風と共に去りぬ(ミューズの晩餐)舎利蔵へ(2)~ 勝宝寺・行基開基とナギの木?

2010年10月22日

舎利蔵へ(1)~天降神社から山間集落へ

 ※画像は、勝宝寺のナギの木。

舎利蔵なぎの木1 8月の手帳を見ていて、ティーダ・ラティオの自損事故を起こした日に、舎利蔵(福津市)に行っていたことを思い出した。

  舎利蔵は、未だ開発の魔手が加わっていない山間の集落で、集落に行き着くまでの間、家もなく、この道でよかったのかなと不安になるようなところだった。

  集落に入る前の、谷あいの道路沿いの右側に、小屋のような建物がぽつんと一棟建っていた。
  この建物は天降(雨降)神社で、舎利蔵の集落はこの先にあることを思い出した。
  天降神社は、本殿、幣殿などの建物はなく、拝殿のなかにすべてが統合されており、一寸見た目には神社とは思えない。

  天降という名から天神、雷神、水神、田神などが連想でき、かつて雨乞いの神事もあっていたかもしれないなどと想像したりしながら、軽く合掌して集落内へと急いだ。

  舎利蔵の集落は、20戸くらいはあるのだろうか、石垣の上に建つ家の多い静かな山村で、この日、人に出会うことは皆無だった。
  車道が行き止まった所の左側に、舎利蔵集落センターがあり、ここに車を停めた。

  ここから、徒歩で、かつて仏舎利を納めた堂宇のあった名刹舎利山観音院勝宝寺に向かった。
  舎利蔵の地名が、仏舎利を納めた塔・堂宇(蔵)があったことに由来していることは言うまでもないだろう。

  すぐ右の道沿いに苔むした石碑があった。障の神なのだろうか、刻銘がないので、よく分からない。
  その先の左側の自然林のなかに、以前、別荘風の洒落た建物があった、と思いながら歩いていた。
  しかし、眼にしたのは、今は使用されていない荒れた建物だった。周りの庭も雑草に覆われて、無残といった感じだった。
  多分、ここは、かつて勝宝寺が繁栄したころ、堂宇か僧坊などがあったところかもしれない、と思ったりしながら通り過ぎた。
  その先に、勝宝寺境内のナギ(梛木)の林が見えてきた。

 ※つづく→「舎利蔵へ(2)~ 勝宝寺・行基開基とナギの木? 」

keitokuchin at 23:27│Comments(0)

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