五反田の庚申塔(宮若市山口)弥ヶ谷天満宮 (宮若市山口)

2016年05月30日

宮若市立山口小学校(宮若市山口)

 前回「五反田の庚申塔(宮若市山口) 」からつづく。

 (1) 山口小学校の専用通学路
 前回の「五反田の庚申塔」の前の五反田道(里道)を90m進むと民家の先に三叉路がある(山口2606)。
 この左側(北側)に、丘陵の斜面を斜めに上る細道があるが、この細道は児童生徒の専用通学路で、約30m上ると山口小学校裏口(南口)に到る。
 多くの場合、丘陵の東方にある下記「正門」に回るよりは遥かに近い専用通学路である。

 (2) 山口小学校の旧所在地
  (大音屋敷→現山口コミセン所在地→現在地)
 上記三叉路を南に右折すると、山口川左岸(県道30号線)に沿った集落、山口コミュニティセンター殉維烈士山崎羔三郎君墓参道碑等があるが、この一帯が、現在地に移転する前の山口小学校校地である。(山口2551)

 因みに山口小学校は、明治7年(1874)、大音青山(旧福岡藩家老・福岡県大参事)が大音屋敷内の演武場(山口2834)に作った学校が元で、明治25年(1897)畑小学校簡易科を併合し山口尋常小学校となり、この年を山口小学校開校年としている。明治34年(1901)弥ヶ谷尋常小学校を併合、大正11年(1922)沼口小学校を併合し、旧大音屋敷から上記の現「山口コミュニティセンター所在地」に移転した。そして、昭和51年(1976)現在地に移転した。

 (3) 山口小学校正門(山口2580)

1山口小正門 山口小学校正門(※画像)に行くには、三叉路の東方290m先の四ツ路を左折し、割と急な坂道(車道)を250m上らなければならないる。

 この道の左側に「正門」が建っているが、校舎に行くには、さらにここから校内の樹木のなかを貫く坂道を100mほど上らねばならない。

 なお、上記四ツ路から正門に到る坂道を上っているとき、後ろから上ってきたダンプカーが追い越し、正門の前を通り抜けて行ったが、この道は、子供たちの通学路として大丈夫なのかと思った。

 ダンプカーが走り去った先(北側)に何があるのかは分からないが、地図で見た範囲では福岡国際カントリークラブむなかたゴルフ場の大きな鶴ヶ谷溜池がある。(※別記参照→「七股つつみの伝説(宗像市朝町)」)。

 (4) 山口小学校の活動
 校舎内は、部外者出入禁止だが、左側の校舎前に、地元が生んだ幕末〜明治の農学者「菊池六朔の胸像」がある。この胸像は、昭和44年(1969)に建てられたものらしいが、当校から偉大な先駆者に学び立派な農業等の発展者が育つことを願っているようだ。
 (※別記参照→「菊池六朔翁墓道碑(宮若市山口)」)。

 また、同上右側に岩石を並べた岩石園があるのに気付いた。子供のときから岩石の名前ほか知る標本としても貴重だと思う。

 少子化が進むなか、専業農家が多い山口及び沼口地区を校区としており、現児童生徒数を知らないが、校内には「愛鳥の森」があり、緑の少年団(バードウォッチング)活動や、農作物の栽培や収穫祭なども盛んに行われているようだ。※参照:山口小学校HP

 (5) 山口小学校校歌と環境
 校歌「むらさきにおう西山の雲はるばるとなびき山 緑の風がそよいでる山口川のせせらぎによい子の夢がとけていく」の歌詞は、西山山系、靡(なびき)山に囲まれた半盆地の流れる山口川を中央にして広がる田畑など、緑豊かで風そよぐ美しい環境の中で子供たちの健全な夢が育まれていく情景を描いている。

 山口川の源流がある西山(標高644.6m)は、ここから南西方向に一際高く遠望でき、やはり当地方におけるシンボル的な山であることが分かる。
 また、靡(なびき)山(標高296.9m)は、古代より地元の人々によって信仰されてきた霊山で、当校の東方(間に県道75号を挟み)孤高している。

 なお、現在、校区内を九州自動車道が通り(沼口に若宮ICあり)、そのコンクリート防音壁や橋脚が風景の中に溶け込んではいるが、また、西山山系を横切る西山断層なども確認されている。

 (6) 片山→弥ヶ谷へ
 上記「正門」に上る四ツ路(里道)を東に進むと、左側に片山集落があり、600m先で県道75号(若宮玄海線)に突き当たる。
 県道を横切り直進する細い砂利道は旧弥ヶ谷里道で、わずかしか残ってはいないが、これまで歩いてきた野中、五反田、片山の里道も、かつてはこれくらいの道幅しかなかったのだろうと思う。
 県道を右折すると県道30号(山口信号機交差点)に到るが、現弥ヶ谷里道の入口はその途中左側にある。弥ヶ谷は、靡山西麓(谷あい)の集落で天満宮がある(次回掲載)。  
 なお、県道を左折(北上)すると宗像市朝町方面に到る。

 (※追記) 山口小学校の閉校
 2016年(平成28年)6月30日の読売新聞「スクールMemory」に宮若市立山口小学校に関する次の記事が載っていた。残念なことに2017年3月で閉校(廃校)されるようだ。その後、跡地はどうなるのだろう。
 「…児童数は37人。…2001年には林野庁長官の感謝状を受けるなど、学校林を利用した学習、環境保護の取り組みは高く評価されている。06年の旧宮田、若宮両町の合併で宮若市立になった。市教委が進めている小学校の再編で近隣の4校と統合されるため、今年度で124年の歴史に幕を下ろす。」

 ※つづく→「弥ヶ谷天満宮 (宮若市山口)」。

keitokuchin at 23:55│Comments(0)TrackBack(0)

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