October 22, 2009

こんばんは。随分、前のように感じられる冷夏が終わり、リーグ戦が始まり、そして、そのリーグ戦も終盤に差し掛かって参りました。先日、皆の思いも叶わず、惜しくも優勝への道を閉ざされてしまった明治戦。試合後のロッカールームでは、皆々、様々な思いを胸に巡らせていたことでしょう。泣く者は多数を占めていましたが、けれども、違う表情を浮かべていた者もいたような気がします。

四年投手の山本龍馬です。今回で僕は最後のブログとなりますが、足を止めて下さった方、暫らくの間お付き合いよろしくお願いします。


僕自身、ロッカールームでは、悔しいという気持ちと、優勝というものが無くなり、いよいよ、早慶戦を機に、真剣に向き合い続けてきた野球という競技から退くという事柄が、現実味を帯びてきたなという気持ちを抱きました。

僕にとって非常に大きな存在であった野球について少し振り返ろうと思います。

僕が野球を始めたきっかけは、兄弟も野球をしていた影響もあり、自然とやるのが当たり前、といった具合によるものです。しかし、兄のきつそうな姿を見ていたこともあり、初めは通う事に躊躇していました。その当時、父の「野球をしないと飯を食わせない」といった、半ば脅し染みた発言を受け、嫌々始めてみました。そんなちょっとつまみ食いする程度の気持ちで野球を始めてみた処、その面白さに魅了されて、すっかり夢中になってしまいました。そのまま小中高とずっと続きました。今思うと僕自身の転機となったのは、やはり高校最後の夏の予選でした。夏の予選で最後の打者として打ち取られ、(余談ですが、夏の予選では兄弟三人、最後の打者として打ち取られています笑)当時、どのような進路を取ろうかと思案していた僕に、大学でも野球をやりたいと改めて決意させてくれた機会でした。悔恨、不甲斐なさ、無念といった負の感情が織り交ざり、何とも表現し難い気持ちをその時初めて経験しました。それだけのショックから、野球が下手な自分と決別したいと感じ、強豪校で技術を磨きたいという願望が一気に芽生えました。

それからというもの勉強に勉強を重ねました。元の地頭も悪く、また、進学校の人とかなりの差があるのは明白でしたから、そこは根性で解決するしかないとその当時は考えていました。

浪人の末、晴れて慶大野球部の門をくぐれた訳ですが、入部当初は様々な障害に困惑しました。やはり、県立高校出の僕は、云わば、ぬるま湯の中でしか野球と関ってきた事が無かったので、慶大野球部の様なきっちりとした組織の中の制度、習慣には戸惑いばかりでした。また、客観的に見れば、自己中心型人間に属している僕は、人間関係、コミュニケーションに本当に苦労しました。第二寮で皆に迷惑を掛け、谷地を始め、みなにひんしゅくを買ってしまった事もありました。中林と雑用上での本気の口論もありました。今思い出しても、本当にほろ苦い思い出です…汗。

最終学年として迎えた今年を顧みようと思います。まず、チームの皆にキャンプ早々、迷惑をかけてしまいました。こんな事を言ったら語弊があるかも知れませんが、その出来事で、同期の本年に対する想いをより鮮明に解しました。自分、自分という視点に人はなりがちで、僕自身、試合にどう出ようかということだけに囚われ、躍起になっていましたが、四年生皆の気持ちが痛いほど胸に突き刺さり、その後にチームの中で自分はどう在るべきかと模索する様になった気がします。自身の出場を追いかける事は勿論ですが、チームとしての自分の在り方、役割を試行錯誤しながら、今日まで過ごしてきました。

このような経緯を辿って、野球を続けてきました。僕にとって野球は、かけがえのない存在でした。話を戻しますが、ロッカールームでは、最後まで高校時代の時の様な悔しさによる涙は流れませんでした。中途半端に終わってしまった高校時代とは違い、目に見える結果は正直出ませんでしたが、4年間とことん打ち込んでこられた、この事実はあの時と比べて、成長できた処なのかなと、むしろ満足感、充足感の方が強かったような気がします。

多分、この先、野球に携わる可能性は低いですが、大学まで野球を続けられて、野球という競技に悔いはありません。悔いがあるとすれば、これしか野球を上手くなれなかった事でしょうか。両親とか、頑張れば良いとか言うのですが、やっぱり、試合に出て、プレーを見せる事で、しっかりやったよ、と言いたかったです。後輩には同じような苦汁を味わって欲しくありません。神宮という晴れ舞台の為の努力を怠らないで欲しいと思います。

刹那の積み重ねが、期間である。四年間という長い期間でしたが、一瞬一瞬、懸命に過ごしてきたつもりです。最後になりましたが、相場監督、並びに菊地コーチ、小泉コーチ。今まで本当に有り難うございました。三人の存在が、より大学野球生活を密で濃いものにしてくれたと感じます。この場をお借りしまして、感謝を述べさせて戴きます。

そして、同期の皆。本当に四年間、迷惑を掛けっぱなしでした。本当にすいません。でも、皆に本当に感謝をしています。ありきたりな言葉になってしまうけど、有り難う!

家族。今更ながら、家族の支えなくして、野球は続けてこられなかったと思います。今だからこそ、尚、一層感じます。高校で、エースになれなかったような愚息に、やるだけやらせてくれて、本当に有り難う。感謝をしています。


まとまりのない文章になり、すみません。皆様、四年間有り難うございました。今後、混迷を窮める社会という場所に野球で培ったものを礎に挑んでいきますが、どうか、この先の人生も温かくお見守り下さい。そして、これからも慶大野球部により一層のご声援を宜しくお願い致します。

何か野球が終わってしまったかの様に書き綴ってしまいましたが、まだ1カード残っています。今回の内容は一区切りとしてのブログと解釈して下さい。さあ、ラストカードの早慶戦。優勝が無くなったと言っても、絶対に負けられない相手に変わりはありません。全力で臨み、必ずや勝利し、笑顔で終われればと思います。残りの時間も成長を止めずに、最高の準備を持ってして戦い抜きます!

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この記事へのコメント

1. Posted by ikeike   October 23, 2009 20:53
3年前にあの熱血マネージャーによってこのブログコーナーが立ち上がる前は、KEIOのホームページは、正直に言って「可もなく不可もなし」という感想を持っていました。しかし、今ではこうして山本さんをはじめ皆さんの文章を読ませていただき、しかもコメントも送らせていただく恵みにあずかり、ただ試合で慶應を応援するというだけではなく、一人一人を応援させていただく思いになっております。山本さんの生い立ちを振り返る文章を拝読して胸が熱くなりました。それだけに、今シーズンの試合も残り僅かとなり私も寂しさを感じます(-山本さんの思いが感染した-笑-)が、特に4年生がこの4年間の思いを結集して戦い抜くことを応援しております。あと一週間しっかりと準備して慶早戦に望んでください。ガンバレ、KEIO!
2. Posted by Massy   October 24, 2009 10:26
山本君 良い野球部生活でしたね。未だ一ゲーム残っているけれど...
慶應野球部の部員は皆、すなをに「親への感謝をしている」当たり前の話だけどとても大事な事。キット君のこれからの長い人生に役立つよ。友達も沢山出来る。頑張れよ。
3. Posted by 自佑の☆☆   October 25, 2009 17:31
山本君こんにちは('-'*)
ブログ読みながら、じ〜んと来ました。
ラストブログということが余計に拍車を賭けました。明治戦終了後のロッカールーム想像できます。私もそこに居たら多分ボロ泣きして居たと思います
残念ながら、夢は叶わなかったけど、皆さんが優勝と云う目標に向かって心を一つにしての頑張りはこちらのブログからも充分に感じることができました。
いよいよ来週はリーグ最終の慶早戦!他のカードとは違う伝統の一戦
悔いが残らないように全力で打倒早稲田を…
なんだか今回も拙いコメントしか書けませんでしたが幾度となくこちらでお話しさせて頂いて本当に楽しかったですありがとうございました!これからの山本君の人生も素晴らしいものとなりますことを願って居ます。

4. Posted by 一球入魂SP!!   January 02, 2010 19:28
明けましておめでとうございます。野球部を引退してからの新生活はいかがですか。
山本さんは引退後の進路が、在学ということなので、今年就職活動なのでしょうか?是非野球で培ったパワーで頑張って下さい。
p.s.いい名前ですね。

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