読みやすかった

1:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 02:39:05.70 ID:/8bHyb0o0
フェイクは入れれる自信が無い。
出来るだけ丁寧に書きたいと思う。
大した半生では無いけど誰かに聞いてもらえたら救われる気がする。



3:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 02:45:59.41 ID:/8bHyb0o0
家はかなり貧しい方だった。
最古の記憶は母親が父親の鼻を親指と人差し指ではさんでた光景だと思う。
その日から、父親を家で見ることは無くなった。
記憶の始まりが両親の最後の喧嘩とは恵まれてるとは思えない。

どうも貧しいのは父親の借金のせいらしかった。
それまで私立のカトリック系の保育園に通っていたのだが、その日から遠くない内に市立の幼稚園に通うようになったと思う。
帰りはいつも遅かったと思う。
キテレツくんがリアルタイムで20時の放送されたと思うのだが、園長先生の部屋でそれを見てから帰る日も多かったから。
3分の2位は3つ上の次男が自転車で迎えに来てくれてた思う。
すごく優しいいい兄貴だった。


元記事:
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1403113145/
http://2ch.sc/



6:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 02:53:51.79 ID:/8bHyb0o0
4歳か5歳位に、より近くの保育園に通うようになった。
そのために、大きくなるまで幼稚園から保育園に通うものだと思っていた。
ある日、我が家には無い車がお迎えに来た。
母親の仕事の知り合いということだったが、その時には恋人だったのだろう。
車内の皿にのった山盛りの小銭を凄いねとパンチパーマのおっさんに言うと好きなのを一枚持って行っていいよと言われた。
なので500円玉を意図して選んだのだが、それをひどく母親に咎められたのを今でも思い出す。
大人同士の会話で大きいから選んだのだろうと落ち着いてたが価値を分かって選んだのを覚えてる。
それからなし崩し的にその人が我が家で同居するようになった。
その人を兄弟全員で、父親は居るのだからパパと呼ぼうと気がつくと決まっていた。
兄弟全員よく懐いていたと思うし、パパも出来るだけ努力をしてくれてた様な気がする。
しかし、その努力は恋人である母親へ向けての為だったと後で思い知るのだが。



5:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 02:52:52.24 ID:HWwxGkMf0
23~24歳くらい?



7:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 02:58:55.78 ID:/8bHyb0o0
29歳です。

そこから小学生になり、1年間は皆上手に暮らしてたと思う。
幼すぎて覚えていないだけかもしれないけれど。
2年生になった時、長男は中1になっていた。
後々知ることになるのだが、パパを長男はよく思ってなかったらしい。
これは長男自身の考えでは無かったのだと思う。
実父の入れ知恵だったと今では思う。
近所の公園で遊んでいて門限の6時を過ぎて、怒られるのを覚悟しながら家に入ると怒号が響いていた。
死ぬほど怖かったがリビングに入ると想像以上の光景が広がっていた。



8:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:06:16.87 ID:/8bHyb0o0
パパが長男の襟を掴み長男を振り回していた。
なんとも言えぬ表情の母親と、止めたいけれど止められない事に歯痒さを感じている表情の次男をよく覚えてる。
なぜそうなったのかも結局今だにわからないままだけど、あの時から家族の中でパパが異分子になったのだろう。
兄達は僕をよく面倒見てくれるし、僕も兄を尊敬し慕っていたから余計に。
そこから、母親が父親に殴られるようになった。
それは僕たちの見てる前ではなくて、母親自身も断言出来ない方法だったらしい。
寝返りの最中に肘打ちをされて肋骨が折れたり。
どうも母親が兄弟達に目を掛けるのが面白くなかったらしいと母は言っていたがその通りなのだろう。
間も無くパパの子供達と同居する話が上がり、試験的に同居し始める事になった。
パパの子供は4つ上の女の子と2つ上の男の子。
パパがウチにいる間はお婆ちゃんの家で面倒を見てもらってたらしい。



10:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:12:14.43 ID:/8bHyb0o0
同居し始めて、男の子と俺と次男は仲良くやってたと思う。
年も近かったし、遊ぶのに躊躇はなかった。
長男と女の子はどうだったのか今でもわからない。
微妙な年齢の二人で微妙な感じだっただろう。
試験的に同居から3ヶ月程経った時に母親が我慢の限界だと言い出した。
女の子を女の子なりに出来るだけ神経質に丁寧に扱ったつもりだったと言っていた。
男ばかりで風呂に入るもんだから、風呂の順番はパパ→兄弟→女の子→母親だったのだが、母親が入る度に湯に鼻汁が浮いていたり何かしら汚れていたりしていたそうだ。
その他の小さい嫌がらせに耐えかねた母親の我慢の限界でパパの子供達と俺たちは元の場所に収まった。



9:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 03:11:10.55 ID:eMei7ITh0
お前の母ちゃんダメ男としか恋愛できないのか
どういう人だった?色んな面できちんとしててバリバリ働くタイプかだらしないタイプか



11:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:19:51.45 ID:bqtG10iW0
母親は兄弟達を何よりも大事にしてくれたと思う。
如何せん男を見る目がなかったのだと。
実父も借金し始めたのは兄弟達への愛情嫉妬かららしい。


3年生の時に、母親がパパに沸かしたてのお茶を入れようとした時にポットの取っ手が取れて左の太ももに沸騰したお湯が掛かった。
太もも全面が大火傷でケロイド状になってたのが見てて痛々しかった。
そこからパパがちょこちょこ家に帰らなくなりはじめた。と言うより、自分の家に帰り始めたのだと思う。
母親は火傷の事は事あるごとに嫌ごとを言われてたらしい。
4年生の夏休み前に、母親が通勤の帰りに信号待ちしていると車に撥ねられた。




13:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:27:32.93 ID:bqtG10iW0
結構な重傷で、ムチウチどころの話ではなく、頸椎がズレて即入院になった。
その頃にはパパはすっかりと家に来なくなっていた。
気がつくと、母親が入院で不在の中兄弟だけで過ごすようになっていた。
長男は高校生になっていて、近くの量販店でバイトをしていた。
時代なのだろうけど、高校1年生なのにフルで勤務し7月の給料が16万前後、8月は20万円を超えていたらしい。
母親が入院し、給料が入ってこない、保険のお金も入ってこない状態で長男に生活が出来ないから給料を貸してくれと言ったらしい。
が、長男の返事は俺が稼いだ金やねんから好きに使う。との事だったらしい。
ここで、家族の崩壊は始まっていたと今は思う。
長男が働いて帰って来て、3人で食べるのは一人一本のスイスロールか、3人で一袋のポテトチップスのビッグバッグだった。
この時母親は長男に毎日数千円程度の食費を渡していたらしい。
ひもじさと心配で次男は俺を自転車に乗せて毎日母親を見舞った。
俺と次男のこの時期のまともな食事は母親の昼の入院食だけだった。



12:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 03:25:40.25 ID:LnomCIOo0
見てるよ



14:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:34:47.46 ID:bqtG10iW0
ありがとう。

次男と俺は栄養失調のままその夏を過ごした。
今思い出すと次男はよく頑張ってたと思う。
俺の面倒を見ながら、入院食を俺に全部譲った上で母親の代わりに市役所だなんだと駆けずり回っていた。
中1の少年が自転車でまともに飯も食わずに。
8月に入り、母親が食費を次男に渡すようになった。
そこから少しマシな食生活になったとは思う。
その時に次男が作ってくれた卵2つにマンジョーの味塩胡椒をふた振りして作ってくれた卵焼きは今でも忘れられない味だ。
その頃には長男は持った金で遊び呆けてまともに家に帰らなくなり始めていた。
どうも実父とパパには会っており録でもない事を吹き込まれていたらしい。
長男の人間性がそうだったのか、小金を握らせて有る事ない事吹き込まれた子供をコントロールするのは大人には容易かったのだと思う。
夏休みが終わる頃には長男はたまに家に帰って来ては退院した母親と揉めるか、友人達を家に入れて騒いでいるだけだった。



15:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:40:00.70 ID:bqtG10iW0
その頃には俺は学校で嫌われていた。
喧嘩っ早く、同級生殴る蹴る当たり前だった。
俺自身の責任なのだが、そのお陰でイジメが始まっていた。
無視され、無視したやつを殴る日々だった。
子供ながらにストレスがと言えば言い訳なのだろうが、どうも他人と上手に付き合えなかった。
そして不登校になりはじめた。
学校にも行かずに家でゲームをしてるだけの毎日。
母親は嫌なら無理に行かなくてもいいと言っていた。
そこ頃の親にしては理解があったのだと思う。
母親が長男の行動に業を煮やし始めた頃には俺は5年生になっていた。
珍しく登校した時に事件が起こった。



16:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:44:31.24 ID:bqtG10iW0
5年生になって始めて投稿した日はテストの日だった。
テストの時間の前の休み時間に、スーパーサイヤ人が書かれた鉛筆を俺は拾っていた。
休み時間時中ずっと持ち主を探してたのだが見つからなかった。
俺自身もドラゴンボールの消しゴムをなくした時にすごく悲しかったから必死に探したのだが見つからなかった。
テストが終わり、担任は教室で採点をしていた。
担任に同級生たちが群がっていたのだが、割って入り担任に鉛筆が落ちてた事を伝え鉛筆を渡そうとすると同級生の一人が、それ俺のだと、泥棒だと騒ぎ始めた。



17:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:50:07.91 ID:bqtG10iW0
呆気に取られた俺は何も言えないままに立ち尽くしていると、担任が笑顔で俺に言った。
俺君は、カンニングもするし鉛筆も盗むんだね〜。っと。
一瞬で頭に血が登り、悔しさと恥ずかしさでランドセルも持たずに家に逃げ帰った。
家に着くと休みだった母親がベランダで洗濯物を干していた。
泣いてる俺から事情を聴くと、学校に行けと言った。
学校に行って、僕はカンニングもしてないし鉛筆も盗んでないと担任に言ってこいと。
それだけしたら帰ってきていいからと言われ、俺は学校に向かった。
自宅から自転車に乗り学校の前に止めると、教室に向かった。
教室に着くと自習状態で担任が見当たらなかった。
担任は?と同級生に聞くと分からないと答えられた。
探すために教室を出ようとすると同級生に逃げたとからかわれたのでそいつの襟首を掴んで立たせると黙ったので放置して教員室に向かった。



18:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 03:52:50.30 ID:LnomCIOo0
担任クズだな



20:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 03:56:29.51 ID:bqtG10iW0
教員室に入ろうとした時に、ちょうど担任が出てきた。
俺はカンニングもしてないし鉛筆も盗んでないと伝えると走って玄関に向かった。
追ってきた担任に左腕を掴まれ、今ここで俺君に帰られると私先生辞めないといけないから待ってと言いながら左腕を引っ張られた。
関係無いし、やめてしまえとすら思いながら必死で自転車に向かおうと俺も左腕を引っ張り返した。
その時体に鈍く大きい音がボキッと身体に響いた。
驚いて担任が手を離した隙に走って自転車に飛び乗り自宅に帰り腕が痛い事を伝えるとと母親が真っ青な顔で病院に行くと言った。
自宅を出ると追ってきた担任と鉢合わせたが、担任の言い訳をピシャリと遮り見てわかるように骨が折れている。
今から病院に行くからお前の言い訳は要らんというようなことを伝えた。
病院で医師にはこんなに綺麗に折れた鎖骨は見たことないと言われた。



22:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 04:02:23.13 ID:c56DX7R/0
oh・・・屑にもほどがあるな
くそ担任



23:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:04:30.25 ID:4+ueK1ih0
後から知るのだが、この担任は次男の担任にもなっていたらしく調理実習の時に母親が次男に持たせた缶切り(今でこそ当たり前だが、嵌めて回すだけで缶の上部が綺麗に取れる缶切りは当時珍しかったらしい。)を欲しがり次男から盗みいざこざしたらしい。
それも加えて、俺のせいで不登校児の居るクラスを受け持たされたのが俺への鉾先の切っ掛けらしかった。
そこから俺の骨折について、学校と話し合いになったのだが謝るだけで一行に話が進まなかったのを覚えている。
最終的に治療費だけは学校の保険で払うって事になったと思う。
それもこれも片親で舐められた所為だと母親が悔しさに肩を揺らしてた。
時代的にそれは大きく起因してただろう。
そこから、俺の間違った道が始まった。
学校へ行って何をしても教師から注意されることが無くなったのだ。
授業中に歩き回っても、何しててもまるで腫れものに触るように扱われたのは忘れられない。



24:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:11:06.11 ID:4+ueK1ih0
異様な空気の大人たちのいる場所に進んで行く気にもならずに、俺は余計に学校から足が遠退いた。
学校よりもゲーセンに行くのが日課になり始めていた。
同時に、母親の長男への鬱憤が爆発した。
ある日長男が帰って来た時に首根っこを捕まえて、10万円今すぐ払えと怒鳴った。
どうも話を聞く限り携帯電話の料金らしかった。
この時、かなり早くは会ったが母親が朝早く夜遅い仕事の為に心配がないように兄弟全員携帯電話を持たされていた。
その通話料で10万の請求がきているとの事だった。
長男がその場から逃げ、翌月だった。
その月の請求が9万だった。
2ヶ月で19万。母親一人で3人の男の子を育てながら簡単に捻出出来るお金じゃないのは今になればわかる。
その他にも晩御飯に買ってきていた鳥ももを家族全員分勝手に長男が食べたりしていたことで、母親がブチギレタ。



25:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 04:13:52.92 ID:LnomCIOo0
思春期だしストレスもあっただろうけどな…長男しっかりしてくれよー。



26:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:15:40.03 ID:RGJWmYep0
揉めに揉めた結果、高2で長男は実家を追い出され高校近くのアパートに住み始めた。
アパートに住み始めたのも友人の家に入り浸って嫌がった相手の親に体良く追い出されただけなのだが。
長男は中華料理屋でバイトをしながら、学校にも通っていた。
勝手に唐揚げを食べたり食材を持ち帰ったりするらしく、オーナーに嫌がられてたらしいが長男の背景とオーナーの温情で首にはされずに勤めていた。
家の中には母親と次男と俺だけになった。
長男も意地だったんだろう、ほぼ没交渉になっていた。
そこで中3になっていた次男がはっちゃけ始めた。



27:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 04:17:54.64 ID:LnomCIOo0
見てる。次男まで変わらんで欲しいなぁ


28:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 04:20:42.73 ID:c56DX7R/0
次男のはっちゃけが怖い・・・



29:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:21:29.54 ID:ME0Lq3Sb0
長男の話は蛇足だが、キリンの田村と同級生でうちで一時期面倒を見てたこともあった。
礼儀知らずすぎて母親が切れて追い出したのは覚えてる。
田村の本の中にウチは一切出てこないけどねw
そんな田村みたいになったなと、俺は長男を見ていた。

次男は地元では名前を聞けば道が開くほどのヤンキーになっていた。
お陰で後々えらい迷惑を被るのだが。
我が家は溜まり場になり、次男は家族と大きく心が離れ友人の方に偏り家を留守にすることが増えた。
その頃に俺は兄貴の友達にタバコを教えてもらった。
初めて吸ったタバコはラッキーストライクだった。



30:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:26:57.89 ID:ME0Lq3Sb0
母親は次男を心配しながらも、長男も心配だし、俺も不登校で心配だし、疲弊し切ってたのだと思う。
その頃、次男は先輩に誘われて暴走に行き始めていた。
家族の心配をよそに、次男はどんどんと拍車がかかり外での交友関係を広げた。
今思えばだが、小学校時代は俺の面倒を見ながら洗濯洗い物掃除機掛けて家事を一人で母親のサポートしてた反動だったのかと思う。
母親が心配しているのを分かってた俺は、次男が暴走に行こうとしているのを何度も鍵とチェーンを掛けて阻止した。
その度に殴り倒されて、その音で母親が起きてきて次男が断念するって流れだった。



31:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:33:11.07 ID:irc/9fFq0
それでも外に向かう次男の欲求は止まらなかった。
6年生になった俺は、息抜き程度に学校に先生をからかいに行っていた。
勿論同級生からは冷ややかな視線を投げられてたし十分感じていた。
その時バックルになったナイフを次男の友達から渡された。
俺はそれを装備して学校にいくと冷ややかな視線を送る同級生に誰彼構わず喧嘩を売っていた。
そのうちの一人に喧嘩を売った時に、バックルを出して刺した。
掌を刺して相手は大怪我になったのだが、大した問題にならなかったのは以前の問題が学校にあったからだろう。
相手の親との直接の交渉で終わった。
そこから俺は危ない奴って事で同級生で寄ってくる奴は益々いなくなった。



32:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:38:26.10 ID:irc/9fFq0
学校にも行かずに、ゲーセン通いをしているうちに中学生になった。
その時には俺も大概ろくでもなくなってたし、次男に至っては地元の顔になっていた。
入学して学校に行った時は衝撃だった。
2年3年の先輩たちは俺のペコペコするし、別の学校から合流した奴には俺は刺した事件で人を殺した事になっていた。
同校の奴は友達にはなれないし、他校の奴は俺を人殺しだと思い近寄らず、先輩たちは兄貴のおかげで俺を大事にした。
面白みのない学校から余計に足が遠退いた俺は学校には行かずに家とゲーセンの往復しかしなくなった。



33:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 04:41:05.27 ID:LnomCIOo0
次男なぁ…



34:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:45:19.34 ID:irc/9fFq0
中1の夏、人生を変える出来事が起こった。
忘れもしない9/16日。
夕方に自転車でゲーセンに向かっていた俺は軽トラに跳ねられた。
軽トラの運転手は俺を怒鳴り散らし、一方的に文句を言い立ち去った。
俺はナンバーを覚え、近くの店でメモとボールペンを借りて記憶したナンバーを書き殴った。
メモをポケットになおし、家に帰るとポケットに入れてるはずの鍵が見当たらなかった。
次男は高校に行っていて居ないし、母親はいつ帰ってくるのかわからないしで、俺はベランダから家に入ろうと思った。
鍵を無くした事を怒られるのが怖かったから。
ベランダの柵に足を掛け、回ろうと下が納戸のせいで大きく回る必要があった。
何を思ったのか、上部に出っ張った板を両手で掴んで、全体重を預けた時板がゆっくりと外に向けて動いた。



35:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 04:53:51.00 ID:0KVDkwlj0
板はゆっくりと横に動いた後に少しだけ前にせり出した。
その時にはベランダの柵と足は完全に離れていたし、自分を支えるのは両手で掴んでる板だけだった。
頭の中に痛いほどに感じたのは、これは助からないって事だった。
手を伸ばしても柵に届かない所まで来ていたし、これは落ちるんだと思った瞬間に意識が飛んだ。
そのまままっすぐに1俺は16メートル近く落ちた。
地面に当たった瞬間に痛くて、痛い!と言った記憶は有るが、その次の瞬間に痛すぎて記憶が飛んだ。
次に目を覚ましたのは、担架で運ばれた救急車の中だった。
周りはざわつき、大人が必死に俺に声をかける事に、子供心なりに迷惑をかけてると思い、あらぬ方向に曲がった左腕を元に戻そうと動きながら立とうとした。
救急隊員に無理しなくていいから、横になってなさいと言われ安心して気を失った。
上階の方が、びっくりするぐらい大きい音に外を見たら俺が落ちているのを見て通報してくれたらしい。
この上階の人ともややこしくなるのだが。



37:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 04:56:41.53 ID:LnomCIOo0
嫌な事って重なるんだな。



39:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:03:30.56 ID:h+HQ//TI0
そのまま搬入された救急病院で、緊急手術になった。
担架で運ばれた医者に麻酔を打つよと言われた時思ったのは、意地でも寝ないだった。
が、意地も虚しく点滴から入れられた麻酔は血管を無理やり広げるような痛みを俺に与えた後に気を失った。
そこから目を覚ましたのは3日後だった。
結果は足首9カ所の複雑骨折と恥骨15カ所の複雑骨折、上腕の骨折だった。
上腕は見事に割れていて、アルミの様な棒を突っ込まれ骨の添え木にされていた。
4か目に腹が痛すぎて、看護婦に訴えた所浣腸されてベッドの上で銀の皿に寝転んだまま大便をさせられた。
その時に看護婦に言われた言葉は未だに忘れられない。
象みたいなうんこだね。だった。



40:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:08:52.86 ID:h+HQ//TI0
思春期に言われたのは酷く凹んだ。
綺麗...かどうかは覚えていないけど、お姉さんの前で大便をさせられた上で言葉で辱められたのだ。
間も無く、地元の病院機移ることになった。
市民病院は移るのが難しかったが、市会議員に金を払ってコネを使って無理くり押し込んだと母親に後に教えられた。
リハビリをこなしながらまともに生活ができるようになった時には年が明けていた。
半年以上学校に行っていなかった俺は、そのまま学校に行かずに過ごす毎日に戻った。
左足首骨折のおかげで走ったり出来るようになるのに長い時間がかかった。
思うように運動も出来ない中で俺は少しずつ腐って行った。



42:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 05:12:03.83 ID:LnomCIOo0
> 象みたいなウンコだね

これは酷いw
看護婦は結構えげつないからな。



43:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:15:24.45 ID:h+HQ//TI0
中2になった時、次男が上階と問題を起こした。
同級生で、付き合ってた上階の娘を孕ませた。
相手の親は激おこで、堕胎以外に選択肢はなかった。
実際、母親曰く次男の子供か分からないと言っていたが、これは親の欲目なのだろう。
次男は認めた上で学校を休学して引っ越しやで毎日働き2ヶ月ほどで30万を用意して相手に渡した。
そのまま次男はがっこうをやめて現場作業員になった。
これは遅かれ早かれなるようになってたのだろう。
次男は家に寝に帰ってくるだけで仕事と暴走に明け暮れ、盗んできた原付をパーツ取りして乗り回していた。
阪神大震災の傷跡も治り始め時期的に最悪のタイミングで現場の仕事がなくなり始めた。



44:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 05:18:58.37 ID:LnomCIOo0
そうか震災も経験してるのか



45:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:21:09.22 ID:ZpRnAFJU0
仕事が無くなり、金もない次男は益々暴走と良くないことに染まって行った。
その時俺は、長男の連絡を受け仲良くしていた。
昼間っから暇をしてる俺を丸めこむと、長男は俺に窃盗を命令した。
俺は俺で、アホだったのだろう。
兄貴が喜んでくれるならと、せっせと盗みを繰り返した。
盗んでいた物はMTGのカードだった。
長男が酷くハマっていたらしく、喜ぶのならと繰り返した。
今になって思えば売れるからと言われていたが、ただただ長男がMTGを楽しむために盗まされていたのはわかる。



46:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:25:11.86 ID:ZpRnAFJU0
その時期はむちゃくちゃだったと思う。
ヤンキー絶好調の次男と、引きこもっている末っ子と、何をしているのかわからい長男と。
母親のストレスはマッハだったと思う。
そのうちに、これは間違ってるんじゃないかと思い始め、長男に口答えをして俺は袂をわかった。
長男はそこから働き続けてた金で大型バイクの免許取っていた。
次男は無免許で中型を乗り回していた。



47:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:28:38.77 ID:ZpRnAFJU0
中学を卒業し1年目。
俺は小学校の卒業式で言った、手に職をつけて親を助けてあげたいです!を実行するべく、地元のご飯屋で仕事をしていた。
高校に行かなかったのは、行かなくても稼ぐのに問題は無いだろうと思ってたからだった。
しかし、そのご飯屋で知らしめられたのは高校すら卒業してない人間の扱い方だった。
これではいけないとと思い、中学浪人で1年遅れの高校入学を俺は目指した。



48:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 05:32:41.30 ID:LnomCIOo0
兄ちゃん達見てるせいか、自分で軌道修正しようと考えられるからえらいな



49:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:35:50.95 ID:ZpRnAFJU0
小学校時代から奇跡的に残っていた友人2人に勉強を教えてもらいながら俺は高校受験に臨んだ。
一回しか出席してない中3の時の担任の助けも有り、無事に高校に合格し入学した。
が、経歴が経歴だけに入ったのは地元で下から1番目の定時制だった。
周りの半分は同い年じゃない年上の、歪な環境だったと思う。
勉強の甲斐あってか、学年でも1、2を争う成績を1学期は納めていたが、それも長くなかった。
バイトと学校を両立させていたが、稼げるかねは精々8万。
そのうち5万は生活費という名目で母親に徴収された。
サッカー部と、友達付き合いと、携帯代を3まんqでやりくりしながら授業料を払うのはとてもじゃなかったが無理だった。



50:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 05:37:27.50 ID:x32Plm8B0
貧乏なのに事故だの何だの何故無駄に金がかかることばかり次々やらかすのか
負の連鎖過ぎて



51:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:42:15.43 ID:ZpRnAFJU0
年末には授業料の催促が度々行われていた。
それでもない袖は振れないとたかをくくって、学校と対峙していると気がつけば自主退学にされていた。
学校に通う事すら許されなかった。
有難い事に高校時代にはモテていたから、俺は自立を目指してホストをすることにした。
時代的にはドキュメンタリーでホスト特集していたり、金スマでホスト特集していた時期だった。
モテて居たのは同級生より一個上だったからなのか、サッカー部だったからなのかは今になっては分からない。
家を出て寮で1年程、飲まず食わずで辛酸を舐めながら働き続けて客もつきはじめ売り上げも上がり始めまともな生活を送れるようになり始めていた。



52:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:46:53.33 ID:ZpRnAFJU0
後輩の面倒を見ながら、ご飯を食べさせてあげる余裕が出てきていた。
その時は自分が今まで味わってきた苦渋の分、他の人にシワを持って行ってもいいと思っていた。
それなりの給料をもらってそれなりの生活を送り始めた時おれは精々実家とも連絡を取っていなかったのだが、そんな時に連絡が実家から連絡が入った。
仕事もうまく行き始めた時だったから出るのを躊躇ったが、滅多に来ない連絡に通話ボタンを押してしまった。



53:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:53:18.92 ID:ZpRnAFJU0
連絡の内容は、長男が事故を起こしたとのことだった。
乗っていたのはブラックバード、1100ccだったかな?1300だったかな?
で人を跳ねたらしかった。
渋滞の下道をすり抜けている最中に、出てきた人を跳ねたとの事だった。
ブラックバードは少しアクセルを開くだけで60kmを余裕で超える悪魔のような機械だったのだが、不幸中の幸いか渋滞のすり抜け中だったおかげで40km前後で跳ねたらしい。
相手の保証は保険で方がついたのだが、その事故の時に長男はブラックバードの下敷きになってしまった。
その際に、チンチンに熱くなったマフラーで足をこんがり焼かれてしまった。
痛みと動きの制限でまともに一人で生活できなくなった長男は実家に帰ってくることになった。
生活の為に働いていた母親は勿論面倒を見れずに、そのお鉢は俺に回って来ることになった。
ホストの店に事情を話し休みを長く頂くと俺は長男の看病に当たった。



54:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 05:58:13.05 ID:sBH5GLAf0
看病を始めて2ヶ月ほどで、勝手気ままに過ごす長男に腹が立ち、俺は母親に抗議をした。
学校を辞めて、仕事も出来ない状況は困ると。
その時に母親が言ったのは、高校行きたかったの?自分の判断で辞めたじゃない。
と。悔しい気持ちを抑えて生活費を渡してて授業料なんか払えない。というと、言えば授業料なんか払ってあげたのに。と言われた。
俺の真の訴えは置いといて、次男も長男が家に居ることを面白く思ってなかったらしくとんとん拍子で長男は自分のアパートに送り返されることになった。
その時の長男の母親への最後のセリフは、親やのに2回も子供を捨てるんやな。だったらしい。



55:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 06:05:41.71 ID:sBH5GLAf0
そこで完全に家族の中で異分子になってしまった長男は益々実父へ傾倒して行った。
俺は俺で店に戻り、失った信用を取り戻すべくガムシャラに働いた。
その結果、1年半、19歳になる頃に幹部への昇格が決まりイベントを前日に控えたアパートでゴロゴロと疲れを癒している時だった。
母親から連絡が入った。
ただ事じゃない雰囲気を感じて電話に出ると、泣きじゃくる母親の声で内容を把握するために少しの時間を要した。
どうも聞く限り、次男が逮捕されたとの事だった。
どうも大掛かりな窃盗団をしており、主犯として1年以上の内定を入れられながら裏付けも取られた上で逮捕されたとのことだった。
俺は頭を下げて店を辞めて、実家に戻ると逮捕に纏わる諸々で日々が潰れて行った。



56:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 06:10:55.88 ID:sBH5GLAf0
主犯3人のうち2人は逮捕されたが、1人が逮捕されなかった。
それは警察のやり方の話なのだが、内定を入れて裏付を取っても、表に出てない人間は逮捕するのが難しいらしかった。
兄貴は車を盗んでは純正パーツを売る作業を繰り返していた。
1人の主犯は、その車をバラすための車屋で、次男が主犯になったのはヤフオクでの名義が次男だったからとの事だった。
1人も次男と同様の動きをしていたのだが代表していたかどうかで主犯と共犯に分かれてしまった。
逮捕されてからは大変だった。
早急に金は必要だし、後処理と次男の面会に時間を取られた。



57:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 06:16:21.14 ID:h4k7BtJw0
面会に行ったのは、やっぱり家族だったからだろう。
家族が面会にこまめに向かい、許される限り行う事で更生の余地ありと社会的の判断されるらしかった。
暇を見つけてはせっせと面接に向かった。
留置所は誰でも面会出来るのに、一日2組までと決められていた。
ヤンキー友達を呼ぶおかげで、行くと2組分今日は終わったと帰されるのも少なくなかった。
腹たちながらもせっせと通った。
そして、何十件とある罪のうち検察に立件されたのは裏が取れた6件だけだった。
6件だけで助かったと思ったのはとんでもない勘違いだった。



58:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 06:25:37.56 ID:gRkYNtMu0
検察は6件で十分と踏んでいたのだった。
検察の読み通り、窃盗にしては重い3年が実刑判決で下された。
だから検察はこれ以上追求しなかったのだ。
留置所から拘置所に送られてからもせっせと面会に向かった。
これで立ち直るならと母と俺の気持ちだった。
拘置所から一度刑務所に送られた。
これは次に送るべき刑務所を選ぶためのクッションだと言われた。
この時点で、中での力関係あるからとジュースの差し入れや布団の差し入れで百万以上が吹っ飛んでいた。
刑務所から、送られる先が決まったが。
少年刑務所だった。
この少年刑務所は、まだ構成の余地ありと送られる方だった。
それでも、内部の力関係を制するために催促は多かったし、37番の家族と呼ばれる辛さにも歯を噛み締め飲み込んだ。



59:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 06:30:51.20 ID:zX8JyuGt0
聞いて欲しかったけど、誰も聞いて無いと思うと寂しいもんですね。
今日はこの辺で締めます。
明日スレが残ってて、見てくれる人が居たら遅いなりに続けようと思います。
目を通して下さった方ありがとうございました。



60:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 06:32:35.92 ID:Np3d8LXM0
楽しみに待ってるよー


61:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 06:33:05.14 ID:nkAZi11E0
見てるよ


62:からあげくん ◆ZOigNAXyD2 :2014/06/19(木) 06:42:54.56 ID:zX8JyuGt0
>>60>>61
ありがとう。
少し休んで続きを書けたらと思います。
人助けと思って目を通して貰えればうれしいです。




63:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 06:52:28.60 ID:c56DX7R/0
見てたのに(´・ω・`)



64:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 07:42:14.03 ID:gj/j6GIt0
今ここまで読み終わった
大変だったなの一言じゃすまない位
いろいろあったな・・・



65:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 09:37:49.67 ID:M6QSc6FN0
トタンに覆われた家とかあるスラム街育ちだけどこんなに不幸な奴もいるんだね。
おれとかまわりの連中は気の持ちようで毎日、面白可笑しく暮らしてたけど気の持ちようってレベルじゃないな。



66:名も無き被検体774号+:2014/06/19(木) 10:04:39.40 ID:eMei7ITh0
続き待ってるよー

親に迷惑をかけることをたくさんしているのに肝心なところで親に甘えたり頼ったりできないところが平凡な家庭で育った俺には不思議でならない


半生をつらつら聞いて欲しい。 その2
http://blog.livedoor.jp/kekkongo/archives/1787851.html


半生をつらつら聞いて欲しい。 その3
http://blog.livedoor.jp/kekkongo/archives/1787852.html


ホームレス中学生 (幻冬舎よしもと文庫)