出光佐三の墓所/唐津街道赤間宿(宗像市)赤間宿まち歩き〜街道MAP/唐津街道赤間宿(宗像市)

2019年09月18日

供養井戸/唐津街道赤間宿跡(宗像市)

※前回「出光佐三の墓所〜出光佐三map(5)/唐津街道赤間宿跡(宗像市)」から続く。

1供養井戸小屋 ・前回記した「出光佐三の墓所」の入口に「供養井戸」(小屋のなかにある丸井戸)がある。
 この墓所入口の目印となってはいるが、墓所との直接的な関係はないと思う。



 ・また、唐津街道赤間宿には7か所の「辻井戸」があったというが、「供養井戸」は字石丸のうちにあり、その7か所には含まれていない。
 ・「供養井戸」に関する史料の存在を知らないが、たまたまこの井戸を目にして、特に、この「供養井戸」という名称も気になったので、推測を含めてここに書き留めておくことにする

 ◇供養井戸の所在地と道順

 ・「供養井戸」の所在地
 〜福岡県宗像市石丸2丁目8・七社神社(七社宮)の北西山麓の端部(JR線路際)=宗像市赤間6丁目10-7の住宅の対面。

 ・道順は、七社神社境内を通らず、次の道を通る。
 a. 舞鶴橋(JR鹿児島本線教育大前駅)の前(南側)の「唐津街道赤間宿門柱」からJR線路に沿った里道を東方に下る→突当りにある(約150m、徒歩2分)。
 
 b. 石丸熊越🚥から熊越池の東側の里道を直進→突当りの右側にある。(約300m、徒歩約4.5分)。
 なお、この道に途中から合流する道あり…c. 熊越池公園駐車場から熊越池公園を右回りに半周→石段を上り左折→供養井戸(約300m、徒歩約4.5分)。及びd. 赤間須賀神社入口→境内神輿藏の先から右に下る→住宅地を直進し突当りを左折→供養井戸。(約270m、徒歩約4分)。

 ◇供養井戸と石碑

 ・丸井戸の石蓋の上に「供養井戸」と刻した石碑が建っている。(※画像)

2供養井戸碑文  ・「昭和申戌歳皇霊祭典の日施主出光佳之介(花押)」とあるので、昭和9年(1934)の春分か秋分の頃に出光佳之介(不詳)が建立した岩清水美霊歌碑なのだろうか。




 ・通常、氏神様や御先祖の供養を行う社日は、彼岸に近い戌の日とされるが、この年は合せて戌歳だった。
 この井戸を「供養井戸」と言うのは、この社日と係わりがあるのかもしれない。
 例えば、社日に神に供える美霊水(仏教では、仏に供える閼伽水)を汲む井戸だったとか。

 ・この「供養井戸の碑」が石蓋の上(奥の方)に固定されているので、石蓋を取るときは、この石碑ごと動かさないといけないので、現在は、取水されていないようにも思える。
 もし取水されていないとしても、その理由は定かでないが、それでも、この井戸は、撤去されていない。
 井戸を保護する小屋があり、小屋内には清掃道具が置いてあるなどもあり、この井戸を管理する人たちがいて、大事に保存し守られていることが伺える。


3供養井戸蝋燭等  ・供養井戸の碑の前・石蓋の上を見ると、燃え残った線香や蝋燭、ワンカップ(供物)、賽銭が置いてあり、信仰の対象となっていることが分かる。
(※画像)




 ・水神や龍神信仰の対象とも考えられる、多分、この井戸には、七社神社(七社宮)の杜から湧き出す岩清水の美霊水が涌いていたのではないかと推測してみた。

 ・当地は、七社神社(七社宮)の杜(裏山)の北西の麓で、ここで礼拝することは、七社神社の高貴な神々(国常立尊、惶根尊/カシコチノミコト、大巳貴尊、伊弉諾尊、 国狭槌尊、忍穂耳尊、瓊瓊杵尊)を遥拝し、その霊力を授かることにもなると思う。

 ※次回→「赤間宿まち歩き(1)〜街道MAP/唐津街道赤間宿跡(宗像市)」。

keitokuchin at 13:26│Comments(0)

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
出光佐三の墓所/唐津街道赤間宿(宗像市)赤間宿まち歩き〜街道MAP/唐津街道赤間宿(宗像市)