こんにちは!ブログ隊長寺田です。

新人戦が終わって、完全に引退してから4日経ちました。
私、ブログ隊長寺田も、慶應義塾大学野球部OBとなってしまったわけです。
おかしいですね、ついこの間産まれてきたと思ったのですが…。(おぎゃあ)

1年前の丁度この頃、前任の"ブログ王子"である鈴木慎平さんから引き継いだこの職とも、このブログを最後にお別れするのかと思うと寂しさでいっぱいです。
(結構大変だったので、「ようやく終わる!」という気持ちが全く無いわけではありませんが)



ブログ隊長として皆さまに認知して頂いている()私ですが、この4年間で選手としての実績はほとんどありません。
リーグ戦にベンチ入りしたことはありませんし、何なら2軍のオープン戦でさえほとんど出場したことがありません。

この4年間、こと野球に関しては、嬉しかったり喜べたりする出来事よりも悔しい思いをしたことの方が100万倍多く、おかげでだいぶ野球が嫌いな時期もありました。
しかし私は今、「この慶應義塾大学野球部に入れて本当に良かった」とその100万倍思っております。
そう思う理由の一つが、このブログです。
この、“ブログを書く”という活動は、私にとって非常に有意義な経験でした。


私自身、中高生の頃に慶應野球部のブログを読んでいました。
憧れの存在だった選手たちの文章を読んで、勝手ながら存在を身近に感じ、より憧れを強くしたものです…。(遠い目)

いざ自分が書くことになり、まず驚いたのが読んでくださる方の多さです。
当ブログ、日によっては閲覧者が1000人を超えることもあります。
しかも読んでくださる方はそれぞれに全く違う立ち位置から閲覧なさっているのです。

現役部員はもちろんのこと、慶應やそれ以外の大学生、
OBの方、私がそうであったように慶應に憧れを抱く中高生…。
同じ文章を読んでも、それぞれに受ける印象は全く違うものになることでしょう。

 

そんな中で私がブログ隊長として目指したのは、「慶應野球部を身近に、そして魅力的に感じてもらえるブログ」でした。
そのためにいくつか企画をやってきたのです。
果たして、その目標は達成できたのか…?
正直よくわかりません。

お叱りの言葉を受けたこともありましたし、自分自身どうすれば良いのかわからなくなったこともありました…。
しかし何にせよ、当ブログをここまで必死に続けてきました。


ここで少し、反省がてら過去の企画を振り返ってみようかな、と思います。
当ブログは本当に「慶應野球部を身近に、魅力的に感じてもらえるブログ」だったのか。
リンクから記事に飛んで確かめてみてください!
最後の企画は、名付けて「隊長反省会」です!



企画その
1
「新・チームスタッフに注目!」
①主将・副将・主務
②学生スタッフ
 

新チームのチームスタッフ達に注目したこの企画。
2回ながら、更新のブランクがおよそ1か月空くという、初っ端からとんだ体たらく…。
自分から”隊長”とか名乗っといての失態にため息と不安が溢れて止まらなかった方もいらっしゃったのでは。

具体的には、周辺への聞き込みから本人の実態を暴くという内容。
今読み返すと、大分恐る恐る書いている印象。
この企画は正直あまり反響もなかったのですが、確かに…。
実はこの企画で、人知れず「藤枝ヤス(山本泰寛)への溺愛コメントほぼカット事件」が起きています。




企画その
2
「野球部の寮 大紹介!」
①第一寮・下田寮・高関寮
②鳥せい寮・にのくち寮・スタッフ寮・いのくち寮

受験生応援企画やキャンプレポートを挟んで、「リーグ戦始まっちゃう!」ということで慌てて始めたこの企画。
野球部員が住む7つの寮を紹介するという内容でした。
各寮長の寮紹介コメントにそれぞれの特色が出ていて面白いです。
本当は部員の部屋も写真付きで紹介したかったのですが、さすがにNG

最初に反響に驚いたのがこの企画。
部員だけでなく、様々な方から「読んでる」「面白かった」と言って頂けて、嬉しくて仕方なかったです。




企画その3
「野球部のNo.1はだれ?選手が選ぶ、俺達のNo.1!」
①男前
②面白い人
③変人


野球部員にアンケートをとり、その結果をランキングにして発表したこの企画。
「男前」「面白い」「変人」の3部門を発表しました。
更新の間隔は相変わらずバラバラでしたが、隊長のキャラが安定してきて、書くのがどんどん楽しくなってきた時期でした。

面白いランキングでは、ありがたいことに
1位を頂いて…。
未だに私が不正をしたに違いないと言われます。当たり前ですが、していません。
正直書きにくくて仕方なかったです。
苦し紛れに、開き直ってガンガンにドヤるという方法をとりましたが、本当は23位の2人の方が断然面白いと思っています。本当ですよ。
人気企画だったのですが、アンケートを集計するのが億劫でした…。



企画その
4
「隊長の"慶應野球部言葉"講座」

弊部で使用されている、独特の言葉使いをいくつか紹介した企画。

とっても大好評でした。
この後、紹介した言葉をわざわざ使ってくれる友人もちらほら…。

この企画については、後になってから独特だと気づいた言葉もいくつかありまして…。
一つだけ紹介させて頂きます。

「ケアる」
気をつける、という意味です。
気をつけなければならない時には「要ケア」という派生語を使います。
「あの先輩は要ケア(あの先輩はマジで怖いし、すぐ怒るから気をつけろよ)」というように使います。
他にもたくさんありますが、これくらいにします。

こういった言葉は、これからもたくさん生まれていくのでしょうね…。
そのうち是非、後任のブログ担当に取り上げて頂きたいですね。



企画その5
「特技紹介」

部員たちの、野球以外の特技を紹介した企画。
「なんで紹介してくれないんだ!」と思った部員も多かったことでしょう。

内村のボイパ、是非一度聴いてみてください。
神宮で見つけて頼めば、聴かせてくれるはずです。
動画で紹介できないのが本当に残念でした。

ちなみに隊長は、絵が得意です。




企画その
6
「視る」
①vs立教大学
②vs法政大学
③vs東京大学
④vs明治大学
⑤vs早稲田大学

 

秋のリーグ戦企画。
その週の対戦校にまつわる人にインタビューをする内容でした。

多分、一番苦労しました。
今までにない間隔で更新する分、内容も軽くしようとしたのですが、結局なかなか重めに。
個人的には、「東大落ち座談会」の回はとても楽しかったので印象深いです。
実は慶應と対戦校にかけて作ってあるタイトルにも注目してください。



以上です!
振り返ってみると、やっぱり大変だったなあ。()


もしかしたら、私の拙い文章のせいで魅力が伝わりきっていないかもしれませんね。
しかし、この野球部で4年間過ごしたからこそ気づいた魅力が、本当にたくさんありました。


色んな気持ちを持ってグランドに立つ選手を、よかったら大きな声で応援してあげてください。
濃密で有意義な4年間を、よかったら入部して体感してください。
それが、私のブログ隊長としての最大の願いです。

blog”とは、weblogを併せた言葉で、「web上に記録しておく」ことに由来しているそうです。
私が慶應野球部を大好きな気持ちは、一つ一つの記事に大切に記録しておきました。
少しでも伝わって、好きになってくれればいいなあ。



さて、ブログ隊長寺田はこれにて引退します。
これまで当ブログをご覧になってくださった皆様には、感謝してもしきれません。

本当にありがとうございました!!!!!

(4年・学生スタッフ・寺田耕陽/慶應志木高校出身)


再び、光が差してきました。
もちろん平坦ではなく、越えなければならない山は目の前にはっきりとそびえています。

しかし、道は真っ暗ではなくなりました。
これだから野球は、東京六大学は面白い。そう思います。 ついに迎える慶早戦は、優勝を争う戦いとなりました。

 

ここまでの試合や流れを見れば、明治優勢かと思われた先週のカード。
2勝1敗で法政が勝ち点を奪い、明治の完全優勝を阻止しました。 これによって優勝の行方は慶應・早稲田・明治の三つ巴。 1度自力優勝の消えた慶應が優勝するには、明治との優勝決定戦までを含めた3連勝のみ。 白熱して参りました。 滾りますね、若き血が

ところで、「若き血」について皆さんどれくらい知識をお持ちでしょうか。 折角歌うのであれば、歴史について知っておくとより感慨深いかもしれません。

「若き血」という曲は1927年、音楽家・堀内敬三氏によって作詞作曲された応援歌です。 当時、東京中央放送局(現・NHK)の洋楽主任であった堀内氏は、「歌い始めの文句を元気なものにしたい」と考えた末に若き血に燃ゆる者というフレーズを選びました。 従来の七五調や五七調を無視した5563という字配りは新鮮なものだったようです。 この若き血が誕生したシーズンは、神宮球場復活以来初めて早稲田に連勝。 それ以後、この「若き血」は長らく愛される応援歌となりました。 今や若き血というフレーズは慶應義塾の體育會にとって特別なものです。 ちなみに、慶早戦に勝利した場合のみ歌われる「丘の上」という曲もあります。 この曲は「若き血」の翌年、1928年に作詞青柳瑞穂氏、作曲菅原明朗氏で作られました。 この曲も、誕生した年の秋のリーグ戦で1010勝するなど縁起のいい応援歌であります。 得点後、スタンド中で肩を組み歌う「若き血」は本当に気持ち良いです。 来る慶早戦でも、「若き血」に「丘の上」が神宮に響き渡るように


どうも!早速講釈垂れてみました、ブログ隊長寺田です! 今シーズンも白熱のリーグ戦。優勝が懸かった慶早戦ほど燃えるものはありません。 さて、最後になりました「視る」のコーナー。

相手はもちろん、宿敵・早稲田大学です。 早稲田大学は、1882年に「東京専門学校」として設立されました。 創立者は、かの有名な大隈重信です。 1902年9月2日づけで、専門学校から大学へ昇格し、校名を「早稲田大学」と改めました。 野球部は1901年創部です。 慶早戦の第1回は1903年、早稲田が慶應に挑戦状を渡したことで開催されました。 東京六大学リーグ戦では法政と並ぶ最多の優勝回数(44)を誇り、第1回リーグ戦の覇者でもあります。 今年は、春のリーグ戦を強打で制した勢いそのままに全国選手権も制覇。 ドラフト指名された重信・茂木を打線の中心に置き、好投手大竹・小島を擁する強敵です。

今回「視て」もらうのは、西口(3年・外野手/済々黌高校出身)安藤(1年・捕手/済々黌高校出身)です。
実はこの二人は、早稲田の大竹耕太郎投手と中学・高校が同じ。 中・高時代に、現・早稲田エースとバッテリーを組んでいた「元女房」であります。 そしてそんな二人のインタビューを、同じ熊本県出身の酒井(4年・投手/熊本高校出身)にやってもらいました!




まずは、三人の紹介から。

 

インタビュアー・酒井丈虎(以下、酒)

名門・熊本高校出身。一浪して慶應野球部に入部。今年の慶大野球部・九州出身者を束ねる男。 高校時代は好投手だったそうだが、大学ではケガのために最後までベールを脱ぐことはなかった。 唐突にはっちゃけ過ぎてしまうのが悪い癖。(本人のブログリレー参照) 今回、同郷ということで面白おかしくインタビューを取ってきてもらった。

 

元女房・西口(以下、西) 
言わずと知れた「慶應NO.1コメディアン」。 高校時代は、1学年下の大竹とのバッテリーで甲子園に出場。本塁打も記録している。 現在は打撃と強肩を活かし外野手兼ムードメーカーとして活躍中。

 

元女房・安藤(以下、安)

大竹と同級生で、3年時にはバッテリーとして甲子園に出場。(2年時にはファースト)
一浪して慶應野球部の門を叩いた。 はにわ系のシルエットと巨顔を活かして西口同様ムードメーカーとして活躍中だが、西口の強烈なキャラのせいで、直属の後輩の安藤のハードルまで無駄に高い。





それではスタート!

「熊本県民、慶早戦を語る」

 

:熊本県民座談会開催でーす!


一同:いえーーーい!


:早稲田のエース・大竹とバッテリーを組んでいた二人のインタビューのついでに、慶早戦に向けて熊本県民で語り合っちゃいましょう!


:僕らの共通点は熊本出身ってことだけど、まず熊本がどんなところか教えて!


:雄大な阿蘇山があって、熊本城には武者返しがあります!熊本に来てはいよー。


西:気候も穏やかで、人も温かくて、ご飯もおいしい。熊本に来てはいよー。


PRばかりありがとう。()




:大竹含めた3人の出身校である「済々黌高校」はどんな学校?


西:僕と安藤の出身校の済々黌高校はバンカラな校風で、早稲田みたいな感じです。ユニフォームは臙脂色なんで、早稲田とほとんど一緒なんですよね。


:熊本高校は、どっちかというとスマートで慶應っぽいんだよね。


西:自分でスマートとか言うんだ





:西口と安藤は、なぜ慶應を選んだのかを教えてちょーだい。


西:僕は高校3年生だった頃に大川さんや倉橋さん(ともにH25年卒OB)が試合に出ていて、自分もハイレベルな選手の中でプレーしたいと思ったからです。特に慶應は野球の特待生がないので、一般受験の選手にも出場できる可能性が高かったので魅力的でした。

 


:僕は、中学からの先輩である西口さんが慶應にいて、ベンチにも入っているのを見て慶應に行きたいと思いました。西口さんはやっぱり憧れの存在なので。


:安藤は、同期の大竹が1年生から早稲田で活躍していたけど、なんで早稲田に行かなかったの?
一緒にやりたくなったりしなかったの?


:ずっと一緒のチームでやってきて、大竹のすごさって言うのは正直あんまり実感がなかったんですよね。だから、今度は敵として大竹と勝負してみたいと思いました。

 


:ちなみに、大竹はどんな人?


:一言で言うとストイックです。野球だけでなく、私生活でも意識が高い。でも幼いところもあって、そういうところが可愛いんですよ。


:じゃあ安藤は今、野球する上で大竹を意識する?


:一緒にクリーンアップを打ったり、バッテリーを組んだりしてきた分意識してしまう部分はありますね。


:投手大竹は?


:柔軟性とか持って生まれたものに加えて、頭がいいから投球がクレバーなので相手にしたら厄介ですね。


:大竹の攻略法とか、あったりする?


:変化球をたくさん持っていて、その全てに自信を待っているので、その自慢の変化球を打てればショックを受けて打ち崩すことができます。


西:なんか、雑だな。


:雑だね。


:いやえ?





:西口と安藤は中学から一緒に野球をやってきて、直属の先輩後輩関係っていうのがもうかれこれ89年続いてると思うんだけど、二人はどんな関係?


:いやもうホントに憧れの存在です!

中学時代は副キャプテンで生徒会長、高校時代は主将で甲子園出場。かっこよすぎますよ、もう。


西:だよな。


:え?


:西口から見た安藤はどう?


西:特にないですね。


:え





:いよいよ今週末慶早戦がやって来るけど、みんなは慶早戦に向けてどんな思いを抱いてるの?


:裏方の4年生の方たちを見ていて、勝ちたい気持ちをすごく感じています。

大好きな4年生と野球をまだするために、必死に応援していきたいと思います。


西3年間一緒に野球をやってきた先輩たちが引退してしまうのは本当に悲しいので、もし出る機会があったら最高のプレーがしたいし、出られなかったとしても応援なりで少しでも力になりたいと思いますね。酒井さんこそ、最後の慶早戦じゃないですか。


:なんか嬉しさと寂しさがあるなあ。結果次第では引退になるけど、勝てばまだみんなと野球ができる。そのために裏方でもなんでも、できることはなんでもやってきたつもり。

僕は遅かれ早かれ引退してしまうけど、熊本出身の後輩たちには頑張って何とか神宮でプレーしてほしいと思うんだよね。

2人のこれからの抱負とか聞かせてくれる?


西:熊本出身の先輩は偉大な方が多い。熊本県民の名に恥じぬよう、精一杯頑張りたいです。


:慶早戦で大竹と対戦して、ヒットを打つことを目標にして努力していきたいです。


:最後めっちゃ真面目だな。()


西:根は真面目なのが、熊本県民のいいところつたいね!


:熊本県民最高ばい!






熊本愛がすごいインタビューでしたね

3人とも本当に明るい人達です。熊本県民たちの楽しいお話、楽しんで頂けたでしょうか。




六大学には日本各地から優秀な選手がたくさん集まってきます。(アメリカから来る人も…)

その中で、出身校や地域が同じ選手同士の間には、独特な絆があるように思います。

 

神宮という大舞台に渦巻く気持ちは、千差万別。

グランドに立つ選手、ベンチやスタンドで声を張り上げる選手。

ビデオを作ることで力になろうとする選手、ブログを書いて貢献せんとする隊長

秘められた気持ちに思い馳せるのも、大学野球の楽しみ方の一つなのかもしれません。





ブログに込められた隊長の気持ち、お読みの皆様にも感じて頂けているでしょうか。

 

いや、ほら。興味ないなんて言わないで。



もう少しで引退ですね。寂しさと後悔と。

飾れるか、有終の美。ブログ隊長寺田でした!

 

(4年・学生スタッフ・寺田耕陽/慶應志木高校出身)


ブログをご覧の皆さん、こんにちは。

この4年間で絶大な信頼関係を築き上げてきた山本泰寛から紹介に預かりました、主将の横尾俊建です。


僕がこの4年間で学んだこと、それは「感謝の気持ち」です。

野球部の同期、先輩方、後輩達、應援指導部の皆さん、ファンの皆さん、他にも大勢の慶應義塾体育会野球部に携わってくださった皆さんのおかげで、最高の4年間を過ごすことができました。
本当にありがとうございました。


文章が書けない&口下手な僕にとって、ラストブログリレーはなかなかの試練です。

本当なら一番伝えたい「感謝の気持ち」だけを伝えて、ブログを終えてしまいたいところですが、文字数が足りないそうなので、僕の野球に対してのメンタルの持ちようについて話したいと思います。


これは、初の紅白戦やリーグ戦などで「どうしても結果を出さなければいけない」と思い、緊張してしまう後輩達に向けたものです。あくまで僕の持論なので目を通す程度に見て頂けたら幸いです。


まずはじめに言いたいのは、「メンタルが弱いから試合で打てない、抑えられない」なんてただの弱者だということです。

僕は、技術があればどんなに緊張していようが打てるし、抑えられると思うのです。

だから、良い結果が出ないときに緊張を理由にしている選手は伸びないし、おもんないと思います。


ちなみに、僕も4試合連続ホームランがかかった東大戦は緊張しました。

こういう時、緊張してバットが振れなくなってしまうのではないかと思う人は多いかと思います。また、実際に振れなくなってしまう人もたくさんいるはずです。

もしそういった場面に直面して困っているなら、僕が今から書くことを実践してもらいたいです。


僕にはリーグ戦で、球種やコース、ピッチャーの特徴より大切にしていることがあります。

それは、「どうやったらバッターボックスで自分の実力を出せるか」ということ。これが一番難しい。

実力を出すということは、ズバリ「自分のベストスイングをする!」ということ。これを頭の中でちゃんと理解しないと実力を出し切れない。
 

ここで全員に共通して言えるベストスイングとは、その人の限界のスイングスピードでバットを振ること。

これが簡単なようで難しい。150キロのスイングスピードで振れるなら、打席で常に150キロが出る「全力の」スイングスピードで振らなければならない。

これが「実力を出す」ということ。


泰寛からの紹介にもあったように僕はメジャーリーグが好きなのですが、よくメジャーリーガーが口癖のように使う「準備をする」とか、「全力を尽くす」といった言葉は全てこれに置き換えることができますし、実際に僕も置き換えています。

そうすれば、緊張していても、自分の全力を出すことで結果がついてきます。


もし全力を出して結果がついてこないようなら、練習でその「全力の実力」を上げればいいだけです。何も落ち込むことはないし、むしろやることが明白で結果につながりやすい。


僕も大学入学当初は、全力を出しても結果がついてきませんでした。

そこで、自分の実力の無さを認め、変に打ち方を意識せずスイングスピードだけを求めることができた結果、「全力の実力」を上げることができました。

そして今は、その全力を出せば良い投手とも互角に戦えるところまできました。


結果を出さなければならない

その緊張や重圧に負けて、バットが振れない、腕が振れない。

そんな時は、「実力を出し切る」ことだけを考えてください。

そうすれば良い結果につながりやすいし、次の成功につなげられます。

また、普段から「実力を出し切る」ための努力をして下さい。

とても難しいことだからです。メンタル云々の前に、練習あるのみです。


上手く伝えられたかわかりませんが、以上が僕の持論です。沓掛君(3年・内野手/慶應義塾高校出身)わかりましたか?




さて、915日から毎日つないできた「4年生ラストブログリレー!」も、本日で最後となりました。

同期のみんなも触れているように、とても個性的な人が多い4年生37人のブログでしたが、皆さんお楽しみ頂けたでしょうか。


それぞれが様々な想いを持って、この慶應義塾体育会野球部に入部し、4年間を過ごしてきました。

僕は1年生のときからメンバーに入れて頂き、神宮の舞台でたくさんの経験をすることができましたが、これは決して僕1人の力でできたことではありません。

この場をお借りして、毎日夜遅くまで頑張ってくれているデータ班や、ベンチ入りできなくてもスタンドから懸命に応援してくれている選手のみんなに本当に感謝したいです。

そして、皆さんにはぜひ、そんな僕達の「集大成」を見て頂きたいと思います。


残すカードは、伝統の一戦である早慶戦だけとなりました。

僕達ベンチ入りメンバーだけでなく、180人全員の力を合わせて「全力で」戦います。

引き続き温かいご声援をよろしくお願いします。


最後までお読み頂き、そして4年間ご支援頂き、本当にありがとうございました。

2-1横尾

(4年・主将・内野手・横尾俊建/日大三高出身)

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