4年生

2019年10月22日

終わり


こんにちは。金子です。
いよいよ最後の部員日誌ですね。

実を言いますと9月になってから一切羽を打っていません。9/9に右足の手術を受けたためです。手術の内容に関しては申し訳ございませんが割愛させてください。先天的なものでして、インターネット上に残しておきたくありません。

手術したことだけ報告して手術内容を書かない私ですが、入院していた9日間はこの4年間を振り返るには十分すぎる時間でした。当時は、誰にも会いたくなく、読書や映画鑑賞などで現実から目を背けていました。しかし、就寝前だけは自分をごまかすことができず現状への絶望であったり、今後どうするかであったり、色々な気持ちが込み上げてきました。傷の回復が芳しくないため、自分が一番大事と思っていたリーグ戦にさえ応援に行くことができず、なんとも言えない日々でした。退院後も自宅療養を経て、歩けるようになりましたが、久しぶりに足を延ばすことだけでも足をつりかけて、今までのランニング等で得た体力は全て無駄になったのだと実感しました。

という暗い感じになってますが、今は気持ちを切り替えて日々を過ごしております。最近、友人の保護猫活動の手伝いであったり、IT資格の勉強、昔弾いていたギターを引っ張り出して弾いたり色々やってます。バドミントンも別に嫌いになったわけではありませんし、今度バドミントンの社会人の大会にお手伝いに行ってきます。

この部活での4年間を通して、バドミントンをより多角的に捉えることができることになりました。DYOJでの通訳のお手伝いや主務の活動を通してより運営の側面から競技を捉えることができるようになったり、週6日間のバドミントン生活を通してプレーの視野も広がりました。

この4年間ははっきり言ってとても長く感じました。嬉しい思い出より圧倒的に嫌なことが多かった日々ですが、これらの経験が今の自分を形作った宝です。

早慶戦の選考試合すら参加することなく競技引退してしまいましたが、バドミントン人生の最後の区切りとして早慶戦を迎えたいと思います。

今までお付き合い頂きありがとうございました。

2019年10月21日
金子凱

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2019年10月08日

Fly highするはずがイ●ロスだったため飛べたものの墜落してしまった件

部員日記をお読みの皆様、こんにちは。
慶應義塾体育会バドミントン部4年の岡部です。

まず、タイトルですが、前回の部員日記の最後から続いております。是非最後まで読んでください…お願いします…泣(私の部員日記は長くて途中で読むのをやめてしまう方多数なので)

今回の部員日記が最後となります。というのも、来たる10/27の慶早戦を持ちまして4年間の現役生活を引退するからです。

今までの部員日記は、名簿の昇順(つまり、清水、金子、福島、(吉弘)、岡部の順)に書いてきましたが、4年の最後の部員日記は名簿の降順に書くという暗黙のルールがあるため、4年のトップバッターとして書きます。最後なので、今までのようにふざけることなく総括を書けたら良いなと思っています。(途中からおふざけが入ってしまう場合があります。ご了承ください。)
前置きが長くなるのは最早私の癖とでも言いましょうか、話が全体的に冗長ですね。

さて、まず4年間を振り返ってみると、長いようで短かった、特に最後の1年は本当にあっという間に過ぎてしまったという印象を抱きます。
最高学年としてチームを引っ張っていけたのだろうか。後輩たちに何か残せたのだろうか。自分自身に何を得たのだろうか。この3点をここ1、2ヶ月くらいずっと考えています。これらの疑問には、外部からの評価であったり、何年か後に客観的に振り返ることができるようになれば自ずと答えられると思います。

また、必ずといっていいほど、後悔は様々なもの・ことに対してしてしまうと思います。
「1つだけ心残りをあげて下さい。」と言われたならば、私は何を選ぶでしょうか。
直近のリーグ戦の入替戦で私の負けを皮切りにチームが4部へ降格したことでしょうか。
それとも、1年半ほど前に右膝の靭帯を損傷して2ヶ月近くコートに入れなかったことでしょうか。
勿論、上記の2点をはじめ、後悔は様々ありますが、やはり1番は日々の練習で突き詰めて突き詰めて突き詰めまくって練習に取り組むことがほとんどできていなかったことにあります。
本当の意味で突き詰めてバドミントンをするということは恐らくとてもしんどいことだと思います。それこそ心身ともにボロボロになる日々なのではないでしょうか。
それなりに考えて練習に取り組み、それなりに上達はしたのかもしれないが、結局自分がそれなり止まりの薄っぺらい人間なのだということを痛感しています。
その結果、ご覧の有様でございます。全くもって、面目が立ちません。
しかし、以前ならば気づくことができなかったであろうことを考えさせてくれる環境にいられたことはとても恵まれているなぁと感じていますし、この4年間で本当に様々な人に支えていただいたなぁという思いで一杯です。
その点に関しては、4年間で得たことも少なからずありましたし、後悔は尽きないですが心残りなく飛び立つことができそうです。
(立つ鳥跡を濁さずといいますが、思いっきり跡を濁したわたくしめでございます。)

4年間の総括にしては内容が無いよう(ガハハ、と笑うところです。)と思いましたが、相田みつを風に言うならば、「だって(薄っぺらい)人間だもの」といった感じでしょうか。

自虐ネタはこれくらいにして、ここからは後輩一同にメッセージを残します。
どういうことなのか、突き詰めて考えてみて下さい。「他の同期のことじゃん!」ではなく、キチンと自分のことだと思って受け止めて欲しいです。

3年生への3か条
.螢好回避とタスク管理(韻を踏んでしまった)
背中で語れ。
時間を大切に。

2年生への3か条
.圈璽拭璽僖鵑呂發β感函
口動かすより手足動かせ。
ギスギスすんな、バチバチになれ。

1年生への3か条
仝亀い北世襪朗らかに。
奢られません、勝つまでは。
G抄擇悗陵兇ぁ

後輩一同への3か条
‘佑詰めて練習に励むべし!
▲吋と体調不良には気をつけて!
のびのびと!

ちょっと何言ってるかわかりませんね笑。


最後になりましたが、今まであたたかな声援やときには厳しいお言葉をかけてくださり支えてくださった監督、コーチ、OB・OGの皆さん、両親には感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。
これからは、OBとして現役を支援していきたいと思います。(失礼ですが、oldではないのでYB(young boy)でしょうか笑? また、あと半年近くは現役という名目なので気が早いような気もします。)

最後に慶早戦ですが、現在2勝2敗なので、しっかり勝ち越しをして引退したいと思います。(勝ち越せなくても引退なのですが…)

もう少しの間、低空飛行を続ける五月蝿い小蝿であるわたくしめを見守っていただけると幸いです。


次回、「岡部、ロウで作った両翼で太陽(早稲田)に向かってfly low!!(ロウだけに)」

(※最終回です。今まで私の●ソみたいな部員日記を楽しんでくださった皆様、本当にありがとうございました。皆さんのお陰で私も楽しく書くことができました。)


慶應義塾体育会バドミントン部
理工学部4年 岡部 庄之介

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2019年08月06日

眼鏡についた錆びは努力の結晶(仮)

世の中には2種類の人間がいる。
そう、眼鏡をかける人間とかけない人間だ。
コンタクトレンズなるものの普及により、その狭間にいる人間が多数となった今日、私はコンタクトレンズを忌み嫌い、拘りを持って眼鏡をかけ続けている。


部員日記をお読みの皆様、とてもおはようございます。
4年の岡部です。

時の流れというものは早いようで、部員日記を書くのもこれが最後です。
長いようで短かった4年間。
特に最後の1年は辛く苦しいことだらけでした。
研究との両立、どう自分は振る舞うべきか、何かとつけて文句しか言わない下級生諸君の面倒、最上級生としての重圧。
勿論楽しかったこと、嬉しかったこともありました。
入部してから少しはバドミントンが上手くなったこと、体力・精神力がついたこと、後輩たちと一緒に遊んだり、ご飯に行って色々な話を聞いたり話したりしたこと。

この部員日記は、私が体育会バドミントン部で4年間全うしたのだという足跡です。こうして全うすることができたのも、今までたくさんお世話になった諸先輩方を始め、色々サポートをしてくれた家族、そしてお世話をした同期、後輩一同あってのことです。
沢山の人に支えられて4年間沢山の貴重な経験をさせていただきました。本当に感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。


というような文章を果たして次回(最終回)に書くのかシミュレーションしてみました。
いざ引退と直面した時にどういった感情を持つのか、この文章と大して変わらないのか、それとも違う感情なのか。
人の感情は日々変化していますから、どうなるのか楽しみです。

さて、私は4年間眼鏡を欠かさずかけ続けてバドミントンをプレーしました。
入部する時には綺麗だった眼鏡も、錆びがチラホラ見えます。
それだけ汗を流して涙で濡らして練習したということでしょうか。それともただ手入れが行き届いていなかったのかもしれません。
どちらもありそうです(笑)。
(この間眼鏡屋に持って行って超音波洗浄により”4年間の努力”が文字通り水の泡と化してしまいました。)
泣いても喚いてもあと少し。今までの努力が水の泡にならないように、1日を大切に感謝の気持ちを持って踠きながら躓きながら試行錯誤して練習に励みます。
もう少し見守っていただけたら幸いです。

次回、岡部 fly high!!!!!
(その前にいざ福岡へ!)

慶應義塾體育會バドミントン部
理工学部4年 岡部庄之介


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2019年07月29日

ダイハツヨネックスジャパンオープン🇯🇵

ご無沙汰しております。
4年の金子です。

昨日までダイハツヨネックスジャパンオープン🇯🇵でお手伝いに行ってました!英語が少しできるので通訳や選手案内のサポートしておりました。プロの選手はテレビで見るより生で見る方が身体が大きく見えますね。

自分は高校生の頃、この大会に観戦客として来たことがありますがその頃と比べ大幅に観客が増えてました。今年は1週間通して約55000人観戦したらしいです!バドミントンがメジャースポーツ化しており嬉しい限りです。

大会期間中は目の前の仕事に追われ忙しい時間が多かったですが、一度落ち着いて組織図とか見てみると全体の一部分でしかないことを実感しました。多くの人の協力があって大会が成り立っていると言うことを再度実感しました。改めて人間は協力することで大きなことを成し遂げることができるのだということを実感しました!

大会を通して色々な経験をさせて頂きました。来年からは社会人になるため、お手伝いできるかどうかわかりませんが、華やかな大会の裏側で色々な人が仕事をしていることを忘れずに観戦したいと思います!

駄文失礼致しました。

4年金子凱


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2018年10月19日

完。

こんばんは、4年の片山です。
最後の部員日記となりました!、、、が、、最後という実感が全く湧いていません。
そして、慶早戦まであと残すところ2日(1日?笑)となりましたがそれをもって引退ということもあまり自分のことのように思えていないです...笑


同期が4年間を振り返っている部員日記を読むと、みんなすごい経験をしてきているのだと思うのと同時に、4年間やり抜くことの凄さを感じました。同期のように4年間を振り返ることはできませんが、私なりの2年半を振り返りたいと思います。



というのも、私は非常に稀なケースだと思いますが、2年の途中からこの部に入部しました。
バドミントンを始めたきっかけも、バドミントンという競技をやりたいから、というよりは他のところにありました。私が入部を決めた最大の理由は、当時、女子の主将だった小松鮎実さん(H29)のようになりたい、と思ったからです。ただバドミントンで強ければいい、という考えは一切なく、自分なりに大学で学びたいこともあって、将来どういうことをしたいかも、初対面の私に熱く語ってくださいました。その時、私も小松さんのようになりたい、そして真剣にバドミントンに向き合うことで、新たに何かを得たいと思いました。練習はかなりきついよ、と脅されて(笑?)すぐに入部したいとは言えませんでしたが、最後はここでの活動を自分の残りの大学生活の中心に置きたいと思い、入部を決断しました。



入部してからは、本当にたくさんのことを経験しました。
最初は、単純になかなか技術が向上しないことに苛立ちを覚えることも、自分の目標が見えずただ練習をこなして、何とかやり過ごしていたこともありました。そんな矢先の3年の春リーグで、試合の結果次第では出る可能性があると言われたことが、大きな転機となりました。リーグ戦の会場でアップをしていた時、試合に出る可能性など毛頭ないと思っていた私は、試合に向けた準備、練習をしてこなかった自分が恥ずかしく、またとてつもない不安に襲われました。

それから、私の練習に対する思いは大きく変わりました。全体練習だけでは足りない、と思い、当時コーチをしてくださっていた小松さんにつきっきりでプラスαの練習をしていただきました。自分の意識ひとつで、こんなにも練習に対する気持ちは変わるものなのかと強く感じたことを今でも覚えています。


そんな順風満帆だったのも束の間、以前の部員日記でも書いたように3年の関選直前に膝の靭帯を断裂する怪我を負い、手術をしました。
その後、完治する前に代交代となり、4年生になって、あっという間に春リーグに突入してしまいました。何もできず、不甲斐なさしか残らなかった春リーグは辛かったです。だからこそ、最後の東日本、秋リーグでは同じ思いをしたくないと、その悔しさをバネに再スタートしました。

春リーグ以降、東日本、リーグ戦のことだけを考えて必死に取り組んできたつもりでしたが、一選手としても、またチームを引っ張る主将としても力及ばず、目標としていた結果には届きませんでした。


振り返れば、あっという間な時期もあれば、とてつもなく1週間が長く感じるときもありました。良いことも辛いこともありましたが、この部では本当に貴重な経験をさせて頂きましたし、そのことに感謝しています。

それは、まずどんな時も私に真剣に向き合ってくださった監督、コーチがいらしてくださったからであり、私を受け入れてくれるチームがあったからだと思います。特に女子のメンバーには本当に感謝しています。実績も何もない私でしたが、この1年間一緒に戦ってくれてありがとう。些細なことでも笑える楽しいチームでした。来年こそ、目標を達成してください!



最後になりますが、実感はなくとも(笑)最後の慶早戦が迫ってきました!このチームでできる最後の試合。プレーを通して、自分がこれまでにお世話になった方々への感謝の気持ちを表現したいと思います。

最後の部員日記とあって、まとまりのない長文になってしまいましたが、最後までご精読いただき、ありがとうございました。そしてお時間があればぜひ、慶早戦にお越しください。



慶應義塾体育会バドミントン部女子主将
経済学部4年
片山有香里



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2018年10月18日

四年間の自分

皆さん、リーグ戦前日の投稿以来一ヶ月ぶりです。
卒論のインタビュー調査、解析に追われている副将の野田龍です。

長いような、短いような、長いような四年間の体育会生活最後の部員日記です。

せっかくなので、この四年間を、振り返って一番に感じたことを書いていきたいと思います。

体育会バドミントン部に入り自分はどういう風だったかなと考えたとき、一番にイメージするのは「メンタルが弱い」ことです。

一、二年生の頃、早く先輩に勝てるようになりたくて、レギュラーになりたくて、ただがむしゃらにフットワークをしてみたり、ペアとノック練習をしたり、ウェイトトレーニングに目覚めたりと、全体練習だけでなく自主練習などもしていました。
しかし、当時の自分は、練習の後に残って人よりやっていることに自己満足しているだけだったように思います。考えている「つもり」でも自分がやりやすい練習をやっていたり、フットワークをするにしてもただスピードを上げてやるだけで、正しいフォームかを考えられていなかったりと。
もちろんそれでスピードが上がったり、人より筋力がついたりはしましたが、バドミントンをする上で本当に最善であったかを考えるとそうではなかったと思います。
結局振りのフォームを治す、腰を落として動けるようにするなど、地味で辛い、しかし、根本になるところから逃げていたのではと思います。

代が交代し、自分達の代になったときにも、そのメンタルの弱さは現れていたように思います。
リーグ戦では、一つ上の主将である上村さんがいなくなったこともあり、頼りきりになっていたことを改めて実感し、自分は必ずシングルスで勝ちをあげなければと思っていました。
そう考えてから、部内外問わず負けてはならないと今まで以上にプレッシャーを感じ、試合はもちろん、バドミントンをするのが怖かったです。


こういったメンタルが弱い自分が四年間体育会でバドミントンを続けて来れたのは月並みですが、周りの支えがあったからのように思います。

一番大変だった一年生の頃。毎日辛い練習の中で早く辞めたいと考えながらも、それを聞いてくれ、一緒に帰ってくれた先輩や、おちゃらけて笑わせてくれた先輩など。練習に付き合ってくれた同期。

部活には慣れてきたものの、バドミントンに伸び悩やんだ二、三年の頃。感覚的だけどもわかりやすく打ち方を教えてくださった先輩たちや、だらだらと時間を、過ごしてくれた後輩達。

副将にもかかわらず、プレー面、運営面でチームをまとめることに四苦八苦した四年。そこでも、OBになってもお声がけくださる先輩達や、一緒に悩んだ同期、時々若さについていけない時もあったけど、慕ってくれた後輩や塾高生。

そして、四年間を通じて、本当にどうしようもなく、プレーを修正できない、運営もうまくいかない自分を、厳しい指導で時には泣きそうな時もありましたが、支えてくださったコーチや監督、OB・OGの方々。

柄にもなく、しんみりとした話になってしまいましたが、感謝してもしきれません。
後2日で引退となりますが、最後に早慶戦にてその恩返しを出来るよう、そして、社会に出た後、この慶應義塾大学体育会バドミントン部で学んだことを世の中に還元できるよう頑張ります。

駄文にも関わらず、ここまでお読みいただきありがとうございました。
お時間のある方はぜひ早慶戦にも足をお運びください。

慶應義塾大学体育会バドミントン副将
総合政策学部四年
野田龍

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2018年10月13日

何となくからかけがえのないものに

引退まで残り1週間程となりましたが、1か月前と同様あまり実感が湧いてないというのが正直なところです。時間が止まっているんじゃないかと錯覚するほど、とても長い4年間でした。とうとう最後の部員日記となりました、4年の榎本です。


最後の部員日記ですので、柄にもなく真面目に書いていこうと思います。(適当に書くと怒る後輩がいそうなので笑)あまり、言葉や文字にして伝えるのが得意ではないので、とても長い文章となりかつ、まとまりのない文章となってしまいました。それでも思いの丈を書きましたので、最後までご精読いただけると幸いです。


この長い4年間を振り返ってみると、「なんであの時ああしてなかった」とか、「もっと練習しとけばよかった」とか、「なんであんな相手に負けたんだ」とか様々な後悔が浮かんできますが、僕が最も後悔しているのは大学2年生の時です。

当時チームは4部から2部に昇格し、それに応じて練習量が増え、当時はとてもつらかったです。大した目標もなく、入部してきた僕にとっては、何でこんなつらい練習をするか理解不能でした。それに、練習量をこなしているのにも関わらず、なかなかバドミントンが上達しない自分にイライラしていました。練習はほとんど休みませんでしたが、今振り返ってみると、当時の練習態度は最悪でした。(今もいいとは言えませんが笑)当時の主将のM井さんをいつ殺そうかと、そんな物騒なことを毎日考えてました。(もちろん、今はそんなことを思っていませんが笑)

そんな日々が続いていたので、2年生の時は、正直部活を辞めようとずっと思っていました。

ですが、そんな僕に対して、先輩たちは優しく接してくださったり、アドバイスをしてくれたり、ご飯に誘ってくれたりしてくれました。先輩たちがいなかったら、部活を辞めていたかもしれません。当時の先輩たちには、感謝の言葉しかありません。(もちろん、M井さんを含めて)

 
そんな後悔をしてしまった私ですので、今年1年は、とにかくリーグ戦に勝って迷惑を掛けた先輩たちに何か恩を返せればと思っていました。ですが、結果は春と秋、両方とも全敗に終わりました。リーグが終わった後は、悔しいというか、もはや自暴自棄に陥ってしまいました。結局、この4年間迷惑を掛けてきた人たちに何もできずに終わったとばかり思っていました。

ですが、引退が近づいてくるにつれて、結果を出すことが全てじゃないんじゃないかと思うようになりました。もちろん、部活に所属している以上、結果を出すことが求められますし、勝利を求めて厳しい練習を行うのですが。(結果が出せなかった僕の言い訳に過ぎないのかもしれませんが)

今は、結果以上に、バドミントンを楽しむことの方が重要じゃないかと思っています。前回の部員日記(http://blog.livedoor.jp/keio_badminton/archives/52086128.html)では、バドミントンが好きじゃないと書きましたが、やっぱり僕はバドミントンが好きだったみたいです。周りの環境や日々のプレッシャーからか、そんな当たり前のことに気づけていませんでした。慶早戦は、思いっきり楽しんでいきたいと思います。


話は変わります。

何となくバドミントンが好きで入部した僕ですが、バドミントンを通じて様々な人と関わり、今では自分だけのもじゃない気がします。かけがえのないものになりました。こんな感じで今回のタイトルを付けました。


後輩たちに1言書いて終わりたいと思います。

まずは、この1年間僕らの代についてきてくれてありがとうございます。この1年いろいろありました。(深夜にラインや電話をしてくる奴がいたりと)
正直、結果が出ないので、バドミントンをしたくない日もありましたが、君たちが無責任な期待を寄せ、僕のことを応援してくるので続けざるを得ませんでした笑。

僕が君たちに何を残せたのかは、正直さっぱり分かりませんが、何かを感じてくれた人がいたら嬉しいです。


最後になりますが、この大学4年間でバドミントンを通じて出会った方々に、そして「豚星。」に感謝の意を表して終わりたいと思います。

今まで、本当にありがとうございました。

 
榎本勝行

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最後の部員日記!

4年生最後の部員日記、トップバッターの富岡です。
暑かったり寒かったり変な天気が続いていますが、皆さん体調はいかがでしょうか。
東京はもう30度を超えることはないそうですね。ようやく秋突入!といったところでしょうか。

さて今回は最後の部員日記らしく、4年間の振り返りと、あえてここでは伏せてきたことについて書きたいと思います。
ちょうど4年前の今頃、私は指定校推薦で慶應義塾大学商学部への入学が決まりました。
大学では自分が上手くなるためにバドミントンをしたいと考えていた私は、様々な可能性を考えた末に体育会バドミントン部に入部しました。
全国大会に出場するような先輩方の実力とは雲泥の差でしたが、常に自分のお手本になる人がいるという環境は、素晴らしいものでした。自分が上手くなった、強くなったという感覚を得ることが無かったからこそ、どんな形でも少しでも上を、とバドミントンに打ち込むことができたと思っています。
 上手くなりたいという明確な目標を持たずに入部した私が、勝ちたいと思うようになったのは2年生の秋でした。
1年生の時のリーグ戦にはずっとサポート役でしたが、2年生になってダブルスで選手として出場するようになりました。この経験が私にとって大きな転機になりました。
春のリーグ戦の時は2部で、何もさせてもらえないまま敗戦しましたが、3部では自分の練習してきたことが出せれば、十分に戦えることを知りました。
3年、4年とリーグ戦で勝つことを目標に、何が足りないのか、どうしてできないのかを考え、練習してきましたが、最後まで勝つことはできませんでした。
4年間かけて練習をしてきましたが、公式戦では1度も勝てていません。悔しくないわけがありません。
でも入部を決めた1年生の4月の時には、想像もできなかった、バドミントン部で過ごしてきたから得られた今の自分があります。
きれいごとではあるかもしれませんが、私はこの部に入部して良かったと思っています。

さて話は替わって、私がこの4年間部員日記には1度も書かなかった怪我や病気について書きます。
私が今まであえて怪我や病気の話を伏せてきたのは、どんな状態であっても練習を頑張るのは当たり前のことで、自分ができないという状況をあえて言う必要がないと思っていたことに加えて、外部へ戦力の状況が漏れるのを避けたいと思っていたからです。
私の戦力ではあまり関係ないかとは思いますが(笑) 実はこの4年間、病気をしたり、色々なところを怪我してきました。
怪我の多さは自己管理の甘さが故でお恥ずかしい限りですが、病気には非常に苦労させられました。
私は高校1年生の冬に腎盂腎炎という病気にかかりました。
これは腎臓にウイルスが入ることで、悪寒や高熱、背中の痛みに加えて、尋常ではない疲れや倦怠感を伴います。
発症してしまうと1週間ほどは寝たきりになり、学校に行くというような普通の生活に戻るまでに1か月弱かかります。
初めて発症してから、疲れがたまった時やずっと張りつめていた緊張の糸が解けた時に発症するようになりました。
しかし、私は腎臓の機能に問題があるわけではありません。おそらく皆さんがご存知の通り、見た目はかなり健康体です。
健康診断で引っかかったことも無ければ、大きな病院で検査を受けたこともありますが、問題はありませんでした。
腎盂腎炎は膀胱炎をこじらせて発症するのが一般的ですが、私にはその予兆もなく突然訪れます。
いわばいつ爆発するか分からない爆弾を常に抱えているような怖さがあります。
事前に回避するために、練習の量を落としたこともありました。
それでもテスト期間が終わった時、マイコプラズマ肺炎になった時、インフルエンザにかかった時、免疫力が落ちると、そのしわ寄せは腎臓に容赦なくやってきました。
私自身もよく分かっていないことや、あまりなじみのない病気なこともあり、周囲からの理解を得るのは難しく、自分がサボっている、怠けていると思われているのではないかと悩んだこともあります。
そんな私が4年間バドミントンを続けてこれたのは、私以上に私のことを気にかけてくれていた加藤幸司元女子監督をはじめとする、女子チームのおかげだと思っています。
特に現在エチオピアでバドミントンを教えている小松鮎実先輩は、復帰してきた時に体調を見ながら練習量を戻していく方法を教えてくださいました。

病気をして練習を長期間離れることで、バドミントンについて、自分のプレーについて考える時間や先輩のプレーを見る時間は十分に与えてもらいました。
リセットされた体を戻すのには苦労しましたが、ある意味自分の悪いところもリセットされ、新しい良い感覚で打てるようになることもありました。
どんなに悪いと思えることにも、その裏には良いこともあって、悪い面に出くわした時、そこに意味を見出せるか、アレンジを加えられるか、は自分次第であると実感した4年間でした。
私がバドミントン部に入部して良かったと思えるのも、応援してくださった皆様の支えがあったからこそです。
最後になりますが、今まで様々な形でサポートしてくださった方々に御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

慶應義塾体育会バドミントン部女子主務
商学部4年 富岡有希奈

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2018年09月27日

想い

こんにちは。
4年の富岡です。
晴れていても、折り畳みの傘が手放せない今日この頃ですが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

さて、リーグ戦も終わり、残すところ慶早戦のみとなり、引退も間近に迫った私ですが、最近になって人の「想い」をよく考えるようになりました。
そのきっかけは、「リーグ戦」と「家事」の2つにあります。

まず「家事」の方からお話ししますと、訳があって母の代わりに、最近家事をするようになりました。
料理、洗濯、掃除、の家事です。
毎日毎日、献立を考え、次の日のことも考えつつ買い物をして、台所を片付けてから、手順を考えながら料理を作り、作り終わったら、最後はお皿洗いが待っています。
適度に部屋を掃除し、ゴミの収集日に合わせてゴミをまとめ、お風呂を洗い、家族の洗濯物を洗って干してたたんでしまって…。
もう枚挙に暇がありません。
今まで部分的に手伝うことはあっても、ここまでやることはなく、こんなに大変なのかと痛感しています。
火事で私が疲れた顔をしていると、母は笑って「疲れるでしょ、少し休んだら?」と言ってきますが、
この生活を何十年も繰り返してきた母のことを考えると、母親ってすごいと思うと同時に、どんな「想い」でこの生活をしてきたのだろうと考えるようになりました。

2つ目の「リーグ戦」については、1年生の頃を思い出したことに起因します。
私が1年生の時、女子チームは2部に所属していました。
部員は私を入れて春リーグの時は6人、秋リーグの時は5人いましたが、選手として出場していたのは、たったの4人でした。
4人の内3人が単複を兼ねているといった厳しい状況の中、私にできることといえば選手が試合に集中できるように、必死でサポートをすることだけでした。
インもアウトもラインギリギリの試合をする当時の主将は、小柄ながらも非常に頼もしく、途中まで負けていても最後はしっかりと勝ち切る、そんな先輩でした。1年生ながらに、その背中にどれだけの重圧がかかっているのだろう、どんな「想い」で戦っているのだろうと思っていたのはいまでも覚えています。
4年生になって、最後のリーグ戦が終わった今、あの時の先輩の「想い」を改めて考えてみても、私には想像もつかない「想い」だったんだろうということしか分かりません。

この2つのきっかけを通して、この人はどういう「想い」なんだろうと考えるようにはなりましたが、同じ経験をしなければその人の細かい「想い」に共感することは難しく、同じ経験をしても立ち位置や境遇、自分の能力によっても「想い」は大きく違ってきます。
でもだからこそ何事もやってみるという気持ちになるところや、自分の力量が試されているようなところを面白いと感じています。
自分の4年間の想いと先輩方を見てきた3年間を想いながら、最後まで頑張りたいと思います。

まとまりのない文になってしまいましたが、最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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2018年09月25日

もうひと踏ん張り

おはようございます。4年の片山です。

一昨日、2週に渡る秋のリーグ戦が幕を閉じました。

そろそろ部員日記が自分の番に回ってくると分かってからは、秋のリーグ戦のことを書こうと思っていたのですが、何をどう書いていいのか分からない、というのが今の自分の素直な気持ちです。

秋リーグ、その前にあった東日本を振り返ると、いろいろな思いが込み上げてきます。しかし、10月末に行われる早慶戦までは今年度のチームとしての活動になるので、振り返りは次の部員日記の機会にしたいと思います。


ということで、がらっと話題を変えたいと思います。

先日23日、陸上の全日本実業団選手権最終日に男子100歎莨,行われ、見事、山縣亮太選手が優勝しました。その前の8月のアジア大会では10秒00と自己ベストを出していました。競技は違いますが、常に考えながら自分のベストを出そうとする山縣選手は私が憧れるアスリートです。

そんな山縣選手があるスポーツ番組で言っていた言葉が、「すべては気合と筋肉」でした。
山縣選手といえば考え抜いて、何事もやっていると思っていただけに少し意外でしたが、その後、番組を見続けていくうちにその意味が分かった気がします。

身体を理想的な形で動かすために必要な筋肉はどこなのか考え、そして「できる」という強い気持ちをもってやると決めたことをやり抜き、更に身体を強化していく。その繰り返しに私には映りました。

これは自分の練習にも当てはめられるものだと思いました。コート内外の練習を問わず、何のためにやっているのか、どういうところを意識するべきなのか考えること。そしてそれを自分なりに落とし込んで、強くなりたい、上手くなりたいという強い気持ちを持ち続けて実行すること。

泣いても笑ってもこの慶應というチームでプレーできるのも早慶戦までの1ヶ月弱。もっとやれることがあったはず、という思いを残さないためにも、今一度この言葉を思い出して、もう一段階上を目指して、強い気持ちをもちながら、やり切りたいと思います。


駄文でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。



慶應義塾体育会バドミントン部
経済学部4年
片山有香里

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