2010年03月

2010年03月29日

笛木優子さんが十津川警部シリーズに出演

29十津川警部43伊勢志摩…[1] ※左の画像は、渡瀬恒彦さんと笛木優子さん。(TBS月曜ゴールデン西村京太郎サスペンス十津川警部シリーズ43伊勢志摩殺人迷路〜円空の謎〜からお借りしました)。

  笛木優子さんが、十津川警部シリーズ43に出演する。
  笛木優子さんが扮する役は、三重県警剣持紗江子警部補。
  たまたま伊勢志摩を訪れていた十津川警部(渡瀬恒彦さん)とコンビを組んで、地元・大王崎(断崖)で起きた事件に取り組むという設定らしい。
  最近、笛木優子さんは、韓流はともかく日本でも現代ものドラマで見かけるので楽しみの幅が増えた。今回のこの番組も楽しみ。

  このサスペンスのテーマは、サブタイトルが〜円空の謎〜となっているように、円空の史実を探りながら事件の謎解きをしていくことらしい。
  その謎とは、存在するはずのない円空の色彩画の存在の可否。多分、この幻の色彩画は偽物なのだと思うが・・・。
  画像には円空資料館が写っており、円空の残した温和な仏像彫刻や墨絵なども観られるのではないかと思うと、それもまた楽しみである。放送は、本夜(2010.3.29、21:00)。
  笛木優子さん、渡瀬恒彦さんのほか、中山忍、金子賢、中西良太、伊東四朗、伊東孝明、西田健、伊藤高さんらが共演。

 (※追記:主演の渡瀬恒彦さんは、2017.3.14死亡(享年72)、哀悼祈念)

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2010年03月26日

新妻聖子さん絶叫(異界百物語)

  先日録画していた「異界百物語・国際版」(3/14放送NHKハイビジョン特集フロンティア<字幕スーパー>)を繰り返し観た。

  この物語のなかで、先月放送終了した「魅惑のスタンダードポップス」で、司会の井上順さんが「21世紀が生んだ美しき歌姫」と紹介していた新妻聖子さんが、幽霊ものに出ていたのには驚きだった。
  しかも、新妻聖子さんは1人3役もしていた。

  なかでも、新妻聖子さんが演じた役では、ラフカディオ・ハーン(小泉屋八雲)の妻小泉節子が最初に語った「幽霊滝の伝説」で、見えない魔物に襲われて恐怖に慄くお勝の役と、節子が最後に語った「飴屋の幽霊」で、(多分博多に伝わる物語だと思うが)土葬された棺桶のなかで出産した赤ん坊に食べさせるために飴屋を訪れる無言の女御の幽霊役は目立った。

  特に新妻聖子さんが「幽霊滝の伝説」の最後の場面で、村の女たちとの約束を実行すべく命がけで魔物の棲む夜の滝に行き、滝の魔物へのお供え物を持ち帰ったとき、掌が血で濡れていたので、恐る恐る衣に包んで腕に抱いていた赤ん坊(多分、滝の魔物の怒りに触れて命を奪われ血だらけになって死んでいたのだと思う)を見たお勝が、大きく口を開けて絶叫する場面は、すごく印象に残った。

  カリフォルニア大学ロサンゼルス校のキャロル・フィッシャー・ソーゲンフライ教授は、「Jホラーの特徴」のひとつとして、女性の美しさ(繊細で才能、色気あり、長い黒髪)と口を開けて叫ぶ女の姿をあげておられた。

  新妻聖子さんが演じたお勝が、みすぼらしい姿で絶叫する場面を見ていて、これと同じような光景をどこかでみたような気がしていた。

  それは、ミュージカル「ミス・サイゴン」だった。キム(新妻聖子さん)を愛していたトゥイが、やっとキムを探しあてたとき、キムが米軍人クリストの間に生まれた息子タムを育てているのを目にして怒り、タムを殺そうとして逆にキムに射殺されてしまう。この直後、われに返ったキムはトゥイを抱きかかえ絶叫する。この絶叫の場面だ。

  ミュージカルには、しばしば絶叫する場面が出てくるが、ミュージカル歌手・新妻聖子さんの絶叫は真に迫っていて迫力があるので、「異界百物語」の「幽霊滝の伝説」のお勝役に選ばれたのだろうか。
  新妻聖子さんの絶叫に拍手を送りたい。

  なお、「異界百物語・国際版」は、今年8/22(土)21:00~にNHK・BS2で再放送されるらしいので、観忘れたJホラーファンは、ぜひ観賞してほしい。

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2010年03月23日

椿・梅・桜の季節

遅咲き椿  このところの寒暖の差の激しさは、いよいよ桜の季節が訪れたことを示している。
  今週末頃から、各所で桜(ソメイヨシノ)満開の便りが聞かれそう。
  日本では季節をあらわすとき樹木の花の名で表すことがある。

  桜の季節が訪れたといえば誰もがその季節感を感じ取るものだ。

  では、桜の季節の前は、もちろん梅の季節。寒梅という言葉もあるように、梅は、寒い季節に開花するが、梅の季節といえば、春の足音が確実に近づいていることを感じるものだ。

  ところが、椿の季節もある。寒梅と同じように寒椿という言葉がある。なぜか寒梅より寒さを感じるが、椿の季語は春で、開花時期は、種類によって違うが1~3月という。

  当家には4本の椿があり、それらの椿の開花時期はずれており、順次、間をおいて開花して行く。このことは以前にも書いた。
  そして、4本目の椿の花(薄いピンク)が、今、急いで開花を続けて、急いで散っていっている。(※上の画像)。

  今年は、寒い季節が長かった。そして、あっという間に桜の季節が訪れた感じで、この椿は、桜の季節及び4月を前にして咲き遅れたと思って慌てて開花して、散り急いでいるのだろうか。
  椿の季節の終わりに重なるように桜の季節が到来した。

  今年の春の季節の変わり目の気温の変化の激しさについて行けず、椿ならず自らの体調が整わず、何度、風邪をひいたことやら。よく歩き筋力を付けて健康管理に気をつけなければならない。

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2010年03月22日

彼岸入りに咲いた八重咲水仙(黄花)

八重咲水仙黄花  中央花壇で、黄花の八重咲水仙など水仙の花が今盛りと咲き誇っている。(※左の画像)。
  この時季特有の春の嵐(低気圧)などの強い風雨にあおられると、細い茎が重い花弁を支えきれずに倒れてしまう。
  そのため、蕾を付けた段階で茎の一本一本に支え棒を立てて、園芸用の針金(ツイストタイ)で結び付けている。
  冷たい外気のなかでするこの単純な作業は、茎の数が多ければ多いほど、意外と根気がいる。でも、この作業をしているときには、何かしら、一本一本の水仙に愛情を感じるものだ。

  考えてみると、春の彼岸入り(18日)に、黄花の八重咲水仙25個の蕾が一斉に開いた。もちろん、これ以外の水仙も咲いているが、ふと、彼岸入りに、これらの水仙の花の数だけ御先祖が還って来られたのだろうかと思った。あるいは、還って来られた御先祖は、きっとこれらの水仙を愛でておられることだろうと思った。
 今年の春の彼岸明けは24日、仏壇に御料膳などを供えご供養を怠りなくしよう。


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2010年03月21日

氏八幡神社の大楠と大藪椿

14氏八幡大楠と藪椿  先週、Haさんと道端に生えていた「つくし」を採りながら、農道を歩いているうちに、氏八幡神社の前に立っていた。
  ここに大きな一の鳥居が建っていたと思ったが、見当たらない。その痕跡もない。かつて、なかなかくぐることができなかった鳥居、その記憶が残っていたので、何度も首を傾げた。
  だが、ここに来たのだから、久しぶりに境内に足を踏み入れてみようと思った。
  石段の途中に小さな鳥居が立っていたが、その鳥居から中に進んだ途端、すぐに神若しくは大樹の霊気に圧倒されたので、その後は、石段をゆっくりと一歩一歩足を踏みしめながら登ることになった。
  石段を登り始めてすぐ左にあった大楠の幹に、Haさんと一緒に手で触わり、そのパワーを分けていただいた。

  さらに、その上段右に、石段の上空を覆うような形で少し左に傾いて立っている大楠があった。(※上の画像の右の樹木)。
  この大楠は、何か恐れ多く感じて手で触われなかったが、宗像市天然記念物指定(樹齢約290年、根回り7.3m、樹高は35m超)で、御神木である。

  その枝に、石段左から真っ直ぐ伸びた大きな藪椿の枝葉が絡みあっていた。(※上の画像の左の樹木)。
  石段のあちこちに散らばっていた藪椿の落花は、この藪椿のものだろう。因みに、これらの樹木に囲まれた杜は、神と樹木の霊気が集まる人知れず隠れたパワースポットであると思った。

  この樹木の下を通って石段を登り詰めると右側に本殿が建っていた。氏八幡神社の祭神は、宗像大宮司家の暗い歴史の一コマである山田地蔵尊と同じ六柱(菊姫、山田局、侍女四柱)で、現在も宗像大社では田島地区の人たちと春秋例祭を齋行し深く奉齋していると聞く。特に春祭(今年は4月18日か)では御御輿の御神幸があるという。
  いずれにしろ、仏教的な御供養という気持ちなしでは参拝できない雰囲気のある神社ではあった。「摩訶般若波羅蜜多心経」、合掌。

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2010年03月20日

冬を越したペチュニアが次々開花

ベチニア  庭で、ペチュニアの花が次々に開花している。
  (※左の画像)。
  このペチュニアは、冬を越したものである。
  普通は、1年草なので、秋に花の時期が過ぎると枯れてしまう。

  その筈だったが、なぜか、この一株だけが冬になっても枯れず、寒いなかで根を張り、大きく茎を伸ばして葉を増やし続けた。
  そういえば、以前、JAに勤めていた人が、「ペチュニアは、枯れても抜かないで、そのままにしていたら、翌年また咲くこともありますよ」と言っていたのを思い出した。
  春が来たとはいえ、まだ、寒暖の差の激しいこの時期に、冬を越して毎日咲き続けているペチュニアの花を観ていると何かしら気持ちが晴れる。


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2010年03月19日

バクチの木のあるパワースポット

14依岳バクチの木  最近、テレビや雑誌でパワースポットとして紹介された画像を見た。ここでいうパワーとは、何とはなしにスピリチュアルな神霊の気と解釈するのかなと思ったりもしていた。
  「どうしてその場所がパワースポットなの」と思うところもあったが、それを見て多くの人がその場所を訪れることになれば、別の意味で、それもまた良いのかなと思ったりもしていた。

  それなら自分なりに気になっているパワースポットを探してみようと思った。そして、行ったところは、以前から車を走らせていて、この辺りには神霊の気が漂っていると感じていたところ。しかし、この日もその気がどこから漂ってきているのかが、なかなか分からず、同じ県道を実に3往復することになった。
  そして、やっと行き着いたところは、湯川山(旧依岳山)とその南西支峰を結んだ延長線上のひと気のない静かな山麓にある依岳神社だった。この山から降りてきた神霊の気が、この境内を覆って県道周辺にまで発散していたのか。

  祭神依岳大神は、玉依姫命ともいわれ、日向の高千穂の峰から竃門山(現宝満山)を経て依岳山に鎮座したという由緒があり、依岳神社は、元は依岳山(現湯川山)に鎮座した依岳大神を遥拝する形で建立されたのだと思う。
  湯川山の乾北西山麓の突端には織幡神社があり、織幡神社は依岳神社の方向を向いて鎮座している。そして、依岳神社には、織幡神社の主神武内大臣も合祀している。松本清張の小説に湯川山を織幡神社古宮と書いたものがあったような気がする。
  さらに依岳神社の旧参道が県道開通時に分断されていたことも分かった。そのために、境内を覆った神霊の気が県道周辺にまで漂ってきていたのだ。こんな構図は、神社に行き着くまで気付かなかった。
  さらに境内を覆う神霊の気は、境内に生えているバクチの木(※上の画像)の周りに集中していた。バクチの木は、常に灰白色の樹皮の一部がはがれ落ちるために、幹が一見茶色の絵の具を塗ったような色をしている。この様が、丁度博打に負けた人が身ぐるみ剥がされる様に似ているということから、この名が付いたらしい。
  ここが、この日探しに行ったパワースポットだったが、神霊に導かれてやっと行き着いたという想いだった。

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2010年03月17日

コロッケ特別公演を観劇

3  ※左の画像は、博多座コロッケ特別公演のチラシ。


  昨日、博多座でコロッケ特別公演を観た。
  コロッケさんは、芸能生活30周年を迎え、初めて長年の念願であった博多座の舞台を踏むことができた、と喜びの感慨を述べておられた。

  第一部の出し物「喜劇俺はお殿様」は、お殿様が、隅田川築堤に咲く満開の桜の下で貧乏長屋の人たちと出合う場から始まり、貧乏な長屋での生活、そして豪華な大名屋敷で貧乏長屋の人たちとの別れで終演するという展開だった。
  この出し物は、45年前(昭和45年)に新宿コマ劇場(現株式会社コマ・スタジアム)で初演された芝居を、コロッケさんのためにリニューアルしたという涙と笑いの人情劇。花道のすぐ横の席から間近で芝居を観ていて、思い切り声を上げて泣き、笑った。

  第二部「コロッケオンステージ」は、コロッケさんの十八番の物まね、大ヒット作の「五木ロボットひろし」を初め、数々の物まねに爆笑、また G-ROCKETSやC-CRENの素晴らしいアクロバットダンスやモダンダンスも花を添え、あっという間に4時間が過ぎていった。

  博多座の座席に着席したとき、博多座に来たのは、昨年1月のミュージカル「ミス・サイゴン」公演を観て以来だなと思っていた。昨年来、いろんなことがありすぎて観劇するなどの気持ちの余裕がなかったが、この日は、亡父の本祥月命日で、その供養を兼ねての観劇だった。
  法要を済ませた後、仏壇で「ご一緒に博多座に出かけましょう」と声をかけて出かけたので、きっと亡父初めご先祖の方々も一緒にご覧になり喜んで頂けたものと思っている。このような供養法もあってもよいのではと思っている。

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2010年03月15日

桜の開花発表日に咲く満開の「白梅」

14宗像白梅  ※左の画像は、満開の白梅。

  この白梅は、昨日、宗像市で観たものだが、遅咲きなのだろうか。
  今の時期、白梅は開花が過ぎて散ってしまっているところが多いだけに、まさかと思い、近づいても観たが、間違いなく白梅だった。

  この日、同じ県下の福岡市では、桜(ソメイヨシノ)の開花発表があった(福岡管区気象台)。
  春を告げる桜の開花が始まった暖かい日に、今を盛りと輝くように咲いている満開の白梅を観ることができたことが、ことのほか嬉しかった。
  丘陵の斜面で、大きく広げた枝いっぱいに咲き誇る白梅は、可憐でもあり、豪快でもあるが、文句なしに美しい。
  周りの風景にも溶け込み素晴らしいコントラストをかもし出していた。
  そして、この白梅にパワーを貰った。待ち望んだ修行再開の春に、幸先の良い出発ができそう。




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2010年03月14日

「博多おきあげ」と「ひなまつり」

博多おきあげ  ※左の画像は、博多町屋ふるさと館に展示されていた「博多おきあげ」作品の一部。


  本日、当家の段飾りのお雛様を仕舞った。

  当家では、毎年、お雛祭りは関東式に3月3日に行っているので、お雛様を取り出して飾り付ける日も早いが、仕舞う日も早い。
  また、お雛様と一緒に飾っていた羽子板も仕舞った。

  ところで、この羽子板を飾っている日本髪のお人形は、「おきあげ」である。
  数日前、博多おきあげ「雪夜の吉野山を訪ねる阿新丸」を見学、の記事を載せたが、「おきあげ」は、博多に限らず各地にある。博多で作るものを、俗に「博多おきあげ」といったのだと思う。
  このように「おきあげ」の羽子板を、お雛祭りのときに一緒に取り出して飾るように、「おきあげ」とお雛様は縁が深い。
  かつては、お雛様やその回りを取り巻く式衆を、「おきあげ」で作った人形で飾る習慣もあったらしい。

  博多町屋ふるさと館には、いろいろな「おきあげ」が飾ってあった(※上の画像)が、その「おきあげ」については、次のような説明がしてあった。
  「ひなまつりに、博多ではおきあげを飾りました。下絵をもとに部分部分に切り分けた台紙に、ふっくらと立体感を出すために綿をつけ、色とりどりの布でくるんで、また貼りあわせて作る手芸品です。
  明治・大正時代の女性は和裁や刺繍のようにたしなみとしておきあげづくりを身に付け、女の子の初節句のために贈ったり、自分で飾って楽しみました。
  芝居の一場面を題材にしたものが多く、さまざまな動きや表情のおきあげが見られます。」。

  今日、お雛様を仕舞って、ふと、このことを思い出した。

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