2010年01月

2010年01月30日

笛木優子さんが「ハンチョウ(4)」に出演する

  2月1日(月)放映の「ハンチョウ〜神南署安積班」第4話(20時TBS系)のゲストは、笛木優子さん。

  笛木優子さんが扮する杉本美香(画廊勤務)と見合いをした複数の男たちが、それぞれ大金を引き出した直後に不審死を遂げており、美春への嫌疑がかかるが、その美香と見合いした安積班の須田(塚地武雅さん)だけは美香の無実を主張する…というようなストーリーらしい。

  最近、これに似たような話をニュースで聞いたような…ちょっと怖い話だ。
  まさか、美しい女には棘があるというような話ではないだろうな。
  まったく、今は、か弱いはずの女の方が強い世の中ってことなのだろうか。

  見合いの場面は、雪見障子のある落ち着きのある和室か、この場面で、笛木優子さんが艶やかな着物姿で登場するらしい。
  楽しみだ。見逃さないようにしよう。

  ※「ハンチョウ〜神南署安積班」のHPには、本ブログから直接リンクできない(ブロックされています)ので、次のアドレスで検索してください。  http://www.tbs.co.jp/hancho/


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2010年01月29日

村主章枝さん・太田由希奈さんの映像

  1/28の週刊ライブドア通信の★4、イチオシブログ「フィギュアスケートYouTube-動画Blog」にリンクしてみた。
  「フィギュアスケート動画(男女シングル)をYouTube-映像で紹介、楽曲、スコア、英語解説、verも掲載」の説明のとおり、膨大な数の各種大会や世界のフィギュアスケーターの映像がまとめて掲載されていた。
  このすべてを観ようと思えば、なかなか至難にも思えるが、そのなかの一部の映像をクリックして観た。

  もちろん、今回のバンクーバー五輪代表には選ばれなかったが、大好きな村主章枝さんの映像数件である。
  村主章枝さんのメニューを見ていると実に72件もあり、そのなかには、古い1996年全日本選手権の映像まであり、映像の鮮明度云々に関係なく嬉しい限りであった。

  また、一昨年引退された太田由希奈さんの映像があったので、これもまた嬉しかった。
  2003年世界ジュニア優勝以来、「氷上のバレリーナ」と表現されるほど太田由希奈さんの美しい演技にすっかり魅了され、ずっと応援していた。
  太田由希奈さんが、怪我からの完全復活がならず、引退されたときは非常に残念だった。
  太田由希奈さんのメニューは、2002年世界ジュニアから、プロスケーターになってからのドリーム・オン・アイス2009まで25件あった。
  このサイトは、これらのフィギュアスケーターの映像を、ひとまとめにして観賞できる、なかなか貴重なものである。

  ※「フィギュアスケートYouTube-動画Blog」に、本ブログから直接リンク不可ですので、下記アドレスに検索してください。
http://ck.mailmag.livedoor.com/ck/2010002735192575e7cdd792c6/


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2010年01月27日

春近しなの、「寒椿」

寒椿 ※左の画像は、庭の寒椿。



  今日の毎日新聞の余禄に、春を告げる花木としてツバキに「椿」という文字が用いられたこと、また、椿の霊力についても述べられていた。

  「昔は多くの土地で霊木とみなされたのも、厳冬につややかな葉を保ち、春を招く花をつけたここと無縁ではないようだ」


  「欧州では、ヒイラギなど冬も常緑の木が、生命の復活のシンボルとして神聖視されたが、り日本の椿の霊力もまた同じ発想に違いない」
  
  余禄筆者は、朝の通勤路で一輪のピンクの寒椿を見かけ、「近づく春をいち早く見つけた気分がうれしい」
  「寒中の凛とした花が呼ぶ春を待つ」と述べられていた。

  いわれてみれば、我が家の庭にはヒイラギも寒椿もある。特に寒椿は、今を盛りとピンクの花を開花させている。
  余禄を読んで、改めて寒椿の花を愛でた。
  最近の日々、日夜の寒暖差の激しさに、ついつい油断して、あっさり風邪をひいて頭が重く、寒椿の花を見ていながら花を愛でる余裕がなかった。

  寒椿は、別に愛でてもらわなくても、次々に開花を続け、春の到来が近づいていることを告げていたのだ。
  今は、風が冷たい、寒いといっていても、どうも今年の春の訪れは早いらしい。


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2010年01月26日

上原多香子さん「ベリーダンス」の旅

上原多香子[1] ※画像は、NHK
 エンタープライズ
 「上原多香子
 トルコベリーダン
 ス ベリーダンス
 の心にふれる」
 [DVD] 
 のpackage
 (2/25発売)。

 「上原多香子トルコベリーダンスの心にふれる」(NHK総合・元旦放送)をHDDで観た。

  「セクシーでエキゾチックな踊りの源流をたどる上原多香子26歳、新たな旅立ちの決意」との説明があった。
  (昨年9月13日NHKB-Shiでも放送)。

  トルコのイスタンブールで、ロマ(ジプシー)の人たちが住む街は音楽であふれている。
  ことあれば、街のあちこちで楽器をかなで、ダンスを踊る。
  なかでもベリーダンス(belly dance)は、オスマン帝国400年の繁栄のなかで、妖麗な衣装に身を包んだ踊り子たちが舞を競いあい、宮廷舞の地位を得た。
  ベリーダンスは、帝国滅亡後も衰えることなく受け継がれ世界に広まった。
  女性がお腹(belly)を露出して、腹部や腰部をくねらせたり、振って踊るベリーダンスは、官能的であり、また優雅でもある。
  まさにbelly good。

  上原多香子さん(沖縄出身、SPEEDメンバー)は、ベリーダンスに憧れ、イスタンブールを訪れ、往年のベリーダンスの名手セマ・ユルドゥズ(Sema Yildiz)さんに指導を仰いだ。
  もともとダンスの基礎のある上原多香子さんだけに、さすがにベリーダンスの飲み込みも早く、また、衣装の選択や着こなしも身についていた。

  また、師と仰いだセマさんは60歳を超えているというが、どんなに歳をとっても踊り続けるというだけあって、その舞は、若々しく、またしなやかで力強く、年齢を感じさせない。
  そして、セマさんは、形にはまったダンスを好まない、その時々に心に感じたままに踊るのが信条だという。
  この信条は、一切のこだわりの心を捨て、流れに任せるように修行をしているときに神仏の意思を感じるという修験の心境にも通じる。

  ところで、以前ブログにも載せたことがある添田直子さんのベリーダンスを間近で観たことがあった。
  添田直子さんのベリーダンスも、心が揺さぶられるほど美しく魅力的だった。(本ブログ2008.9.21及び2008.10.15参照)。

  ベリーダンスが、心を揺さぶり、感動を与える遠因には、伝統の舞を絶やさず街中みんなで高めていったロマの人々の存在があったのだろう。このドキュメント番組を観ていて思った。

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2010年01月25日

虎の掛け軸と「さげもん」

虎掛け軸とさげもん  昨日、筑前市の和食店で食事をしたとき、床の間に、虎の掛け軸と「さげもん」(柳川雛祭り縁起物)がさげてあるのに気付いた。(※左の画像)。

  今年の干支が庚寅なので、正月らしく富士山に虎の掛け軸を吊りさげてあるのだろうが、その手前に重ねて縁起の良いものとして「さげもん」をつりさげたのだろうか。
  今の時期に、この店に、なぜ柳川雛祭「さげもん」なのかは分からない。

  この「さげもん」は、店の人の手作りだそうだ。
  店の人が柳川と縁のある人なのかな。
  この掛け軸と「さげもん」のコントラスト、観ていて心が和みそうだった。


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2010年01月23日

無くなっていた御飯の山城

  香椎宮に初詣に行ったとき、12年余り前(平成9年[1997]11月)に登ったことがあった御飯の山城(おいのやましろ/当時、福岡市教育委員会が発掘調査していた)に行ってみようと思った。
  古宮址を参拝した後、住宅地を通り抜けて、谷あいの広場(畑あり)に歩を進めた。
  広場の正面に、高いコンクリート壁が立ちはだかり行く手を遮った。
  確か、御飯の山城があった急峻な城ノ腰山[じょうのこしやま(標高90m)]は、この広場の左から左前方にかけてそそり立っていたような記憶があるが、そんな山の姿はなかった。
  (近くに同名の城ノ越山[じょうのこしやま](標高180m)があるので紛らわしいが別の山)

  広場の右の方にコンクリート壁の縁に登る坂道が見えたので、少し引き返してその坂道を登り、左折し舗装道路を少し登ったら、右側に公園があった。
  門柱に書いてあった「香椎台おいの山公園」の「おいの山」の文字に目が留まり、公園内に入ってみた。
  すぐ左に4枚の説明フレームが貼られた台座の上に御飯の山城(おいのやましろ)模型が乗っているのに気づいた。
  さらによく見ると、その山城の模型の中腹付近に「現在地」の表示があった。
  ということは、やはり、この地に御飯の山城があったことは間違いない。
  公園所在地は、香椎台5丁目、周りには住宅が立ち並んでいる。
  もう御飯の山城の砦跡(城ノ腰山頂上)から眺めた香椎の町並みや海を望むことはできないのだ。

  いつ山が消滅し団地が完成したのかは知らないが、以前は、こんな地形の変化には人一倍敏感だった自分が、そんなことにもまったく気付かなかった。
  ここ11年間、そんな余裕もなくなるほど神経をすり減らして会社勤めをしてきたのだと改めて思い知った。

  なお、公園を見渡したら、奥の方に葉の茂った樹木の一部が見えた。
  この木は、宅地開発前から生えていた香椎宮の御神木の大槙(まき)だと思う。
  さきほど参拝した古宮址の椎の木に立てかけられた仲哀天皇の棺は、この槙で作ったという伝承もある。
  この地は、御飯の山城の南〜南東にあった御倉谷を登った左斜面で、中世墓群の上部に位置する。
  よくぞ由緒ある地が残されたと思う。

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2010年01月21日

賽銭泥棒に間違えられて

三女神降臨図
   ※上の画像は、三女神降臨図。

  丘陵上の静寂な杜に囲まれた神社を参拝したときのことである。
  神社に着いたとき、拝殿前の大きな賽銭箱の異常に気づいた。
この賽銭箱は、二重構造で、鉄製本体の上に、木製覆い箱を被せてあるが、覆い箱が持ち上げられて、左にずれて斜めに傾いていた。
  意味が分からず、元通りにしてあげた方がよいのかとも思い、覆い箱を持ち上げようとしたが、要領が分からず動かなかったのですぐに止めた。

  拝殿前の階段を上り、錠のかかった戸の枠間から中を覗き、同行したHaさんに、三女神降臨図絵馬の説明をしていたとき、突然、後方から、「そこで何をしているのですか!」という怒り声が聴こえた。
  私たちに怒鳴っているのかと思い、振り向くと一人の男性が近づいてきていた。
  すかさず、Haさんが「お参りに来て(拝殿の)中を見せてもらっています!」と答え、続けて賽銭箱を指差して、「これは、どうしたのですか!」と尋ねていた。
  男性は、Haさんの対応の早さに圧倒されたのか、「賽銭泥棒だよ!」と履き捨てるように言って、社務所の方に戻って行かれた。

  この時点で、やっとこの賽銭箱の異常は、賽銭泥棒の仕業だったのだ、と分かった。
  まったく、のんきというか、そこまで気が回っていなかった。
  今の世相では何があってもおかしくはないが、罰当たりなことはしない方がよい。管理している人にとっての憤懣も計り知れない。
  ただ、私たちが、その賽銭泥棒に間違えられていたのかと思うと、少しショックだった。

  でも、そのために、ありがたく、神に感謝することもあった。
  男性が戻って来られて、拝殿入口の錠を開けてくれたからだ。
  「絵馬の写真を撮りたいのですが」と尋ねると、「いいですよ」と言われた。
  幣殿まで進み、本殿を見つめて参拝できたのが感激だった。
  本殿の階段付近に残雪が積もっているが見えた。
  絵馬は、色褪せていたので、鮮明な写真は撮れなかったが満足だった。

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2010年01月20日

神功皇后の剣の試し切り石

  先日、寒くて家に閉じこもっていたとき、Haさんから「孔大寺山に行きますよ」と電話があり、ついつい「17日に」と返事してしまった。

  当日は、好天。日当たりの良いところは暖かかったが、日陰はすごく寒い、場所による気温差の激しい日だった。
  Haさんは、ジャージを着て、孔大寺山に登るつもりで張り切っていた。私は、そこまで張り切っておらず、気が変わって、「今日は、孔大寺山には行かないよ」と言った。

  そして、何かに引っ張られるように、十数年前に一度だけ行ったことがある香椎宮の近くの丘陵に向かった。
  この丘陵の中腹に、朱色の荒垣に囲まれた神域があったような不確かな記憶があった。

  細い道を登り、竹薮のなかに踏み入った。孟宗竹の落ち葉が地表を埋め尽くしており、踏み跡もなく、はっきりとした道があるとは言い難いところだった。だが、幸い、途中に「民有地立ち入り禁止」の表示や積み上げられた倒竹が行く手を塞いだりしていたので、その場所を避けながら登ると、目的地に行き着いた。

  Haさんが「これくらいの登りで、もうきつくなった」と言った。
  「今日、孔大寺山に行かなくて正解だったね」。

  荒垣がなくなっていたので、容易に神域のなかに足を踏み入れることができ、その一角に無造作に置いてある、さほど大きくない丸みのある自然石に目が留まった。
  この石が御神体だと気付き、注視すると、石の周りに細い直線の傷跡がたくさん付いていた。
  鋭利な刃物で切り込まれたような無数の痕跡を見ていて、一般にはあまり知られていない次の由緒を思い出した。

  この石の痕跡は、神功皇后が香椎で三韓渡航出陣軍の布陣をした頃、この地で、剣の試し切りをされたときに付いたもので、後にこの地を神域とし、この石を霊石として祀った。

  この霊石の上に、それぞれの念珠を載せて息災を祈念した。
  庚寅年始月に、この地を訪れ霊石を通して神功皇后の剣霊の御魂を享受できたのかと思うと有難かった。
  この神聖な神域や霊石が地域開発等で消滅しないことを願う。

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2010年01月16日

Hanahさんのセカンドシングル

1※左の画像は、Hanahさんのセカンドシングル「愛されたくて 愛したいだけ」のCDジャケット。
  HanahさんのセカンドシングルCDが1月27日に発売される。
  タイトルは、「愛されたくて 愛したいだけ」(作詞Hanah、作曲KEN for2 SOUL MUSIC、lnc・Hanah)という。

  実は、この曲、Hanahさんのブログ(12/16)を読んで、これまで何度も着うた(R)レコチョク先行配信で試聴(下記)していた。

  Hanahさんの歌唱力は、このようなしっとりとした曲を歌っても抜群だ。
  既に、「愛されたくて 愛したいだけ」の歌詞は、Uta-Netに掲載されており、このタイトルと歌詞から、若い女性の間で、あなたは「愛されたい派」か「愛したい派」か、というような話題にもなっているそうだ。

  「愛されたくて 愛したいだけ」というタイトルだけを見ていると、純粋な恋愛歌かと思うが、そのなかで起きる孤独感やもどかしさ、人生感なども書き込まれているので、若い女性にとっては、自分自身のもどかしくも切ない気持ちを代弁してくれているように思え、支持、共感を得るのではないかと思う。
  たとえば、「きっと誰もが一人ぼっちで幸せって何って考えてる、愛されたくて愛したいだけ、なのに、なのに、うまく生きれない…」の歌詞など…、ぜひ聴いてみてください。

 ※試聴は、YouTubeでできるが、本ブログから直接リンクできないので、下記アドレスで検索してください。
 http://www.youtube.com/watch?v=MVXz8K4wfO4

 (※なお、Hanahさんのデビューシングル「明日また、笑えるように」については、本ブログ「2009.10.20 明日また、笑えるように(Hanahさん)を聴いた」に記載)。

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2010年01月14日

積雪に耐えた白花浜寒菊かな

14  ※左の画像は、庭の
  シロバナハマカンギク
  (白花浜寒菊(?))。

  昨日積った雪が解けて、雪の下にすっぽり埋もれていた一輪の小さな菊花が、再びその姿を現した。
  積雪で花弁の一部が痛んでしまったようだが、それでも、よく雪の重みに耐えたものだ。
  花弁の色は、白色に近い淡黄色だが、この菊は、寒さに強いシロバナハマカンギク(白花浜寒菊)なのだろうか。

  菊の品種や名前はよく知らないけど、もしシロバナハマカンギクであれば、カンギク(寒菊)という名があるので、やはり寒さに強い菊なのだろう。
  生えている場所は、庭の石組みの隙間付近、こんな場所に植えた覚えはないが、突然思いもよらない場所に根を張る性根の強い雑種というか、雑草系の菊なのだろう。
  私たちも、少しでも雑草的な生き方ができれば、性根の強い人になれるのだろうが…、と、いろいろ頭の中で交錯。


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