赤間宿搆口/唐津街道赤間宿跡(宗像市)釣川定石一番碑、道標碑、虚空蔵菩薩堂ほか〜辻田橋付近2/唐津街道赤間宿跡(宗像市)

2019年08月17日

辻田橋、赤間祇園祭御旅所〜辻田橋付近1/唐津街道赤間宿跡(宗像市)

 ※前回「赤間宿搆口/唐津街道赤間宿跡(宗像市)」から続く。

 (1) 辻田橋

辻田橋、城山を望む ・前回記した「赤間搆口🚥」から県道503号(町川原赤間線)を南に240 m下ったところに、釣川中流域に架かる「辻田橋」ある。



 ※現「辻田橋」は、昭和42年<1967>架橋、長さ43m×幅6m。

 ・「赤間搆口🚥」は、江戸時代の唐津街道「赤間宿西搆口」(南構口とは言わない)があったところだから、ここから少し南に下ったところにある「辻田橋」は、当時の赤間宿(赤馬宿とも書く)から見れば、「赤間宿の枠外」である。

 ・しかるに、現在、赤間宿散策者向けの各種案内図には、この橋を載せているものが多い。なかには橋の図は描かれているけど、橋名が載っていないものもある。
 また、この橋際にある「釣川一番定石」(右岸上流側/赤間3丁目)、「唐津街道赤馬宿碑」(左岸下流側/赤間1丁目)などを載せているものもある。

 ・このように「赤間宿西搆口」の外側にある「辻田橋」を載せている案内図が多いということは、ここが事実上の「唐津街道赤間宿の南側出入口」だったことを知らしめているようにも思える。よって、本稿では、「赤間宿跡」のなかに「辻田橋」の項を加えた。

 ・因みに「辻田橋」から南下した唐津街道は、宮田峠越え→宮田橋→原神社→原町宿→大穂町→畦町宿→青柳宿…に到る。
 なお、現県道503号線の路線は、旧唐津街道と重なる部分もあるが、その途中にある集落地は、重なっていないところが多い。
 ※ただ、赤間宿跡のメイン道路は大部分(南部分)が重なっている。

 ※別記参照
 →「宮田の由来と唐津街道宮田峠及び赤間辻田橋(宗像市)
 →「唐津街道の宮田橋(宗像市宮田)
 →「原神社~原町宿へ(宗像市原町)
 →「原町宿のお大師様・釋迦堂は再建されるのか(宗像市)
 →「畦町宿跡の古民家(福津市畦町)


 (2) 赤間祇園祭・御神輿の御旅所(御仮屋)

2御旅所 ・赤間宿跡で、枠外の「辻田橋」が注目される理由の一つに、赤間宿の産神「赤間須賀神社(祇園宮)」の祭礼の御神輿の「御旅所(御仮屋)」が「辻田橋」近くの土手(赤間2丁目1−6)に設けられることがある。


 即ち、毎年7月14・15日直近の土日の夕刻に行われる「赤間祇園祭の御神幸」で、その第1日目の御下りで担がれた御神輿は、赤間宿跡の東裏側を練った後、赤間搆口🚥から「辻田橋」に到り、この橋の近く(右岸下流側)の土手(普段は空き地)に設けられた「御旅所(御仮屋)」で夜を明かし、ここが第2日目の御上りの出発点となる。

 ・ところで平成以降、小生は、この御神幸を拝礼しておらず、また現在の状況も調べていないが、以前の記憶では、当時、その第1日目に、御神輿は「辻田橋」を渡り、右手の丘(赤間1丁目)の高台<見晴らし丘>(赤間小学校正門前の坂を上りその前方右入る)で休憩した後、丘を下り再度「辻田橋」を渡り土手を左折し御旅所で泊まっていた。

 ・この見晴らし丘の高台から、かつては、城山の下方に位置する祇園社(貴船山)〜赤馬山(七社宮)の杜、赤間宿跡、釣川流域の田畑等々の風景が一目の元に見渡せたので、辻田橋とこの丘は御神輿に上座した祇園神(素戔嗚命)が渡り訪れる神域であり、周りを見渡せた高台が、本来の「御旅所」だったのではないかと思ったりもしていた。

・さらに、この「見晴らし丘の高台」は、赤間宿の「裏鬼門」(南西部)になるので、御神輿がここに上っていた背景には、ここが、その「裏鬼門除け」の聖地でもあったようにも伺える。
 なお、御神輿が一泊する辻田橋近くの御旅所(御仮屋)も裏鬼門に当たっているので、現在は、この御旅所が「裏鬼門除け」の聖地になっているということか。

3高台 しかし現在、この丘陵の斜面にぎっしりと住宅が建ち並び、高台の周りにも住宅が建ち並び、この風景を遮断、神域の雰囲気が失われた。今も当地に御神幸があっているものか分からない。


 ・ただし、この赤間祇園祭礼は400年の伝統があると聞き、往時から当地に御神幸があっていたのであれば、赤間の人たちが、この丘と「辻田橋」を赤間宿の枠内とみなしていた気もする。

4赤馬宿碑 ・こう考えると、赤間宿跡の枠外「辻田橋」の橋際(赤間1丁目12-3/釣川桜並木、遊具公園内)に建てられた「唐津街道赤馬宿碑」(謹書瀧口凡夫・贈:西暦2000年堤芳実 みどり)も違和感がなくなってくる。


 ・なお、丘陵の南部には、「宗像市立赤間小学校」(赤間1丁目4-1)、「田久瓜ヶ坂古墳1号墳」(桜美台4=旧:田久1)と、同1号墳を除き消滅した「田久瓜ヶ坂遺跡」(桜美台一体)、「節婦お政(阿政)の墓」(赤間1丁目1-1)等がある。

 ※別記→「田久瓜ヶ坂遺跡とガラス玉(宗像市田久)
 ※別記→「節婦お政(阿政)の墓(宗像市赤間1丁目)

 ・次回、辻田橋の側に在る「釣川定石一番碑」「道標碑」、及び「虚空蔵菩薩堂」ほかの宗像四国東部霊場等についても書き留めておくことにする。

※次回→「釣川定石一番碑、道標碑、虚空蔵菩薩堂ほか〜辻田橋付近2/唐津街道赤間宿跡(宗像市)」。 

keitokuchin at 19:39│Comments(0)

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