朝町山ノ口遺跡(宗像市朝町)木香薔薇(宗像市朝町)

2017年03月07日

延壽寺「朝町薬師堂(観音堂)」(宗像市朝町)

前回「朝町山ノ口遺跡(宗像市朝町)」からつづく。

1延寿寺 (1) 朝町薬師堂の所在地

 ・宗像四国東部霊場35・86番
「朝町薬師堂(朝町井上観音堂)」は、「延壽寺」境内にある。

 ・所在地
 福岡県宗像市朝町2342番地 延壽寺(延寿寺)。


 ※前回「朝町山ノ口遺跡」からコース:青葉台西口🚥右折(県道401号・北西方向に350m)、四つ角(左手前にコンビニ、右側に「曹洞宗(禅宗)延寿寺←納骨堂加入者募集」の看板、🚥なし)左折、140m先・正面右側(「納骨堂加入者募集 禅宗(曹洞宗)延壽寺」の看板あり)。Pなし(車の場合はコンビニ又は朝町八幡宮前Pに駐車のこと)。
 ※ウォーキングでは県道を避け、青葉台西口🚥の手前を右折(丘陵裾、朝町川沿いの旧道・農家あり)350m先の変則四つ角左折、上記県道四つ角を渡り直進する。(トイレはコンビニを利用。朝町山ノ口遺跡から約950m、徒歩約10~20分)。 (※本稿は、2014.4.12、小生の参拝メモ・画像による)。

 (2) 薬師堂改築記

 「朝町字中村二四六〇番地に、主として下組が祀っていた薬師堂があり、宗像四国の(東部三十五番)札所であった。
 又、延寿寺境内に主として中組が祀っていた観音堂大師堂があり(東部八十六番)札所であったが、堂宇が老朽化したため、双方の信者相はかり、昭和四十七年に薬師堂をそのままこの地に移転して、堂宇内に薬師如来さま、十一面観音さま、弘法大師さまを合祀した。
 しかし時移り、その薬師堂も老朽化したため、平成四年に朝町実行組合の総会の決定に基づき改築したものである。平成四年十二月朝町実行組合」。

 (3) 宗像四国東部霊場
  第35番本尊厄除薬師如来(朝町薬師堂)
  第86番本尊十一面観世音菩薩(朝町井上観音堂)

 ・旧「朝町薬師堂」が延壽寺境内に移転する前の旧跡地、宗像市朝町字中村2460番地の場所が分からないが、字中村、及び下組の名があるので朝町八幡宮・雲乘寺などがある地区集落のどこかにあったのだろうか。
 ・筑前國續風土記附録には「〇薬師堂ドウヤシキ」、同拾遺には「〇薬師堂 堂屋敷」の記載があり、同地は「堂屋敷」といわれていたことが分かる。

 ・「観音堂」については、同上附録、及び同拾遺に「(延壽)寺内に観音堂あり」とあるので、もとから延壽寺内にあったことが分かるが、現在、寺内に観音堂はなく、上記改築記により、観音堂は現薬師堂(木造瓦葺)に統合されていることが分かる。
 ※第86番朝町井上観音堂は朝町薬師堂に合祀されているが、前述した「第86番番外を含む朝町(昼掛)観音堂」と区別するため、ここでは「朝町井上観音堂」と記した。
 ※なお「宗像四国霊場札所」は、釣川を挟んで東部・西部に区分されたと聞いているが、確かに朝町(昼掛)観音堂は、釣川上支流の朝町川の東側にあるが、朝町薬師堂(朝町井上観音堂)は西側にあるので、そのすべてがこの区分に当てはまることではないようだ。

 ・朝町薬師堂は、延壽寺境内に入って左方にあるので、住持に申し出て堂内に入り参拝した。小生参拝メモ(2014.4.12)には「薬師如来立像2体、聖観世音菩薩立像1体+同小立像2体、弘法大師石造坐像2体」と記しているが、はっきり思い出せない。堂内に十一面観世音菩薩像はなかったような気がする。

 ・因みに四国霊場第35番札所は、醫王山鏡池院清滝寺(真言宗豊山派)本尊厄除薬師如来(高知県土佐市高岡町丁568-1)。
また四国霊場第86番札所は、補陀洛山志度寺(真言宗)本尊十一面観世音菩薩(香川県さぬき市志度1102)

 (4) 薬師堂の外側

2延寿寺宝塔 ・薬師堂の右前には、「経王塔」の刻字がある五輪塔がある。
 ・同左横に8体の石仏が並んでいる。
 ・同右横にある建物は、上記「曹洞宗 延壽寺(延寿寺)」の看板(2本)に「納骨堂加入者募集」とある、その納骨堂か。
 なお、寺前の里道沿い(北方)にある納骨堂は組合管理のものか。

 (5) 延壽寺記載史料

  延壽寺 イノウエ 禪宗洞家 佛堂五間三間 長禪山と號す。大穂村崇(宗)生寺に属せり。開基の僧を存異といふ。本尊阿彌陀佛は聖徳太子の作なりとそ。寺内に觀音堂あり。」(筑前國續風土記附録)
 ◆延壽寺 井上に在。長禅山と号す。禅宗洞家大穂村宗生寺に属す。宗像宮古文書中に弘安の比朝町村延壽寺見えたり。古刹なり。兵乱に断絶せしを、更山存異と云僧再興せり。是中興の開山也。存異は宗生寺三世中興の僧にて天正五年に寂せしよし寺記に見ゆ。本尊阿弥陀佛ハ聖徳太子の作也といふハいふかし。寺内に観音堂有。」(筑前國續風土記拾遺)

 ※史料に「聖徳太子」の名があるが、今年(2017)の中学校教科書から聖徳太子のことは、厩戸王(聖徳太子)と言わねばならぬらしい。九州には根強い聖徳太子信仰があったようで、いぶかしと言えど各地で聖徳太子の名を目にすることが多く、或は、九州王朝の系譜であったかもしれない聖徳太子の名が()書きになってしまうのは何とも忍び難い。※→(3/20追記)文科省は「分かりにくい」との国民の不評を受け入れ、元通り「聖徳太子」に戻すと発表した。そうだよね。

 ※つづく→「木香薔薇(宗像市朝町)」。

keitokuchin at 18:56│Comments(0)TrackBack(0)

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