富松神社◆塑瞳された拝殿(高良山麓巡り50)富松神社ぁ塑弯澄岩竹古墳2号墳など(高良山麓巡り52)

2019年07月23日

富松神社〜本殿跡(高良山麓巡り51)

 ※前回「富松神社◆塑瞳された拝殿(高良山麓巡り50)」から続く。

 ◇ 本殿跡地

 ・富松神社「本殿」は、平成20年(2008)8月に「旧拝殿」とともに焼失したという。

1富松神社本殿跡石垣 この「本殿」は、拝殿後方の盛り土(墳丘)の周りに城郭のように野面積みに積み上げられた石垣(一部2段構造)の上に聳え建つ2間四方の立派な木造銅板葺の建物だったように記憶している。



2富松神社本殿跡礎石 ・この本殿を失ったことは残念極まりないことだが、この本殿を再建するには相当の建築資金が必要で、その資金集めが至難なようで、今のところ再建される見込みもないようだ。


 なお、現本殿(神殿)は、前回述べたように再建された新拝殿のなかに組み込まれているものと思われる。


3富松神社 ・以前は、旧拝殿内を通り抜けて本殿に行く構造で、一般の人は本殿には近づけなかったような記憶があるが、今は、新拝殿の裏に回って、盛り土の中央に付いている石段を上ると、その跡地に行くことができる。
 ・現在、本殿跡地には、何も建っておらず、本殿が建っていた場所には、その礎石だった複数の石が四角形に並んだ状態で残っている。


 その他、何かの台座だったのかと思われる大小の岩石や、鳥居の廃材のような石材なども転がっている。

4富松神社拝殿後ろと三町内公民館 ・振り返って新拝殿を後ろ側から見ると、この地が新拝殿の屋根と同じくらいの高さがあることが分かる。
 なお、新拝殿の先(南東方向)にある建物が高良山三町内公民館である。


 この後ろの森が高良内町竹の子弘法大師廊(竹の子古墳群・古墳10基以上あり)、さらにその先に明星山(明星岳)を遠望できる。
 この他、当富松神社は、高良山の南西の山裾にあるので、本殿跡の高台からは、高良山を含む周りの景色がよく見渡せる。


5富松神社右後ろの畑 ・少し驚いたのは、すぐ右後方に建った民家の庭を何気なく見下ろしたとき、その庭(花壇か畑)の周りの土留めの一部に、多分、当社の廃材と思われる石が利用されているのが目に留まったときだった。


 個人的には違和感もあったが、思わず、このような有効利用もあったのかと思った。

 ・因みに、この本殿跡の石垣に囲まれている盛り土は、「岩竹二号墳」(古墳)で、この墳丘上に本殿で建てられていたことなる。古墳の被葬者は分からないが、富松神社の祭神筑紫弦田物部祖天津赤星と係わる人だったかもしれない(※本件については次回掲載する)。

 ※次回→「富松神社ぁ塑弯澄岩竹古墳2号墳など(高良山麓巡り52)」。

keitokuchin at 15:08│Comments(0)

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