カテゴリ: ぼった・ら・駄菓子屋もんじゃ

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報告遅れましたが、連載しているメシ通の新記事が公開されてやす【あの頃、駄菓子屋さんは「世間」を教えてくれた『オトナの駄菓子もんじゃ飲み入門』】
というわけで参考までに、過去に駄菓子もんじゃを扱ったミニコミで取り上げつつも、当ブログ未UPの駄菓子屋を取り上げておきます。

JR高崎線の深谷駅は東京駅の駅舎に使われたレンガが製造された街にちなんで、レンガ造りを模した駅舎になっている。
まぁその辺の詳しいことはいつかどこかで書くとして、深谷といえばネギが有名だが、嘗ては中山道の宿場町として栄えたようで、旧街道筋には往時の商家らしき立派な日本家屋が見え隠れする。
しかし駅近辺は昭和の頃に栄えたが今はだいぶ寂れているようで、錆びたトタン張りの木造家屋が多い。中には現役のクロンボ食堂なんて店もあったりして、なかなか興味深い駅前風景となっている。
外観
そんなのを見ながら散策していると、平屋建ての木造家屋の前にガチャガチャが並んでいる、如何にも昭和からの駄菓子屋然とした光景に出くわした。
入口N菓子店
★★★★★★★★★★ 駄菓子屋遺産
※ネットで拡散するのを恐れているようなので、店名や場所を非公開とします。

ガラスの引き戸をガラガラと開けると、まるでファミマにでも来たような電子音のチャイムが奥から聞こえてくる。駄菓子屋とは自宅の表を店にして、奥は普通の住居というのが基本なので、客が来たら分かるように鳴る仕組みになっているのだろう。
駄菓子コーナー
入口にいる間ずっと鳴っているので気まずいが、その間に店内を見渡すも、焼き台のようなものは見当たらない。店を間違えたか、もうもんじゃを辞めたのか不安になっていると、オバチャンが出てきてくれた。
もんじゃを焼きたい旨を伝えると、駄菓子コーナー裏の部屋に通された。モロここんちの台所と居間に挟まれた空間には2台、焦げ茶色というか黒ずんだメチャメチャ年季の入った焼き台が待ってた。
店内
これよ、これ。これぞ駄菓子屋もんじゃ。理想的典型的スタイルを現在目撃できようとは。
オバチャンがもんじゃをスタンバってる間、駄菓子スペースに行ってベビースターを調達。一緒に冷蔵ケースから瓶のコーラを抜き取り「ジュースもらいまーす!」と一声かける。このやり取りは正しく小学生時分のまま。
コーラ
ベビースターを揉み解しながら待つ間、まじまじと焼き台を眺めると、あることに気づいた。今はガス線を通しているようだが、この木箱のような形状は練炭式の名残りではないか。
鉄板
台は微妙に傾き、鉄板と台の隙間にもんじゃの生地が溢れないよう段ボールで堰き止めてある。これ鉄板の熱で燃えないのかなぁと思ったら、オバチャンがガスに火を入れに来た時、真ん中ら辺の盤がシルバーの部分で焼いてね、とレクチャーを受けた。
この意味は焼き始めてスグに分かった。鉄板の熱くなるのがセンター近くのみだったのだ。皆が焼いてる部分は鉄板もピカピカってこと。この辺の経年劣化加減とか、そのまま焼き手の子供側にコツを委ねる感じがモロに駄菓子屋もんじゃチックで郷愁を誘う。

するとオバチャンが奥からもんじゃを持ってきた。1つ200〜300円だったかな。ベビースターとジュースで400円しないくらいだった記憶が。
もんじゃ
いよいよ焼き始めるが、生地がヤケに白っぽい。これ、玉子がデフォで入っている。この店の仕様か深谷もんじゃの特徴かもしれない。これがとてもマイルドで、主張のあるソースの味と引き立てあってバランスが絶妙。
もんじゃ焼いてる
ソースはこのエリアで殆どのもんじゃのシェアを占めているという本庄のタカハシソースなのだろうか、ここが深谷もんじゃの味の決め手なのかもしれない。
生地自体はユルめで、オヤツもんじゃらしさを保っている。その分、焼けない部分に生地が流れ出すと、カントがついてる分、溝に流れやすい。後半汁が多くなると流れやすくなるので、なかなかに緊張感があるもんじゃだ。
もんじゃUP
所謂ハガシのポジションにあるヘラが細長い台形と、ここと大洗でしか見たことない独特の形状で、これで一生懸命汁の流出を防ぐのだ。縁に角度がついてて掬いやすい形状なのもよく考えられている。これだけ特注なのだろうか。

気を張りつつも完食。ホンモノの駄菓子もんじゃを思いっきり堪能できて心地いい満足感で全身が満ちた感じがした。
会計時、オバチャンにお話を伺うと、ここでもやはり子供がもんじゃを突きに来るケースが減ったという。というのは放課後、駄菓子屋にたまりに来るというカルチャー自体がなくなりつつあるらしいのだ。外にいてもゲームやってるというのもあるが、自分らが子供の頃もゲームはしてた。しかし、駄菓子屋のゲーム台で他人のプレイを見たり、学年上や他校の子どもとの間合いの取り方を学んだりして、これという目的もなく駄菓子屋に集まったものだ。
しかし今は子供がもんじゃ食べに来ても、満席だったりすると帰ってしまったりと、駄菓子屋にタカって友だちや他の子とコミュニケーションとるようなことはないらしい。子供の数以前に時間や場所の使い方が変わっては、駄菓子屋もんじゃの衰退も時の流れなのかもしれない。

なんだか感傷的になってしまったが、最後に記念にこの超貴重な空間を写真に収めたいとお願いするも、あまりいい返事が頂けず、駄菓子売り場と外観程度にさせてもらった。頑張って調べればわかるので、行きたい方は自力で調べ、自力で来たと伝えて頂きたい。

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やっと、これまで追いかけてきた駄菓子屋で食べるもんじゃ文化についてUPでけたー
もんじゃ完成
あの頃、駄菓子屋さんは「世間」を教えてくれた【オトナの駄菓子もんじゃ飲み入門】

…今現在、駄菓子を扱いつつもんじゃを出している定食酒場「本所かえる本舗」にてマスターを交え、駄菓子屋研究家の土橋さんにもんじゃと駄菓子の関係性や文化について語りあってきました。自分のライフワークでもあるので、渾身の記事となりました。是非ご一読下さい。
※土橋さんのブログでも紹介いただいています。
駄菓子屋(Dagashiya)探訪ブログ:アタマとココロに、ごちそうを! 〜RECRUIT社 メシ通 駄菓子屋もんじゃ編〜

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遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
なんとか無事、昨年末にコミケで新刊が出せて、新年を迎えることが出来たわけだが、今年は後厄で、もう少し大人しく過ごす期間となりそうだ。
というわけで、昨年始めに厄除けに佐野厄除け大師に行った記事をUPしたが、
【昨年記事:ほりこし@佐野〜厄除けからの佐野ラーメンというベタを踏む快楽】
今年も古札納めと後厄と方位除けを兼ねて再び佐野厄除け大師行きと相なったので、昨年取りこぼしていることも多々あるが、一先ずその時のことを年始めにUPしておきたい。

昨年は久喜から東武に乗り換えて直に佐野厄除け大師に行ったもんだから、まぁエライ行列で待たされた。その時の経験を活かし、今年は少し時間をずらして行くべ、ということで、先に少し寄り道をすることに。
JR両毛線で佐野から数駅と近くの足利に、鑁阿寺という大きそうな寺を発見した。「ばんな」寺って読むんだって。なんでここに寄ろうかと思ったかというと、境内に売店があり、ポテト焼きそばが食べられるというのだ。以前にもポテト焼きそば探訪の途上であると触れたが【過去記事】、こういう大きなお寺だったら正月でも売店開いてるべ、と考えたってわけ。
東武でも足利市駅から歩ける距離なので、行ってみることに。

渡良瀬川を渡って暫く行くと、木造の看板建築の建ち並ぶ城下町的な景色となる。佐野もそうだったが、なかなかの看板建築保存地帯なんじゃないか。写真館が多いのも時代を感じさせる。ともあれ厄除けの時間もあるのでノンビリ観光も出来ず、今度時間をとって佐野とセットで再訪せねばなるまい。
鑁阿寺は周囲に堀が廻らされ、緑の手入れも行き届いて、なんでも足利氏宅跡だそうで、外からでもかなり手を入れて保存されている様が窺える。立派な正門に立つと、参道を抜けて本堂が窺える。
鑁阿寺
参道脇にはテキヤの屋台も出てて、初詣客でごった返している。かなりの賑わいで、こりゃ来て正解だったなと思った矢先、正門入ってスグの左端に目当ての売店を発見した。
大日茶屋外観
大日茶屋正面
大日茶屋【食べログ】
★★★★ 4.0
所在地:栃木県足利市家富町2220 鑁阿寺内

プレハブチックな平屋建てだが改装したのか、まだ新しそう。おおっ、ポテト焼きそばと足利シュウマイの看板も見える。
店先のベンチで皆くつろいでいるが、中でも食べられると聞いているので、早速中へ。
入口にカウンターがあって、店のオバチャンが立っている。ここで注文して出された品を手に持って奥の食堂スペースで食べるようだ。
大日茶屋店内

ポテト焼きそば¥380と足利シュウマイ¥160を揚げと蒸し両方注文する。
するとスグ、シュウマイはトレイに乗ってきたが、焼きそばはパックに入ったものをそのまま直に手渡された。
以前の記事でも書いたが、北関東の焼きそばはテイクアウトがメインのようで、店で食べてもパックのまま持ち帰りの体のものを中でも食べていいよというスタンスによくぶつかる。ここでもそうだったか。
大日茶屋ポテト焼きそば
ともあれパックから頂きます。
結構色味の黒い焼きそばで、案の定と言うか味がしっかりついている。甘めのソースながら、スパイシーさも仄かに感じられ、思ったほどベタッとした味にならない。最初は変哲もない味に思えたが、食べ進むとクセになってくる。
大日茶屋ポテト焼きそばUP
麺は平べったいもので、出来てから時間が経っているのでやや乾いてて軽く感じるものの、案外コシが残ってて、出来たてならかなり食べごたえあるかも。
じゃがいもは揚げたタイプでなくて、スライスされたのが幾つか散見できる程度ながら、モチッとした柔らかい芋で、単調になりがちな焼きそば食べにはいいアクセントかと。

焼きそばを食べてる間にシュウマイもつまむ。
大日茶屋足利シュウマイ
揚げも蒸しも皮が薄くムニュっとした食感。足利シュウマイは肉が入ってなく、中の餡がモチモチしている。殆ど玉ねぎと片栗粉の塊なんだそうな。ソースが予めかかっている。大振りだが、スグになくなってしまう。揚げは時間が経ってるからかあまり揚げ感がなく、蒸しとの差別化が難しいように思ったが、どこか給食のシュウマイっぽい素っ気なくも不思議な吸引力のある味で、蒸しの方がより給食感が味わえるかと。
飲み物も一緒に頼もうと思ったが、食堂側に冷蔵庫があり、この店のシステムだと取ってまたレジに行ってと面倒なので、他の客とのタイミングもあり、この日は諦めることに。というのも、赤城ナンチャラと読める日本酒のラベルが見えたので、地酒でツマミたかったなぁと思った次第。もう少し暖かくなったら、散策がてらリベンジしたい。もう1軒売店があって、そっちはポテトフライあるみたいなんでね。

ともあれ、正月は開いてる店が少ないのでチェーン系とかで諦めることが多いところ、地のもの食べられてヨカッタヨカッタ。美味しかったです、ごちそうさま。
この後お参りして、JR足利駅から佐野に向かうのだった。あ、そうそう、駅の発車メロディが森高の渡良瀬橋だった。渡良瀬川を渡った時、森高の歌が頭を過ったのだが、やっぱここのことだったんだなと【参照サイト】

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今年は本当なら、夏にかけて群馬県の太田市を中心に、ポテト入り焼きそばの店を巡って、本にまとめる予定でいた。
しかし自店の移転やら何やらと重なり早々に企画変更せざるを得なくなったわけだが、昨年からチョットずつ準備には入っていた。その時巡った店は本が出来るまでお蔵入りにしておくつもりだったが、いつ出せるか分からないし、それまでに記憶が怪しくなってしまうので(正直いまでも少々怪しい^^;)、ここらで小出しにしていくことに。

これまで『大ぼったら』『だがしめし』と、粉モノ系駄菓子メシを巡ってきたが、分けても北関東、行田のフライ、深谷や伊勢崎のもんじゃに行った際、焼きそばを出している駄菓子屋を多く見かけて、とても気になった。
自分が生まれ育った川口では、ぼったらこと駄菓子もんじゃはあっても、焼きそばは中華屋や土曜の昼に家で食べるもんで、駄菓子という頭がないで育った。しかし過去取り上げた中では川越には太麺焼きそばという駄菓子文化があるし、かの富士宮焼きそばも元々は駄菓子屋で供されていると最近知った。
となると俄然興味が湧いてくるもので、調べていくと群馬には焼きそば文化が根付いており、同時にイモフライも同エリア(群馬県南東部〜栃木南部にかけてが主で埼玉北部にも及んでいる)で食べられていて(正月に佐野厄除け大師に行った時、佐野ラーメンの前に食べた【過去記事】)、特に群馬県太田市の太田焼きそばは、富士宮と並んで日本3大焼きそばの一つとなっているらしい。これらには焼きそばとイモフライが合体したようなメニューも多く存在する。これは行くしかないでしょ!

熊谷からバスで太田入り。病院裏のバス停で降りると、目の前は田んぼしか見えない。少し歩くと、大きめの民家とともに公営住宅っぽい平屋が見えてくる。元農家とか多そうで、それと近隣の工場に勤める人向けに建てたっぽい集合住宅(近くにはスバルの工場があり、こうした郊外の工場が多い)といったところか。
嘗ての水路だろうか、道はややウネウネと蛇行し、車通りを越えた先、灯油とか売ってるタバコ屋売店が目に飛び込んだ来た。
とちぎ屋外観
とちぎ屋正面
とちぎ屋【食べログ】
★★★☆ 3.3
所在地:群馬県太田市飯塚町860-5
紹介サイト:上州太田焼きそばのれん会

どうもここで焼きそばを売ってるらしい。確かに看板には「焼きそば.ポテト」と書かれている。
近づいてみると、餃子のテイクアウト窓口のようなアルミのサッシ窓がある。ここから嘗ては買えたのだろうが、今は機能してる様子が窺えない。
ただ、窓から見える内部では焼きそばを焼く鉄板等の設備が見える。取り敢えず入ってみんべと入口をガラガラっと開ける。中は完全なナンデモヤの雰囲気。コンビニが出来る前はこういうところで取り敢えずの日用品は買えて、お菓子やジュース以外に、チリトリとかタワシとか売っていたものだが。コチラ今は棚は残ってるものの、売り物は殆どなく、灯油の販売はしている様子。
先の持ち帰りコーナーの方を見やると、手書きで焼きそばにポテトフライと書かれたメニューが貼られていた。すると、厨房らしきところの奥からオバちゃん登場(先にリンクしたのれん会のページに出てる方)。ポテトフライはもう終わりだよと告げられる。焼きそばを求めたい旨を伝えると、小・中・大?と聞かれ、サイズを申告すると、徐ろにクーラボックスのような大きな箱の蓋を開け、中から取り出したパック入りの包みを手渡された。売店には食べられるテーブルはなさそうだし、ここは完全にテイクアウトのみなのだなと理解し、お代を払って兎に角店を出ることに。

てっきり中で食えるもんだと思いこんでいたのでアテが外れてしまった。そういえば、さっき横切った車通り沿いが遊歩道みたいになってたなと思い出し踵を返す。
車通りに戻ると、確かに歩道は大きく取られ、花壇のようになった緑の空間にベンチが設えてある。ココで食おっと。

焼きそば小¥250!
とちぎ屋焼きそば小包み
昔、肉屋の惣菜が入ってた油紙のような薄い更紙的包みを解くと、輪ゴムの掛けられた透明パックが現れた。そこに焼きそばがミチミチに入っている。色が黒っぽく、ソースが濃そう。
パチっと手に当たらないように開けると、青のりの掛かった典型的なソース焼きそばがお見え。
とちぎ屋焼きそば小
焼きそばの間から、大きめのジャガも窺える。
とちぎ屋焼きそばUP
早速頂くと、うん、見た目通り典型的なソース焼きそば。方向性としてはテキ屋の味。のれん会のHPにあるように、セイロで蒸した中細麺はやや柔らかめで、慣れ親しんだ食感。手作りというやや濃いめながらクセのないソースが実によく馴染んでいる。関東の一般的な中濃ソースに近い味と濃さ。若干オイリーかな。
ポテトはやや大きくスライスされたのが数切れ、焼きそばに埋もれているのとパックされ暫く置かれていたこともあって、蒸されたような状態にシナッている。これが逆に味を吸って、表面はやきそばにも馴染んでソース味になって美味しい。食感はホクっというより若干シャリめだったかと。多分コレは揚がってんじゃなくて切ったのを炒めたモノだと思うんで、フライは別に食べてみたかったが、まぁイモが食えたんで良しとしましょ。にしても、この辺はフツーにイモが偏在するイモ文化だなと、こういうところからも再認識させられる。

イモも手伝って、小でも思ったより満足感ある。焼きそば自体にこれという特徴や、この店ならではの個性は感じられなかったが、チョットした小間物や灯油入れに来るついでに、おやつ代わりに買って食べるには丁度いい量・値段・味ということなのだろう。だから、飲食店的な体を保つ必要がなく、家でノンビリ食べるから、イートインは根付いていないのかもしれないなと思った。
にしても、道路脇で食うのはチョット勇気がいる。こういう郊外に来たことある人ならわかると思うが、車文化圏だからそもそも歩いている人がいない。すれ違うのは学校帰りのチャリの高校生くらい。歩いてるだけでも浮いてしまうのに、道端で焼きそば食ってたらかなりの変人だ。落ち着かないし、通報される前に帰るべと、とっとと食って足早にその場を去るのだった。
遠征には厳しい環境だが、その分、地域密着の店で食べられた気がする。うん、フツーに美味しかった。ごちそうさまです。
さて、折角来たんでもう数軒巡りますか。

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夏コミ無事終了ました! お越し頂いた方、ありがとうございました!
新刊の直通販 開始しました【詳細:受付は2016年8/31まで】
実は前回の冬コミで、その時の夏新刊だった『だがしめし』【詳細】の持込数を誤ってしまい、即刻完売になってしまった。なので今回多めに持っくが、1年越しで求めくれる人がどれくらいいるか不安なので、内容の紹介がてら、未UPのものを更新しておきやす。

『だがしめし』は昭和の時代にはまだ残っていた、駄菓子屋の片隅の鉄板で焼いて食べるものを紹介している。一番多いのはもんじゃで、ここでは便宜上駄菓子もんじゃと呼んでいるが、東京の下町や郊外周辺部以外にも、大洗や深谷など北関東の一部で食べられていることが分かった。その追跡レポの他、もんじゃ以外の焼きそばやたこせんといった駄菓子屋メシも取り上げている。
その中で、もんじゃに次いで駄菓子屋メシで多いのがおでん。静岡おでんに見られるように、子供のおやつ的に駄菓子屋で供される例は意外とあった。
というわけで、都内に僅かに残る駄菓子屋おでんが、日暮里にあって、しかも通年食べられるというので、この真夏に公開してみることにした(行ったのは2014年4月。お盆は営業しているか不明)。

日暮里駅の東側は再開発が進んだが、嘗て駄菓子問屋街があったように、そもそも駄菓子屋が多かったエリア。
KUME外観
マンションに囲まれた広めの公園の片隅にポツンと佇む駄菓子屋がそのKUME。
KUME入口
久米商店【食べログ未登録:こういう店なので登録せず】
★★★★★★★★★★ 高橋!
所在地:東京都荒川区東日暮里5-20-5
参照:駄菓子屋(Dagashiya)探訪ブログ

以前は久米商店と名乗っていたようだが、比較的最近になってローマ字表記となったようだ。
軒先にガチャガチャ、入口から山と積まれた駄菓子が見えるが、一際目を引くのがガラス戸に貼られた「おでんあります」の文字。

KUMEおでん掲示
中を伺うと、駄菓子の山に隠れた奥にスペースがあり、屋台などで見かけるステンレスの四角く区切られた鍋が鎮座している。
KUME店内
しかもこのスペース、壁際にはゲーム台が並んでおり、正しく自分が子供時分にみた、駄菓子屋もんじゃの典型的なレイアウト。こんな完璧なガキ天国が都内に現存しているとは。ゲーム台は電源が入っていないが、店のおばちゃんに言えば入れてくれるのだろう。ゲームをしない子は出てって的な貼紙もイイ。KUME下書き
駄菓子屋でおでんなんて現在どれだけ需要があるのかと不思議に思われるかもしれないが、この時既に先客がおり、自分のようなオッサンだったが、その後も主婦がテイクアウトしにくるなど盛況の様子。周辺住民の生活の一部になっているようだ。

さて肝心のおでんだが、自分の中での定番、はんぺん・ちくわぶ・玉子・こんにゃく・ボールと、多少変化球的な餅巾着で構成してみた。
平たい軽い皿に汁が薄っすら敷かれ、竹串2本を箸のようにして頂く。
KUMEおでん
鍋の隣の2〜3人程度の簡易カウンターに腰掛けて頬張る感じが何とも駄菓子チックで堪らない。あっさりめで関東のおでんらしい味。出汁が出てないわけではないので、物足りなさはない。タネもグズグズになり過ぎず軽めに味が滲み、どれもいい塩梅。特に餅巾着の、巾着に味の染みたのを噛むと、ドロっとモチが出てくるのもいい。王道の玉子は、崩れた黄身を汁に浸して最後に一気に啜ると絵も言えぬ快楽がある。

この感じ、やはり子供時分の夏休みに市民プールの前に出ていた屋台おでんを思い出す。真夏とはいえ、プールで身体が冷えるのだろう、いつも子供でいっぱいだった。子供なのでせいぜい2〜3品しか食べないのだが、オッチャンはいつも笑顔で接してくれた。
駄菓子もんじゃだと大抵夏休みの間くらいはカキ氷にチェンジしたりするものだが、他所が夏にやらない分、暑い時に無性に食べたくなるニーズがあるというのだ。近くにプールはなさそうだが、あの夏に食うおでんの感覚が現在も味わえるとは。
いやはや、素晴らしすぎる! おでんも全身に染みた〜、ウマシ!! ごちそうさまでした。

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