2011年07月16日

とんじる師匠

 こんにちは。阪本に影響され、おいしいご飯が食べられるのが、一番の幸せかなーと思いつつ、でも幸せじゃないとどんな食事もおいしく感じないかもしれない。だとしたらやっぱり幸せって何かなとか思ってしまった2年文学部の平林です。


 柄にもなく、すみません。私は今年英語で、バートランド・ラッセルの「幸福論」をテキストとして扱っているので、その中で何か答えが示されているかもしれません。まださわりしか読めていませんが、自分の内面ばかりに執着するのではなく、外的な事柄に目を向けることが大事だと述べられていました。



 っっっっというわけで、部員日記を始めさせて頂きます。
突然ですが、皆さんTwitterってご存知ですか??(ナイツ風)
私も1週間に1回程度のつぶやきをして、ひそかに活動しているわけですが、Twitterは特に友達との交流は意識せず、情報を得るためにやっている感じです。情報を得ると言っても、ニュースや大学のお知らせなどを知るといった程度のことで大したことはしていません。ためになること以外でもアメリカンジョークボットなる定期的に米冗談をつぶやくものもあり、ちょっとした楽しみでもあります。
その中で、今までいいなあと感じたものを紹介します。



ある墓にこんな事が書いてありました。「誠実な男、そして政治家だった男、ここに眠る」 近くを通りかかった新人神父はこう言いました。「これは珍しい。一つの墓に二人も埋めるなんて。」



「次の方、お名前は?」「ママママイケル・スススススミスです」「落ち着いてください…」「私は落ち着いていますが、父が出生届のときに緊張していたので」



世の中には3種類の人間が居る。数を数えられる奴と数えられない奴だ



とまあこんな感じです。


 また、友達のつぶやきに考えさせられることもあります。
少し前ですが、こんなつぶやきがありました。
「たとえ計画どおりにいかなくても、無計画でいてはいけないように。たとえきれいごとでも誰かが言い続けなきゃいけないと思う。」


 きれいごとって何となく鼻で笑われる感じがありますし、世の中はそんなに甘くないんだよと一蹴されてしまうことが多いと思います。ただ、実現しなくても、形だけでも何か目指すものがないと状況は悪くなる一方ですし、少なくとも良くはならないと思うのです。


 きれいごとではなくても、誰かが言い続けなくてはいけないことってありますよね。
例えばスポーツでうまくなるために心がけとして、「試合を意識して練習する。」「考えながらプレーする」ということがあります。これってどこの部活でも言われていることですし、中学生でも知っている言わば常識、練習をしていく上での指針のようなものです。大学生やプロの選手ならばもうわざわざ口に出せなくても、みんな知っていて当然のことです。


 ではなぜ小学生でも知っていることを大人になっても耳にたこができるくらい言われるのでしょうか。それは結局、人は「忘れてしまう」からだと思います。楽をするために意識的に忘れることもありますし、無意識的に忘れてしまうこともあると思います。毎日練習の繰り返しで、試合ではなく練習をうまくやるために意識が向けられがちになってしまうこともあります。それはある程度不可抗力でもあります。しかしその状況をよしとしないためにも「誰かが言い続け」なければいけないのだと思います。
 

 ただ、大学生が誰かに言ってもらわないと意識できないのはさみしいというか情けないことですよね。だからやっぱり自分で自分に言い聞かせることが大事なんだと思います。そのためには「忘れてしまうということを知っている」ことがまず一歩目で、これはいわば無知の知と言えるかもしれません。忘れてしまうということを知っていれば、意識することの必要性も自ずとわかると思います。

あと半月後には再集合しいよいよ思いっきりバドミントンができます。大事なことを忘れずに飛躍の夏にしたいです。


keio_badminton at 06:19│Comments(0)

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