2018年10月18日

四年間の自分

皆さん、リーグ戦前日の投稿以来一ヶ月ぶりです。
卒論のインタビュー調査、解析に追われている副将の野田龍です。

長いような、短いような、長いような四年間の体育会生活最後の部員日記です。

せっかくなので、この四年間を、振り返って一番に感じたことを書いていきたいと思います。

体育会バドミントン部に入り自分はどういう風だったかなと考えたとき、一番にイメージするのは「メンタルが弱い」ことです。

一、二年生の頃、早く先輩に勝てるようになりたくて、レギュラーになりたくて、ただがむしゃらにフットワークをしてみたり、ペアとノック練習をしたり、ウェイトトレーニングに目覚めたりと、全体練習だけでなく自主練習などもしていました。
しかし、当時の自分は、練習の後に残って人よりやっていることに自己満足しているだけだったように思います。考えている「つもり」でも自分がやりやすい練習をやっていたり、フットワークをするにしてもただスピードを上げてやるだけで、正しいフォームかを考えられていなかったりと。
もちろんそれでスピードが上がったり、人より筋力がついたりはしましたが、バドミントンをする上で本当に最善であったかを考えるとそうではなかったと思います。
結局振りのフォームを治す、腰を落として動けるようにするなど、地味で辛い、しかし、根本になるところから逃げていたのではと思います。

代が交代し、自分達の代になったときにも、そのメンタルの弱さは現れていたように思います。
リーグ戦では、一つ上の主将である上村さんがいなくなったこともあり、頼りきりになっていたことを改めて実感し、自分は必ずシングルスで勝ちをあげなければと思っていました。
そう考えてから、部内外問わず負けてはならないと今まで以上にプレッシャーを感じ、試合はもちろん、バドミントンをするのが怖かったです。


こういったメンタルが弱い自分が四年間体育会でバドミントンを続けて来れたのは月並みですが、周りの支えがあったからのように思います。

一番大変だった一年生の頃。毎日辛い練習の中で早く辞めたいと考えながらも、それを聞いてくれ、一緒に帰ってくれた先輩や、おちゃらけて笑わせてくれた先輩など。練習に付き合ってくれた同期。

部活には慣れてきたものの、バドミントンに伸び悩やんだ二、三年の頃。感覚的だけどもわかりやすく打ち方を教えてくださった先輩たちや、だらだらと時間を、過ごしてくれた後輩達。

副将にもかかわらず、プレー面、運営面でチームをまとめることに四苦八苦した四年。そこでも、OBになってもお声がけくださる先輩達や、一緒に悩んだ同期、時々若さについていけない時もあったけど、慕ってくれた後輩や塾高生。

そして、四年間を通じて、本当にどうしようもなく、プレーを修正できない、運営もうまくいかない自分を、厳しい指導で時には泣きそうな時もありましたが、支えてくださったコーチや監督、OB・OGの方々。

柄にもなく、しんみりとした話になってしまいましたが、感謝してもしきれません。
後2日で引退となりますが、最後に早慶戦にてその恩返しを出来るよう、そして、社会に出た後、この慶應義塾大学体育会バドミントン部で学んだことを世の中に還元できるよう頑張ります。

駄文にも関わらず、ここまでお読みいただきありがとうございました。
お時間のある方はぜひ早慶戦にも足をお運びください。

慶應義塾大学体育会バドミントン副将
総合政策学部四年
野田龍

keio_badminton at 12:16│Comments(0) 男子 | 4年生

コメントする

名前
 
  絵文字