2016年11月16日

勇應邁進

行き交う人々がコートを羽織り、マフラーを巻いている中、私はセーター1枚で過ごしております。今年の冬も平常運転です。


みなさん、お久しぶりです。
3年の上村聡です。
更新が遅れてしまい、大変申し訳ありません。

日記に先立ちまして、改めてご報告させていただきます。

この度、慶應義塾体育会バドミントン部主将を務めさせていただくことになりました。
来年は慶應義塾体育会が125周年、体育会バドミントン部が75周年を迎えるという節目の年です。
そのようなタイミングで主将を務めさせていただけることを、大変光栄に思います。

ついこの前入学式の規模の大きさに気圧されて、初めての練習に緊張しながら参加させてもらったように感じますが、もうそんな私もチームの指揮を取らせていただく立場になりました。

なので今回は主将について思うところをとりとめもなく書いていこうと思います。名前も多く出てくるため、本当にとりとめもなくなる予定なので、ご覚悟の上お読みください。笑


まず僕が1年生の時の主将、高田さんは、こう言うと薄まってしまうような気もしますが、とても包容力のある方でした。
背が大きかったのはもちろんのこと、声を荒げたことは、僕の知る限り1度もありません。
僕がミスをしたり、普段の話で突拍子もないことを言い出したりしても穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれていました。

冬の間厳しいトレーニングを重ね、高田さん主導で準備をして臨んだであろうその年の春リーグ。入学して1ヶ月も経たない私を出場させるという選択をしていただいたにもかかわらず、勝負どころでチームに黒星をつけてしまいました。
主将になった今となってはそのことの重大さがより実感としてわかります。

高田さんはそんな僕を全く責めませんでした。
それどころか「おれの責任だから」と僕を心配する言葉をかけてくれました。
僕は負けたことを激しく後悔するとともに、主将という立場の重さを痛感しました。

高田さん【温厚で包容力のある主将】



僕が2年生の時の主将は紙谷さんでした。
紙谷さんの印象と言ったら頭がキレる、率先した行動で引っ張っていく行動型でした。僕にとっては。
厳しいトレーニングを課したときは率先して自分がやる、部員よりも負荷をかけてやるという姿を見てきました。

そんな紙谷主将のもと、僕たちは大幅に、戦うフィールドをレベルアップさせることになりました。春リーグで4部から3部、秋リーグで3部から2部。24年ぶりの2部昇格は悲願でもあり、その年に立てた目標を超える結果になりました。そんな舞い上がってもおかしくない状況の中、紙谷さんは最後まで僕たちを2部で戦えるチームにすることに集中していました。

紙谷さん【率先した行動で皆を巻き込む主将】



ついこの間までの主将は皆さんご存知の松井さんです。松井さんに関しては正直、僕が最もお世話になった主将だと勝手ながら思っています。普段は持ち前の明るいキャラクターを存分に発揮し、部員達との距離が近い主将でしたが、いざ実務能力、処理能力という話になると右に出る者はいないのではないかと思っています。何度私の至らない点をカバーしていただいたかわかりません。
バドミントンが好きで、骨折もいとわない練習ぶりは、見本でしかありません。

松井さん【バドミントンが大好きで、メンバーに寄りそう主将】



はい。
私が入部させていただいてからの主将の方々について、僭越ながら振り返ってみました。3人とももっともっと深く考えていらっしゃったと思います。

では僕はどのような主将を目指せばいいのか。
高田さんのような包容力はもちろんない、紙谷さんのように頭は良くない、松井さんのように左利きではない上に処理能力も高くない。

僕はどんな特徴があるのだろうか。
考えました。
腰を据えて考えるのはいつ以来だったかわかりません。
そして導き出した答えは、、、
「他のメンバーより、バドミントンを長くやってきた」ということでした。

単純です。笑
ですが、これしかないと思います。
これを僕が主将を務めさせていただく上での【色】にすることを決めました。

チームの皆には、大したものなどあまりありませんが、僕のこれまでの経験と考えを全て伝えるつもりです。良いと思ったところだけ自分のものにして、成長して、勝ちを掴んでもらえればそれで満足です。

そしてその個人の勝利を積み重ね、結果としてチーム実力の底上げにつなげます。
目標に掲げた「1部昇格」は険しい道のりですが、皆で、「チーム慶應」で、挑めば決して不可能なことではないと思っています。

長くなってしまいましたが、言いたいことは、「皆できついことを乗り越えていこうよ」ということです。皆で助け合い、励まし合い、チームのために自分ができることをする。
これを今年はやり抜きます。

ですので、きつい練習きっと増えます。笑
でも必ず強くなれます!
自分を信じて頑張りましょう!!


次の日記は副将の長谷川です!
僕の分までユーモアに溢れた日記にしてくれること間違いなしです!
お楽しみに!

乱文失礼いたしました。


慶應義塾体育会バドミントン部
主将 上村聡


keio_badminton at 19:13|PermalinkComments(0)男子 | 3年生

2016年11月03日

幸せな4年間でした!!!

小松の記事がかなり有名になっていて、そのあとに書くのが本当に恐縮ですが、最後の部員日記を書かせていただきます。4年の高野です。
本当は早慶戦前に書かなきゃいけなかったんですが、バタバタしていてなんと引退後に書くことになってしまいました。大変申し訳ございません。
最後なので、自分が何を思ってこの4年間を過ごしてきたのかを書かせていただきたいと思います。

入部当初、慶應女子チームは4部にいて、私が対戦する人のレベルも、日吉での練習の強度も量も、今とは全く違いました。ところがすぐに3部に昇格し、チームの戦力も大きく変わり、2部に昇格し、チームとして「1部で戦えるチーム」を目指すことになり、正直に言うと高校まで県大会にすら出られないようなレベルだった私には何がなんだかわからないような状況でした。とりあえず私のそばにものすごくしっかりした人、強い人、頑張り屋さんな人がいて、私だけチームメイトと比べ物にならないほど競技レベルも低くて、仕事もできないし気も利かないし、ただの役立たずでした。
チームの状況が変わっていった頃、1年生の秋冬くらいは、毎日泣きそうでした。というか本当に泣きながらバドミントンをしていました。練習がきつかったとか試合で全く点数がとれないとかもありますが、自分なんていない方がいいんじゃないか、何で自分はここにいるんだろう、とかそんなことを考えながらやっていました。

それでも、先輩後輩同期はこんなに頑張っていて色々考えていて、私にも声をかけてくれて、先生はこんなにも熱心に私たちを指導してくださっていて、私はこんなにもすごい人たちと同じチームでバドミントンをさせてもらえていて、OBさんOGさんは私がどれだけ試合でボコボコにされても「高野、がんばれよ」って応援してくださっていて。こんなに恵まれた環境で4年間を過ごせるなんて、高校までの自分からは全く想像がつかないことです。幸せ以外の何物でもありません。
私みたいな人がこんなに良い環境にいさせてもらっているのに、ただの戦力外・役立たず人間で終わっていいはずがありません。バチが当たります。
そして何より、皆がこんなに頑張っているんだから、私もどうにかしてこの人たちの力になりたい!!と思いました。

嬉しいことに、私は女子主務という役職に就かせていただいたこともあって、チームのためにできることなんて探せば探すほど出てきました。ただ、やることはたくさんあっても私は前主務の関さんのようにバリバリ仕事ができるわけではありません。同期の小松のように画期的なアイデアを出せるわけでもありません。
どうすればいいか考えてもよくわからなかったので、私はとりあえず誰よりもチームのために時間を割こうと決めました。睡眠時間も遊ぶ時間も(授業の時間も)いくらでも削れるし、自分が使える時間は全部使うようにしました。

実際には、チームには高瀬先輩のように自分の練習だけでなくチームのために本当に多くの時間を割いてくださった方もいます。小松のように、トレーニングの計画を立てすぎて寝る時間を計算し忘れちゃった人もいます。なので、本当に私が誰よりも時間をかけられていたかどうかはわかりません。
それでも、他の人が余計な仕事をしないで済むように、自分ができることは何でもやろうと思っていました。
バドミントンに関しては、いつまで経ってもド下手だけども、私が頑張って格上の選手を相手に一矢報いるくらいのプレーができるようになったら、もしかしたらチームにいい影響があるかもしれないし、皆の練習相手くらいだったらなれるかもしれないから、プレーも主務も最後まで絶対に両立してやる、バドミントンも上手くなってやる、と思いながら練習をしていました。

実は入部から引退まで全部の団体戦に出場させていただいたのですが、結局チームの勝利に絡めた試合はひとつも作れませんでした。
自分ができることは全部やると言いながら、先生や同期や他の部員(特にマネージャー陣の皆様)にたくさんご迷惑をおかけしました。
なので、自分がどれだけチームの役に立てたかはわかりません。それでも、少しでも皆さんの力になれていたことがあれば幸いです。

相変わらずまとまらない長い文章で、しかも自分のことばかりで申し訳ございません。
後輩に何か伝えるとすれば、できることはいくらでもあるし、誰かが頑張ったらきっとその分周りにいい影響があると思うので、全員で頑張ってください。でもみんな私よりしっかりしてるし、私よりバドミントン上手だし、大丈夫だと思います。
あとは、もしも今後、私と似たような立場に立つ部員がいたら、「こんな人でも4年間やめずに続けられていたんだ、じゃあ自分も大丈夫だな」くらいに思ってもらえたなら嬉しい限りです。

女子の2部昇格、先輩がたくさんの工夫をこらして準備をしてくださった早慶戦での勝利、男子の2部昇格、先輩のシングルスの最後のインカレ出場、後輩のインカレ初出場、同期のインカレベスト16、…
この4年間で、涙が出るほど嬉しい瞬間がたっくさんありました。
そんな経験をさせてもらえて、先生にたくさんのことを教えていただいて、先輩方が作ってきてくださったこのチームでバドミントンをさせてもらえて、主務をさせてもらえて、ほんっっっっとうに、幸せでした!!!

4年間、ありがとうございました。

睫鄒店


keio_badminton at 01:49|PermalinkComments(0)4年生 | 女子

2016年10月25日

4年間

更新が遅くなりました。
お久ぶりです、4年の小松です。

とうとう最後の部員日記となりました。あんな何を話してるかわからない宇宙人のような小松ももう卒業する身となりました。

4年間通していろんなことがありました。人生の中で、一番辛い1年でした。その分、気づきや発見、学ぶこともたくさんありました。その中で一番感じたことを今回書かせていただきます。

「自分のアレンジ力を磨くこと」
中学で本格的にバドミントンを始めましたが、私は高校時代まで常に周りに自分よりも強い人がいて、競い合える仲間がいる環境でした。前主将の高瀬先輩が好きすぎて、ある意味ストーカーのように大学まで付いてきてしまいましたが、入学当初は部員3人でレベルはバラバラで練習相手は常に同じと高校の環境とは真逆の環境でした。最初は、ノック練習や部分練習ばかりで本当に強くなれるのか、大丈夫なのか不安でした。特に一番苦しかったのは、インカレに出場すること自体がかなり厳しく必ず行ける保証がないことです。高校までは、団体か個人で必ず行けることができましたが、大学では東日本でベスト32か、団体でベス8に入らないといけません。高校の同期は、スポーツ推薦がある大学ばかりなのでインカレに行くのが当たり前ですが、死に物狂いでインカレ出場を狙う自分が本当に嫌でしょうがなかったです。周りの環境がその時の自分にとっては羨ましく感じ、あの大学に行ってれば・・・という思いが正直ありました。
そんな気持ちを大きく変えるきっかけとなったのが、関東選手権新人戦でベスト8に入った時です。そこで、自分のプレーが上位の選手と互角に戦えることに気づきもっと強くなれると感じました。しかし、気持ちが前を向いていても環境が変わることはありません。ただ単に、高校の後輩・同期に負けたくない、慶應の中で誰よりも圧倒的な結果を出したいがためにものすごい考えました。考えた割には、答えはすぐ出てきました。
「朝から夜までずっとバドミントンできるように自分で計画しちゃえばいいんだ」・・・と。
どうせ人間簡単に死なないようにできてるし、時間あるし場所あるし、毎日の行動計画を立てていると意外と良い環境なのではないかと感じました。2年の秋ぐらいから、朝は6時半からランニングとシャドーやって、暇だったら部活前にまたランニング、部活後は筋力トレーニングやノックをとりあえず自分のできないこと見つけたらひたすら本当にひたすらやっていました。今までは、この練習は自分には関係ないとか、やっても意味ないとか感じていたものがこの計画をやっていると全てが何かしらの課題に繋がっていて、自分の克服したい課題が明確だからこそオンコートで自由自在にアレンジができました。先生が求めていることを一生懸命やって終わりではなく、先生から与えられたメニュー(種)を自分がオンコートでどのような形(花)にしていくのか、どのような意識(肥料)や発見(観察)を持てばいいのか、全て自分のアレンジ力にかかっているのです。
だからこそ、リーグ戦で降格した時は本当に死にたかったです。先生の指導や環境が悪いのではなく明らかに自分のアレンジ力が甘かったです。あの時、先生が私の両親に謝っている姿や両親が私の前で頑張って笑っているのを見て涙が止まらなかったです。練習はちゃんとやってるのか、どうなってるんだとか間接的に先生の指導について言われることが本当に苦しかったです。こんな思い二度とするかと思い、少しずつですが自分のためにやってきたものが周りの人が私の結果で笑顔になるためにと目的が変わってきました。
4度目のインカレ。最後の最後で9位という結果を残しました。インターハイでもその日の全日程の最後の最後まで試合をしていましたが、インカレでも試合が終わるのが最後でした。自分の息や打つ音、相手の打つ音しか聞こえないあの現場はごくわずかの人しか経験できないことです。それを同期の高野と先生と経験できたのは9位や勝利よりも嬉しいです。終始、先生が楽しそうで笑っていたのが忘れられません。全日本総合に連れて行きたっかたなという思いもありますが、私の実力不足なので来年の現役に託します。

長く書いてしまいましたが、一番言いたいことは与えられたものだけで答えを出すなということです。チューリップの種をもらったら、なんとトマトができてしまったみたいな、誰もが想像できる結果を出すのは当たり前で、そこから誰も想像できない結果を出すためにも何か自分の一番のアレンジが大事だと思います。
自分の結果を人に決められるより、自分で結果を決めていく方が絶対価値があります、なので現役の皆さん、全日本総合に出て記録を打ち破ってください。

慶應で本当に良かった!加藤先生に教えていただいて本当に良かった!

乱文失礼いたしました。





keio_badminton at 12:52|PermalinkComments(4)4年生 | 女子

2016年10月15日

最後の部員日記

こんにちは、4年の皆木真太郎ちゃんです。
遂にこの日記の更新も最後となりました。
思えば、あっという間の4年間でした。
一年のあの頃からもう4年も経ったのかと思うと、正直びっくりです。

折角なので、4年間を通して自分の大学部活人生を振り返ると、やっぱりバドミントンは楽しかったということに落ち着きます。
4年間、確かに毎日辛く苦しい練習の日々でした。普通の学生に比べ、遥かに忙しく、それによって失うものも数多くあったと思います。一方学生生活をバドミントンに捧げたことで得たものは何かと問われると、正直難しい質問です。
結局のところ、私達がバドミントンにかける理由はただ、それが好きで、絶対に勝ちたいんだという気持ち以外にはないと感じています。
私はこの4年間バドミントンを生活の中心として行ったことに悔いはありません。本当に楽しく、キラキラとした毎日でした。
このような毎日を過ごさせて頂いた体育会バドミントン部という組織には本当に感謝しています。

残された時間は本当に少しになりましたが、これから残りの時間を大切に過ごし、自分の競技生活を締めくくれたらと思います。
自分の中で競技生活をやりきったと満足し、心からバドミントンが好きだと胸を張って言えるように頑張ります。
あと少しよろしくお願いします。

皆木真太郎


keio_badminton at 14:04|PermalinkComments(3)男子 | 4年生

2016年10月01日

感想

ご無沙汰しております。
主務の村山です。
ついに最後の日記になってしまいました!!時間の経過の速さにただただ驚くばかりです。
書き表すのはとっても下手ですが、最後は自分の気持ちを書かせていただこうと思います。


4年間このバドミントン部での思い出は、成功と挫折が入り混じっています。
ケガでどん底に落とされたり、全く勝てなくて家でメソメソ泣いた時期があったり、辛い思い出は数え上げたらきりがありません。
ただ、最初に述べたようにいい思い出もたくさんあります。
リハビリ明けの最初の一打であったり、早慶戦に出場することができたことだったり、、。
ひっくるめて思うのは、何よりも、「部員のみんなとバドミントンすることができた」「みんなに支えられていた」ことが、自分にとっての一番の幸せだと感じています。


自分は主務として、
「どうやってこのチームを良いチームにできるか」を常に考えてきました。
伝統と想いを受け継いできてくださった先輩方、苦楽を共にした同期、ついてきてくれるかわいい後輩たち、全員にとって最高のチームを作ることが自分の使命だと勝手に考えてきました。
この使命を果たす過程でもまた、多くの方々の支えを感じてきました。その感情がモチベーションとなり、何とか主務としての1年間を過ごすことができたと感じています。今年度の運営陣、迷惑ばかりかけてごめんね。
今客観視して、自分の時間がどれだけチームに、バドミントン部に貢献できたかははっきり言ってわかりませんし、チームがどれだけ良い方向にシフトしていったかは全く分かりません。
それでも全く構いません。このバドミントン部が一朝一夕で完成されたものではなく、偉大な先輩方によって脈々と受け継がれてきたように、関わってきた先輩方が想いを語らずも伝えてくださったように、後輩たちにも、良くも悪くも自分という存在が後輩一人一人に伝わって、チームはもっと良い方向に進んでいき、素晴らしいこのバドミントン部が受け継がれていくと自分は信じています。後輩たちならきっとできると信じています。
とは言いつつも、変に気を張りすぎず運営の1年間を楽しく過ごして欲しいと思います、3年生。
上級生と下級生の取りまとめは大変ですが、自由な立場でチームを考えてほしいです、2年生。
本領を発揮してどうチームに貢献してくれるか楽しみです、1年生。
特に、主務業に関しては、自分の出来が悪かったこともありますが、何の心配もなく後を任せることができると感じています。頼んだよ。


恥ずかしくなるような内容ばかり書いてしまいましたが、お許しください。
最後になりましたが、
慶應義塾体育会バドミントン部に関わる全ての方々、特に4年間記念館で自分とバドミントンしてくださった八木さんの代、大地さんの代、紙谷さんの代、3年生、2年生、1年生、そして自分以外の大事な5人の同期に感謝しながら最後の部員日記を終わらせていただきます。









「あーー、いい4年間でした!!!」



2016年10月1日
慶應義塾体育会バドミントン部主務
村山卓

keio_badminton at 17:43|PermalinkComments(0)4年生 

2016年09月23日

役割

いよいよ最後の部員日記となりました。
お久しぶりです。4年の石山です。

入れ替え戦に勝利し後輩たちは来春も2部の舞台で戦えることになりました。目標であった2部上位こそ達成できませんでしたが、2部に定着し1部を目指すチームの土台を私達の代で築けたのではないかと思います。

入部してからこれまでを振り返ると、私達は5部から2部まで経験し、8回のリーグ戦のうち5回も入れ替え戦までした激動の代だったんだなぁと思いました。
辛いことが多かったですが、最後の1年は最上級生ということで、ある程度やりたいように出来たので、悪くなかったかなぁと思っています。

私たちの代は自然と役割分担ができていました。松井は主将として練習面についてまとめてくれました。村山は主務として働いてくれました。皆木は辛い練習に苦しんでいる後輩の心のケアに一役買ってくれました。私は松井から同期に対しても後輩に対しても抑止力として機能するとよく言われていましたが、それを私の役割にはしたくないと思っていました。
私は最後の1年副将を任されました。副将といっても明確な仕事内容はありません。そこで私は自分が引退した後のことを考えました。学生主体の運営ということで部員にはそれぞれ仕事があります。私は勧誘担当と会計を任されていましたが、正直後輩と分担してやるより自分1人でやった方が早くて楽なことは多くあります。しかしそのままではいつか部が回らなくなってしまうため後輩に引き継ぎます。始めは一緒にやり、途中から1人でやらせますが、ここで大事なのがチェックすることです。正しく出来ているのか、ちゃんとやっているのかを確認します。仕事を後輩に任せたっきりチェックをしなかったがために苦い経験をしたことがあります。そこで最上級生として副将として、後輩の仕事をチェックすることを心掛けました。ホームページの更新は出来ているのか、備品の補充は出来ているのか、試合動画の管理は出来ているのかなど、私の管轄ではないことにも積極的に口を出してきました。バドミントン以外の面でも良いチームと言えるような土台を作れたのではないかと思います。後輩の仕事っぷりをチェックしていたからこそ言えることですが、現2年生はしっかりしている人が多いので3年生を運営面で支えてくれると思います。3年生は明るいので良い雰囲気のチームを作ってくれることでしょう。1年生はまだ猫を被ってる気がするので、今後が楽しみであります。

引退後のチームの心配は必要なくなったので、あと1ヶ月程の現役生活を楽しくやっていきたいと思います。

ご精読ありがとうございました。

keio_badminton at 21:12|PermalinkComments(2)男子 | 4年生

2016年09月17日

振り返り

部員日記を読んでくださっている皆様

お久しぶりです。
4年の松井です。

更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

ずいぶんと秋の影を感じるこの頃となってしまいました。今年の夏も、気温はもちろんのこと、オリンピックや広島カープの躍進など、かなりあつい夏でしたが、皆様はいかがお過ごしになられましたでしょうか。バドミントン界では、松友・高橋ペアの金メダル獲得というビックニュースがありましたが、私の身近にも特に松友選手を応援されている方がいて、その方はきっと最後の5連続得点に大興奮されたことと思います。個人的には、シン・ゴジラや君の名は。といった日本発の映画にかなり久々に心を惹かれた夏でした。 

さて、私はこの夏、これまでの部活の日々やバドミントンについて振り返る時間を持つことが出来ました。私が義塾バドミントン部に関わりを持ったのは高校2年生の時からですが、それからの日々はほぼ常にバドミントンとともにありました。まだ初心者同然の私を快く受け入れて下さり、初めて記念館の練習に参加した時の緊張感を昨日のことのように思い出すことが出来ます。あの日から今日まで、本当に多くの方々が私を気にかけて下り、時には進むべき道を示して下さり、そして道を違えそうになった時には叱って下さいました。そのすべてを振り返る事は出来ませんが、とても多くの記憶を遡って振り返ることの出来た、そのような夏でした。

気付けば大学を卒業する手前にまで来てしまいましたが、今になって振り返ると、以前には何を意味しているのかが分からなかったことが実感として理解することが出来る、もしくは違った意味合いを感じる、という事が多々ありました。これを成長というのはおこがましいかもしれませんが、積み重ねてきたものが確かにあると感じることが出来て、少し嬉しいような気持ちになりました。

また、後から考えてみると、そんなに難しく考える必要はなかったなと、と感じることも多々ありました。簡単なことを、難しく考えてしまうのが私の悪い癖ですが、それがいかんなく発揮された場面も本当に多かったです。そもそも、この部員日記の内容も、振り返ると毎回よく分からないことを書いていますし、今回も例外ではありません。バドミントン部の日記なんだからバドミントンに関連した話題を書けばいいのに、毎度全然違う事を書いている、これも共通です。

結局、振り返ってきた結論としては、ずっとバドミントンが好きで試合で相手に勝ちたいと思ってきたな、という事です。こんな簡単な話ですが、これに尽きます。単純な話なのに、日々の煩雑な日常の中で、周りにたくさんの要素が絡みついてしまって、なかなか本質が見えないようになってしまうのだなと、強く思います。

夏の時間をかけて振り返りを行ってきたわけですが、これまでの日々を思い出として慈しむにはまだ早いこともわかっています。今はあくまでこれまで過ごしてきた日々や経験の積み重ねを自信に変えて、自分が強く前に出るための力とします。残りの日々は決して長くはないですが、出来ることがまだたくさんあります。長く手渡され続けてきた襷を受け取った身として、その襷を次へ手渡す責任を果たすことの出来るよう、本質を見失わずに、日々精進したいと思います。

今後とも、チーム、そして松井への変わらぬご声援の程を、何卒宜しくお願い致します。

9月17日
慶應義塾体育会バドミントン部主将
法学部法律学科4年 松井佑樹


keio_badminton at 15:09|PermalinkComments(1)男子 | 4年生

2016年09月01日

はじめまして。

はじめまして。
文学部1年、東京都私立香蘭女学校出身の石川里沙です。

今回は初めての部員日記ということで、自己紹介させて頂きたいと思います。

私も同期のようにバドミントン歴から書き始めたいのですが、大学始めの初心者なのでしょうがなく割愛させていただきます。
この部活を知ったのは一年前、まだ高校生だった頃に急に体育会を調べ初めたことがきっかけでした。当時はバレーも考えていたのですが、私には団体行動は向かないだろうということでバドミントンを選びました。
私は中・高六年と超文系、裏で温泉女学校と噂されるような環境におりましたので、体育会は異次元にあるものだと思っておりました。その上世間で噂される体育会像を植え付けられていたので、始めて見学に行った際、緊張しすぎて出入り口で数分間うろうろしておりました笑 
実は四カ月たった今でも記念館では緊張してしまいます笑
友達も体育会とは無縁の者がほとんどなので、電車で上下ジャージでいるのを目撃され「いや。。。これは。。」と説明するとすごい反応が返ってきます。実は私は言語に興味があって、中高とドイツ語に手を出していたので、周りで「あれ(石川)は本物の変人だったらしい」と心外な評判が流れております。笑

このような感じで私にはバドミントンやその他もろもろと一から学ばねばならないことが沢山あります。やれることを積み重ねて、焦らず結果を出していければと思っておりますので、これからもよろしくお願いいたします。

駄文となりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

石川里沙



keio_badminton at 20:05|PermalinkComments(0)女子 | 1年生

2016年08月27日

はじめましてのご挨拶

はじめまして。県立新潟高等学校出身、理工学部1年の岡部庄之介と申します。
今回は初めてですので、自己紹介をしたいと思います。
中学、高校とバドミントンを続けてきて、純粋にバドミントンがしたいと思ったので體育會バドミントン部に入部しました。バドミントンの何に惹かれたのか振り返ってみると、やはり水鳥1羽では作ることのできないシャトルでしょうか。はたまたカーボンナノチューブやタングステンを用いたハイテクなラケットでしょうか。いいえ、シャトルを相手コートに落とすというシンプルな、しかし奥の深いゲーム性にあると思います。
今は強くなるために何をしなければならないのかを模索中です。
趣味はアニメとラノベです。まさに理工学部の鑑であると自負しております。
今は夏アニメの季節で、ラブライブ!サンシャインがアツいです。前作のラブライブ!やラブライブの映画など見る機会がございましたら、是非とも見ていただきたく思い存じ上げます。
ラノベは俺ガイルこと『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』などがおすすめです。

駄文ではありますが、今回はこのくらいでやめたいと思います。

ご精読ありがとうございました。

岡部庄之介

keio_badminton at 17:34|PermalinkComments(0)

はじめまして No.4

はじめまして。
商学部1年、慶應義塾高校出身の吉弘昌功です。今回が初めての部員日記となるので自己紹介させていただきます。

私は高校からバドミントンを始めました。きっかけは当時の先輩方が楽しそうにバドミントンをしている姿を見て、自分もやってみたいという思いからでした。高校で引退してからは重量挙げ部に入部し、一方で地元のバドミントンクラブでバドミントンを続けておりました。重量挙げに入部したきっかけとしては、強いフィジカルを手に入れ、バドミントンに生かしたかったからです。重量挙げの練習に参加する傍らで、箒でバドミントンの素振りをしていたため(休憩時間)、当時の重量挙げ部員の方たちは良くは思っていなかったでしょう。

これからの練習も試合で結果を残せるよう全力で課題を持ちつつ取り組んでいきたいです。

駄文でしたが、ご精読ありがとうございました。

吉弘昌功

keio_badminton at 16:52|PermalinkComments(0)1年生