2015年02月03日

祝日について考える

 今年の祝日とされる日数は17日ある、祝日の数の多さも然ることながら不可解な休みがある。5月6日の振替休日は何のためにあるのか、誰が何の理由で設けているのか国民に説明が無く理解しにくい。

 恵まれない庶民に説明や理解する必要もなく、祝日はお目出度い日でありがたく休めばいいのか。

 過って国民が皆中産階級と言われたことがあったが、現在は格差社会で恵まれた者と恵まれない者とに分かれた。

 ここで祝日の恩恵を受けるの階層は誰か、国会議員を始め公務員、銀行、大企業の正社員であるサラリーマン等である。恵まれない階層とは、零細企業者とその従業員で契約社員や派遣社員などの下層階級の庶民である。明治維新以後の近代化により、正月とお盆の藪入りを持ち出すまでもないが、一日、十五日の休みが時代と共に進んだ。恵まれない我々の記憶には敗戦後日曜日は暦に赤い数字になっていたが、戦後の復興期で寝る間も惜しんで残業して働いた。祝日も有ったがお正月の三が日と子供の日と、藪入りの延長でお盆休みの三日の程度であった。
 
 戦後の復興が進み日曜も人並みに休めようもなり、祝日も半分は休めるようになったが、恵まれた階層は土曜日も休日と週休2日になった。恵まれない階層も人手不足の解消のため、少しずつ労働条件がよくなり休めるようになった。しかし、休日が増えれば労働時間が減少して生産性が上がらず、その分を残業で補った。

 ここで祝日の恩恵を受ける階層のトップは国会議員で、土日とパッピーマンデなどをデッチ上げの休日に地元の選挙区に帰り次の自身の選挙活動の余念がない。次は公務員で土日祝日は働かなくても良い日が多ければ多いほど良い、銀行などの金融機関は365日毎日休みなく金利が稼げる、しかも恵まれな者が働かない日もでもある。そして大企業の正社員であるサラリーマンも暦の通りで言うまでもない。

 恵まれない階層はグローバルな競争に巻き込まれて生産コストの影響をうけ、零細企業は大企業の下請けなどは、部品単価を中国並み(ちょっと古いかも)でなければ受注できずに低コルトで数をこなすためにも祝日も休日もない。零細企業は契約社員や派遣社員で賃金を抑えて部品単価を抑制する。契約社員や派遣社員は働いてなんぼの世界で、祝日ばかりでなく土日の休みもなく働かねば生活ができない。
 
『主権回復の日』として、4月28日を主権回復記念日にする議員連盟が祝日にする祝日改正案を提出したり、『海の日』があるのだから『山の日』と何でも彼でも屁理屈をこねて祝日を多くすることばかりを考えている。5月の連休などは無理やりまとめて長い連休を作って、4月28日も祝日になると恵まれた階級は10日となる可能性がある。昭和30,40年代に土日が休みが取れない社会情勢の時に、休日を多く与える考え方で何時の間にか祝日が多くなった。今年のハッピーマンデーは5日もあり、国会議員や役人どもは戦後のGHQの支持通り我が国の衰退に今でも手を貸している。安倍首相は戦後のレジュームの脱却はこのいい加減な祝日の整理こそ我が国の再生の根本である。

 祝日も基本的な戦前からある祝日以外は記念日とて残し、動かせる祝日は休日としないで記念日とする。そしてハッピーマンデなどと浮かれる日を無くすべきである。

 一年365日で、一週間は7日、一年間に52週ある。土日を合計すると、104日で有給休暇が20日と祝日17日を含めると、225日となる。一週間の7日の内労働日は4.3日となる、こ
れは恵まれた階層の話で、恵まれない階層は仕事を休めば収入が無い現実を直視すべきである。

 グローバルを標榜するならば国民全体が世界と戦える力を付けねば、少子高齢化の時代を乗り越えられない。恵まれた階層が休日には高速道路を埋め尽くし、新幹線を満員での移動する先の観光地の宿泊等のサービス業では、休日や祝日にこそ働いている。宿泊先のホテルや土産物屋の従業員やタクシーの運転手などの人たちは休めない。このサービス産業に従事する人の割合が増えている。

 我が国は1960年代から70年代の高度経済成長時代に「一億総中流社会」などと呼ばれた時期があった。今は過酷な労働で若者たちの使い捨てが疑われる「ブラック企業」が問題視されているが、国民の平均年間所得が450万円程度、比較的恵まれたサラリーマンの平均年収が650万円くらいだ。恵まれない階層の最低限は生活保護を受けている人たちより低い200万円程度という現実だ。これでは有給休暇の取得などは金銭的余裕がなく夢のまた夢である。働く実働日数が制限されていて時給で計算される階層の労働者は迷惑をこうむる。その日その日に困る階層にいくら休日を与られても、長期に休みを楽しむ可処分所得が無ければ宝の持ち腐れだ。

 西洋のキリスト教の文化で人間の犯した罰として週6日の労働と1日の休日が与えられ、働かないのは王侯貴族とのことだ。我が国は縄文の狩猟・漁労・採集の時代へて、弥生の農耕の生活変化により勤労する喜ぶ神道的な価値観を得た。米や麦など常に手を掛け育てて実りの秋の収穫の喜びを、神に感謝して勤労を感謝することを大事にしてきた。敗戦後70年の節目の年、祝日や休日の意義を問い直さねばならない。

時間的に地球が小さくなり世界との距離は縮り、労働賃金の平準化をもたらして労働集約型
の大企業の海外流失が続いている。新春の経済団体は安倍首相の要請で今年も賃上げの要請を受け入れて約束したが、これらの企業もますます海外進出は止まらない。国内に残る脱出できない大半の恵まれない企業は、人口減少と仕事の減少と低賃金の三重苦に喘いでいる。

 年間実働日を増やし時間当たりのコストを軽減して他国との競争に対抗できねば、ますます国内産業の疲弊化が進み経済の再生どころか日本国の沈没は目前である。罪の労働と喜びの労働の価値観の違いを認識し、明るく楽しい労働による、勤勉な国民による国造りをするには祝日を記念日にすることで可能であろう。

 アベニミックスの次の矢の最優先は、祝日の削減が我が国の元気の源であることを銘記すべきである。仁徳天皇の民のカマドの例を持ち出すまでもなく、底辺の階層の底上げをしなければ経済の復活と国の繁栄もない。経済の再生は富士山頂がらのシャワー効果が富士山麓に湧水となるまで、国民経済はそれほど時間的な余裕はない。

                       蟇糎況彜鐇什扈蝓|翅次/福2015年1月8日記)


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2012年06月04日

夏の節電と決断

中村進(日本圧力計温度計工業会顧問)

みのもんたが朝のテレビの番組で、原発の再稼働には反対でみんなで節電をしようとアジっていた。なんの責任も持たない軽口で原発の再稼働に反対なら、かってのオイルショクの折、計画停電や自粛で切り抜けたことを思いだす。

テレビの番組も自粛して中止したと記憶している、今回もテレビ放送を各局道回りで放送中止する自粛日を決めれば、放送局と視聴者も共に自粛してそうとの節電効果が上がるし啓蒙効果が上がること間違いない。

みのもんたが自認する影響力があるなら、自ら節電の実を上げるためにも率先垂範すべきである。聞くところによると、彼の奥さんがつい最近の亡なられたと聞く。自称仕事の鬼だか知らないが、最愛の妻の看病もろくにしないでテレビの時間を己のために占有するとは哀れの一言に尽きる。

大飯原発の再稼働にむけ、首相が来週にも決断するとの報道があった。消費税増税で小沢との会談で物別れでは、大飯原発再稼働でも決断しなければ野田首相の存在感はない。再稼働を反対していた橋下大阪市市長さえも、夏の電力危機を乗り越えるため期間限定の再稼働の方向を示した。

ンコール放送の大河ドラマ『篤姫』の中で、(お)(かつ)が島津本家の養女として上る前夜に母(ゆき)した言葉が印象的だった。

『これからは多くの家来の上に立ち、いろいろと決断しなければならない立場になる。昔から一方聞いて沙汰するな、どんな人の声にもまんべんなく虚心に耳を傾け、その人その人の身になってよくよく考えるのです。それでも思い迷ょうたら考えるのを止めるのです、考えるのでなく感じるのです。自分に信じて感じるがままに任せるのです』とあった。

いま、野田首相は困難な数多くの政治課題で、大飯原発の再稼働、消費税増税、民主党分裂、…を抱えている。党内の抵抗勢力である、あの金に汚い政治家に群がる子分たちを見る時、自ずと方策の道筋が開いてくる。国民国民を連呼した腹黒政治家が、政治の停滞の主犯だと国民だれもが呆れていている。政治の混迷を脱するには党内融和だくでなく、国家の崩壊を食い止めてこそ首相がとるべき道である。

大飯原発の再稼働は電力不足による、更なる日本経済の沈下を防ぎ、繁栄の一歩を踏み出す決断を!

消費財増税を歓迎する国民はいないが、膨大な国債の赤字を目の前にした現在、遠いギリシャの国家財政の破綻をわが身に置き換えない日本国民はいない。消費財増税で玉砕した前首相は数多いるが、大多数の国民の後押しを信じなさい。

小泉純一郎前首相の郵政民営化の時の蛮勇もあるではないか、力とは決断力である。野田首相はクリーンなイメージがあり蛮勇もいいが、国家を繁栄に導く舵取り望みたい。

(2012年5月31日記)


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2012年05月18日

裁判官もお役人

中村進(日本圧力計温度計工業会顧問)


小沢一郎被告が無罪判決では国民が納得しない。判決の骨子は

小沢一郎もと代表は無罪

元秘書らは収支報告書に虚偽記入をした

4億円の簿外処理の報告を受け、了承していたが、元秘書らとの共謀は成立いない。

強制起訴は適法で有効。

事実と反する捜査報告書を作成し、検察審査会に送ることはあってはならない。

 

とあり、ジ里北戯瓩任蝋駝韻惑柴世靴覆い刑枷輯韻盖せない。

△慮吉觸颪蕕麓支報告書に虚偽記入をしただけでは、我々国民は税務報告書に虚偽の報告をすれば、ただちに、脱税とされることを裁判官はご存じない。

4億円の簿外処理の報告を受けて了承していたが、元秘書らとの共謀は成立していないでは、世間が通らない。

顱⇔磴┐弌株式会社の社長がわずかな金額でも簿外処理の報告を受けて了承していれば、経営上の監督責任は免れないし、株主に対し経営責任を問われる事を裁判官はご存じない。

髻△海虜枷輯韻麓村匆颪了伝箸澆冒造、役人の狭い法律のこね回す世間知らずを露呈した。

鵝元秘書らとの共謀は成立いないと裁判官は勘違いしているが、テレビの事件の報道で毎日の如く警察の幹部を始め、各官庁の幹部や会社の社長が、誰に謝罪しているのか判からないが、部下の不始末に対し取りあえずテレビカメラに頭を下げている。このように小沢の秘書の収支報告書に虚偽記載した不始末は、当然小沢一郎の責任である事は国民の常識であると思っている。

堯元秘書らとの共謀でなくとも、故意に簿外処理したのは政治資金規制法だかなんだか知らないが、政治家の脱法行為を見逃しては法治国家の根底にかかわり、この裁判官の税法上の無知は救い難い。

い龍制起訴は適法で有効の判断は、裁判官の良心に照らし妥当な判断で論表するまでもない。

イ了実と反する捜査報告書を作成は、取り調べ検察官にあってはならず、検察に対する国民の信頼を失墜させた責任は重大で言語道断ある。

 

政治家である小沢一郎は国民の目から見れば、清廉潔白でなければならず、国政を委ねるだけの信頼がなければなない。↓い塙駝洩楡ではこれだけの犯罪行為は許し難く、これが罷り通れば脱税や脱法行為により我が国の法秩序の混乱をまねくことを裁判官は覚悟しなければならない。

戦後の混乱期には税務署をいかにごまかしたかを、まことしやかに語たった事業経営者もいた。自分が経営の任に当てからは、顧問の経理士の助言により高い収益に相当する税金を心掛け、社内内部留保を積み上げてきた。

よく世間では節税対策のため自動車を買い替えたり、要らない高級な備品を無理に買い込んだりして、納税額を少なく指導するコンサルタントも居るが、高い利益の相当する税金を心掛け内部留保を積み上げたことにより経営を次代に委ねる時には、無借金経営にまで持っていたことに誇りに思っている。

小沢チルドレンが百数十人と数の力で野田政権に圧力を掛けているが、秘書に自分の責任身代わりとして刑務所に送って平然としているのを見ると、暴力団の親分子分の関係を見るようで、到底我が国のかじ取りを託す大物政治家の所業ではない。

税金を納めている国民と税金で法律をもてあそぶ生活している、役人の感覚の裁判官とにこれほど実社会と乖離しているとは恐ろしい。


(2012年5月5日記)



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2012年01月20日

一票の格差

村進(日本圧力計温度計工業会顧問)

民主党の夢想・空想・絵空事のマニフェストの「やると言った事はやらない」「やらないと言った事やっている」。マニフェストは総崩れになり解散総選挙が現実化してきた。一票の格差を問題化する弁護士を中心として提起されている。一票の格差があることは民主主義の根幹にかかわり、国民にとって格差があることは望ましくないことは論を待たない。しかし、国土の保全・辺境の地の防人たる沖縄や北海道・鳥取の人々と、大都会にひしめきあって便利な生活を享受している者とを、同一視する事の愚かさに気付いかなのは情けない。自らも都会の快楽的で便利な都会の生活に浸りきっている愚か者と同じなのは恥ずかしいかぎりだ。

他国からの侵略は地政学的に沖縄や北海道であり、強制大国を目指す丸々と太った金正恩大の北朝鮮からの侵略の最前線は、鳥取・島根である。これらの県との一票の格差を云々するなど大都会で声高に御託をこねている愚か者である。今年の寒波は例年にもまして大雪が日本海側の人々を苦しめている。屋根の雪下ろしで転落する事故の報道を接する時、冬晴れで温かい東京はこれらの煩わしさの労力と金銭的負担はないのはありがたい。

3.11の大震災の津波による生命財産の被害は、幸い東京の我々には及んでいない。東電の原発事故により福島の現地では強制的に住馴れたむた我が家や家族とも離れ、移転により職場や生活基盤を失い、悲惨な生活を強いられている。

茨木や福島の農業は米や野菜が風評被害で、無害のものまで都会の消費者の疑心暗鬼の被害を受けている。都会生活者はこれら食糧を供給は過疎地方の人々であることに日ごろ思いも及ばない。日本のすべての国民が都会の並みの便利な生活を、これらの地方の人々にも等しく享受がなされた時に、初めて格差の問題を議論すべきではないか。

このコラムを書き始めた時、なんと北朝鮮から粗末な7mたらずの小型木造船が隠岐の島沖に漂流して、海上保安庁の巡視船に保護された。北朝鮮による拉致事件も鳥取・島根の沿岸で発生した、拉致事件など常に危険な隣国と接しているのだ。

沖縄の基地の問題では、元鳩山首相が出来もしない普天間基地の県外移転など、甘い幻想で沖縄県民を誑かし(たぶら)た。米国の国務省元日本部長ケビン・メア氏の「沖縄はごまかしとゆすりの名人」との爆弾発言はケビン・メア氏が語っていない事を、でっち上げ報道であった。記事は共同通信の3月6日の「報道編集委員 石山永太郎」の伝聞による裏を取らずの思い込み報道であった。ケビン・メア氏は釈明の機会も与えられず辞任した。これは沖縄の人々の中にも恒常的に「沖縄はゆすりの名人」と自虐的思っている証でもある。私の記憶の底にある事件で女子高校生が電車の中で地方の00銀行が危ないと他愛のない会話が発端となり、取り付け騒が起こりその銀行は破綻した。

大和の人間は腹で思っても辺境の防人たる沖縄の人々に、ダイレクトにそこまだは言えない。しかし、膨張主義的な攻勢を掛けてくる隣国の中国は尖閣列島や我が国の専管水域を脅かし、漁業の操業で沖縄の人は、直接に危険と脅威を受けている。もし、中国が我が国の侵略を想定した場合、首都東京や大阪、名古屋などではなく、先の戦争での米軍の日本進攻作戦で実証済の沖縄の島伝いに攻め上るのが兵法上の要諦である。沖縄の人々もそれを充分にそれは心得ていて、基地の負担だけでなく中国の脅威の負担を暗に求めている。大和の我々も充分に語らなくとも、沖縄の危機の負担と、大和の金銭的な負担のバランス感覚を持って政治的な考慮している。

地域間格差は一票の格差の格差より重い。これらの地方が国土の防衛保全や食料の安全保障による国民の安全と健康を守り、さらに原発の危険を過疎地に押しつけて居ることまでも考えると格差の23倍などは当然の配慮の基本である。

楽隠居 獏残(ばくざん)またの名は(しゃ)楽生(らくせい)またの名は、中村

( 2012年1月6日記)





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2010年07月26日

エッセースト中村進の社会時評 「野球賭博」

村進
((株)荏原計器製作所会長、日本圧力計温度計工業会顧問)

『福田和也の「人間の器量」の序章・器量を問う を引用すると、
人物の平板さは、自らを縛りかねない、人間の見方が、薄っぺらになっている。そう感じることは、ないでしょうか。人を測る物差しが、一本か二本ぐらしかない。

 

能力があるか、ないか。

感じがよいか、嫌いか。

いい人か、悪い奴か。

 

その程度のことで、もて囃されたり、貶められたりする。昨日までの人気物が、あっという間に、踏みにじられる。さきほどまで、もち上げていた人を、一刀両断して何の疑問も感じない。その変わり身を恥じることもない。すべて、人を評価する物差しが、乏しいが故の現象です。無責任に持ち上げておいて、無責任に引きずりおとす。白と黒しかない。』……とある。

 

力士は強くなければ偉大な力士ではない、強いだけで品格のない朝昇龍なはど最右翼だが天皇賜杯を何度も受け続けた。感じがよいか、嫌いかで言えば、彼の相撲に美しさは無く見たくない。勝ち誇り観衆やテレビカメラをにらみつけ、持ちきれないほどの賞金を鷲つかみする品格のない映像を今でも嫌でも思い出す。

 

何で角界を去ったか思い出しくもないが、天皇賜杯を与え持ちきれないほどの賞金を出し続けて囃し続けたのは、強いがゆえにNHKとマスコミや懸賞を出した企業ではなかったのか。

 

角界が野球賭博で警察とマスコミに叩かれている。賭け事に無縁の者でも野球賭博の言葉くらいは聞きかじり、競馬や競輪、競艇は日本政府の管理下にあり合法であり、影の勢力の管理下にあるものは非合法となっている。花札・マージャン・スマートにゴルフと賭け事に終りはない。

 

力士に品格を求めるのは酷ではないのか、幼少の時から強ければ勝ちさえすればよかった。外国人力士に国技としての相撲を理解している?と感じられる力士もいる、しかし、形ばかりで神にたいする奉納相撲の意義はなく、出稼ぎ根性丸出しは朝昇龍だけではない。

 

賭博とまではいかないが賭け事くらいは力士でなくともやっている、賭博や賭け事を擁護するつもりさらさらない。力士の能力は強いか弱いかで評価が変り、幼少の時から強ければと勝ち続けることを求められていた。酷な言い方だが力士の幼稚な?常識と警察やマスコミの高邁な常識との活断層を問うほうが先で、たにまちと言われる旦那衆や何でもゴッサンの体質に問題の本質がある。

 

江戸時代の各藩のお抱え力士と現代の世界に羽ばたくサッカー選手のように、自分の能力を高く買ってくれることを願っている。しかし、少子化の影響でわが国の自前の力士では興行が打てず、広く世界に力士を求めているが、出稼ぎ力士でも国技の伝統と格式の意義は変らない、文化の違いで角界の品位と格式と権威は大きく失われて久しい。

 

世の中総ての業界にそれぞれの常識があり、日本という一括りのなかでの統一した常識はない。相撲には相撲の力士だけでの生き抜く常識があり、地方で行う各種の興行にはその業界の常識がある。歌謡界の女王美空ひばりの例を出すまでもないだろう、その時に警察やマスコミは幼い彼女を守ってくれたのか。相撲だけを問題にするとは、片手落ちと今回の野球賭博に疑問を持つ国民は多い。みのもんたを始めワイドショーの評論家連中の正義感を振り回す節操の無い態度に、眉をひそめる番組が多い。

 

小沢一郎の4億円の捜査で警察の特捜部の常識で不起訴とした、税金に恨みがある国民からすると特捜部の常識を鵜呑みにできず轟々たる非難を受けている。警察の特捜部の常識と国民常識(感情)との乖離は大きく、警察の特捜部は国民の信頼を失い国民生活の安全と安心が大きく損なわれた。

 

常識とはそれぞれの身内だけのもので、人を評価する物差しとする常識が色々あることを理解しなければ為らない。業界間の違う基準の常識で人を裁いたり、世間に迎合したり、人を無責任の持ち上げておいて、無責任に引きずりおとすことをしてはならない。

 

今回の騒動の野球賭博は暴力団の撲滅が主眼であり、角界の野球賭博は汚染の予防であり、捜査の論理が主客転倒している。警察は野球賭博と暴力団を撲滅したいのか?伝統としての相撲文化を破壊したいのか?二頭を追わずどちらかに的を絞ることを望む。暴力団の撲滅かわさておき、弱い立場の力士や親方を血祭りに揚げ、相撲文化を破壊している現状は残念で、警察の測る物差しの見当違いと矛盾を感じる国民は多い。

 

暴力団関係者が清水の次郎長のように縞の合羽に三度笠の身なりなら誰でも判別できるが、一般の紳士に成りすました暴力団構成員では判別できず、卑怯にも警察の後から袈裟懸けに切りつけられる相撲界がかわいそう。


(2010年7月23日記)


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2010年01月04日

エッセースト中村進の社会時評 「1票の格差」

村進
((株)荏原計器製作所会長、日本圧力計温度計工業会副会長)

1票の格差 2倍は「違憲」と8月の衆議員選で高知3区と千葉4区との差が2.30倍で違憲とした(大阪高裁判決1228日)。「但し選挙は無効せず」とあるが、過疎化と都市集中による格差拡大は誰にも止められない。国民としての職業選択の自由と住居の自由があり、新しい文化や社会情勢の変化は、新しい職種と就職先の変化で人口移動は誰にもとめられない。

 

高知3区とはどんな所か想像も付かないが、高知と言えば日本一の清流「四万十川」と足摺岬と坂本龍馬を思い出す。日本一の清流「四万十川」は人間に汚染されない象徴で、足摺岬は台風銀座と自然災害を受けやすい所だと記憶している。人に汚染されない過疎地であり、台風銀座と自然災害の多さが過疎地としている。

また、国の場当たり的な農政の失敗が、若年層に郷土の魅力を失わせて過疎化が加速している。

 

COP15で環境が地球の危機を提起して、京都議定書を引き継ぐ新たな温暖化対策の削減目標を盛り込まれなかった。人類の生存の危機は各国のエゴのバトルの場所となり、「コペンハーゲン協定」で大筋合意した。

高知3区が「四万十川」の地区かは知らないが、1票の格差が大きいことは自然が守られ環境が良いとこと言う視点に欠けている。わが国の国土大半は森林に覆われ、僅かな平地に人口の80%が住み、自然に負荷を掛けていて環境を破壊し汚染している。

 

と同時にこれを、高知3区と千葉4区との1票の差を環境問題と置き換えれば、CO2排出権取引と考えては如何かな。過疎化の不自由な生活と都会の便利な生活は、人口移動を見れば明らかである。

過疎地の郵便局は統廃合され遠距離になり、高齢者は運転免許を取上げられ、本人確認でなければ金も引き出せない不自由を想像したことがあるのか。以前は郵便配達人に総てを頼む村の共同体としての信頼関係があった、都会の悪しき世相を持ち込み本人確認や便利に頼める環境の悪化を忘れてはこまる。

 

不自由の中で環境保全に全生涯を掛けている人の価値を、環境悪化を増長する都会人と比べるなどとはおこがましい。高知3区と千葉4区との差は、自然に対する負荷や環境対策を考える上では、この差は如何ほどになるかその軽重は計り知れない。

高知3区の皆さんにご苦労さま有難を言おう、格差格差と言って御免なさい、貴方方を貶める為に裁判をした分けでは在りません。その位のことは、他人を弁護する者の人格と度量が欲しいとは思は無いのか

 

COP15でお人好しのわが鳩山首相はCO2の25%削減を宣下し世界の耳目を集めたが、「核兵器のない世界」を提唱した米オバマ大統領に、実現不可能な宣言をされてわが鳩山首相は、オバマ大統領にノーベル平和賞をさらわれた。

オバマのぶち上げた「核兵器のない世界」を提唱する世界は、米国が自ら範を示さねば国際世論の追従はなく実現は不可能である。

 

人好し鳩山首相の約束したCO2の25%削減は世界公約となり、もしも達成しなけれは“世界から糾弾を受けるわが国”となり、外交力の差を見せ付けられた。CO2の25%削減ではわが国の森林によるCO2の削減の効果は、京都議定書ではカウントされない不公平がある。

マニヘストと同じく、鳩山内閣は私を信頼して欲しいと嘯くまでもないか? これでは誰も信用していない、但し、国際公約のみ生き残り国民に過大な責任を押し付けられる苦しみだけが続くことになる。

 

格差格差と選挙の度に自分達の“職業の宣伝”をしている。京都議定書ではカウントされない森林によるCO2の削減の効果の不公平を、世界を相手に格差是正を声高らかに抗議しては如何なものか。

 

弁護士諸氏は何かに付けて勝ち負けに拘っているが、広く天下国家を論じた「坂本龍馬」のお膝元の名を汚したことは許し難い。いま「坂本龍馬」が居たら、全地球のことを志向したであろう、グローバルな視点をもつ地球の弁護士となることを望む。

                    (2009年12月31日記)



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エッセースト中村進の社会時評 「首相の犯罪」

中村進
((株)荏原計器製作所会長、日本圧力計温度計工業会副会長)

とうとう鳩山首相が謝罪している映像が、テレビで流れた。鳩山首相がテレビカメラの前で、“国民のみなさま”に向かって頭を下げた。時の首相が知らぬ存ぜぬと白を切り、国民のみなさまとは断トツに桁の違った、母親からの贈与の税金を払わずに誤魔化していた。圧倒的多数党の党首を検挙もしないで、おら知らねえでは法治国家が首相の脱税を放置国家では検察の責任は重大である。

 

さすが平和の象徴(わが国だけの)の鳩ぽっぽが、“国民のみなさま”など言葉遣いは優しいが、国民のみなさまを守る国家の防衛安保は“あんぽんたん”。あのとろっと甘いだけで、決断なき“あんぽんたん”とは国民のみなさまも知らなかった。

 

言葉を優しく“国民のみなさま”と、どんなに言い訳してみても“国民のみなさま”の金銭感覚と桁違いに“国民のみなさま”は納得などできない。しかも、鳩山家の財産を管理する会社組織まであり、これを税務申告の監督責任を放棄した税務署や、選挙資金の規制を潜り抜け正々堂々として、違反の感覚もないのには驚愕する。小国民には無差別に苛斂誅求に税金を取上げ、天下の名門である鳩山家には目溢しとは情けない。

 

“国民のみなさま”は、ご理解も謝罪などもの言い訳は許し難い、親からの贈与は年間110万円、新築家屋では1500万円と日本の常識で、“国民のみなさま”はその範囲でやっている。しかも税務署は鵜の目鷹の目で“国民のみなさま”を管理し、国民総背番号制でさらに管理と監視を強化すると言う。

 

思い返すと、田中角栄総理もピーナッツで逮捕された。あれはロッキード事件での収賄であり、飛ぶ鳥を落とす勢いの田中角栄首相を立派に逮捕して検察は正義を示した。田中角栄首相はピーナッツでなく、ロッキードと言う飛行機で墜落した。

あのピーナッツの恩恵を受けた自民党議員や、目潰し口封じされた社会党員などを、恐れず果敢に逮捕した検察に、戸惑いと同時に喝采を送った。

 

ブルトーザーの異名をとる田中角栄首相の日本列島改造論で、沸き立つような繁栄と首相の権力の大きさと裏技を知った。あの時のロッキード事件に関与した国際興業の小佐野が、“記憶に御座いません”を連発したことを思い出した。あの“悪党の小佐野”と同じ手法で、高名な弁護士たちの入れ知恵の記憶に御座いません “私は知りません”の放置国家では情け無い。

 

鳩山首相の金銭感覚や国際感覚のなさ、庶民感覚や責任感と決断力の無さは、国の舵取りを任せて安心とは、到底“国民のみなさま”思わない。

 


                    (2009年12月24日記)


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2009年12月14日

エッセースト中村進の社会時評 「沖縄の安全保障は完璧か」

中村進
((株)荏原計器製作所会長、日本圧力計温度計工業会副会長)

12月8日は大東亜戦争の開戦記念日である、あの無謀で愚かな戦争に記念日ではないだろう。しかし、当時の日本国民は連合艦隊の初戦の真珠湾攻撃で挙げた戦果に熱狂していた。国民学校1年生で在った筆者も大本営発表に無批判に有頂天になっていた。あの無謀で愚かな戦争には、戦争を挑発したABCDラインの経済封鎖でわが国の物資の輸入をとめて困らせ、アジアで台頭するわが国に対する警戒と弱い内に潰しておく思惑があった。

 

あの愚かな戦争の結果は360万人の人的被害の国家と国民に莫大な犠牲を強いたが、米国による民主的な変革がなされて自由と平等と人権が与えられ、憲法第九条により国の防衛は米国に任せて、もっぱら経済の復興に驀進して世界第二位の経済大国となった。

 

暴走した軍部による戦争は、支那を始め東南アジアの諸国を巻き込み大敗した。明治の先人の築いた権益を失い、それ以前の固有の北方領土も不法に占拠されたままである。佐藤首相による沖縄返還で、やっと戦後は終り祖国の統一と独立が保たれた。

 

いまも、北方領土も不法に占拠と同じように、沖縄本島を除き自衛隊も駐屯していない無防備な南西諸島がある。今は日米安保条約によりわが国の国土の防衛は、核の傘の下で守られてはいることを忘れている。覇権国主義国の中国はわが国の東支那海のガス田や尖閣諸島に触手を伸ばし、ベトナムの洋上遥か南の南沙諸島を自国の領土と強弁する例を持ち出すまでも無い。

 

民主党の誕生はダマクラカシーの偽装のもと、稚拙なマニヘスト選挙による大勝により勢いついた熱気が、未熟な大臣達が百家争鳴で向かうところ敵無の発言に、国民を驚愕させている。八ン場ダムを例に出すまでもなく人には人の歴史がある如く、ダム一つ取ってもそこに至る経緯がありドラマがあることに思いが至らない。

 

沖縄の基地問題にしてもこちら突付けばあちら出っ張ると各方面に利害が及び、沖縄の歴史の如く大和朝廷と清国に朝貢外交と二重支配を受けて苦しんだ歴史があり、沖縄の人々の心情は複雑怪奇である。東京にいて傍観者であるものが、何を言おうと現地の事情は学芸会政権では分からない。しかもわが国は、南北に長い複数の国との国境を接する国防においては、沖縄と北海道の地政学上の防衛の重要性は論を待たない。

 

沖縄は覇権国家と近く領土と領海の拡張を目指し、例えばわが国を攻撃し占領を試みるには、橋頭堡であることは先の戦争で最大の激戦地となり、多数の犠牲者を出したことでも明らかだ。近代化に成功して経済大国となって国力を増した隣国の中国の兵力は、わが国との差は10倍以上であり、一度占領された島々を奪い返すまでには多大な犠牲と時間が要するであろう。

 

鳩山首相の毎日の記者会見を散見するとき、何事も他人の判断待ちの迷走するコメントには国民の信頼を失うには充分である。偽装献金、脱税疑惑でも司直で明らかになれば、適正に納税の義務を果たすなどと他人事で、国民の義務である納税意識の自覚もない。沖縄も結論が出つつあるあるなどと他人事で、わが国の政治の預かる首相として己を律する気概と責任の無さは誰の目にも明らかである。

 

判断と決断で思い出すのは、昨年の大河ドラマ「篤姫」が今でも記憶に新しい言葉がある。

ヒロイン“おかつ”が島津本家の養女となり、明日はお城に上る晩に、母が娘に気迫が籠もった諭し教えた言葉は印象的で感動した。

 

「島津本家の養女となれば、沢山の家来の上に立たねばなりません。『昔から、一方聞いて沙汰するな、どんな人の声にも満遍なく初心に耳を傾け、その人の身になってよくよく考えるのです。それでも思い迷ったら考えるのを止めなさい。考えるのではなく感じるのです。自分を信じて感じるままに任せるのです。』と諭した。」

 

今和泉・島津家の奥方の、この凛とした気品と気概と責任ある言葉の重みを、鳩山首相の姿勢からは見えず、右顧左眄するコメントは遠く足元にも及ばないことに失望した。鳩山首相は東京大学工学部応用物理・係数工学科を出た秀才だが、小沢の顔色、沖縄県民の動揺、米国の憤激、社民党の福島党首の脅し、国民新党の亀井静香のごり押しに、応用物理・係数工学に心理学と化学反応の要素が加わり問題複雑化している。

 

特に沖縄県民の動揺、米国の憤激は塩酸と硝酸を混ぜた如く、煮えたぎって異臭を放ち危険である。これは係数工学の領域を超え、あのノーベル賞を受賞した計算の神様の小林先生でも難しく、頓知の益川先生にお願いするしかこの難問は解けないだろう。

 

鳩山首相は今和泉・島津家の奥方の諭す“考えるのではなく感じるのです”“自分を信じて感じるまま”の、首相としての自覚と判断と決断が出来ずに長引き、混乱と動揺が倍加し国民と米国の信頼を失った責任は重大である。

 

沖縄の人々も長年基地問題では、国のために耐え難がたきを耐え忍び難がたきを忍んだ結果を、マニヘストで甘い期待と信頼と失望を与えもてあそぶとは言語道断だ。米軍もわが国の前政府と長年の協議と妥協の上の日米合意の無視は、COP15で鳩山首相とオバマ大統領の会談は時間の無駄とまで言わせて恥ずかしい。

 

今、民主党と鳩山首相の幼稚な外交に日米関係は極東アジアに劇的な化学変化を起している、日米双方の心ある有識者は化学反応の結果が、同盟国としての日米の信頼関係に、修復不可能な亀裂が入っている事に、憂慮と危惧を抱いている。政権奪取の長い野党の間の、影の内閣の時に何をしていたのか。長い熟慮の判断と素早い決断があってこそ民主党に期待してた。この結果を喜んで見守っている国があることを民主党の議員各位は銘記して、日米の信頼関係と国の安全保障の修復を急がなければ国政を託せられない。

(2009年12月8日記)



keiryou_keisoku at 09:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセースト中村進の社会時評 

2009年12月07日

エッセースト中村進の社会時評 「友愛だけで大丈夫か」

中村進
((株)荏原計器製作所会長、日本圧力計温度計工業会副会長)

曽野綾子が電気の無い所には、民主主義はないと語っていたことを思い出した。ボスポラス海峡以東は宗教的な部族長による支配体制が現在でも続いている。(トルコを例外として?)近代の文明としてキリスト教圏での民主主義を、儒教圏やイスラム教圏の国々は無理やり押し付けたが、民主主義政治の形態と宗教的な部族長による団結とは、個人の自由や人権は部族社会に理解されていない。

 

イランのパーレビは過去に民主主義を標榜し個人の自由や人権が開花したが、石油メジャーの後押しによるパーレビ王朝の独裁が民衆の信頼を失い崩壊した。民衆を先導したホメイニ師によるイスラム教の厳格な支配は、西欧の民主主義ではない政治体制が、パーレビ国王と違った神による支配をもたらした。

 

マホメトが宗教改革でもたらした社会規範は、千五百年の時空を超えた社会の生活形態とは別世界のものであり、神を崇拝と教えを守ることは、実生活との乖離が生じているように見受けられる。自然界のあらゆる物に神霊を感じ敬う心をもつ日本人と、唯一絶対の神の世界では生存の意義が異なる。

 

地球は文明の発展により時間的な空間は狭くなり、わが国より西欧まで12時間で移動でき、情報はインターネットで世界に瞬時に交信できる。他民族や宗教の異なる人々との接触は、異文化を理解し共有する時間的余裕を無くして、相互の干渉する空間を無くしたことが大きい。宗教や風俗習慣の異なる人々との交流が、経済を媒体として緊密になればなるほど文化の違いを顕在化してきた。

 

異なる文化的背景の人々との経済的交流は、利害を超えた大いなる誤解が摩擦を生みだしている。お人好しの米国は民主主義を遅れている人々?に布教して、個人の自由や人権が如何に素晴らしいかを押し付けている。

 

今、東洋の民主主義の優等生のわが日本国は、小泉劇場と言うわれたマインドコントロールに酔い、マスコミに作られたマニヘスト選挙で勝利した民主党に血道を上げている。子供手当て、有料道路の無料化、沖縄基地から米軍追い出し等など、夏の選挙で国民を蛍の如く、こっちの水は甘いぞ、あっちの水は辛いぞとマニヘスト選挙に大勝した。

 

クリスマスにカモシカに乗ってやって来たて民主党のサンタクロースが、袋の中から取り出した国民が熱望したマニヘストの中身は、不況の最中の親の懐と同じく子供の希望に沿いがたい。決して約束を破るつもりはない、でもこんなに大勝すると思わず七夕飾りの如く、短冊に心地よい国民受けした言葉を並べたてた。民主党に対する国民の希望と期待の大きさと、政権に不慣れな大臣各位はとっくに始末した七夕飾りを読み上げている。

 

百家争鳴は評論家のすることで、鳩山政権の大臣達のすることではない。悲惨な戦争の実態と実感を知らない大臣たちが、原子爆弾の拡散の危機や、覇権を求めて沖縄近海に野望をもつ中国など国際関係は緊張していることに神経が廻らない。イエメン沖の艦船の護衛やインド洋の同盟国艦艇に対する給油など、前政権の国際貢献を否定する暴挙にでている。

 

民主党の存在価値が前政権の否定だけでは済まされない。同盟国の米国との連携を忘れ、国際協力は金だけ出せばでは済まされない。前政権の自民党は同盟国の米国や国際社会の世論に圧され、野党だった民主党などの反対を押し切って国際貢献に踏み切った。

 

白洲次郎の「プリンシブルのない日本」に『アメリカと友好関係を持続することは、他の諸外国と友好関係を結ぶことと同様、否以上に必要であろう。然し個人間に於いても、国際間に於いても、本当の友情は腹を割り合った仲のみ生まれる。対手が好きそうなことばかり言って一時的に対手を喜ばして、してやったりと思っているなど浅はかな極みである。』

 

鳩山首相も岡田外相も米国に楯突いていて格好いいが、本当に米国と腹を割って話をしてわいない。普天間飛行場の移設問題で、米国のルース駐日大使の激怒に対し鳩山首相は“鳩に豆鉄砲”でケロリけろりしていて、岡田外相は今頃“オロオロ”している有様は心ある国民の信を失った。

 

友愛の精神を大事にする鳩山首相の指導の下? 岡田外相は、インド洋の海上自衛隊補給艦やソマリア沖の海賊対策の護衛艦の撤退を表明して国際社会から顰蹙を買った。インド洋の同盟の国艦艇に対する給油活動や、ソマリア沖の海賊対策の護衛などはわが国にとって最も人的被害の少ない国際貢献であることを自覚すべきだある。イラクやアフガンでは治安の回復や経済援助は、公正な選挙の監視などの国際協力で、各国は人的な犠牲者を多数出している。

 

アフガニスタンは民主的選挙が行われたはずの大統領選挙が、やっと対立候補の辞退により流血の惨事を見ることなく、やっとカルザイ氏が大統領に再選された。わが国では想像のつかない汚職と麻薬の噂の政権の誕生に、如何ほどの政権維持のための援助は砂漠に水の如く国民に届く前に雲散霧消してしまう。これでは国際貢献の意義と費用対効果の面で事業仕分けの対象になり、危機管理上においてアフガンの民生支援の事業中止は必然である。

 

鳩山首相との小澤幹事長の政治資金の危機管理のずさんさは、論評に値せず国民が明日の民主党にたいする希望と期待を踏みにじっている。鳩山首相との小澤幹事長の政治資金は司直の手によって白日の本に明らかになる。政治と選挙のプロの小澤幹事長と、友愛のみで決断なき鳩山首相の居ない民主党は残念ながら国民の信頼を失われることは明らかであろう。

(2009年12月5日記)



keiryou_keisoku at 15:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセースト中村進の社会時評 

2009年11月02日

エッセースト中村進の社会時評 「民主党のマニフェスト」

中村進
((株)荏原計器製作所会長、日本圧力計温度計工業会副会長)

民主党のマニヘスト選挙で自民党を圧勝し、思いも寄らず衆議院の議席の3分の2を制した。友愛政治を掲げる鳩山由紀夫を先頭に「暮らしのための政治を、」が国民の支持を得た。

人口減少に歯止めが掛からない現状に、増加の秘策として出産・子育て・教育など人に優しい耳障りのいい項目が並び、若い女性の応援を得て大勝した。

 

マニフェストを全部読んだ人は少数だろう、政権を奪取し勝ち誇った民主党の諸君をニュースで見るとき、マニフェストとの政策の現実性と妥当性との隔たりが大きく、国民生活に無用の混乱が目立つ。改めてマニフェストに目を通すと何と素晴らしい項目が並び、この通り実行されればバラ色の明日の日本が見えてきて楽しい。

 

デパートではお歳暮の歳末商戦が早くも始まったが、11月にもなれば町中にジングレベル曲が流れ慌しくなってくる。あちこちにクリスマス・ツリーにデコレーションが飾り立てられ、綺麗に瞬く色とりどりの豆電球が街を沸き立たせてくれる。

 

民主党のマニフェストをインターネットでプリントした、マニフェストはA4の紙に10枚にビッシリ書かれてあった。自分の身に当てはめて「公正で簡素な税制をつくる」「税金の使い途をすべて明らかにする」に注目している。

 

民主党のマニフェストを項目ごとに熟読しても分からず、クリスマス・ツリーを飾るデコレーションのごとく総花的である。高貴高齢者の範疇にある自分にとって、子育て支援や高速道路の無料化等など無縁のことも多く、ツリーの裏側に何があるのか期待している。

 

暮れの時期なのでクリスマス・ツリーとしたが、マニフェストの願い事は七夕飾りのようである。多数の国民の夢と期待の支持を得ようとするように、星に願いを託す短冊が色とりどりで美しい。

 

政権を取り内閣首班が鳩山由紀夫に決まり、担当の各大臣が決まり政治主導の大号令で、若くてみずみずしい大臣が何の裏付けもなく勇ましい発言と指示や、遺恨を込めた時代遅れな感覚の大臣など、多彩で統一性のなさが新鮮で面白い。

 

友愛の精神を大事にする鳩山首相の指導の下、マニフェストが金科玉条となり、その政策が財政の危機、国防の危機、外交に危機、国際的テロに対する危機に充分検討されていない。

急速な軍事膨張をすすめて周辺諸国の脅威となった隣の大国と、自国民の窮乏さえ救済する意思のない無法者に如何に優しく援助しても、信義なき輩には友愛精神が通じるとは思えない。

 

「戦争を知らない子供たち」内閣が、安易に日米同盟の信頼関係の見直しや緊張する極東アジアの防衛の要の、沖縄基地の発言は利敵行為(現在の日本では死語か)で国家の基軸を危うくしている。国土の与那国島や南の沖の鳥島、北方4島など祖国を守る気概が乏しく、平和の象徴の鳩では、プリンシブルのない日本となり、国土と国民の安全保障にとっては危険だ。

 

ここで人気沸騰中の故白洲次郎の著作「プリンシブルのない日本」の文中を紹介すると、『…言わばクリスマス・ツリーみたいなもので、飾り付けて豆電気がついて色々のものがぶらさげてあって、見ると本当に綺麗なものだが悲しい哉(かな)あのクリスマス・ツリーには根がない。あの木は育たない、あの木はきっと枯れる。本当はツリーでなくてただの枝みたいなものだから。…』と語っていた。

 

やがて季節が過ぎると人々は、クリスマス・ツリーも七夕かざりも片付けられ、もはや星に(鳩に)願いも約束も忘れ去られるだろう。

 

 

                中村
2009年1030日記



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