昼掛いぼぬき地蔵尊(宗像市朝町)東禅寺の所在地・由緒記板(宮若市湯原)

2017年04月14日

東禅寺の梵鐘(宮若市湯原)

 東禅寺の梵鐘(福岡県重要文化財)は、脇田温泉からほど近い宮若市湯原(ゆばる)62の曹洞宗東禅寺の本堂前で見学できる。

 1. 東禅寺の古い梵鐘

 (1)鎌倉時代の鋳造・福岡県重要文化財

1東禅寺建保梵鐘 この梵鐘は、「東禅寺梵鐘」と言われ、建保三年(1215)に 大工坂田家守が鋳造したものである。(※詳細は下記)
 鎌倉時代鋳造の梵鐘として、昭和32年8月13日福岡県重要文化財(福岡県指定有形文化財・工芸品・指定番号3)に指定されている。
(※画像)


 見た目にシンプルな形容は、鎌倉時代の特徴で、大きさは、やや小振り。その大きさは、ふくおかの文化財展5に「総高79.4cm、口径44.2cm」とあるので、実際は下記の「高さ約1m・口径約60cm」より少し小さかった。

 (2) 明治時代「朝町八幡宮」から移されたもの

2東禅寺建保梵鐘 ・先に別記した「朝町八幡宮(宗像市朝町)」に、朝町八幡宮の「釣鐘(梵鐘)の行方」として次のように書いた。
 「現在、東禅寺(宮若市湯原62)に現存している梵鐘(県重文、高さ約1m・口径約60cm)は、明治期に朝町八幡宮から移されたものだと言われている」。


 ・この梵鐘が、明治時代のいつ、どのような経緯で、元の所有者・朝町八幡宮(宗像市朝町2373)から東禅寺(宮若市湯原62)に移されたのかはまったく分からないが、明治政府の神仏分離に係わる廃仏毀釈の波を避けて移されたのではないかと推測されている。
 つまり、神仏分離の最中、朝町八幡宮内に仏教の梵鐘を置いていると壊されてしまう危険性があったので、それを避けたいという住民感情があったのではないかと思う。

 ・また、宗像郡から鞍手郡へ郡境を越えての移動となっているが、もとより宗像郡朝町村(宗像市朝町)は、鞍手郡若宮町(現宮若市)と隣接し、歴史的にも、婚姻などを通じても交流が深かったので、東禅寺との縁があったとしても不思議ではなく、多分贈呈されたのではないかとも思う。

 (3) 梵鐘の陽鋳(鋳造期日と制作者)

 ・この梵鐘が、もと朝町八幡宮に在ったものだという根拠は、梵鐘の表面(池の間)に陽鋳してある「建保三年乙亥三月五日大工坂田家守」の銘文である。
 つまり、この銘文が、筑前國續風土記拾遺(朝町八幡宮の項)にある「古鐘一口あり。元禄の比當處の延壽浦といふ所の圃中より堀出せり。銘に建保三年乙亥三月五日大工坂田家守と記せり」と一致しているからだ。

3東禅寺建保梵鐘銘文 ・なお、奉願・願主等を記した銘文は、何となく黙読はできるが、浅学菲才の小生は、その意味を理解できない。
 また、読めない文字もあり、ここにその全文を書けないので、梵鐘の銘文部分の画像を掲載しておく。(※画像の上でクリックすると拡大できる)


 ・この梵鐘が鋳造された「建保三年(1215)」は、鎌倉時代前期(将軍源実朝、執権北条義時の頃)で、元禄(1688〜1704年)の頃、朝町の延壽浦(朝町八幡宮の近く・朝町川沿いか、延壽寺の近くか)の田圃(土中)から堀出されたというので、同所に既に廃寺となっていた鎌倉時代創建の寺(或は、朝町八幡宮神宮寺)があったということなのだろうか。
 発掘調査などによりその場所が確定できれば新たな発見があるのかもしれないが、今は望むべきもない。

4東禅寺建保梵鐘 ・梵鐘を鋳造した「大工坂田家守」については、この梵鐘以外に作品が残っておらず、詳細は分かっていない。だが、「首の部分でつながる双身の竜と、頂上の宝珠の間に半月形の隙間を設ける竜頭の形」が、南北朝・室町時代に多くの梵鐘を製作した小倉鋳物師(いもじ)の特徴と類似していることから、坂田家守は、鎌倉時代にいた小倉鋳物師の先駆者ではなかったと推測されている。
(※ふくおかの文化財展5/福岡市博物館参照)


 (4) 付記: 福岡県内の古い梵鐘

 ・因みに、幸いにも戦時中の金属類回収令を免れて、福岡県内で現存している「古い梵鐘のベスト3」は、次のとおりである。
  (最古)、天台宗「観世音寺の梵鐘」(国宝)=文武天皇二年(698)鋳造/太宰府市観世音寺5-6-1。
  次が、浄土真宗本願寺派「西光寺の梵鐘」(国宝)=承和三年(836)鋳造/福岡市早良区内野2-7-13 。
  その次が、この曹洞宗「東禅寺の梵鐘」(県重文)=建保三年(1215)鋳造/宮若市湯原62。

 ・また、東禅寺の梵鐘と同じ鎌倉時代に福岡県内で鋳造された梵鐘と確認できるものに、もと臨済宗妙心寺派・油山天福寺(平安後期創立)に在ったとされる焚鐘(→現在は、山口県防府市の防府天満宮が所蔵している「防府天満宮の梵鐘」山口県重文)=文応2年(1261)鋳工沙祢生蓮鋳造。がある。

 2. 東禅寺の新しい梵鐘

5東禅寺新しい梵鐘 ・東禅寺は、湯原山の北山麓の斜面、石垣を巡らした上にある。
 正面の参道石段を上ると、山門、本堂に到るが、山門の左に鐘楼がある。
 この鐘楼に釣り下げてある大きな梵鐘は、平成2年鋳造の新しいものである。
(※画像)


 ・石垣の上、高台に建つ鐘楼から眼下に広がる北側の田園風景の眺めはよく、その先、正面右方に見える横長の丘陵は、天正9年(1581)宗像勢と立花勢が戦い多くの戦死者を出した「小金原の戦い」の激戦地である。

 ※つづく→「東禅寺の所在地・由緒記板(宮若市湯原)」。

keitokuchin at 01:54│Comments(0)TrackBack(0)

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