やはり若村麻由美の「闇猫のお吉」は適役吉田由美子さん慰霊報道で23年前を思い出す

2008年08月12日

「篤姫」・すばらしかった「桜田門外の変」の映像

%E4%BA%95%E4%BC%8A%E5%A4%A7%E8%80%81[1]  今週(8月10日)放映されたNHK大河「篤姫」は、万延元年(1860)3月3日(陽暦3月24日)に春雪が降るなかで起きた「桜田門外の変」だった。井伊直弼大老(中村梅雀)は、上巳の節句に江戸在府大名・江戸城総登城のしきたりに従い、五つ半(朝9時頃)井伊家上屋敷を出発し、その直後、桜田門外で水戸藩等の脱藩浪士に襲われ落命した。
  井伊大老の乗った駕籠を中心に置き、その周りで斬あう侍たちの迅速な動きを、上空から撮影した映像、そして、身動きの出来ない駕籠のなかで聞く喚声と銃声、そして迫り来る危機を察知する井伊大老の心情を表情だけで演じた中村梅雀の演技力とその映像もすばらしかった。また、その間、間に映し出される大奥で篤姫が笑顔で雛祭をしているカットなど、この動と静、不幸と幸の配置など、よく考え出された演出であったと思う。
  その首級をあげたのは、ただ1人薩摩藩から加わった脱藩浪士有村次左衛門(遠藤雄弥)であったという。ドラマでは、薩摩藩内で井伊大老を襲撃するために決起した若侍たちを鎮めた大久保正助(原田泰造)が、今後、薩摩で頭角を現していくことを暗示するような場面が強調されていたが、何故かそのなかにいた筈の有村次左衛門の脱藩(と出?)経緯がまったく見えてこなかったのが不思議に思えた。
  私は、子供の頃、井伊大老が可愛い孫娘(娘?)と雛人形を愛でた直後、雪の降りしきるなかを駕籠で出発し落命する場面を描いた歴史漫画(題名・作者など記憶にない)を読み、かなりショックを受けた思い出が残っている。当時、なぜ、こんなに優しい人が襲撃されなければならないのかと思ったからだった。そのため、この桜田門外の変が起きた日が3月3日(雛祭)であることだけは忘れたことがない。そして、もし雪が降っていなかったら、供侍たちはもっと軽装で敏捷に動けたはずで、こんなに短時間で簡単に主君を討ち取られることはなかったのではと、ずっと思っていた。
  この思い出があったせいか、東京に居た頃、何度も外桜田門付近(千代田区永田町)や襲撃隊が集結した愛宕山(港区愛宕神社)などを史跡探訪した記憶がある。ついでに外桜田門にあった井伊家上屋敷跡近くに建つ警視庁で職務質問を受けた余禄まであった。
  ところで、来週の予告編に、待ちに待った皇女和宮(堀北真希)の母・観行院を演じる若村麻由美の姿が見えた。主役篤姫(宮崎あおい)とどのように対決していくのか、同じ対決でも今度は大奥のことで、「闇猫のお吉」とはまったく違った皇族としての気品ある対決が見られることであろうと思うと楽しみである。
 ※画像は、井伊直弼役の中村梅雀さん(NHK)。

keitokuchin at 02:49│Comments(0)TrackBack(0)

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やはり若村麻由美の「闇猫のお吉」は適役吉田由美子さん慰霊報道で23年前を思い出す