬剤師の方が外部講師として講義にいらっしゃいました。講義の内容は新薬の臨床試験についてだったかと思います(なぜだか講義の大半は全く記憶にないのですが…)。
その方は最後に、私たちに向けてこのようなアドバイスを言っていました。「私は大学生のとき国家試験のために自分なりに一生懸命勉強していたと思っていた。しかし、働いてみると国家試験の勉強はほとんど役に立たず、一から勉強し直しだった。しかも働き出すと忙しくて勉強のためにまとまった時間をとれない。大学生のうちにできるだけ勉強しておいた方がいい。」それを聞いて、ん?それは本当か?と疑問に感じたことをはっきりと覚えています。

「どうして勉強しなきゃいけないの?」多くの人が子供のころに抱く疑問かと思います。あるいは両親や先生に尋ねた人もいるでしょう。その答えは多種多様にあり、また人それぞれ違うものであるかと思います。もちろん勉強のできる人を否定したい訳ではなく、私も高校生までは学生のうちは勉強すべきだという意見については全く同意見ですし、勉強することで単なる知識以外にも様々なものを得られると考えています。そこには大賛成です。

では、果たして大学生にも同じことが言えるのでしょうか?大学生はなぜ勉強しなければならないのでしょうか?そもそも何を勉強すればいいのでしょうか?
先の話に戻りますが、講義してくださった薬剤師さんの話を聞いてから「大学生の勉強する理由はなんなのだろうか?」と考えるようになりました。
将来の選択肢を増やすため、定期試験や国家試験を通るため、そもそも大学は勉強する場所、など色々考えてはみましたが、ピンとくる答えはまだ見つかっていません。
そうは言っても留年する訳にもいかないので引き続き勉強はしていきます。ですが、いつまでも受け身のまま勉強するのも何だかなあと思ってしまっています。
何らか動機や目的ができたり、バドミントンのように「好きだからやる!」といったように、勉強に対しても能動的になれればいいなあ、と。
今のところそうなる未来は全く見えないのですが。

何だか結論の出ないとても曖昧な文章になってしまいすみませんでした。
ご精読ありがとうございました。

加世田

keio_badminton at 20:08|PermalinkComments(0)男子 | 3年生

2017年01月01日

忙しない日々へ


 新年、明けましておめでとうございます。
 今年も何卒よろしくお願いいたします。
 さて、申し遅れました、3年の川原です。中学卒業と同時に実家を出た私にとって、お正月は年に一回家族がゆっくり集めることのできる唯一の時間です。まったりじっくり家族とのゆとりの時間を味わいたいと思います。

 田舎育ちの私にとって、都会での生活はとても忙しなく感じます。特に今年は忙しない1年になることを予想しています。昨年の11月から私は女子主将に就任しました。それから女子チームの代表として皆様の前でお話ししたり、チームについての文章を書いたりすることが多かったのですが、今回は私個人についてのお話をさせていただこうと思います。

 先日行われました、全日本教育系選手権大会の女子シングルスで3位に入賞することができました。早慶戦以来の実戦で、効率の悪い勝ち方で5試合目にはヘロヘロになってしまい、決勝進出とはなりませんでした。悔しい気持ちもありながら、ホッとしたというのも正直なところです。主将になってから初めての試合で、チームを背負っている意識を強く持って挑みました。競る場面が多くありましたが、上の観客席で後輩が見ていることを考えると、負ける姿は見せられないなという思いが自らを鼓舞する力に変わり、なんとか勝利をつかむことがありました。

 2016年は私にとって否定され続けた1年でした。それまで当たり前だと思ってきたことや、正しいと思ってきたことを違うという風にいろんな人からご指摘いただいた機会が多い1年間でした。それは辛い時期でしたが、私を成長させる言葉の数々だったと思います。今でもまだまだ未熟ですが、厳しい言葉をありがたく受け入れられる考え方ができたという部分は成長したところかなと思います。

 女子主将として何の取り柄もない私ですが、今年1年間やれることは精一杯やり通したいと思います。まずは、試合に勝っていく背中を後輩たちに見せて、チームを引っ張っていきたいと思っています。目標は、リーグ戦全勝・関東選手権ベスト16・インカレ出場です!忙しない1年、苦しい1年、あっという間の1年になると思います。全力疾走で、栄光を掴み、トリ(取り)に行きます!
 今後とも変わらぬご声援のほど、よろしくお願いいたします。

ご精読ありがとうございました。
今年も、皆様にとりまして良い1年になりますようお祈り申し上げます。

川原

keio_badminton at 16:50|PermalinkComments(0)女子 | 3年生

2016年12月31日

想像も出来ないようなこと

みなさん
こんばんは。

三年の石橋です。更新が遅れてしまって申し訳ありません。正確には31日に書いてみたかったので、あえてこの日になったというのが正しいでしょうか

31日に部員日記を書くというのは、自分の中で記憶があったので改めて遡ってみると、2014年の12月31日に高瀬さんが書いてました

ということで12月31日に更新するのは(多分)2人目ということになります

前の関根くんから12月22日に連絡を受けてから何を書こう…とずっと考えておりましたが…結局決まりませんでした


やはりこの時期になると一年間の振り返りをすると思いますが、わたし自身振り返ってみますと…この一年間色々あったなぁと思います

昨年のこの時期はこんなゆっくりしている時間などを想像も出来ないような状況でしたので、ゆっくり振り返るのは2年ぶりです

この2年間は色々あるので細かいことを書くと終わらなくなり、さらに要旨が不明になるので省略しますが、色々な思いがあります。ここまで色々な思いを持った年末は初めてです。


今年の4年生の引退する時の部員日記には「幸せな4年間」「慶應でよかった」「(バドミントン部)という組織には本当に感謝」「あーー、いい4年間でした!!!」「悪くはなかった」と皆様お書きになっておられます。

来年の今頃自分も同じように「いい4年間だった」と言っているのでしょうか?今までの3年間は長い下積みだと思って来年1年間でその下積みが花開くと信じて諦めずに頑張りたいと思います。

世の中思ってもいなかったことはよく起こります。

来年1年間は想像も出来ないような良い1年間になることを期待したいと思います。

2016年も残り僅かになりましたが、皆様よいお年をお迎え下さい。

石橋

keio_badminton at 21:37|PermalinkComments(0)男子 | 3年生

2016年12月22日

ジェネレーション


こんにちは。文学部3年の関根章史です。

更新が少しあいてしまってすみません。

未だに部室に入ると寂しさを感じることがあります。時々ですが。
前主将の松井さんは毎日記念館にいらっしゃってくださり、とても楽しそうに羽を追いかけられております。
ぜひ、他の4年生の先輩方にも記念館に来て、一緒に練習していただきたいと思っております。

そんなこんなで私もとうとう最上級生になりました。ありがたいです。
先輩方のように立派な最上級生にはなれないかもしれませんが、自分なりに部を引っ張っていけたらいいなと思っています。

最近では、自分を見つめ直さざるを得ない状況に陥っております。
季節のせいでしょうか。そういう時期だからでしょうか。

小さい頃は、20歳なんて遠い遠い先の話だと思っていました。
大学生は大人だなあなんて。背が高いなあと思っていました。
この前親戚の小学生の女の子に会ったのですが、身長は私と同じくらいか、ちょっと高いくらいでした。
よくよく話を聞くと、クラスメイトにもっと背の高い子がいるそうです。
開いた口が塞がりません。ジェネレーションギャップです。

自分の思い出のお店が閉店していたり、思い出の場所がコンビニエンスストアに変わっていたりしています。
やはり時代が変わったのかもしれないと思った瞬間でした。

人生の大事なところでは自分を見つめ直すことが重要だとひしひしと感じています。
あとは端的に文章を書ける力を早急に身につけたいと思います。

まとまりがなく、なんのことかわかりにくい文章になってしまいましたが、この辺で失礼いたします。

年の瀬も近づいており、皆様大変お忙しいことと思います。
お体を壊さぬよう、ご自愛ください。

関根


keio_badminton at 14:18|PermalinkComments(0)男子 | 3年生

2016年12月09日

優先順位


最近、プロテインを買って飲み始めた3年の荒川智哉です。私のとても速いスマッシュを、より速くするために今日も大ウサギに励んでおります。


さて、無事第一志望の研究室に配属が決定しほっとひと段落と思いきや、3週分の実験レポートを溜め込んでしまい、今かなり追い込まれています。主務という立場上、書類等のチェックをしなければならず、いろいろと自分に送られてきているのですが、返信が遅れてしまっています。マネージャー陣の方々、ごめんなさい。

なぜ、私はギリギリにならないとやらないのでしょう。それは、私でも理由はわかっています。やることの優先順位を完全に間違っているからです。間違っていることがわかっていながら、それを変えようとしない自分が問題なのです。時間がないわけではありません。むしろ私は他の大学生よりも時間を有効に使えていると自負しております。自分のやりたいことに優先的に時間を配分してしまい、優先度の低いものには、追い込まれているという焦りの勢いでやってしまっています。
この状況を打開しなければなりません。まず期限のあるものを優先的にやり、終わってから期限のない自分のやりたいことをやれば良いのです。この当たり前のことを当たり前のようにやれる習慣を、社会人になる前にぜひつけたいと考えております。


とても短文になってしまい申し訳ありませんが、ご精読ありがとうございました。


慶應義塾体育会バドミントン部
主務荒川智哉

keio_badminton at 20:46|PermalinkComments(0)男子 | 3年生

2016年12月08日

共鳴

更新が遅れたいへん、たいへん申し訳ありません。
こんにちは。3年の長谷川穂です。お久しぶりです。しばらく間も空いたので今回の部員日記は少し長めに書きました。最後に重要なお知らせがある……という訳ではないのでお気軽にお読み下さい。

まず始めに、先月30日の早慶戦で引退された4年生の先輩方が、「やっと終わった」「長かった」と言ってこれ見よがしに喜んでいたのに、いまだに記念館にいらっしゃって一緒に練習されていくという、見事なツンデレっぷりであることを報告させていただきます。ええ、未練たらたらです。

次に2番目に大切な報告をさせていただきます。ついに代交替となって、11月から副将を務めさせていただくことになりました。え、嘘でしょ、というリアクションの方も多いことでしょう。僕も自分が副将の資格を満たしていると思いません。でも一日一日自分を改めていって、いつの間にかしっかりした副将になろうと思います。そして何も知らない次の一年生が「あの人は立派な副将だった」とか無邪気に言ってたりしたら嬉しいです。

いつの間にか最上級生となり、いつの間にか就職活動など始めてしまい、いつの間にか年をとってます。やはり人生で一つ、自分の座右の銘を見つけたいと思っている僕にとって、由々しき事態です。そんな僕の座右の銘候補が「努力しない者に与えられる罰は、少なくとも彼の望みが叶わないということではない。むしろ彼が次なる壁に挑む勇気を失くしてしまうことにある。」という格言です。
2017年は部活、就活、研究室と、いままでで一番忙しい1年になる予感がビリビリします。自分で選んだことですが、研究室もとても忙しそうな研究室です。でも、ここで全力する事が、きっと次につながっていくんじゃないかと思います。

大学に入る前はなんとなく、毎日必死に生きるというより、ゆっくり一日一日の自分の時間を過ごしていくものだと思っていました。しかしバドミントン部に入るとそうそう、ゆっくりとは過ごせないと思います。そして就職して社会人になるとまた忙しくなってしまう。ついついバドミントン部であった時を忘れてしまうのではないでしょうか。今年卒業する4年生には断続的に、何かにつけてバドミントン部のことを回想してほしいと思います。

例えばコンビニで買い物するときに、ああ合宿の買い出しでは4000円くらいおごってやったな、とか。いずれ生まれてくる子どもを寝かしつけているとき、ああ合宿の時寝てる副務に肘入れたな、とか。10年後にデジモンの新作映画が出来たとき、子どもよりバドミントン部のメンバーを誘いたくなっちゃったりとか。デートでスタバに寄ったとき、思わず男気ジャンケンを開催してしまうとか。してくれると嬉しいです。

僕も引退・卒業した後もバドミントン部の事を思い返します。「共感覚」って知っていますか?「共感覚」とは音や文字に色を感じるなど、刺激に対して五感の内の複数の知覚が引き起こされる現象です。例えば音を聞くと視界に色がついたり、文字を見ると文字の色に関わらず色が浮かぶとか、サイコロの目など数字の大きさに対して色が見えたりするそうです。珍しい例だと、時間や季節に色や図が見える人もいるらしいです。僕は___たぶん共感覚ではないのでしょうが(笑)___味覚と記憶がちょっとつながっている気がします。

おばあちゃんの作ってくれた餃子の味を忘れてないとか、そういうことではないですよ!逆に口に中に味が広がって、あれなんか変だぞと思って、この味なんだったっけな〜と考えると、小学校の校庭の味だったり、家族旅行で行ったタイのホテルの味だったりします。風邪で熱を出したときに必ず見る、おなじみの悪夢の味がするときもあります。味をきっかけに記憶が蘇る時は、言い表せないほど鮮明に思い出せます。だからバドミントン部で過ごした思い出も、いつかある味になって口の中に広がるときがくるんじゃないかと思います。

のり200%のり塩ポテトチップスとか、ハッピーターンとか、フルーツヨーグルトとか、チューペットとか、ウィダーとか色んな味がバドミントン部で思い出になりました。最近では加世田くんのウィダーGOLD、清水くんのばかうけ、上村くんの山パン各種などにお世話になってます。必ず10年後に思い出すので許して下さい。

本当につらつらと長く書いてしまいました。ちゃんとやればもう少し文章もまとめられるんですよ。

ご精読ありがとうございました。

慶應義塾体育会バドミントン部副将
長谷川 穂

keio_badminton at 09:03|PermalinkComments(0)

2016年11月16日

勇應邁進

行き交う人々がコートを羽織り、マフラーを巻いている中、私はセーター1枚で過ごしております。今年の冬も平常運転です。


みなさん、お久しぶりです。
3年の上村聡です。
更新が遅れてしまい、大変申し訳ありません。

日記に先立ちまして、改めてご報告させていただきます。

この度、慶應義塾体育会バドミントン部主将を務めさせていただくことになりました。
来年は慶應義塾体育会が125周年、体育会バドミントン部が75周年を迎えるという節目の年です。
そのようなタイミングで主将を務めさせていただけることを、大変光栄に思います。

ついこの前入学式の規模の大きさに気圧されて、初めての練習に緊張しながら参加させてもらったように感じますが、もうそんな私もチームの指揮を取らせていただく立場になりました。

なので今回は主将について思うところをとりとめもなく書いていこうと思います。名前も多く出てくるため、本当にとりとめもなくなる予定なので、ご覚悟の上お読みください。笑


まず僕が1年生の時の主将、高田さんは、こう言うと薄まってしまうような気もしますが、とても包容力のある方でした。
背が大きかったのはもちろんのこと、声を荒げたことは、僕の知る限り1度もありません。
僕がミスをしたり、普段の話で突拍子もないことを言い出したりしても穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれていました。

冬の間厳しいトレーニングを重ね、高田さん主導で準備をして臨んだであろうその年の春リーグ。入学して1ヶ月も経たない私を出場させるという選択をしていただいたにもかかわらず、勝負どころでチームに黒星をつけてしまいました。
主将になった今となってはそのことの重大さがより実感としてわかります。

高田さんはそんな僕を全く責めませんでした。
それどころか「おれの責任だから」と僕を心配する言葉をかけてくれました。
僕は負けたことを激しく後悔するとともに、主将という立場の重さを痛感しました。

高田さん【温厚で包容力のある主将】



僕が2年生の時の主将は紙谷さんでした。
紙谷さんの印象と言ったら頭がキレる、率先した行動で引っ張っていく行動型でした。僕にとっては。
厳しいトレーニングを課したときは率先して自分がやる、部員よりも負荷をかけてやるという姿を見てきました。

そんな紙谷主将のもと、僕たちは大幅に、戦うフィールドをレベルアップさせることになりました。春リーグで4部から3部、秋リーグで3部から2部。24年ぶりの2部昇格は悲願でもあり、その年に立てた目標を超える結果になりました。そんな舞い上がってもおかしくない状況の中、紙谷さんは最後まで僕たちを2部で戦えるチームにすることに集中していました。

紙谷さん【率先した行動で皆を巻き込む主将】



ついこの間までの主将は皆さんご存知の松井さんです。松井さんに関しては正直、僕が最もお世話になった主将だと勝手ながら思っています。普段は持ち前の明るいキャラクターを存分に発揮し、部員達との距離が近い主将でしたが、いざ実務能力、処理能力という話になると右に出る者はいないのではないかと思っています。何度私の至らない点をカバーしていただいたかわかりません。
バドミントンが好きで、骨折もいとわない練習ぶりは、見本でしかありません。

松井さん【バドミントンが大好きで、メンバーに寄りそう主将】



はい。
私が入部させていただいてからの主将の方々について、僭越ながら振り返ってみました。3人とももっともっと深く考えていらっしゃったと思います。

では僕はどのような主将を目指せばいいのか。
高田さんのような包容力はもちろんない、紙谷さんのように頭は良くない、松井さんのように左利きではない上に処理能力も高くない。

僕はどんな特徴があるのだろうか。
考えました。
腰を据えて考えるのはいつ以来だったかわかりません。
そして導き出した答えは、、、
「他のメンバーより、バドミントンを長くやってきた」ということでした。

単純です。笑
ですが、これしかないと思います。
これを僕が主将を務めさせていただく上での【色】にすることを決めました。

チームの皆には、大したものなどあまりありませんが、僕のこれまでの経験と考えを全て伝えるつもりです。良いと思ったところだけ自分のものにして、成長して、勝ちを掴んでもらえればそれで満足です。

そしてその個人の勝利を積み重ね、結果としてチーム実力の底上げにつなげます。
目標に掲げた「1部昇格」は険しい道のりですが、皆で、「チーム慶應」で、挑めば決して不可能なことではないと思っています。

長くなってしまいましたが、言いたいことは、「皆できついことを乗り越えていこうよ」ということです。皆で助け合い、励まし合い、チームのために自分ができることをする。
これを今年はやり抜きます。

ですので、きつい練習きっと増えます。笑
でも必ず強くなれます!
自分を信じて頑張りましょう!!


次の日記は副将の長谷川です!
僕の分までユーモアに溢れた日記にしてくれること間違いなしです!
お楽しみに!

乱文失礼いたしました。


慶應義塾体育会バドミントン部
主将 上村聡


keio_badminton at 19:13|PermalinkComments(0)男子 | 3年生

2016年11月03日

幸せな4年間でした!!!

小松の記事がかなり有名になっていて、そのあとに書くのが本当に恐縮ですが、最後の部員日記を書かせていただきます。4年の高野です。
本当は早慶戦前に書かなきゃいけなかったんですが、バタバタしていてなんと引退後に書くことになってしまいました。大変申し訳ございません。
最後なので、自分が何を思ってこの4年間を過ごしてきたのかを書かせていただきたいと思います。

入部当初、慶應女子チームは4部にいて、私が対戦する人のレベルも、日吉での練習の強度も量も、今とは全く違いました。ところがすぐに3部に昇格し、チームの戦力も大きく変わり、2部に昇格し、チームとして「1部で戦えるチーム」を目指すことになり、正直に言うと高校まで県大会にすら出られないようなレベルだった私には何がなんだかわからないような状況でした。とりあえず私のそばにものすごくしっかりした人、強い人、頑張り屋さんな人がいて、私だけチームメイトと比べ物にならないほど競技レベルも低くて、仕事もできないし気も利かないし、ただの役立たずでした。
チームの状況が変わっていった頃、1年生の秋冬くらいは、毎日泣きそうでした。というか本当に泣きながらバドミントンをしていました。練習がきつかったとか試合で全く点数がとれないとかもありますが、自分なんていない方がいいんじゃないか、何で自分はここにいるんだろう、とかそんなことを考えながらやっていました。

それでも、先輩後輩同期はこんなに頑張っていて色々考えていて、私にも声をかけてくれて、先生はこんなにも熱心に私たちを指導してくださっていて、私はこんなにもすごい人たちと同じチームでバドミントンをさせてもらえていて、OBさんOGさんは私がどれだけ試合でボコボコにされても「高野、がんばれよ」って応援してくださっていて。こんなに恵まれた環境で4年間を過ごせるなんて、高校までの自分からは全く想像がつかないことです。幸せ以外の何物でもありません。
私みたいな人がこんなに良い環境にいさせてもらっているのに、ただの戦力外・役立たず人間で終わっていいはずがありません。バチが当たります。
そして何より、皆がこんなに頑張っているんだから、私もどうにかしてこの人たちの力になりたい!!と思いました。

嬉しいことに、私は女子主務という役職に就かせていただいたこともあって、チームのためにできることなんて探せば探すほど出てきました。ただ、やることはたくさんあっても私は前主務の関さんのようにバリバリ仕事ができるわけではありません。同期の小松のように画期的なアイデアを出せるわけでもありません。
どうすればいいか考えてもよくわからなかったので、私はとりあえず誰よりもチームのために時間を割こうと決めました。睡眠時間も遊ぶ時間も(授業の時間も)いくらでも削れるし、自分が使える時間は全部使うようにしました。

実際には、チームには高瀬先輩のように自分の練習だけでなくチームのために本当に多くの時間を割いてくださった方もいます。小松のように、トレーニングの計画を立てすぎて寝る時間を計算し忘れちゃった人もいます。なので、本当に私が誰よりも時間をかけられていたかどうかはわかりません。
それでも、他の人が余計な仕事をしないで済むように、自分ができることは何でもやろうと思っていました。
バドミントンに関しては、いつまで経ってもド下手だけども、私が頑張って格上の選手を相手に一矢報いるくらいのプレーができるようになったら、もしかしたらチームにいい影響があるかもしれないし、皆の練習相手くらいだったらなれるかもしれないから、プレーも主務も最後まで絶対に両立してやる、バドミントンも上手くなってやる、と思いながら練習をしていました。

実は入部から引退まで全部の団体戦に出場させていただいたのですが、結局チームの勝利に絡めた試合はひとつも作れませんでした。
自分ができることは全部やると言いながら、先生や同期や他の部員(特にマネージャー陣の皆様)にたくさんご迷惑をおかけしました。
なので、自分がどれだけチームの役に立てたかはわかりません。それでも、少しでも皆さんの力になれていたことがあれば幸いです。

相変わらずまとまらない長い文章で、しかも自分のことばかりで申し訳ございません。
後輩に何か伝えるとすれば、できることはいくらでもあるし、誰かが頑張ったらきっとその分周りにいい影響があると思うので、全員で頑張ってください。でもみんな私よりしっかりしてるし、私よりバドミントン上手だし、大丈夫だと思います。
あとは、もしも今後、私と似たような立場に立つ部員がいたら、「こんな人でも4年間やめずに続けられていたんだ、じゃあ自分も大丈夫だな」くらいに思ってもらえたなら嬉しい限りです。

女子の2部昇格、先輩がたくさんの工夫をこらして準備をしてくださった早慶戦での勝利、男子の2部昇格、先輩のシングルスの最後のインカレ出場、後輩のインカレ初出場、同期のインカレベスト16、…
この4年間で、涙が出るほど嬉しい瞬間がたっくさんありました。
そんな経験をさせてもらえて、先生にたくさんのことを教えていただいて、先輩方が作ってきてくださったこのチームでバドミントンをさせてもらえて、主務をさせてもらえて、ほんっっっっとうに、幸せでした!!!

4年間、ありがとうございました。

睫鄒店


keio_badminton at 01:49|PermalinkComments(0)4年生 | 女子

2016年10月25日

4年間

更新が遅くなりました。
お久ぶりです、4年の小松です。

とうとう最後の部員日記となりました。あんな何を話してるかわからない宇宙人のような小松ももう卒業する身となりました。

4年間通していろんなことがありました。人生の中で、一番辛い1年でした。その分、気づきや発見、学ぶこともたくさんありました。その中で一番感じたことを今回書かせていただきます。

「自分のアレンジ力を磨くこと」
中学で本格的にバドミントンを始めましたが、私は高校時代まで常に周りに自分よりも強い人がいて、競い合える仲間がいる環境でした。前主将の高瀬先輩が好きすぎて、ある意味ストーカーのように大学まで付いてきてしまいましたが、入学当初は部員3人でレベルはバラバラで練習相手は常に同じと高校の環境とは真逆の環境でした。最初は、ノック練習や部分練習ばかりで本当に強くなれるのか、大丈夫なのか不安でした。特に一番苦しかったのは、インカレに出場すること自体がかなり厳しく必ず行ける保証がないことです。高校までは、団体か個人で必ず行けることができましたが、大学では東日本でベスト32か、団体でベス8に入らないといけません。高校の同期は、スポーツ推薦がある大学ばかりなのでインカレに行くのが当たり前ですが、死に物狂いでインカレ出場を狙う自分が本当に嫌でしょうがなかったです。周りの環境がその時の自分にとっては羨ましく感じ、あの大学に行ってれば・・・という思いが正直ありました。
そんな気持ちを大きく変えるきっかけとなったのが、関東選手権新人戦でベスト8に入った時です。そこで、自分のプレーが上位の選手と互角に戦えることに気づきもっと強くなれると感じました。しかし、気持ちが前を向いていても環境が変わることはありません。ただ単に、高校の後輩・同期に負けたくない、慶應の中で誰よりも圧倒的な結果を出したいがためにものすごい考えました。考えた割には、答えはすぐ出てきました。
「朝から夜までずっとバドミントンできるように自分で計画しちゃえばいいんだ」・・・と。
どうせ人間簡単に死なないようにできてるし、時間あるし場所あるし、毎日の行動計画を立てていると意外と良い環境なのではないかと感じました。2年の秋ぐらいから、朝は6時半からランニングとシャドーやって、暇だったら部活前にまたランニング、部活後は筋力トレーニングやノックをとりあえず自分のできないこと見つけたらひたすら本当にひたすらやっていました。今までは、この練習は自分には関係ないとか、やっても意味ないとか感じていたものがこの計画をやっていると全てが何かしらの課題に繋がっていて、自分の克服したい課題が明確だからこそオンコートで自由自在にアレンジができました。先生が求めていることを一生懸命やって終わりではなく、先生から与えられたメニュー(種)を自分がオンコートでどのような形(花)にしていくのか、どのような意識(肥料)や発見(観察)を持てばいいのか、全て自分のアレンジ力にかかっているのです。
だからこそ、リーグ戦で降格した時は本当に死にたかったです。先生の指導や環境が悪いのではなく明らかに自分のアレンジ力が甘かったです。あの時、先生が私の両親に謝っている姿や両親が私の前で頑張って笑っているのを見て涙が止まらなかったです。練習はちゃんとやってるのか、どうなってるんだとか間接的に先生の指導について言われることが本当に苦しかったです。こんな思い二度とするかと思い、少しずつですが自分のためにやってきたものが周りの人が私の結果で笑顔になるためにと目的が変わってきました。
4度目のインカレ。最後の最後で9位という結果を残しました。インターハイでもその日の全日程の最後の最後まで試合をしていましたが、インカレでも試合が終わるのが最後でした。自分の息や打つ音、相手の打つ音しか聞こえないあの現場はごくわずかの人しか経験できないことです。それを同期の高野と先生と経験できたのは9位や勝利よりも嬉しいです。終始、先生が楽しそうで笑っていたのが忘れられません。全日本総合に連れて行きたっかたなという思いもありますが、私の実力不足なので来年の現役に託します。

長く書いてしまいましたが、一番言いたいことは与えられたものだけで答えを出すなということです。チューリップの種をもらったら、なんとトマトができてしまったみたいな、誰もが想像できる結果を出すのは当たり前で、そこから誰も想像できない結果を出すためにも何か自分の一番のアレンジが大事だと思います。
自分の結果を人に決められるより、自分で結果を決めていく方が絶対価値があります、なので現役の皆さん、全日本総合に出て記録を打ち破ってください。

慶應で本当に良かった!加藤先生に教えていただいて本当に良かった!

乱文失礼いたしました。





keio_badminton at 12:52|PermalinkComments(4)4年生 | 女子

2016年10月15日

最後の部員日記

こんにちは、4年の皆木真太郎ちゃんです。
遂にこの日記の更新も最後となりました。
思えば、あっという間の4年間でした。
一年のあの頃からもう4年も経ったのかと思うと、正直びっくりです。

折角なので、4年間を通して自分の大学部活人生を振り返ると、やっぱりバドミントンは楽しかったということに落ち着きます。
4年間、確かに毎日辛く苦しい練習の日々でした。普通の学生に比べ、遥かに忙しく、それによって失うものも数多くあったと思います。一方学生生活をバドミントンに捧げたことで得たものは何かと問われると、正直難しい質問です。
結局のところ、私達がバドミントンにかける理由はただ、それが好きで、絶対に勝ちたいんだという気持ち以外にはないと感じています。
私はこの4年間バドミントンを生活の中心として行ったことに悔いはありません。本当に楽しく、キラキラとした毎日でした。
このような毎日を過ごさせて頂いた体育会バドミントン部という組織には本当に感謝しています。

残された時間は本当に少しになりましたが、これから残りの時間を大切に過ごし、自分の競技生活を締めくくれたらと思います。
自分の中で競技生活をやりきったと満足し、心からバドミントンが好きだと胸を張って言えるように頑張ります。
あと少しよろしくお願いします。

皆木真太郎


keio_badminton at 14:04|PermalinkComments(3)男子 | 4年生