2018年10月16日

2018年10月16日

あっという間の4年間でした。

夜分遅くにすみません。
どうも、4年の井本直孝です。
これが最後の部員日記となり、時の流れの速さを感じます。

はじまりは2015年4月1日、人混みの中、日吉の食堂の前にいたバドミントン部の看板を持った石山さんに背後から声をかけてからです。
そこで5日の練習会を知り参加させてもらうことになりました。

練習会当日は、すでに現役の練習に参加していた高嶋と野田、集合30分前に着く自分、ぎりぎりに着く榎本と、なんとも今とは真逆なような状況でした(笑)(決して揶揄はしていません)
練習会では加藤正裕前監督とクリアを長い時間打たさせていただきましたが、自分の打つシャトルは全然飛ばず当たらずと自分にはセンスがないなと感じた一方、上手くなりたいという思いが芽生えたのを覚えています。今考えてみたら、すこしはバドミントンのセンスがあったかもしれません(大嘘です。)

あれから3年と半年以上が経ちました。それらの日々にはたくさんの思い出がありますが、私はあっという間の4年間でした。

入部して数ヶ月後に腱鞘炎になり練習を離脱していた時期がありました。この時期は自分のバドミントン生活で最も重要で変化のあった時期の一つでした。それは、この頃石橋先輩がつきっきりでラケットの握り方から振り方、フットワークの仕方、基本的なバドミントンの知識を全部教えてくださいました。あの時間がなければ、今の自分がないと言っても過言ではありません。本当に感謝しています。ありがとうございました。

2年生ではリバーかロータリーを走ってからシャトル置きをしてロブとレシーブノックをやり、最後にランジをたくさんやった記憶が沢山あります。むしろこの記憶しかないくらいです(笑)この時期に榎本くんは荒れに荒れていましたが、この頃に豚星の存在を知り彼はなんとか生き延びました(笑)

3年生では、副務として練習外での仕事が増え、裏方で部を支える立場となりつつありました。自分の知らないところでこんな大変なことが行われていたのか、と先輩方の苦労を知りました。また、ついには自分たちの代になりそこではいろいろなことも起きました笑

これまで高嶋を始め、同期は皆リーグ戦や東日本の団体戦に出場している中、自分は応援席から応援していました。なので、やはり最後の早慶戦はどうしても出たいという思いがとても強かったです。結果的には出場を決めることができ、やっと巡ってきたチャンスだと思います。残り僅かにしかない練習ですが、ベストな状況で早慶戦に臨めるよう、また悔いの残らないよう全力で臨みます。

最後になりましたが、これまで私のことを支えご指導してくださった沢山の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。4年間ありがとうございました。

長文失礼いたしました。
ご精読ありがとうございました。


慶應義塾体育会バドミントン部
4年 井本直孝

keio_badminton at 00:33|PermalinkComments(0)