2018年11月13日

mono(@д@)tone

部員日記を閲覧している皆さん、こんばんは。
ようこそ、OKABEが語る魅惑の世界へ。
このコーナーは、バドミントン界1の変人であろう僕が、今脳内で1番考えていることを書く場だ。

実はこの日記、22歳を迎えつつ書いている。
私は自分の生まれた、この11月が好きだ。大好きだ。何故なら世界が灰色に見えるから。
最近はやっと11月らしくなり、そろそろ熊が冬眠に備える時期となったが、寒さに弱い新潟出身の私は、既に冬眠状態である。布団と服の静止摩擦係数が高すぎて布団から出られないのだ。Forgive me!

あっ、22歳になった。パチパチ...

思い返せばこの22年間のうち、8年近くは眠っている計算になり、「生きているってなんて非生産的なのだろう」と感じることも増えた。
よくよく考えると、バドミントンをすることで体力がついたり、代謝が上がったり、メンタルが豆腐から高野豆腐くらいになったり、勝負師としてのチカラを僅かに得たり、メリットはあった。しかし腹は減るし、もの凄い疲労感と睡魔が僕を襲う。なんて非生産的なのだろう。運動する為に食べ、運動して腹は減り、また食べ、腹は減る。まるで0と1の世界みたいだ。白と黒が交互に織りなす灰色の世界。それが僕だ。

時折、深思考に陥り、pessimistになるのは悪い癖だ。しかし、非生産的なことというのには、意味がある。全てに宿るわけではないが、存在している。そう、幸福だ。

高杉晋作だったか、高杉晋助(銀魂のキャラクター、ヤバい奴)だったかどちらが言ったのか忘れたが、「面白き事もなき世を面白く」という言葉がある。実はこれには下の句があって、「すみなしものは心なりけり」と続く。
下の句は本人が言ったかは定かではないが、そんなことはどうだってよく、内容が素晴らしい。
岡部流に現代語訳してみると、「過去の人から聞いたところによると、この世の中はクソだが、自分の心の持ちよう次第ではそれなりに楽しんで暮らせるものであるよ。」となる。(間違ってたらすみません。)助動詞の訳し方が「ネ申」すぎる!

いつ死ぬかもわからないので、自分の存在意義だとか、存在価値だとかそういったことを考える前に、残り決して長くないであろう人生を、「幸せ色」というmonotoneに染めることができるよう、1日1日を大切に過ごしたいと思う。


慶應義塾体育会バドミントン部
理工学部3年 岡部 庄之介

keio_badminton at 00:19|PermalinkComments(0) 3年生 | 男子

2018年11月12日

走れメロス

こんにちは。

最近、我が慶應義塾大学の評判が悪くて残念に感じてる3年の金子凱です。みなさんお元気ですか。

私は相変わらず走っております。
長距離のタイムは着実に早くなっており、陸上の長距離選手になるべきだったのではないかと最近思い始めてきました。
とか言いながら走ってる時は結構バドミントンのこと考えてます(笑)。どうすれば早いスマッシュが打てるかとか、どうすれば半永久的なコート内体力をつけられるかとか、なんで桃田賢斗選手はあんなに強いのかなどなど。運動しながら考える余裕が出てきたんだと自分で思い込んでます。

先月の10/20(土)早慶戦をもって77代目慶應義塾体育会バドミントン部主務に就任しました。
主務に就任して、不安の日々です。OB,OGの方々への連絡を忘れていないか、大会の申し込みがちゃんとできているか、体育館がちゃんと予約できているか、就職の学力試験の勉強、ゼミの論文の作成、日々の講義の予習復習、毎日の自主トレーニング、夜も安心して寝れません。

この状況に対して自分が実践していることはオンオフの切り替えをはっきりすることです。
常にストレス感じている状態だとパフォーマンスが低下します。オフの時は好きなことをやって英気を養う。具体的には電車の中では好きな本を読んだり、食事中は好きな映画を見たり、睡眠時間は最低でも6時間は取れるよう心がけています。これらの時間中は一切バドミントンや勉強のことは考えず全力で本を読み、映画を観て、寝る。特に睡眠は大事です。みなさんちゃんと寝ましょう。だが、寝過ごしには注意しましょう。

過去を振り返ると、自分が受験生だった高校三年生の頃もこれと同じことやっていました。当時自分は高校の寮に住んでいたため常に勉強に集中することができる環境にいたものの、自分は意志が弱い人間なのでちょくちょく勉強以外のことしていました。早朝に寮を抜け出して高校のグラウンドでランニングしたり、寮の中のちょっとした広場でドライブ打ち合ってました。寮の中で羽の打球音を響かせてました。

ランニングしていたという点は今も変わらないですね笑
気を追いすぎず、ミスのない仕事をしたいと思います。

3年金子凱

keio_badminton at 01:53|PermalinkComments(0) 3年生 | 男子

2018年11月06日

学ランは暖かい

慶早戦が終わり、代交代してから三週間ほど経ちますが、未だに四年生が抜けたという実感を持てないでいます。皆様いかがお過ごしでしょうか。お久しぶりです。この度、慶應義塾体育会バドミントン部の副将を務めさせていただくことになりました、吉弘昌功です。よろしくお願い致します。

私は部員たちの日記をすべて読んでいる訳ではなく、たまに気が向いたときに読むくらいです。その中で、この部員は面白そうなことを書いてそうだから読もうだとか、この日記は別にいいかなだとか思う、実は冷酷にして性根の腐った性格の持ち主なのです。また、自分の中で、この部員日記は読んでみようという基準があります。それは題名です。今回、自分の部員日記は特定の諸先輩方にはあまり読まれたくないので、なんの変哲のない誰にもタップされないような題名にしたいと思います。読まれたくないのなら、他の事を書けばいいと思う方もいらっしゃると思いますが、そうしますと、今まで通りどうしようもない日記になってしまいます。また副将として初めての日記にもなるということで、今回はまた違った別の志向で、私のこれまでの事について本心を披瀝しながら書き進めたいと思います。

入部する前、初めて練習風景を見たとき、この練習量を毎日こなせば、なにも考えなくても嫌でも上手くなると思っていました。しかし、それは違いました。毎日ただ言われたことをこなすだけの練習になり、毎日、どこか朧気でバドミントンがただの作業になりました。これに気づいたのが、一年生の最後の方でした。それでもまだ、練習がきつく考える余裕もなく、まただらだらと部活を続けてきたような気がします。入部して時が経つに連れ、段々と練習に対する態度が変わっていきました。がむしゃらにもやってきたせいか、ときには誤った方向に行くこともありました。
そして、バドミントンに対する心境の変化があったのは最近でした。感謝の気持ちがバドミントンに対して芽生えました。高校の辛かった時期、自分を支えてくれたのはバドミントンでした。ですので、これからはバドミントンに恩返しをする、したいという気持ちでやっていこうと思います。
これまでも、練習に対して考え方だったりとかの試行錯誤をしてきました。また上手くいかないかもしれません。しかし、スポーツは結果が全てだとは思いますが、結果を出すために努力してきたプロセスも大切だと思います。なので、これからも自分の信じる道を試行錯誤しながら精進していきたいと思いますので、OB・OGの皆様には、今までと変わらぬご指導、ご鞭撻の程よろしくお願い致します。
また副将として、一つ一つの行動に自信と自覚を持っていかなければならないと思います。

以上で、まとまりのない文章となりましたが、この辺で擱筆させて頂きます。

ご精読ありがとうございました。

慶應義塾体育会バドミントン部副将
商学部 吉弘昌功


keio_badminton at 13:38|PermalinkComments(0)

2018年10月26日

スタート!!

早慶戦が終わり1週間が経とうとしています。いかがお過ごしでしょうか。
日に日に寒さが増していきますが、体調管理にはお気をつけください。
3年の清水です。

日記に先立ちまして、改めてご報告をさせていただきます。
この度、慶應義塾体育会バドミントン部の主将を務めさせて頂くことになりました。
高嶋前主将からバトンを受け継ぎ、77代目の主将となりましたが、正直なところ、まだ自分が主将になったのだという実感が湧きません。
ラッキー7ということで何かいいことがあると願っています。

新チームがスタートして1週間が経ち、練習も冬に向かってトレーニングを多くしているところです。
私の代では、チームKEIOということで男女で練習していく中で、それぞれの良さを活かしていこうと思っています。練習をやるにしてもただやるだけでなく、自分がこういうプレーをするためにこの練習ではここを意識するといった自主性を大切にしたいと考えています。自分や最上級生がそれを実行することが重要です。
後輩が我々を見てでもいいですし、自らでもいいので練習メニューを自分の中に落とし込めるようにしたいです。
そして、チームKEIOとして試合には全員で勝ちにいきます。応援よろしくお願い致します。
私もチームに恩返しができるよう、1年間精進してまいります。

引き続きご指摘ご鞭撻の程よろしくお願い致します。

ご精読ありがとうございました。

慶應義塾体育会バドミントン部主将
経済学部3年 清水遼郁

keio_badminton at 14:16|PermalinkComments(0)

2018年10月19日

感謝

こんにちは。
4年生最後のトリを勤めさせていただきます、主将の高嶋道です。
少しずつ通る風が肌寒くなり、いよいよ冬の到来を予感させる季節となってきましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
昨日で現役生活最後の練習を終えましたが、今まで通り普通の練習だったため、全く最後という実感が湧いていません。

さて、いよいよ慶早戦まで残り1日となりました。
この投稿が私の大学生活最後の投稿となります。今回は、この4年間で感じたことや学んだことなどを書いていきたいと思います。
まとまりの無い文章になるかもしれませんが、何卒ご容赦ください。(笑)

まず1年生の時を思い浮かべると、楽しかった思い出がほとんどです。高校ではなかなか試合に出場できなかったため、チームに必要とされてコートに立てたことが本当に嬉しかったこと。紙谷主将という、自分を犠牲にしてでもチームを強くしたいという想いのある主将がチームを引っ張ってくださったこと。絶対に2部昇格するという想いが日々の練習から表れており、実際に2部昇格を果たしたことなど、部活に行くのが毎日楽しみでした。私生活でも、高校とは全く違う環境に毎日刺激を受けながら過ごしていました。

2年生の時には、2部昇格を果たして初めて2部の舞台で戦い、3部までと2部の実力の違いに苦しみました。3部では決まっていたはずの球が決まらなくなり、裏をかかれるような配球をされることが多くなったことで、なかなか自分の思うようなプレーをすることができず、チームの勝利に貢献することができませんでした。辛うじて春は2部5位で残留し、秋は2部3部の入替戦で勝利し2部6位で残留を果たしましたが、自分の納得のいく結果ではありませんでした。
個人ではインカレ出場を果たしましたが、そこでも1部校のレベルの高さを痛感し、まだまだ自分は力不足であることを学びました。

3年生の時には私も上級生となり、チームをどうすればまた上向きの良い雰囲気に持ち込むことができるかを自分なりに考えながら取り組みました。当時の主将である上村さんとパートナーを組める最後の年であったため、何としても一部昇格とインカレベスト8を成し遂げたいという想いで練習に臨んでいました。夏には関西の龍谷大学や東海のトヨタ自動車にお世話になり、2部やインカレでも通用する球を受けて何かを吸収しようと必死でした。
結果的に、インカレには出場しましたが1回戦敗退、リーグ戦でも3部降格という結果に終わってしまいました。上村さんの期待や想いに応えられなかったことが本当に悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

4年生の時には主将に就任し、本格的にチームを引っ張っていく立場になりましたが、新しく監督に岩田監督が任命されたこと、男女が一緒に練習を行うようになったこと、日吉記念館が改修工事によって使えなくなったことなど様々な環境の変化が重なり、一から手探りの中でのチーム作りにとても苦しみました。正直、バドミントンだけでも手一杯だった私が、更にチームの基礎作りを行うということは、私の身がもたないのではないかと思いました。
案の定、最初はなかなか同期のメンバーを頼ることが出来ず自分の中で溜め込んでしまい、いつのまにか鬱病の診断を受けていました。鬱病の診断を受けたのは部活だけが理由ではありませんでしたが、少なからず部活のストレスによって鬱病を発症してしまったことが要因としてありました。つくづく主将には向いていないなと思いつつも、両親や友達、監督・コーチに支えられて鬱病から回復したことで、最後までやり遂げたいという想いが強くなりました。15年間続けてきたバドミントンをとにかく最後までやり遂げるということを新しい目標にして練習を再開しました。
再開したばかりのころは身体は全く動きませんでしたが、バドミントンがとても楽しかったことを覚えています。バドミントンを続けたいと思った理由が改めて分かった気がしました。

2部昇格という目標を掲げてきましたが、リーグ戦では残念ながらその目標を達成することは出来ませんでした。それでも、茨の道を乗り越えてリーグ戦で一勝を挙げることができたことは、私の中では大きな財産となっています。この1年間が人生の中で最も辛かった1年間でしたが、今は本当にバドミントンを続けてきて良かったと思いますし、このチームでバドミントンが出来て良かったと思います。

私のわがままに付き合ってくれた同期の野田、井本、榎本、高山、片山、富岡には本当に感謝しています。最後の最後まで迷惑をかけるかもしれないけれど、これからもよろしくお願いします。
本当にありがとう。

長々と書いてきましたが、最後は主将として下級生にメッセージを残したいと思います。

バドミントンは本当に色んなことを教えてくれる素晴らしいスポーツです。慶應は初心者から上級者まで幅広いレベルの選手たちが集まるチームですが、共通しているのはバドミントンが楽しいと思う心だと思います。この心さえあればどんな困難も乗り越えられると思います。私自身も鬱病を乗り越えることができたのは、バドミントンが楽しいと思う気持ちがあったからだと思っています。これに勝る感情は他にはありません。どんな時もバドミントンを楽しむ気持ちを忘れないでほしいです。
竹鼻さんのトレーニングがめちゃくちゃ辛くてやめたいと思う時や、「このメニューは何の意味があるんだ」と思ってなかなか練習に身が入らない時などあると思います。そういう時こそ、その練習がどうすれば楽しくなるか考えてみてください。難しいことは考えずにとにかくその練習に没頭してみたり、バカみたいに声を出して笑ってみたりなど、色々な方法があると思います。そうすれば自ずとチームの雰囲気は良くなっていくと思います。
どんなに辛い状況でもバドミントンを楽しんで、笑って「バドミントンやってて良かった」と思えるようにしてほしいと思います。

駄文ではございましたが、最後までご精読頂き有難うございました。
今まで私のことを支えて下さった全ての方々に感謝申し上げます。
誠に有難うございました。

慶應義塾大学総合政策学部 4年
慶應義塾体育会バドミントン部 主将
高嶋 道
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keio_badminton at 17:07|PermalinkComments(1)

完。

こんばんは、4年の片山です。
最後の部員日記となりました!、、、が、、最後という実感が全く湧いていません。
そして、慶早戦まであと残すところ2日(1日?笑)となりましたがそれをもって引退ということもあまり自分のことのように思えていないです...笑


同期が4年間を振り返っている部員日記を読むと、みんなすごい経験をしてきているのだと思うのと同時に、4年間やり抜くことの凄さを感じました。同期のように4年間を振り返ることはできませんが、私なりの2年半を振り返りたいと思います。



というのも、私は非常に稀なケースだと思いますが、2年の途中からこの部に入部しました。
バドミントンを始めたきっかけも、バドミントンという競技をやりたいから、というよりは他のところにありました。私が入部を決めた最大の理由は、当時、女子の主将だった小松鮎実さん(H29)のようになりたい、と思ったからです。ただバドミントンで強ければいい、という考えは一切なく、自分なりに大学で学びたいこともあって、将来どういうことをしたいかも、初対面の私に熱く語ってくださいました。その時、私も小松さんのようになりたい、そして真剣にバドミントンに向き合うことで、新たに何かを得たいと思いました。練習はかなりきついよ、と脅されて(笑?)すぐに入部したいとは言えませんでしたが、最後はここでの活動を自分の残りの大学生活の中心に置きたいと思い、入部を決断しました。



入部してからは、本当にたくさんのことを経験しました。
最初は、単純になかなか技術が向上しないことに苛立ちを覚えることも、自分の目標が見えずただ練習をこなして、何とかやり過ごしていたこともありました。そんな矢先の3年の春リーグで、試合の結果次第では出る可能性があると言われたことが、大きな転機となりました。リーグ戦の会場でアップをしていた時、試合に出る可能性など毛頭ないと思っていた私は、試合に向けた準備、練習をしてこなかった自分が恥ずかしく、またとてつもない不安に襲われました。

それから、私の練習に対する思いは大きく変わりました。全体練習だけでは足りない、と思い、当時コーチをしてくださっていた小松さんにつきっきりでプラスαの練習をしていただきました。自分の意識ひとつで、こんなにも練習に対する気持ちは変わるものなのかと強く感じたことを今でも覚えています。


そんな順風満帆だったのも束の間、以前の部員日記でも書いたように3年の関選直前に膝の靭帯を断裂する怪我を負い、手術をしました。
その後、完治する前に代交代となり、4年生になって、あっという間に春リーグに突入してしまいました。何もできず、不甲斐なさしか残らなかった春リーグは辛かったです。だからこそ、最後の東日本、秋リーグでは同じ思いをしたくないと、その悔しさをバネに再スタートしました。

春リーグ以降、東日本、リーグ戦のことだけを考えて必死に取り組んできたつもりでしたが、一選手としても、またチームを引っ張る主将としても力及ばず、目標としていた結果には届きませんでした。


振り返れば、あっという間な時期もあれば、とてつもなく1週間が長く感じるときもありました。良いことも辛いこともありましたが、この部では本当に貴重な経験をさせて頂きましたし、そのことに感謝しています。

それは、まずどんな時も私に真剣に向き合ってくださった監督、コーチがいらしてくださったからであり、私を受け入れてくれるチームがあったからだと思います。特に女子のメンバーには本当に感謝しています。実績も何もない私でしたが、この1年間一緒に戦ってくれてありがとう。些細なことでも笑える楽しいチームでした。来年こそ、目標を達成してください!



最後になりますが、実感はなくとも(笑)最後の慶早戦が迫ってきました!このチームでできる最後の試合。プレーを通して、自分がこれまでにお世話になった方々への感謝の気持ちを表現したいと思います。

最後の部員日記とあって、まとまりのない長文になってしまいましたが、最後までご精読いただき、ありがとうございました。そしてお時間があればぜひ、慶早戦にお越しください。



慶應義塾体育会バドミントン部女子主将
経済学部4年
片山有香里



keio_badminton at 01:53|PermalinkComments(0) 女子 | 4年生

2018年10月18日

四年間の自分

皆さん、リーグ戦前日の投稿以来一ヶ月ぶりです。
卒論のインタビュー調査、解析に追われている副将の野田龍です。

長いような、短いような、長いような四年間の体育会生活最後の部員日記です。

せっかくなので、この四年間を、振り返って一番に感じたことを書いていきたいと思います。

体育会バドミントン部に入り自分はどういう風だったかなと考えたとき、一番にイメージするのは「メンタルが弱い」ことです。

一、二年生の頃、早く先輩に勝てるようになりたくて、レギュラーになりたくて、ただがむしゃらにフットワークをしてみたり、ペアとノック練習をしたり、ウェイトトレーニングに目覚めたりと、全体練習だけでなく自主練習などもしていました。
しかし、当時の自分は、練習の後に残って人よりやっていることに自己満足しているだけだったように思います。考えている「つもり」でも自分がやりやすい練習をやっていたり、フットワークをするにしてもただスピードを上げてやるだけで、正しいフォームかを考えられていなかったりと。
もちろんそれでスピードが上がったり、人より筋力がついたりはしましたが、バドミントンをする上で本当に最善であったかを考えるとそうではなかったと思います。
結局振りのフォームを治す、腰を落として動けるようにするなど、地味で辛い、しかし、根本になるところから逃げていたのではと思います。

代が交代し、自分達の代になったときにも、そのメンタルの弱さは現れていたように思います。
リーグ戦では、一つ上の主将である上村さんがいなくなったこともあり、頼りきりになっていたことを改めて実感し、自分は必ずシングルスで勝ちをあげなければと思っていました。
そう考えてから、部内外問わず負けてはならないと今まで以上にプレッシャーを感じ、試合はもちろん、バドミントンをするのが怖かったです。


こういったメンタルが弱い自分が四年間体育会でバドミントンを続けて来れたのは月並みですが、周りの支えがあったからのように思います。

一番大変だった一年生の頃。毎日辛い練習の中で早く辞めたいと考えながらも、それを聞いてくれ、一緒に帰ってくれた先輩や、おちゃらけて笑わせてくれた先輩など。練習に付き合ってくれた同期。

部活には慣れてきたものの、バドミントンに伸び悩やんだ二、三年の頃。感覚的だけどもわかりやすく打ち方を教えてくださった先輩たちや、だらだらと時間を、過ごしてくれた後輩達。

副将にもかかわらず、プレー面、運営面でチームをまとめることに四苦八苦した四年。そこでも、OBになってもお声がけくださる先輩達や、一緒に悩んだ同期、時々若さについていけない時もあったけど、慕ってくれた後輩や塾高生。

そして、四年間を通じて、本当にどうしようもなく、プレーを修正できない、運営もうまくいかない自分を、厳しい指導で時には泣きそうな時もありましたが、支えてくださったコーチや監督、OB・OGの方々。

柄にもなく、しんみりとした話になってしまいましたが、感謝してもしきれません。
後2日で引退となりますが、最後に早慶戦にてその恩返しを出来るよう、そして、社会に出た後、この慶應義塾大学体育会バドミントン部で学んだことを世の中に還元できるよう頑張ります。

駄文にも関わらず、ここまでお読みいただきありがとうございました。
お時間のある方はぜひ早慶戦にも足をお運びください。

慶應義塾大学体育会バドミントン副将
総合政策学部四年
野田龍

keio_badminton at 12:16|PermalinkComments(0) 男子 | 4年生

2018年10月16日

あっという間の4年間でした。

夜分遅くにすみません。
どうも、4年の井本直孝です。
これが最後の部員日記となり、時の流れの速さを感じます。

はじまりは2015年4月1日、人混みの中、日吉の食堂の前にいたバドミントン部の看板を持った石山さんに背後から声をかけてからです。
そこで5日の練習会を知り参加させてもらうことになりました。

練習会当日は、すでに現役の練習に参加していた高嶋と野田、集合30分前に着く自分、ぎりぎりに着く榎本と、なんとも今とは真逆なような状況でした(笑)(決して揶揄はしていません)
練習会では加藤正裕前監督とクリアを長い時間打たさせていただきましたが、自分の打つシャトルは全然飛ばず当たらずと自分にはセンスがないなと感じた一方、上手くなりたいという思いが芽生えたのを覚えています。今考えてみたら、すこしはバドミントンのセンスがあったかもしれません(大嘘です。)

あれから3年と半年以上が経ちました。それらの日々にはたくさんの思い出がありますが、私はあっという間の4年間でした。

入部して数ヶ月後に腱鞘炎になり練習を離脱していた時期がありました。この時期は自分のバドミントン生活で最も重要で変化のあった時期の一つでした。それは、この頃石橋先輩がつきっきりでラケットの握り方から振り方、フットワークの仕方、基本的なバドミントンの知識を全部教えてくださいました。あの時間がなければ、今の自分がないと言っても過言ではありません。本当に感謝しています。ありがとうございました。

2年生ではリバーかロータリーを走ってからシャトル置きをしてロブとレシーブノックをやり、最後にランジをたくさんやった記憶が沢山あります。むしろこの記憶しかないくらいです(笑)この時期に榎本くんは荒れに荒れていましたが、この頃に豚星の存在を知り彼はなんとか生き延びました(笑)

3年生では、副務として練習外での仕事が増え、裏方で部を支える立場となりつつありました。自分の知らないところでこんな大変なことが行われていたのか、と先輩方の苦労を知りました。また、ついには自分たちの代になりそこではいろいろなことも起きました笑

これまで高嶋を始め、同期は皆リーグ戦や東日本の団体戦に出場している中、自分は応援席から応援していました。なので、やはり最後の早慶戦はどうしても出たいという思いがとても強かったです。結果的には出場を決めることができ、やっと巡ってきたチャンスだと思います。残り僅かにしかない練習ですが、ベストな状況で早慶戦に臨めるよう、また悔いの残らないよう全力で臨みます。

最後になりましたが、これまで私のことを支えご指導してくださった沢山の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。4年間ありがとうございました。

長文失礼いたしました。
ご精読ありがとうございました。


慶應義塾体育会バドミントン部
4年 井本直孝

keio_badminton at 00:33|PermalinkComments(0)

2018年10月15日

再スタート

続いて、4年の高山智也です。
私も、現役最後の部員日記を書かせてもらいます。

どう頑張っても、もうあと1週間しか残っていない。
4年間も続けられるのだろうかと毎日心配していたほど、とても長いと感じていた現役生活。
それがもう終わってしまうのかと、愕然とした。

どれだけ長いと感じることでも、いつか終わりがくる。
就職活動もそうだった。

3年生の7月、なるべく部活動に支障のない範囲でだが、就職活動を始めた。
私には、なりたい職種があった。
2月に内々定が出る企業があると聞いて、そこで合格して、早く就職活動を終わらせようと努力していた。面接が集中して行われる6月に連続して休むくらいなら、先に少し休んででも内々定を勝ち取って、春からまた練習に力を入れ、関選Bダブルス1位をめざそうと計画していた。

だが、合格できなかった。
今まで継続していた自主練習もやめ、また練習を欠席することも増えて、練習時間を犠牲にしながら挑戦したにもかかわらず、失敗した。

「早く終わらせてバドミントンに専念したいのに」。
そう思いながら、また6月の本選考にむけて調整し直すことにした。
今度は、6月までは就職活動に本腰を入れて、終わってからまた東日本に向けて練習量を増やしていこうと考えた。

だが、またも合格できなかった。
若干名というせまい枠を争う厳しい戦いだが、夏・秋採用もあることを知っていた。バドミントンも大事だが、どうしても諦めたくないと思い、就職活動に専念するため7月に部活を辞めた。だが結果はダメだった。

これだけ努力をしていればいつか叶うはずだ、早く終わって自主練習もできるくらいバドミントンに専念できないかな、そんな甘い気持ちが結果に表れたのかもしれない。早く終わらないかなと悩んでいたが、いまはもう本当に終わってしまって、挑戦する場すら失ってしまったのだ。

これまでの20年間の人生が否定されたようで、本当に苦しかった。
だがもう一度、最後に少しだけでもバドミントンをしたいと思い、また仲間とまた話や相談をしたいとも思い、復部することにした。

それは、つい2週間前の出来事だ。
振り返って思うが、何かに励むことは大事だが、それを理由に他のことがおろそかになっていては、うまくいかないのだと思う。忙しいことを理由に、何かをおろそかにしてはいけないと思う。
両方こなして、当然なのだ。

学年が上がるにつれて、私を注意してくれる人が減っていって気が抜けてしまい、自分に対して甘くなっていたのかもしれない。私ももう、これからは学生ではなく社会人だ。しっかりしなければいけない。
こうした自分の甘さを、もう一度1から直していきたい。

文武両道を目標の1つに掲げる部員も少なくない。
でも私は、両方やって当たり前だと思っている。
後輩は、これから入ゼミ試験、就職活動、大学院試験などの試練が待ち受けていると思う。第一希望通りにいくかはわからないが、それなりの結果を出すことは当然だし、それはバドミントンに励むことと両立しながら達成できることだ。

バドミントンやスポーツは特に、努力をしていれば、結果が出ていなくてもまわりからそれなりの評価を得てしまい、そこで満足してしまいがちだ。
1年生のうちはまだ、そうして努力をすればいいと思う。
でも上級生にもなれば、そろそろ結果にもこだわってほしい。

学生のうちの就職活動や、社会人になってからの行動は、自分だけでなく将来もつ家族にも影響が出てしまう。例えば仕事を頑張っていても、昇進できなかったり解雇されたりしたら、話にならない。
結果が大事だということを、学生の世界では感じづらい。だが社会人になってからは、結果がすべてになるだろう。

厳しい要求かもしれないが、後輩たちには結果にこだわってほしい。
バドミントンも勉強も、負けてはいけないのだ。

いまの私にできることは、残された1週間で、バドミントンを通じて少しでも多くのことを学ぶことだ。
そうしてこれまでバドミントンから学んだことを思い返して、掘り起こして、それらを糧に、また夢に挑戦したい。

私は、これからが本当の勝負だと思っている。
リベンジを果たして、またOBの参加できるイベントやリーグ戦などの場に戻ってきて、今まで支えてくださった先輩方や部員たちに感謝を伝えたい。

後悔なく引退、卒業はできないが、4年間バドミントンができて、仲間もできて、本当に良かったと思う。


私はまだまだ半人前ですが、4年間で得た財産を活かしてこれからも精進します。
ありがとうございました。

慶應義塾体育会バドミントン部
法学部政治学科4年
高山智也

keio_badminton at 03:50|PermalinkComments(0)

2018年10月13日

何となくからかけがえのないものに

引退まで残り1週間程となりましたが、1か月前と同様あまり実感が湧いてないというのが正直なところです。時間が止まっているんじゃないかと錯覚するほど、とても長い4年間でした。とうとう最後の部員日記となりました、4年の榎本です。


最後の部員日記ですので、柄にもなく真面目に書いていこうと思います。(適当に書くと怒る後輩がいそうなので笑)あまり、言葉や文字にして伝えるのが得意ではないので、とても長い文章となりかつ、まとまりのない文章となってしまいました。それでも思いの丈を書きましたので、最後までご精読いただけると幸いです。


この長い4年間を振り返ってみると、「なんであの時ああしてなかった」とか、「もっと練習しとけばよかった」とか、「なんであんな相手に負けたんだ」とか様々な後悔が浮かんできますが、僕が最も後悔しているのは大学2年生の時です。

当時チームは4部から2部に昇格し、それに応じて練習量が増え、当時はとてもつらかったです。大した目標もなく、入部してきた僕にとっては、何でこんなつらい練習をするか理解不能でした。それに、練習量をこなしているのにも関わらず、なかなかバドミントンが上達しない自分にイライラしていました。練習はほとんど休みませんでしたが、今振り返ってみると、当時の練習態度は最悪でした。(今もいいとは言えませんが笑)当時の主将のM井さんをいつ殺そうかと、そんな物騒なことを毎日考えてました。(もちろん、今はそんなことを思っていませんが笑)

そんな日々が続いていたので、2年生の時は、正直部活を辞めようとずっと思っていました。

ですが、そんな僕に対して、先輩たちは優しく接してくださったり、アドバイスをしてくれたり、ご飯に誘ってくれたりしてくれました。先輩たちがいなかったら、部活を辞めていたかもしれません。当時の先輩たちには、感謝の言葉しかありません。(もちろん、M井さんを含めて)

 
そんな後悔をしてしまった私ですので、今年1年は、とにかくリーグ戦に勝って迷惑を掛けた先輩たちに何か恩を返せればと思っていました。ですが、結果は春と秋、両方とも全敗に終わりました。リーグが終わった後は、悔しいというか、もはや自暴自棄に陥ってしまいました。結局、この4年間迷惑を掛けてきた人たちに何もできずに終わったとばかり思っていました。

ですが、引退が近づいてくるにつれて、結果を出すことが全てじゃないんじゃないかと思うようになりました。もちろん、部活に所属している以上、結果を出すことが求められますし、勝利を求めて厳しい練習を行うのですが。(結果が出せなかった僕の言い訳に過ぎないのかもしれませんが)

今は、結果以上に、バドミントンを楽しむことの方が重要じゃないかと思っています。前回の部員日記(http://blog.livedoor.jp/keio_badminton/archives/52086128.html)では、バドミントンが好きじゃないと書きましたが、やっぱり僕はバドミントンが好きだったみたいです。周りの環境や日々のプレッシャーからか、そんな当たり前のことに気づけていませんでした。慶早戦は、思いっきり楽しんでいきたいと思います。


話は変わります。

何となくバドミントンが好きで入部した僕ですが、バドミントンを通じて様々な人と関わり、今では自分だけのもじゃない気がします。かけがえのないものになりました。こんな感じで今回のタイトルを付けました。


後輩たちに1言書いて終わりたいと思います。

まずは、この1年間僕らの代についてきてくれてありがとうございます。この1年いろいろありました。(深夜にラインや電話をしてくる奴がいたりと)
正直、結果が出ないので、バドミントンをしたくない日もありましたが、君たちが無責任な期待を寄せ、僕のことを応援してくるので続けざるを得ませんでした笑。

僕が君たちに何を残せたのかは、正直さっぱり分かりませんが、何かを感じてくれた人がいたら嬉しいです。


最後になりますが、この大学4年間でバドミントンを通じて出会った方々に、そして「豚星。」に感謝の意を表して終わりたいと思います。

今まで、本当にありがとうございました。

 
榎本勝行

keio_badminton at 23:18|PermalinkComments(0) 男子 | 4年生