「ハナウタコーヒー・早田薬局跡」唐津街道赤間宿21(宗像市)「辻井戸(赤間宿下町)・大黒屋・今井神社」唐津街道赤間宿23(宗像市)

2019年10月09日

「萩尾邸」唐津街道赤間宿22(宗像市)

※前回「ハナウタコーヒー(早田薬局跡)/唐津街道赤間宿跡21(宗像市)」から続く。

  [萩尾邸]

1-1萩尾邸、左はハナウタコーヒー ・所在地
 福岡県宗像市赤間3丁目4−7

※赤間宿下町
・唐津街道筋赤間宿東側/下中ノ番
※画像1-1右側の古民家町家 (左隣はハナウタコーヒー)



 「江戸後期の建物で、明治21年(1888)頃この地でこんにゃく製造業を始めました。」(map)

 ・前回の「ハナウタコーヒー(早田薬局跡)」の右隣に接して建っている江戸時代後期築の古めかしい木造瓦葺二階建ての古民家である。

 ・家屋は道路に面して妻入り構造になってはいる。
 ・家屋の葺き替えられた瓦は古くなっている。
 ・切妻造屋根の破風下の妻壁に塗られている漆喰が少し黒ずんで見える。

 ・妻壁に二階部分の片屋根が付いており、その下方に一階部分の片屋根が付いているが、この間の壁面の間が狭く、ことさら二階の高さが低く感じる。
 ・しかもこの壁面は、一面漆喰白壁で塗り潰されており、片屋根が付いているのに何故か窓がないが、二階があるのだろうか(未確認)。

 ・一階瓦葺片屋根の左端部の上に、左隣(ハナウタコーヒー/早田薬局跡)の店舗用トタン葺片屋根の右端が乗っており、その雨どいの末端は、萩尾邸の雨どいと一体になっており、また、間口四間強(約8m)と思われる両家の端部も接続しているようで、その境界が分かりにくいが、お隣同士の協和ができているのだろう。
 こういう風景を眼にすると、向こう三軒両隣仲良くした昔の良き時代が甦ってくるようで心が温かくなる。
 因みに、取り壊す前の我が家の旧家屋も軒が隣家の土地に突き出して、雨どいが隣の家の雨どいに接合していたが、隣り同士仲が良かった。今は昔の話となる。

 ・一階の外壁は、漆喰壁で腰板あり。現在、左部分に明かり窓(サッシ)と玄関戸(天窓付サッシ引き戸)あり。玄関内は土間があり、昔はここに店舗の入口があったのかもしれない。
 ・また、一階の外壁の右部分の腰板の上のサッシ窓の外には木格子が付いている。


1-2萩尾邸切妻門 ・この家屋の右側(※路面上に置いてある赤間宿辻行灯の後ろ)に、重厚な形材門扉(開き門扉:板戸)…木造瓦葺数寄屋門、切妻屋根付き+木柱白壁瓦屋根の両袖付がある。
(※画像1-2)。


 昔は、ここが玄関口であったと思われる。
 通常、今はあまり使われていないようにも見えるが、この門の瓦はすべて新しく葺き替えられている

 ・通常は、家屋内部の見学ができないが、毎年2月(第4日曜日)開催の「赤間宿まつり」のときには、(下町では並び南先に建つ石松邸・橋口屋(※別記予定)とともに)室内が開放され見学できる。
 またこの日、お茶会が開催され茶道体験ができる(先着100人、抹茶・茶菓子料200円)。

 ・戦前まで、先々代が蒟蒻(こんにゃく)の製造をしていたようだが、山下蒟蒻店(※下記)に暖簾分けし廃業された。

 ・土間の先に、表、中、奥の間と続く奥行きの深い赤間宿独特の構造で、現在、奧の間は、「つくばい」のある庭を眺められる書院造の「茶室」となっており、萩尾家の御当主の奥様が裏千家の茶道の指導普及に勤しんでおられる。
 また、庭園内には、樹齢100年以上という松が生えており、シンボルとなっている。

 ・赤間宿の家屋・敷地は、概して間口が狭く、鰻の寝床のように奥に伸びているところが多く、この裏庭の先(東)は、一本裏の通りまで伸びており、自家用駐車場等にもなっている。

 ・なお、後方(東方)に高層マンションの上層部が見えているが、既に赤間宿跡の道筋にも、例えば橋口屋の右横にマンションが建つなどもあり、古い街並みの歴史的景観をそぎつつあるが、今後、赤間宿跡はどのような街並みに変わって行くのだろう。

 [山下蒟蒻屋]

2赤間山下蒟蒻店 ・昭和15年(1940)に萩尾家のこんにゃく製造店から暖簾分けされて創業した山下蒟蒻店屋が萩尾邸の北三軒先にがある。「商標(扇に山)、こんにゃく屋」看板あり。手造り蒟蒻製造。現当主三代目。赤間3丁目4-10。


 ※次回→「辻井戸(赤間宿下町)・大黒屋・今井神社/唐津街道赤間宿23(宗像市)」。

keitokuchin at 13:45│Comments(0)

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