白鯰の恩返し1〜武守神社(宗像市)武守神社(宗像市)の由緒と熊野本宮大社

2011年08月27日

白鯰の恩返し2〜武守神社(宗像市)

615武守宮白鯰伝説絵馬  (前回つづき)

※左の画像は、武守神社(宗像市武丸)の拝殿に掲示してあった画。
(森と滝と滝壷(鯰池)の鯰と村人たちなどの画)。



  「白鯰の恩返し」について、市販図書(「宗像伝説風土記・上(西日本新聞社)」と「宗像遺産・暮らし遺産編(宗像市)」)には、白鯰がいたところを「滝壷」としている。
  だが、武守神社拝殿掲示の「白鯰の由来伝説記」には「神池」とあり、「滝壷」という表記はない。
  また、記事の内容についても市販図書とは違いがあり、旧社地(旧境内)にもともと滝があったかどうかは分からない。
  市販図書の内容はさておき、「白鯰の由来伝説記」の内容を下欄に転記する。
  (※なお、下欄転記の文中には、当て字や旧かな文字などがあるが、訂正せずに原文のまま転記した)。

  「昔 此の地方に大干魃あり農民困り果て 神社(旧境内)には絶えず清水湧き出て満々と水を湛えて如何なる日照にも絶えた事なき神池あり 昔は三百平方米も有りしが神殿改築境内拡張の為池も縮少されたる伝えなり
  此の水を賜わらんと大勢集まり 水取りの準備に取り掛からんとしたる処 池の中より声あり 私は権現様のお使番なり 此の水取られると私は生きてゐることが出来ない 替りに雨水を降らせるから中止あれと 一米もある大鯰が姿を現したので 農民達びっくり仰天しましたが 神魚とあってはと納得し池を離れ 境内を下りたる処 一天俄かに空が真黒く成り 雷と共に大雨が降り 農作物は大豊作となりたり
  以来干魃の年には 大白鰻白鰻(神ノ使)の姿形を作り 池の廻りを取りまき 雨乞いの行事(池の水が慾しい水を下さいと大声で叫ぶ)を行えば 立処に大雨降るなり 直ちに鯰を池に放魚したり 此の風習近年まで止みたることなし」

  また、この後に効能や神罰についても記してあったので、続けて転記しておく。

  「又皮膚病の白なまず 白くも 水虫 田虫には池の水に浸せば治り 御礼には鯰を池に放つなり
  又蝮に噛まれた時には特効薬を授り 霊験あらたかにして人命救助に多大の効験あり 今日迄民家に伝承されたり
  尚神罰も有り 神池汚せば(立小便)忽ち腫上がり立処に懲らしめあり 近年数人の人が神罰を受けたり おわびには鯰を放魚すれば治るなり 権現様の神徳は遠く郡外迄聞こえ参拝者多し」

  うーん…。
  続けて附記に神仏習合の権現神社であった所以についても書いてあった。

  「附記 旧権現様の南下二百米の処に昔神佛合祀の佛として権現大日如来堂あり 現在宗像八十八ヶ所の三九番札所の霊場として多くの参拝者あり」

  現在の武守神社境内に仏堂があるが、これは上記の権現大日如来堂を移転再建したものか。
  また、かつて「御座」があったこと、及び「由緒伝説額の掲額理由」(昭和57年(1982) 9.20掲額)なども記されていた。

  「又近年旧十二月?日には五穀豊穣を祝ひ組廻りにて御座を催し 久戸全員旧武丸村の氏子早朝に参詣者大勢ありたり 明治生れ大正初期生まれの人覚えあり
  ここに神徳の荘厳さを後世に長く伝える為 昭和二十三年伊勢参宮以来三十五年間を災度なく無事向えたるを記念して神社の由緒伝説額を掲げる…」 (※奉献者、執筆者等の記載略)

 ※→(つづく)

keitokuchin at 02:04│Comments(0)

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1. 皮膚科医が驚いた脅威の治癒率  [ 女性にも良く効く10日で治す水虫撃退法 ]   2011年09月23日 09:03
あなたも、この水虫撃退法と知識を手に入れておいてください。そうすれば、今後一生涯、水虫になるたびに皮膚科に行くなどという非効率な生活を送る必要はなくなるのです。

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