2010年09月

2010年09月30日

えっ!! 池内淳子さん逝く

多岐川裕美・池内淳子・野川由美子の三婆[1]  ※左の画像は、「三婆」のチラシ。

  「池内淳子さん(76歳)逝く…」、昼のTVニュースで知った。
  亡くなったのは、26日(日)の早朝で、肺腺がんだったという。
  そんな病気があったのか。

  今年4月に、博多座「三婆」公演で、池内淳子さんは本妻の武市松子役を元気に演じたばかりではなかったか。

  共演の多岐川裕美さん(妾富田駒代役)、野川由美子さん(小姑武市タキ役)らと。
  若いときから美しかった三人の女優が、婆役をするのだから、それは見ごたえのある舞台だった。
  この「三婆」が、池内淳子さんの最後の舞台となったのか。

  池内淳子さんは、3年前から、こんな生死に係わる病と闘っておられたのだ。池内淳子さんの芸には、そんなことを思わせるものは微塵もなかった。
  全身全霊を込めて芸に打ち込まれていた池内淳子さんの姿には敬服させられる。
  それにしても、病には打ち勝てないのかなあ。
  非常に残念だが、お疲れ様でした。ご冥福を祈ります(合掌)。


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2010年09月29日

今夜のSONGSは、山口百恵さんだった

山口百恵Playback Part 2※画像は山口百恵さんプレイバックPart2。

  わあ!感動だった。
  今夜のSONGS( HK総合)が、山口百恵さんだったからだ。

  「ひと夏の経験」から「横須賀ストーリー」、トリの「プレイバックPart2」まで、ヒット曲のオンパレード。
  山口百恵さんの若々しい歌声、聴いていて気持が弾む、あっという間の30分間だった。

  山口百恵さんが引退して、もう30年にもなるのだね。
  引退が衝撃的だっただけに、山口百恵さんといえば、今もってあの頃のイメージしか浮かんでこない。
  そして、今夜の映像は、あの頃をみごとに再現させてくれた。

  今夜の放送は、山口百恵さんの軌跡を辿るパート1、だから、来週の、パート2も必ず観よう。(10/6(水)PM10:55~NHK総合)。

  今夜の再放送は、10/9(土)AM1:40~(NHK総合)、10/11(月)PM5:30~(BS2)であるようだ。


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2010年09月28日

佐谷観音堂[A](須恵町再発見2)

佐谷観音堂入口※左画像は佐谷観音堂入口付近。

  9/23須恵町商工会主催須惠町再発見ツアーに応募、参加したとき、須惠町教育委員会Y氏から、建正寺(佐谷)観音堂で聞いた話をまとめてみた。

  観音堂の正面に、十一面観音の等身大(175cm/県指定文化財)モノクロ写真が据えられており、参拝者は、その写真を見ながら合掌するようになっている。
  平安時代後期の寄木造りで、観音像の表面に木目が見えるが、元は表面に金箔が施されていたという。
  ただし、光背と蓮華は、昭和29年に、平安後期の作風にあわせて新たに作られたものだという。

  毎年4月第一日曜日に御開帳されるので、そのときは実像を見ながら拝むことができる。
  (以前は、この日に麓から歩いて、道端に咲いている桜の花を観たりしながら観音堂まで登っていたが、最近は御無沙汰している)。

  同日、一木造りの十一面観音(高さ12cm/町指定文化財)も御開帳される。この観音像は、元は全身金箔だったが、剥落し、江戸時代の修復時に衣に朱色の彩色を施された。蓮台がなく、岩座(江戸時代の作)上に乗っているのが珍しい。

  また、同日、大日堂の大日如来坐像(町指定文化財)、大師堂の伝教大師坐像(同左)の御開帳もある。
  大日如来坐像は、伝最澄(伝教大師)作の三体の一というが、作風からみて製作時期はもう少し下るのではないかともという。
  少し麓に下った所にある大師堂には、伝教大師が自分の姿を井戸に写して大師像を作ったという伝承が残る姿見(影見)の井戸も残っている。(つづく)

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2010年09月27日

「蔵王権現入門」を手にして

蔵王権現入門  発刊されたばかりの「蔵王権現入門~山伏・修験道の本尊」(国書刊行会1,575円)を手にした。
  同書を開くと、故五條順教前管長猊下の遺稿及び同師が常々語られていた修験道の本尊蔵王権現一仏信仰、開祖役行者、総本山金峯山寺、吉野山の桜などが分かりやすく述べられていた。

  これまで修験道の実修を導かれた多くの導師が逝去され、さらに昨年、直師の五條順教管長が逝去され、何か総本山から遠ざかったような虚脱感に陥っていた。

  そんなときに、新たに修行を希望する人が現れ修行を再開した。
  昨日、本人が来訪、年内に総本山金峯山寺での得度受戒を希望、丁度「蔵王権現入門」を購入した日に来訪されたので、本尊蔵王権現と御縁のある人だと思った。このうちの一冊を渡して、「勤行要典」の頁を開き、まだ教示していなかった本尊三礼作法、本尊蔵王権現ほかの真言、本覚讃などを伝えた。

  併せて、現在、奈良遷都1300年祭に協賛して総本山金峯山寺では、三体の秘仏本尊蔵王権現を御開帳中であり、この目前で得度受戒できるということは、御縁に恵まれている人だ。
  遠ざかったと思っていた総本山に、また得度導師として帰山することになった。


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2010年09月26日

上須恵の旧田原眼科門跡(須恵町再発見1)

須恵田原眼科表門跡左  9/23須恵町商工会主催の須恵町再発見ツアー参加者募集に応募した。

  訪問地は、これまでに何度か行ったことがあったが、何か新発見でもあれば、と思い参加してみた。

  参加してみると、今まで見過ごしていた、と思う史跡があった。
  その一つが、上須恵にあった旧田原眼科医宅(治療所)の表門跡の石積みだった。
  上の画像がそれで、これは、里道の左側にあった石垣で、石垣は右側にも残っていた。旧宅内の一部は、今は里道となっているということなのだろう。

  この石垣の石は、若杉(山)の青石だという。
  そして、この積み方は、乱層積、又は谷積という石垣の積み方の一つだというが、見れば見るほど精巧で美しく、暫し見とれていた。
  一つ一つの石に鋭角な部分をつけ、かつ一つ一つが不定形で石の大きさも違う、それでいて石と石との間の継ぎ目が寸分変わらないように計算どおりに積み重ねてある。そして、格段に谷ができて安定を保っているようだ。ただし、内側は野面積みだった。

  田原眼科は、江戸時代から戦前頃まで続き、上須恵地区には多くの目病人宿ができて栄えていたというが、現在、同地に、その賑わいはない。
  この門跡の石垣が残っていなかったら、かつて、当地に日本の四大名医といわれた眼科医田原養全がいた痕跡は何もなかっただろう。
  因みに四大名医って誰なの。

  なお、近くで、眼病人が門に入る前に必ず拝んでいたという薬師堂の建物や、田原眼科の隠居屋敷門(黒門)、目病人宿だったのだろうと思える家の塀なども見ることができた。
  意外と意識しないで歩いていると見落としていることが多いものだと改めて感じた。その意味では有意義なツアーだった。

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2010年09月25日

川崎神社(宗像市久原)にて(3)〜許斐山の北裾

 前回「川崎神社(宗像市久原)にて(2)〜川崎の名」からつづく。

 川崎神社の後方にある高瀬川の同じ河床を、高瀬川と平行して流れる朝町川があり、この両川の河床には、久原、曲の田園が広がっている。
 この両川は、この少し下流の稲元で合流し、釣川に流れ込み、宗像大社辺津宮の東を通り江口から玄界灘に流出している。
 往古は、この稲元、久原、曲辺りまで海が入り込み、入江をなしていたと思う。

 川崎神社の後方から鬼門(北東)方向、約1kg先に曲の高見神社があるが、この間が入江であった頃には、途中に遮るものもなく、川崎神社からは、高見神社の杜が、また、高見神社からは、川崎神社の杜が眺められたと思う。

 因みに川崎神社の祭神名は、後で伊弉諾尊、伊弉冊尊と分かったが、このうちの伊弉冊尊は、高見神社の祭神と同神である。
 高見神社の祭神は、高見神社の項で書いたように、許斐山・熊野神社の祭神である熊野三所権現(伊弉册尊、泉津事解男命、泉津速玉命)である。

 ということは、川崎神社は、許斐山・熊野神社の祭神の一伊弉册尊を祀っていることにもなる。
 しかも、川崎神社が、許斐山の北部の山裾に鎮座していることを考えたとき、この三社は、お互いにその鎮座地が視界の中にあり、何らかの関係があったのではないかと思う。

 また、川崎神社の西、至近距離に、同じく許斐山の関連社の一つ(許斐下)六之御前社が鎮座しており、その祭神は、許斐山山中にある(許斐上)六之御前社(六の宮)と同神である。

 同じくメイトム宗像に隣接する丘陵(高瀬川沿い)にある宗像ユリックス(宗像市久原)の横には数基の古墳が保存されているが、これは、宗像ユリックスが建っている地にあったものの一部を移転し、復元したものだという。
 古代、この久原地区が早くに開けたことを物語る物証ではあるが、当地の居住者は、許斐山を神の山として崇めていたと思う。

 つまり、川崎神社のある川原地区を考証するときは、許斐山を抜きには考えられないのでないかと漠然と思った。
 なお、川原地区にも水神を祀る貴船神社がある。

 川崎神社で、神の存在を示されたお神様がどなたであったのかは分からないが、それだけで満足である。今は、これ以上のことには考えが及ばない。(おわり)

※追記→「川崎神社(追記)と久原遺跡(宗像市久原)」。(2015.12.6)


※参照→許斐山(1)~(15)〜本ブログ2009.10.27(1)~2009.11.15(15)。
※参照→高見神社〜本ブログ
・2010.8.23「高見神社(宗像市曲)に行く(1)〜原神社の北方
・2010.8.24「同(2)〜熊野三所権現暫時遷座跡
・2010.8.25「同(3)〜旧曲村
・2010.8.28「同(4)〜高見の名称由来いろいろ
・2010.8.30「同(5)〜三尊石大鷹の鷹見
・2010.9.2「同(6)〜加具突智神
・2010.9.5「同(7)〜曲本村(宗像神社の宮田)
・2010.9.7「同(8)〜貴船神社
・2010.9.8「同(9)〜宮田の貴船神社
・2010.9.9「同(10)〜宗像大神遥拝」。

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2010年09月24日

川崎神社(宗像市久原)にて(2)〜川崎の名

 前回「川崎神社(宗像市久原)にて(1)〜炎天下での清涼感」からつづく。

 川崎神社の鎮座時期は分からないが、この辺り一帯に古代遺跡「久原瀧ヶ下遺跡」あり、早くに開けた地域にある神社なので、無格社であっても、それなりの歴史は持っているのかもしれない。

 境内に入ってすぐ、石鳥居の額束を見上げて「川崎宮」の文字を目にしたときは、一瞬、この川崎神社は、厄除けの川崎大師、或は川崎山王社(稲毛神社)からの勧請神なのかと思ったが、そうではなさそうだ。

 改めて川崎神社の鎮座地を眺めると、川崎神社は、まず、許斐山の北に続く山裾の丘陵の外れに鎮座していることが分かる。
 現在の川崎神社は、メイトム宗像の建つ丘陵及び同取り付き道路から隔離されたような形になってはいるが、この丘陵の北部突端といえる一画に位置していることには違いない。
 次に、川崎神社の後方にある田畑の先の県道92号線が、許斐山の南東の山裾にある大穂を源流とする高瀬川の左岸に沿って走っていることが分かる。

 この高瀬川は、かつては川崎神社の縁を流れていたのではないかと思うが、いずれにしろ、当地は、許斐山から続く丘陵の北端が高瀬川に突き出た崎、つまり川崎であったと思う。
 多分、川崎神社の川崎は、この川崎から付いた名であろう。

 調べて見ると、かつて、この一帯は久原村の枝郷川崎の所在地のようで、枝郷川崎の産土神として、川崎の名を冠した川崎神社が、高瀬川を向いて参拝するような形で建てられたのではないかと思う。
 なお、石鳥居や常夜灯に祭祀一族の川島(川嶌)氏の名があったが、あるいは、この姓も川との関係で生まれたのかも知れない。

 こう思うと、前回記した炎天下の川崎神社での参拝時、お神様にお出ましいただいたときに吹いてきた微風の清涼感は、川面に吹く涼風の味わいだったのだろうか。
 きっと、川崎神社のお神様が、川の涼風を持ってこられていたのだろう。

 ※つづく→「川崎神社(宗像市久原)にて(3)〜許斐山の北裾」。

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2010年09月23日

「オールイン運命の愛」の再放送終わる(パク・ソルミさん3)

パク・ソルミさんオールイン[1] ※左の画像は、ソ・ジニ役のパク・ソルミさん(「韓国情報発信基地!オールイン」からお借りしました)。

  2003年の韓国テレビドラマ「オールイン運命の愛(24話)」の再放送が、本日終わった。
  (何回目の再放送かは分からないが、今回は9月3日からフジテレビ系列で放送された)。
  放送のある日は、約3時間、テレビに釘付けになって、この3週間(放送されない日を含めて)、一寸と観るのが忙しく、少し観疲れた。

  実は、ソ・ジニ役のパク・ソルミさん目当てで、またこの再放送を観ていたのだが、パク・ソルミさんの凛々しい顔、沈んだ顔、そして可愛い笑顔、どの表情を観ていても、やはりパク・ソルミさんは、美人だ。

  また、パク・ソルミさんは、一寸目には、背が高いとは思えないのだが、主演女優のソン・ヘギョさん(ミン・スヨン役)と並んだときなどに、やはり背が高いと感じる。
  もちろんパク・ソルミさんは、姿勢も、スタイルも良い。

  画面に現れてくるパク・ソルミさんの容姿は、7年前のものではあるが、先日、「これ好き!Korea Fan-パク・ソルミ」の「パク・ソルミ関連韓国ニュース(自動翻訳)」の[フォト]で、最近のパク・ソルミさんの容姿を観た。
  それを観ても、ちょっとふっくらとした感じはするけど、やはり容姿端麗で、美人だと思う。

  今日、長女が家に来たとき、「今日、オールインが終わったので、ちょっと残念。パク・ソルミさんは、本当に美人だね!」と言っていた。
  知らなかったのだが、長女も、毎日、このドラマを観ていたようで、パク・ソルミさんに注目していたのかな。

  それに付け加えるように、「ほら、あの女優さんも出ていたね」と言った。すぐに、笛木優子(ユミン)さんのことだと分かった。
  笛木優子さんは、主演のイ・ビョンホンさんが演じるキム・イナを指導したり、惑わせたり、助けたりするプロ・ギャンブラーのリエ役で出演していた。
  実は、ドラマの後半部分に、笛木優子さんが出てくるのも楽しみにしていたのだった。チョット気が多いかな。

  ふと、亡実母がイ・ビョンホンさんのファンで、その写真入り絵葉書を買ったりしていたことを思い出した。
  今は、秋の彼岸の最中であり、ひょっとしたら霊界から亡実母が戻ってきて、このテレビを観ていたかもしれないと思った。
  ということは、このドラマが彼岸の中日まで放送されたので、亡実母にとっては良い彼岸の供養になった、ということになるのかな。

  冒頭に「少し観疲れた」とは書いたが、いざ放送が終わってしまうと少し寂しいな。

 ※本ブログ、2010.7.1「パク・ソルミさん」、2010.9.4「パク・ソルミさん(2)」参照。
 ※→「パク・ソルミさん(4)~釜山国際映画祭」。 

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2010年09月22日

川崎神社(宗像市久原)にて(1)〜炎天下での清涼感

 前回「覚王寺廃寺「地蔵堂」(宗像四国東部霊場25番)にて」からつづく。

1川崎宮 ※左の画像は、川崎神社の石鳥居と参道。

 川崎神社の参道に正面から入る道は、メイトム宗像を取り巻く道路の整備により消滅した。 
 現在、この道路の下に、道路と平行する小道が、石鳥居に向かって右側にある畑の縁に沿って付けられていた。

 炎天下のなか、この小道を、右側にある畑を見ながら歩いて、川崎神社の境内に入った。
 右側に、旗立て石と石鳥居、参道に常夜灯、その先に神殿、及びその右後方に小石祠があった。
 神殿に向かって左下方には、地蔵堂があるが、段差があり、かつ境界に生えている樹木が視界を遮っているので目視はできない。
 後方には田畑が広がり、農家の家屋も見える。

 幟立て石には、明治30年8月寄進の刻銘あり。
 その後ろの石鳥居には、「川崎宮」の額束あり、柱に「嘉永7年甲寅8月、川嶌定平建立」の刻銘あり。

 参道途中にある石造常夜灯(一対)には、「安政2年4月、川島葷正奉献」の刻銘あり、このうちの左側の常夜灯は火袋部分が欠けており、そこにモルタルを埋めて補強されていた。
 神殿前に、もう一対、新しい御影石造の常夜灯(平成8年10月奉納)もあった。

 小石祠は、観音開きの扉と両側面が御影石のものに取り替えられて、壊れて取り外された砂岩質のものは、その後ろに置いてあった。また、小石祠の中には、黒い石が置いてあった。境内神社の一つなのだろうが、社名や祭神等の記載はなかった。

 神殿の前で、鍵がかかっているサッシ戸(引き戸)のガラス入り格子の間から、拝殿の中を覗いたら、床に敷いてある汚れた畳と、手前に置いてある賽銭箱が見えた。
 由緒や祭神名が分かるようなものは何もないが、筑前國續風土記拾遺には「(久原村)枝郷川崎の産神也。伊弉諾尊 伊弉冉尊を祀る。祭礼九月廿九日也。」とある。

 こんな所に、果たしてお神様がおられるのだろうかと思いながら、暫したたずんでいたら、突然、お神様の示現を感知、「よくお出でいただきました」と語られたと感じた。すぐに同行者に「お神様が来られた」ことを伝え、襟を正して、ともに般若心経1巻を勤行した。

 勤行し終えると同時に、炎天下の境内が微風で包まれた。曇ってもいないのに、とても涼しくなり、清涼感を味わった。お神様からのご褒美を頂いたと思った。同行者も、この感覚を知覚していた。
  
 だが、境内から一歩外に足を踏み出した途端、二人とも、一気に汗が噴き出した。この境内、境外での違いは、いったい何なのだろうかと思った。

 ※つづく→「川崎神社(宗像市久原)にて(2)〜川崎の名」。

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2010年09月21日

カーナビに、加藤ミリヤさんの曲を入れていたので

28HEAVEN初回限定盤 ※左の画像は、加藤ミリヤさんの「HEAVEN」初回限定盤ジャケット(2010.7.28発売)。

  新車の設備操作で一部分からないところがあり、ディーラー担当者に来てもらったときのこと。

  車のエンジンをかけると、カーナビから加藤ミリヤさんの曲が流れ出した。
  担当者が、すぐに、「これは、ラジオですか」と聞いた。
  「いや、CDだよ」と答えた後、次のような会話があった。
  
  「CDですよね、この歌手は誰ですか」。
  「加藤ミリヤ」。

  「そうですよね。娘さんが入れられたのですか」。
  「いや、私が好きで、自分でCDを買ってきて入れたのです」。

  「加藤ミリヤって、今時の娘じゃないですか」。
  「そうだね、これは、加藤ミリヤの新しいアルバムHEAVENの初回限定盤で、加藤ミリヤの初回限定盤は、どの曲でも予約しておいて発売と同時に買いに行かないと売り切れになることが多いのでね、時々、知人に発売日をよく知っていますね、と言われることがあるけどね」。

  「自分でCDを買いに行かれるって、本物のファンじゃないですか、 加藤ミリヤは、私たちが聴いてもよいと思う層ですから、ファンの幅が厚いということなのですね。加藤ミリヤの歌は、車を運転しながら聴いていても心がほぐれて良いですもんね」。

  こんな会話が交わした後、カーナビの使い方の説明を受けたが、終わるまで、ずっと加藤ミリヤさんのHEAVEN収録曲を流していた。

  担当者は、最初、私が加藤ミリヤさんを好きだと言ったことに対して意外に思ったようだったが、どうも担当者自身も加藤ミリヤさんが好きだったのだろう。
  ファン層が厚いと、いや少しでも加藤ミリヤさんのことを知っている人が多いと会話が弾むので良いことですね。

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