November 12, 2009


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いくつもの日々を越えて

さあ、次なる栄光へ…



これをもちまして2009年度塾野球部ブログを終了させて頂きます。
今後とも塾野球部への温かいご声援を宜しくお願い致します。


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November 11, 2009

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11月1日最後の早慶戦。9回裏2死、ショート渕上がさばいた球がファースト小野寺のミットへ…

大歓声とため息、笑顔と涙。様々な想いが交錯する秋晴れの神宮球場で、僕達4年生は大学野球生活の終わりを迎えました。






まだ終わっていない慶大野球部blogをご覧のみなさん、今まで本当にありがとうございました!杉並が生んだ永遠のクソガキ・長谷祐之です。

残念ながら優勝記念特別号にはなりませんでしたが、ラストは超番外編として1人の4年生メンバー外が体験した最後の早慶戦について書きたいと思います。







「スタンドからの早慶戦」



朝。
目を開けてふと天井を見上げる。昨日まで当たり前のようにそこにあったあの光景、感覚、匂い。そういうものを思い出すために一度深く深呼吸をして目を閉じた。

思い出そうとすればできるもの。あのときのことはすごく鮮明に覚えている。でもこの記憶がこの先一生同じように残るとは思っていない。記憶なんて後になればなるほど、そのときにあった事を誇張してしまうから。そんなのは少し寂しいと思った。






ロッカーでKユニに着替えて、内側の階段から下に下りる。通路を歩き、グラウンドが近づくにつれ聞こえてくるのは次第に大きくなっていくスタンドからの応援歌。1塁側からは早稲田、3塁側からは慶應。

そして目の前が開けると現れる緑の芝生。僕は今、これから始まる戦いの舞台に立っている。

これまで何年間も共に戦ってきたグラブを手に、キャッチボールを始める。だけどスタンドにいる観客達が一斉にその様子を見守るわけではない。しかもキャッチボールの場所はファールゾーンの隅。着ているユニフォームはメッシュ素材ではなくニット。そんな僕らはそう、メンバー外の4年生だ。

やがてバッティング練習が始まる。楽しさと緊張の入り交じった表情をしたメンバー達の横を走り抜け、僕たちは外野に散らばった。バッティング練習中のなんでもない球受けの時間。それは人によって様々な想いがある時間。

やっぱり野球をやるのは楽しい。小さい頃からずっと続けてきたのは当たり前のように投げたり、走ったり、捕ったり、そんな野球。でも早慶戦でベンチに入れなかった僕たちは、神宮球場で野球をする機会はこれが最後だ。だから思いっきり走った。思いっきり声を出した。思いっきり明るくプレーした。そして何より、心から楽しんだ。

4年間一緒に戦ってきた仲間の打球を捕る感慨深さ。だけどそんなことを思ってしまった瞬間、この時間が永遠ではないことを知った。

やがてバッティング練習終了を告げるサイレンが鳴り、約30分間の僕らの「プレー」が終わった。

ロッカーに引き上げる時も特に歓声はない。ただメンバー選手とすれ違いざまにハイタッチ。これが僕らの声を出さない会話だ。何を言いたいか、伝えたいかがお互い理解し合えたことで気持ちは全てグラウンドに置いてきた。なにがなくとも、僕たちにはこれで十分だった。





試合終了。
僕たちは真っ先にロッカーへ向かった。汗をかいたユニフォームが明るい雰囲気と共に次々と上がってくる。

自然とあふれる笑顔・ハイタッチ・雄叫び。この瞬間にしか味わえないこの瞬間。Kユニを着ていようと制服を着ていようと僕らは1つだった。この時間が一生続けばいいとも思った。

何が一番大切なのか。




温かいものに浸りながら球場の外に出る。最後の光景。景色が普段と違って見えた。

優しい秋空の下、あの頃僕たちは幸せだった。














最初で最後の形式です。どうもすみません。ここまで付き合っていただいた方々、どうもありがとうございました(笑)

試合終了後には引退セレモニーがあり、初めて応援席の壇上に上がりました。スタンドを見上げるとあらためて、慶大野球部を応援して下さる方々が本当にたくさんいるんだと感じました。

ほんとに最後の早慶戦で、選手とスタンドが一体になった瞬間を感じました。みなさん本当にありがとうございました!




引退して野球を軸にした生活は終わりますが、今まで通りしっかりと目標を立てて何事に対しても全力でぶつかっていきたいと思います!
(とりあえず近い目標としては那覇マラソンを走りきりたいと思ってます!笑)




これで本当に最後のblogを終わります。僕の文章に最後の最後まで懲りずに付き合ってくださったみなさん、本当に本当にありがとうございました。最高の野球人生(&blog王子任期)でした!またいつか機会があれば、どこかでお会いしましょう。

それではまた☆






よーし松本、バトンタッチ!
後はよろしく!!





今日のBGM♪

笑えれば/ウルフルズ

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November 03, 2009

慶應義塾の門をたたいて7年、伝統のグレーのユニフォームに身を包んで甲子園神宮と共に大歓声の下、野球が出来た事はとても幸せです。
そして何より最後にEnjoy Baseballを体現できたことを誇りに思います。

野球には流れがあります。相手より得点が多ければ勝ち、少なければ負け。
チャンス時の打席内での相手ピッチャーとの駆け引き。その戦いに勝ち打点を挙げることが出来た時の喜び。
その裏の守備で当たり前のように訪れるピンチ。それを切り抜けた時の喜び。
もちろん全てうまくいくことはありません。苦難を通り抜けて勝ち取ったものはまさしくEnjoy Baseballの醍醐味です。

今回の早慶戦においても、どんなにリードしていても何度も押し寄せるプレッシャーはとても楽しむことが出来ました。
最後の早慶戦。とにかく楽しんだもの勝ちだと考えていましたので思いっきり楽しみました。
しかし最後は笑って終わろうと言っていたのに自然とにじみ出た涙を抑えきれませんでした。
自分らしくないですが本当に嬉しかった。


この1年間主将を務めさせていただきましたが、なかなか結果が出なかったり、怪我で野球が出来なかったりチームには迷惑をかけてしまいました。
最後の最後まで優勝という結果は残せませんでした。しかし160人全員が一致団結してこの早慶戦で2連勝できたことは主将として冥利に尽きる結果でした。
僕は常に心がけてきたことが2つあります。
まずひとつは部員とコミュニケーションを欠かさないことです。
上級生下級生問わず、野球の話はもちろん、どんなにくだらない事でも積極的に話すことを心がけました。
もうひとつは周りを常によく観察し、一歩引いた目線でチームを見ていくことです。
人の表情は周りに伝染します。どんな状況でも自分を見失わないことを前提に、周りを見渡してきました。
この点で、笑っているつもりはないのですが常に笑顔でいられる(らしい)僕の性格が非常に助かりました。
当たり前でたいしたことではないですが、僕が主将として何をすべきか?どうチームに貢献できるか?どう“日本一”のTEAMを創り上げるか?これらを念頭に考えた結果です。
本当にこの1年間支えてくれた部員たちに感謝します。
おかげで自分の中では“日本一”のTEAMを創り上げることが出来ました。ありがとう。


そして相場監督、前島部長をはじめOBコーチの方々、また慶應義塾高時にお世話になった恩師の方々には深く御礼を申し上げたいと思います。
この7年間慶應義塾の野球部で学んだものは今後も自分の支えとなっていきます。ありがとうございました。
最後に両親をはじめ家族のみなさん、優勝して恩返しは出来なかったけど有終の美を飾れたのは家族の支えがあったおかげです。
今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします。


僕たち4年生はこの秋をもって引退しますが、慶應義塾野球部の伝統はまた後代に引き継がれていきます。
後輩たちが僕たちの果たせなかった優勝を成し遂げてくれると信じているので、
このブログをご覧になられている皆様には、引き続きご支援ご声援頂きたいと思います。



ありがとうKEIO!

漆畑哲也

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October 30, 2009

こんばんは。
4年マネージャーの林 健太郎と申します。
いよいよこれが野球部生活最後のブログになると思います。
いつもこの慶應野球部のブログをご覧になって頂き、ありがとうございました。
また、これまで私たちのチームをご声援下さった方々には本当に感謝しております。
この場をお借りして、深く御礼を申し上げたいと思います。

今日から迎える慶早戦が私たちの代での最後の試合になります。
いつも以上のご声援をよろしくお願い致します。

今回は4年生のマネージャーとしての一年間、自分の考えてきたことについて、抽象的ではありますが、記していきたいと思います。
後輩マネージャーへ残すメッセージとしても役立てられればと思います。
相変わらず固い文章になりますが、最後まで読んで下されば幸いです。


僕の4年生での役職は、実はただのマネージャーではありませんでした。
4年生になった時に慶應義塾体育会野球部史上今までにない役職を監督より拝命致しました。

「プロジェクトマネージャー」(訳してPJM)

昨年の野球部納会の際に監督がこの肩書きを下さった時、皆からからかわれた覚えがあります。今でもこの肩書きは認知されていないかもしれません。
とある人にはプロジェクトリーダー!と呼ばれたり、また別に人にはエグゼクティブマネージャーと呼ばれたり・・・。
先日ある業者の方から頂いたメール中に「プロダクトマネージャー」と書いてありました。
(生産管理は野球部の仕事の中にはないような・・・。)

この「プロジェクトマネージャー」が部内で何を担うのか?
任命されたのは良いものの、これに具体的な答えは用意されていませんでした。
従って、最初の仕事は
「プロジェクトマネージャーとして、何をやるのか」
ということでした。

そこで僕がこの一年間テーマとして決めた、つまり「プロジェクトマネージャー」の担う仕事として考えたこと。それは、
「10年後、20年後…50年後の慶應義塾体育会野球部がより良い部となっている為に、今から中長期的に取り組むべき課題を見出し、基礎を作ること」
でした。

慶應義塾体育会野球部は昨年度で創部120周年を迎え、日本で一番歴史のある野球部の一つとして存在しています。
先輩方が残してきた業績、足跡は数知れず。この野球部が神宮球場という舞台で、学生野球らしからぬ大勢の観衆に恵まれながら試合をすることが出来るのは先輩方の尽力によるおかげだと思います。
しかしながら、僕には120年の歴史を背負う野球部としての「誇り」が示す、負の部分しか見えませんでした。

慶應義塾、あるいは、慶應義塾体育会野球部というネームが先走るばかりで、今ある野球部が“日本の野球界”を誇れる存在であるのか?それだけの活動を行っているのか?
それは、成績という部分だけでは評価出来ないものです。もちろん成績が第一なのかもしれませんが、今までの野球部の歴史を遡ると、成績だけではない、数々の歴史のページを作り上げてきています。
「それにぶら下がっているだけの野球部では、今後進むべき道は右肩下がりの下り坂となるばかりではないだろうか。」「この野球部が50年後に存在出来ているのであろうか。」
このようなことを考え始めるからマイナスイメージしか生まれないのかもしれませんが、僕が拝命したプロジェクトマネージャーが考えるべきこととは、
「この野球部に対して、すべてを疑問に思い、問題を発掘すること」
であると考えました。

そうしてみると、色々なことが見えてくるものです。
殆どマネージャーの話となりますが、
・目の前の課題や難題が、振りかかってくるまで何も準備出来ていないこと。
(平時の際に有事を予想出来ていないこと。)
・野球部を応援して下さる方々、関係している組織・店舗などとの関係が希薄化し、すべて形式化してしまっていること。
・日本で最も歴史ある野球部としての慶應義塾体育会野球部が持つ魅力を充分に発揮出来ていないこと。
・現状維持に努めてしまう雰囲気・・・etc

なにか野球部に対して悪口を言っているような気がしますが、今挙げたものが僕の感じた問題意識(の一部)でした。抽象的ですが、ここからマネージャーとして感じる野球部の欠点が見えてきたのです。

懺悔するわけではありませんが、僕の感じるこれらの課題全てに対し処方箋を与え、治療が出来た訳ではありません。むしろ殆ど形になってはいないかも知れません。
ただし、少なからず後輩マネージャーに対し、このような視点を設けることを所々に伝えてきたつもりです。

4年生になると目の前のことで一生懸命になり、また今のチームで優勝をしたいという思いが先行してしまい、部に潜む普遍的な課題に手をつけられず、また、後の代に引き継げずに引退を迎えてしまいがちだと思います。
僕がこのような視点を持てたことは、偶然僕の代に男子マネージャーが二人居たことのおかげです。
主務でない僕が考えられることは何なのか?今後につながる取り組みが出来ないか?
ある種冷静に、自分たちの代を見ることが出来たことが、問題意識を持ち、それを解決していくことに繋がったように思います。

後輩マネージャー達は、僕が特に何もしていないように感じるかもしれません。
ただ、このような視座を引き続き後輩マネージャー達には持って欲しいと思います。
そうすれば、10年後、20年後の慶應義塾体育会野球部は今よりももっと洗練された、もっとも歴史ある、誇りある野球部になると信じています。


明日からの慶早戦を以て、私たちは引退になりますが、優勝を逃しても、一歩ずつ一歩ずつ前進するような野球部の、その大事な一歩となれたら良いなと思っております。
慶早戦は絶対に2連勝で宿敵早稲田を倒し、悔いなく後輩に道を譲ることが出来るように頑張りたいと思います。

最後になりましたが、今まで公私共々お世話になった方々、ご声援下さった方々、本当にありがとうございました。
これからも慶應義塾体育会野球部に対し、引き続きご声援の程よろしくお願い申し上げます。

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October 24, 2009

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同期のみんなが送ってきてくれる、思いの沢山詰まったブログ原稿の誤字脱字をチェックしながら、時に笑わされ、時にうるっとさせられる日常のひとコマ。
混んだ電車に揺られて日吉へ向かう朝。マネージャー室での時間。その間に起こる良い事悪い事、数々の出来事。そして帰途につく夜。
息詰まる試合。神宮の杜に響き渡る大声援。大舞台での場内アナウンス。

なにもかもがあと1週間と少しで終わってしまう現実。何とも言葉が見つかりません。

皆さまこんにちは!
慶應義塾湘南藤沢高等部出身、4年マネージャーの堀内奈央です。
いつも当ブログをご愛読下さり、本当に本当に有難うございます。
慶大野球部3代目のメインブログが終焉に近づく寂しさを感じながら、私のラストブログを書こうと思います。

あと約10日でリーグ戦も新人戦も終わり、やがて冬が来て、私も4月からは社会人となります。
これからの人生、新たな山も、見たこともないほど深い谷も経験することでしょう。ですが、塾野球部で過ごした日々を思い出せばきっと、結果的には全てが幸せの素と思える気がするのです。

昨年末、就職活動の相談に乗って下さった方の言葉にハッとさせられたことがありました。
「一生涯働くわけでないと思うと…どんな進路でもいいとさえ感じる」とやや後ろ向きだった私に、

「途中で辞めても、一生○○(その方の会社)の人間なんだよ」

ポンッとかけられたこの一言で、私にも火がつきました。

この言葉を言い換えるならば
「引退しても、一生塾野球部OB」であり
「卒業しても、一生塾員」なのです。

私は中学から塾に身を置いてはいますが、大学生になり、体育会野球部員となってから、幾度となく慶應義塾社中の素晴らしさを実感してきました。
そしてOBや塾員の方々に限らず、応援して下さるファンの皆さま全てが合わさって、ひとつのチームなのだという感触。
球場内外で多くの方々と過ごさせて頂いた時間が、私にとってかけがえのない宝物となりました。160人のチームメイトに限らず、周りの人々の笑顔の瞬間――目に焼きついています。顔を合わせることは叶わなくても、ブログの向こう側で対話させて頂く方の温かいお言葉も心にしみました。

結果として、私たちの代は1年上の先輩方同様、戦績としては4年間で一度もリーグ1位に届きませんでした。
ファンの皆さまのためにも、自分たちのためにも、結果を残す責任があることもまた事実だとは思います。
勿論こういった点も大切なのですが、それ以上に、
“自分たちこそが最高のchampionだと思えるチーム”
であれたらな、と思うのです。
戦績上のchampionではなくとも、最後まで自分たちのベストを尽くすことができれば、完全燃焼しきることに繋がる。最高の状態で学生野球を閉幕できる。くもりひとつない笑顔で終われる。
そんなチームの一員でありたいと思うのです。

引退まであと僅かしかありません。
少々表現がオーバーになってしまいますが、ここにいた記憶がなくなってしまってからも、天国へ行ってからも、この野球部で過ごした時間は決して消え去ることのない軌跡です。
だからこそ、最後の一瞬まで駆け抜けたいと思います。

生まれ変わっても、男の子でも女の子でも、この場所に戻ってきたい。そしてまた、ここでしか得られない絆を確かめたい。
こんなにまで深く愛することを教えてくれた慶應義塾体育会野球部というチーム、周りの方々を含めた目に見えないほど大所帯のこのチームに、感謝の念でいっぱいです。
何から何まで支えてもらい通しだった母にも、なんと言えば良いのか分からないほど感謝してもしきれません。ありがとう!

楽しかった、と一言で済ませられる程簡単な4年間ではなかったけれども、苦楽全てを含め、非常に濃い日々でした。
この「経験」を背負うことができて私は幸せです。
塾野球部での4年間を糧に、良き社会人、そして良き家庭人になります!!

何があっても最後は絶対に笑って終わりたい。
そう言いながら結局号泣必至なのは、残念ながら非常に涙もろい私自身が一番よくわかっているのですが…笑、それはそれで良い涙で塾野球部現役時代に別れを告げたいと思います。

悲願の優勝の夢は6週目にして潰えましたが、チームメンバー全員が胸を張って、心の中でのchampionを自負できるよう、最後まで戦いぬきます。
私たちには早慶戦という素晴らしい舞台、丘の上という素晴らしい曲が準備されているのですから。

今季最終週。塾野球部が最後まで決して諦めず、“心のchampion”を掴む様を是非お見守り下さい。
そして、夢のつづきを託す創部122周年世代以降の健闘を、末永くお祈り頂ければ嬉しいです。私も来年度からお仲間に入れさせて頂きます!

国内外問わず、塾野球部を気にかけて下さる方が驚くほど沢山いらっしゃる事は、とても幸せなことです。皆さまの愛に、少しでも恩返ししたいと強く感じました。塾野球部員としての残りの日々、そしてOBとしてのこれからの長い日々を、大切に一歩一歩進んでいきたいと思います。

毎度長くなってしまう私のブログも、これにて失礼させて頂きます。本当に有難うございました。
皆さま方への感謝の気持ちを忘れずに、早慶戦まで全力疾走していきたいと思います。
チーム全員の想いを終結させ、総力戦で…絶対に勝ちましょう!

今後とも塾野球部を何卒宜しくお願い申し上げます。

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October 22, 2009

こんばんは。随分、前のように感じられる冷夏が終わり、リーグ戦が始まり、そして、そのリーグ戦も終盤に差し掛かって参りました。先日、皆の思いも叶わず、惜しくも優勝への道を閉ざされてしまった明治戦。試合後のロッカールームでは、皆々、様々な思いを胸に巡らせていたことでしょう。泣く者は多数を占めていましたが、けれども、違う表情を浮かべていた者もいたような気がします。

四年投手の山本龍馬です。今回で僕は最後のブログとなりますが、足を止めて下さった方、暫らくの間お付き合いよろしくお願いします。


僕自身、ロッカールームでは、悔しいという気持ちと、優勝というものが無くなり、いよいよ、早慶戦を機に、真剣に向き合い続けてきた野球という競技から退くという事柄が、現実味を帯びてきたなという気持ちを抱きました。

僕にとって非常に大きな存在であった野球について少し振り返ろうと思います。

僕が野球を始めたきっかけは、兄弟も野球をしていた影響もあり、自然とやるのが当たり前、といった具合によるものです。しかし、兄のきつそうな姿を見ていたこともあり、初めは通う事に躊躇していました。その当時、父の「野球をしないと飯を食わせない」といった、半ば脅し染みた発言を受け、嫌々始めてみました。そんなちょっとつまみ食いする程度の気持ちで野球を始めてみた処、その面白さに魅了されて、すっかり夢中になってしまいました。そのまま小中高とずっと続きました。今思うと僕自身の転機となったのは、やはり高校最後の夏の予選でした。夏の予選で最後の打者として打ち取られ、(余談ですが、夏の予選では兄弟三人、最後の打者として打ち取られています笑)当時、どのような進路を取ろうかと思案していた僕に、大学でも野球をやりたいと改めて決意させてくれた機会でした。悔恨、不甲斐なさ、無念といった負の感情が織り交ざり、何とも表現し難い気持ちをその時初めて経験しました。それだけのショックから、野球が下手な自分と決別したいと感じ、強豪校で技術を磨きたいという願望が一気に芽生えました。

それからというもの勉強に勉強を重ねました。元の地頭も悪く、また、進学校の人とかなりの差があるのは明白でしたから、そこは根性で解決するしかないとその当時は考えていました。

浪人の末、晴れて慶大野球部の門をくぐれた訳ですが、入部当初は様々な障害に困惑しました。やはり、県立高校出の僕は、云わば、ぬるま湯の中でしか野球と関ってきた事が無かったので、慶大野球部の様なきっちりとした組織の中の制度、習慣には戸惑いばかりでした。また、客観的に見れば、自己中心型人間に属している僕は、人間関係、コミュニケーションに本当に苦労しました。第二寮で皆に迷惑を掛け、谷地を始め、みなにひんしゅくを買ってしまった事もありました。中林と雑用上での本気の口論もありました。今思い出しても、本当にほろ苦い思い出です…汗。

最終学年として迎えた今年を顧みようと思います。まず、チームの皆にキャンプ早々、迷惑をかけてしまいました。こんな事を言ったら語弊があるかも知れませんが、その出来事で、同期の本年に対する想いをより鮮明に解しました。自分、自分という視点に人はなりがちで、僕自身、試合にどう出ようかということだけに囚われ、躍起になっていましたが、四年生皆の気持ちが痛いほど胸に突き刺さり、その後にチームの中で自分はどう在るべきかと模索する様になった気がします。自身の出場を追いかける事は勿論ですが、チームとしての自分の在り方、役割を試行錯誤しながら、今日まで過ごしてきました。

このような経緯を辿って、野球を続けてきました。僕にとって野球は、かけがえのない存在でした。話を戻しますが、ロッカールームでは、最後まで高校時代の時の様な悔しさによる涙は流れませんでした。中途半端に終わってしまった高校時代とは違い、目に見える結果は正直出ませんでしたが、4年間とことん打ち込んでこられた、この事実はあの時と比べて、成長できた処なのかなと、むしろ満足感、充足感の方が強かったような気がします。

多分、この先、野球に携わる可能性は低いですが、大学まで野球を続けられて、野球という競技に悔いはありません。悔いがあるとすれば、これしか野球を上手くなれなかった事でしょうか。両親とか、頑張れば良いとか言うのですが、やっぱり、試合に出て、プレーを見せる事で、しっかりやったよ、と言いたかったです。後輩には同じような苦汁を味わって欲しくありません。神宮という晴れ舞台の為の努力を怠らないで欲しいと思います。

刹那の積み重ねが、期間である。四年間という長い期間でしたが、一瞬一瞬、懸命に過ごしてきたつもりです。最後になりましたが、相場監督、並びに菊地コーチ、小泉コーチ。今まで本当に有り難うございました。三人の存在が、より大学野球生活を密で濃いものにしてくれたと感じます。この場をお借りしまして、感謝を述べさせて戴きます。

そして、同期の皆。本当に四年間、迷惑を掛けっぱなしでした。本当にすいません。でも、皆に本当に感謝をしています。ありきたりな言葉になってしまうけど、有り難う!

家族。今更ながら、家族の支えなくして、野球は続けてこられなかったと思います。今だからこそ、尚、一層感じます。高校で、エースになれなかったような愚息に、やるだけやらせてくれて、本当に有り難う。感謝をしています。


まとまりのない文章になり、すみません。皆様、四年間有り難うございました。今後、混迷を窮める社会という場所に野球で培ったものを礎に挑んでいきますが、どうか、この先の人生も温かくお見守り下さい。そして、これからも慶大野球部により一層のご声援を宜しくお願い致します。

何か野球が終わってしまったかの様に書き綴ってしまいましたが、まだ1カード残っています。今回の内容は一区切りとしてのブログと解釈して下さい。さあ、ラストカードの早慶戦。優勝が無くなったと言っても、絶対に負けられない相手に変わりはありません。全力で臨み、必ずや勝利し、笑顔で終われればと思います。残りの時間も成長を止めずに、最高の準備を持ってして戦い抜きます!

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October 21, 2009

こんばんは。四年吉田草平です。

対明治大学三戦目後のオフ、僕は全くの腑抜けでした。目的地もなく海に漂うゴミのようで、そんな自分に恐怖を抱いたくらいです。

学生コーチとして働くことは、自分がやっていることが優勝につながると思えばこそできたことです。その優勝の可能性を失うととたんに弱い自分が心を支配しました。

そんな中むかえたオフ明けの練習でこんなことを言った選手がいます。
「優勝の可能性はなくなった。けれど俺達には早慶戦というもう一度戦える場所がある。来年のチームのためにも、また106年という伝統を背負うものとして早慶戦まで全力でいこう」

感動しました。

今すべきことは慶応野球部の一員として全力を尽くすことだと思います。

最後に、いつも応援して頂きありがとうございました。

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October 20, 2009

慶大野球部ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

月日が経つのは早いもので、今回が最後のブログとなります。
宮城県仙台第一高校出身、総合政策学部4年、捕手の原子陽平です。最後までお付き合いいただければ幸いです。

私は、ある言葉に最近出会いました。それは「天才とは努力する凡才のことである」というものです。これは、天才は数であり、数のみが質を生むとも言えるし、それだけの数をこなせるほど、情熱的なまでにその物事がすきだからこそ天才になれたということのようです。

今までに天才と呼ばれてきた人はたくさんいると思います。しかし、天才と呼ばれてきた人々は、それだけの努力を行ってきた人ばかりだとお思います。どんなに才能を持っていたとしても、才能を開花する努力の出来ない人間は、結局何も得られません。

野球でも同じだと思います。結果を残している選手は必ず練習していると思います。
そして練習した分、結果が返ってくると分かっているから、更に努力することができるのだと思います。

スポーツにおいては勝負の世界なので勝つか負けるかのどちらしかありません。勝ったり、結果が出れば練習していることは意味があったと思えますが、負けたり、結果がなかなかでないと練習が意味ないと思ってしまうこともあると思います。しかし、先にも言いましたが、結果の出る選手は、必ず練習しています。情熱的に野球に打ち込んでいると思います。

私は、最後までこの言葉を信じて野球の技術向上のために努力し続けたいと思います。
そして、後輩に何か伝わればとおもいます。

まとまりのない文章でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。全力で戦っていきますので、残りの試合も、そしてこれからも塾野球部の応援をどうぞよろしくお願いします。

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October 13, 2009

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慶大野球ブログをご覧のみなさんこんにちは。4年投手の村山雄紀です。自称なまはげ王子もとうとうブログ上でみなさんの前に姿を現すのも最後となりました。このブログを通して、そして神宮球場、地元秋田から声援を送って下さるみなさんからはいつも勇気をいただきました。それと大学まで野球をやらせてくれた家族には本当に感謝しています。この場を借りてお礼をさせていただきます。どうもありがとうございました。



ところで、みなさんは「キンモクセイ」をご存知でしょうか。今、日吉のグランド周辺はキンモクセイの香りであふれています。匂いフェチである僕は、この甘くしっかりとした強さを持っている匂いが大好きです。しかし、この花が咲き始めると毎年寂しい気持ちなります。あー、ついに今年も別れの季節がやってきたかと。



先日、相場監督が主催した「4年生決起集会」がありました。会は第一合宿所の食堂にてビールを飲みながらおいしいすき焼きを食べるといったものでした。4年生の結束を深め、一枚岩となって明治、早稲田に向かっていこうという監督の言葉とともに会はスタートしたのですが、用意された何十本ものビールが1時間もしないうちに飲み干されるほどに盛り上がりました。みんな汗だくになりながらすきやきを食べ、下級生時代の苦労話をしたり、明治戦に向けての議論を交わしたり、飲み比べをしたり、健太郎がねこひろしになったり、湯浅がトイレに立てこもったり。。。

もう本当に楽しかった!!(相場監督が一番楽しそうでした笑)




僕は改めて思いました。

この最高の仲間と優勝したい。

そして、相場監督を胴上げしたい。と。




おそらく、僕が本気で野球をやるのは大学で最後になります。正直言って今まで自分が何で野球をしているのかということがはっきりわかりませんでした。しかし、野球人生が終わる直前にしてようやく答えが出たような気がします。

キンモクセイの花言葉は「真実」だそうです。


その真実・・・僕は野球が大好きだということです。


残り2カード、僕に関わる全ての人へ、そして大好きな野球への感謝の気持ちを神宮球場で思いっきり表現したいと思います。最後の一瞬までENJOY BASEBALL!!



最後までお付き合いいただきどうもありがとうございました。今後とも慶大野球部をどうぞよろしくお願いします。4年投手 村山雄紀



P.S きっと来年からは、キンモクセイが香る季節がやってくる度に、優勝に酔いしれるみんなの笑顔を幾度となく思い出すことでしょう。

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October 12, 2009

matsushita091012

みなさんお久しぶりです。今シーズンは一塁コーチャーボックスまで全力疾走をすることにしました。そのせいなのか、最近腰が痛いです。どうも、学生コーチを務めます松下優太です。月日が経つのは早いもので今回のブログが最後になります。はりきっていきたいと思います。

開幕カードを落とす、まさかの秋季リーグの開幕。

負けたら優勝は消える。そして、迎えた法政戦。二連勝。

東大戦。二連勝。

このチームならいけると思った、立教後の二週間の練習がありました。4年生にとってはラストシーズン何がなんでも優勝したいと強い気持ちがあり、3年生以下も必死になって練習しました。
開幕カードを落とし、法政に負けると「…………」多くのことが頭を過ぎったのは事実です。しかし、立教後の練習期間誰一人としてそういう会話をする選手はいませんでした。チームみんなが出ている選手を信じ、チームの勝利を信じているということを強く実感しました。

そんなチームの中の一員でいられることを素直に誇りに思いました。


「人生の財は友なり」


これは私がまだ小学生だった頃、当時PL学園の監督であった中村順司さんから頂いた言葉です。この言葉が私の座右の銘になっています。

これまで過ごした野球を通した生活の中で、負けて何も残らないということはありませんでした。多くの信頼のおける“友”ができました。今の慶應野球部も同じで、負けて何も残らないということはありません。しかし、勝負の世界で生きてきた選手たちと最後は厳しい戦いに勝利し終わりたと思います。

そして、私には1、2年生の監督というもう一つの顔があります。
早慶戦後に行われた春の新人戦では、惜しくも準優勝に終わり悔しい思いをしました。明治の胴上げをこの眼にしっかりと焼付け、秋には必ず優勝してやるという強い気持ちで練習しています。秋は早慶戦で優勝を決めた後、彼らと一緒に春の悔しさを神宮でぶつけます。

大学日本一、新人戦優勝するという強い気持ちを持ち続けます。そして残りの野球生活を充実したものにしていきたいと思います。

ブログを御覧のみなさま、並びに慶應野球部を応援してくださったみなさま今までありがとうございました。神宮球場での声援、ブログの一つ一つのコメントがとても大きな支えになっていました。一旦、お別れになりますが、またどこかで会いましょう。今後共、応援宜しくお願いします。

〜最後に、一番お世話になった両親へ〜
いつもは恥ずかしくて言えないのでこの場を借りさせて頂きます。ブログを見てくれているかどうかわかりませんが。

おかん
 小学校、中学校、高校といつも何ひとつ文句を言わず、試合の時は送り迎えをしてくれて、朝も早くから毎日弁当をつくってくれてありがとう。多くの大切な友達が出来ました。最後は笑って終わります。ありがとう。

親父
 多くの人と出会って来ましたが、やはり一番尊敬できる人です。親父の様に、甲子園の決勝・大学選手権の決勝の舞台にはまだ立てていません。最後に最高の仲間と日本一になり、肩を並べられるように頑張ります。ありがとう。


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